prima missione -prosciutto side-
ナマエがひとりでの初任務を終えて無事に帰ってくるのを信じてアジトで待っていたが、一向に帰らねえ。
キッチリ仕事を終わらせて生きていると連絡は寄越してきたが、それきりだった。
電話した時の声の震えよう、そしてわざわざ、「生きてる」と伝えてきたことから、恐らく大怪我をしてやがる。闇医者のところだと思ってペッシを連れて行ってみれば、治療の後すぐどこかに行方をくらましたらしい。治療の内容を聞けば、闇医者は満面の笑みで守秘義務とか抜かしやがる。変態サイコ野郎のこの闇医者は患者の怪我が重症であればある程喜びやがるから、ナマエの怪我は相当酷かったと推測できる。
闇医者の診療所を出て、ペッシとアジトに戻る道程でナマエの行きそうな場所を考えるが今のところは思いつかねえ。
「プロシュート兄貴ィ、やっぱり兄貴の家とかにいるんじゃあないですかい?」
「だといいが……ナマエのことだ。任務で何かショックなことがあって、オレたちに弱っているところを見せたくねーんだろうな」
「ええ?どういうことなんだよォ?」
「ペッシぃ、ナマエのことなんもわかってねーんだな。オレたちに一人前と認められた後に任された仕事でへこたれてるところなんか見せられるわけねーだろーが。それが理解できねーなら、マンモーニのままだぜ」
「で、でもよォ、兄貴になら弱ってるところ見せたいんじゃあ……?」
「オレには余計言いにくいんだろ。オレの下を卒業した後だぜ?仕事のことで弱音を吐くなんてこと、一人前ならできねェだろうからな」
「やっぱり、ナマエはもう立派な暗殺者なんだなァ」
ペッシは他人事のように言うが、そろそろペッシにもナマエを追い越してやるっつーくらいの気概が欲しいもんだぜ。
*
ペッシをアジトに戻らせて、オレはナマエの行きそうな場所をジャズバーに絞って何軒も巡り、漸く洒落たビルの中にあるジャズバーでナマエを見つけた。
ナマエはバーカウンターの端でひとりジンを飲んでいた。
バーテンダーにテキーラベースのマルガリータとウイスキーマックを頼み、両方受け取るとナマエの隣に行き、マルガリータの方をナマエの手元に置いてやった。
「初任務成功祝いだ」
ナマエは虚ろな眼でオレを見上げると、また俯いて、マルガリータを手に取って口をつけた。
オレはナマエの隣に座り、ウイスキーマックを口に運んだ。ジンジャーの効いた辛さが喉を刺激するが後味に清涼感があって悪くねえ。
「なんでわかったの?」
ナマエはマルガリータを手に取ったまま、そっぽを向きながら聞く。
「推測と勘だ」
ナマエはオレと出会った頃は酒が苦手なようだったが、段々と好んで飲むようになった。特に仕事後の酒は美味いと仕事終わりはバーに行きたがった。そこからナマエの好きなジャズを加味してジャズバーに絞った訳だがジャズバーなんか腐る程ある。ここだと思ったのは勘だった。
「推測に勘、かあ……私もそれくらいの推測力と勘が欲しいな。ペッシだって推測力あるし、勘もいいからね……」
ナマエは何気なく自身の左手の甲を顔の前にかざして曲げ伸ばしし、身震いすると手を下ろした。
その動作だけでなんとなく察した。恐らくだが、ターゲットに捕まって指を詰められたのだろう。リゾットはターゲットの情報をオレには教えやがらなかったからな。クソッタレのターゲットを当てられたに違いねえ。
リゾットはひとりで行かせる初任務は今後の任務で慢心を作らせない為に難しい案件を当てるようにしている。ギアッチョの初任務の時は相手は頭のイカれた野郎だったらしく、ケツにズッキーニをブッ刺されそうになった、とギアッチョがブチギレれながらアジトに帰ってきた。
初任務でギアッチョなんかよりずっと酷い目にあったであろう自分の女を守ってやりたくなり、ナマエの左手を手に取り指を絡めて握った。
小さくて柔い女らしい感触がする。こんな愛らしい手を汚させる殺人を請け負う仕事なんかを向こう何年もさせてたまるか、と苛立ちさえしてくる。
「ナマエ、この手は本来オレに触る為だけにあるもんだ。この仕事はそう長くはねえから無茶はすんなよ」
「……前に刺そうとしたクセに」
「誰がそんな酷いことをしたんだ?」
言ってから、そういや、ナマエが仕事の計画の暗唱を間違えたら刺すという脅しをしたのを思い出した。
「覚えてないならいいよ」
「いや、今思い出したぜ。ありゃあ、間違っても刺さねえ自信があったからな。ノーカンだ」
ナイフの扱いには心得があった。暇な時はダーツ代わりにナイフを投げて遊ぶこともあるから正確さには自信がある。この前なんかはアジトでナマエの音頭でスコパ(カードゲーム)をやり始めたはずが、気づいたら投げたカードを宙で仕留められるかに種目が変わっていた。ナマエはキレていたが、イカサマの横行するカードゲームよりかは純粋に楽しめた。チームの他のヤツらもだが、ナマエのイカサマもなかなかにえげつねえから、カードゲームは身内とはまともにできねえ。
「私はめちゃくちゃ怖かったけどね。まあ、手を汚すことについては私は気にしないし平気だよ……私が気にしてるのはね、いつか任務で失敗するのが怖いだけなの」
「失敗──死ぬことか?」
「うん……私、やりたいことがいっぱいあるから殉職なんかしたくないの。復讐とか、自分で好きな人生を勝ち取る為なら命を懸けれるし、チームの皆になら命を預けれるよ……でも、仕事の為に死ぬなんて私にはできない」
「仕事の為に死ぬ、か。厳密にはそんな考え方はしねーな」
オレにも今まで何度か危ない場面はあった。何度も死線をくぐり抜けてきたが殉職は本望だとかそんなくだらねえことは考えたことはなかった。
「じゃあ、どんな考え方をしてるの?」
「プライド、だな。オレはぜってえ失敗しねえぞっつープライドを持って任務に当たっている」
「プライド……そっか。プライドか……」
ナマエはハッとしたように瞳を丸くさせ、納得したように頷いた。
「仕事の性質上死の覚悟はしているし、命懸けだと思ってやっているが、それ以上にプライドがある。オメーも一人前なんだ。暗殺者として何があっても死なずに、どんな手を使ってでも任務を遂行するプライドを持てよ」
「兄貴ぃ……」
ナマエは泣きそうな様子で瞳を潤ませて、握っていたオレの手を挟むようにもう一方の手を重ねてきた。
ナマエらしい表情の変化に安心したが、今日の記憶がトラウマになっていないか心配だ。
「未だに兄貴兄貴言ってっとペッシに馬鹿にされるぜ?」
「ペッシの前では言わないもの。あのね、これは弱音じゃなくて今後の食事についてなんだけど……ターゲットに指を切り落とされて、ソーセージみたいにコロコロ床を転がったの。それが忘れられなくて……だから当分ソーセージとかコロコロしたもの食べたくないし、切る前のサラミも見たくない」
ナマエが口元を押さえながら俯いた。
マジに指を詰められたみてえだ。闇医者のお陰で今オレの右手に握っているナマエの綺麗な指は無事だが、そのターゲットに対する怒りが湧いてくる。
しかし、オレも最近獣医の指を切断した覚えがあるわけだが、切断した指をソーセージっつー表現は気持ちが悪いな。
「外食でも内食でも気を遣ってやるし、カラブリア州行きの任務になったらオレが代わってやるから安心しろ」
「うん。ま、カラブリア州でサラミとかサルシッチャ職人を殺る任務なら喜んで行って家ごと燃やすけど」
「ついでに家畜も葬っておけ」
「流石プロシュート!抜かりないね!」
ナマエは声を上げて笑った。冗談を言えて笑う余裕があるならいいが、その笑顔も心なしか無理しているように見えて仕方ねえ。
「ナマエ、経験を積ませる為に今後も辛い任務に当てられることがあるだろーが、オレがいることを忘れんなよ。外傷は治してやれねえが、ナマエの心の傷はオレが癒す。仕事後の弱音ならいくらでも吐いていい。話したいことがあれば幾らでも時間を作って聞くし、抱かれてえなら幾らでも抱く」
ナマエの瞳を見つめながら、握ったナマエの手の甲を口元に引き寄せて口付ければ、ナマエははにかむように笑った。
「プロシュート、ありがとう。今日は一緒にいたいけど……その……ずっと抱きしめてて欲しい、かな」
「わかった。欲しくなったら遠慮せずに言えばいい」
「あー、うん……そう、だね。激しいキスとかされちゃうとそうなるかもしれないけど……いやいや、私何言ってんだろ……と、とりあえず、早く帰ろ?」
歯切れの悪い答えだが、ナマエの恥ずかしがりつつも素直に話すところは好感を持てるし好きだ。
「ああ、これを飲んだら行くか」
左手でウイスキーマックを煽った。一気に飲むもんじゃあねーが、氷で薄くなったもんを味わう気分ではなかった。
「あ、マルゲリータ、ありがとう」
ナマエはそう言ってカクテルグラスに残るマルガリータに口をつけた。
ナマエの口語での単語の取り違えもスペルミスも愛らしくて好きだが、訂正しないわけにはいかない。
「マルガリータ、だ」
「まあ、どっちも一緒だよ。"e"と"a"とか実質一緒。セリエ
ナマエがグラスを軽く回して揺れるマルガリータをじっと見つめた。
ナマエの適当なところも愛せるが、どうしても指摘して直させないといけねえと思っちまう。単語を取り違えたままはナマエの為にならねえからな。前にナマエが"
「セリアEとかクソつまんなそうなリーグ戦だろ。帰ったらスペル書かせるから覚えとけ」
「えー、私書き取り嫌い」
「オレも一緒に書く」
「それなら頑張る。プロシュートが文字書いてるところ好きだから」
「それを言うならオメーのみみずののたくったようなきったねェ字を一生懸命書く姿が愛おしくて仕方ねえ」
「ダメ!みみずも今禁止ワードだから!しかもそれ悪口じゃん!」
ナマエはずっと握り合っていた手をオレから離すと耳を塞いだ。
みみずから指を連想するのも気持ちが悪いなと思いつつ、ナマエの耳を塞ぐ手を退かしてやった。
「禁止ワードは理解したが、これはオレの本心だぜ?オメーの読めなさそうでギリ読める字も、それを一心不乱に書いてる様子も好きだ」
「なんか腹立つから字綺麗に書く練習する」
「いい心がけだな」
ナマエのやる気を見込んで万年筆とそれ用のノートを買ってやるのもありだな。
会計を済ませてナマエと一緒にバーのある階から螺旋階段を使ってラウンジ階へ下りた。ナマエの肩を抱きながら夜景の見える全面ガラス張りのラウンジの通路を歩き、エレベーターホールへ向かう途中で、ホールの中央にある馬鹿デケェ観葉植物の前の席で見覚えのある奴らがボトルを大量に開けているのが眼に入った。
「ありゃあ、リゾットたちじゃあねーか」
「プロシュートが呼んだんじゃあないの?」
「オレは連絡してねーぞ。眼を合わせずに帰るぜ」
「もう遅いよ。リーダーと眼が合っちゃった。あ、手招いてる」
仕方なくリゾットたちのところへ行けば、席もグラスも取ってあるから座れと催促してきやがった。
長方形のカクテルテーブルを挟んでロングソファが置いてあり、右手側にリゾット、ホルマジオ、ペッシ、左手側にイルーゾォ、メローネ、ギアッチョが座っている。
「ナマエ、ここ座れよ」
「あんたとメローネの間とか最悪じゃん」
「相変わらず照れ屋だな」
ナマエは顔をしかめて、イルーゾォが空けた席を指さし、ペッシに「そこ座って」とジェスチャーした。
ペッシは嫌がりながらもイルーゾォとメローネの間に収まった。
ホルマジオの隣にナマエを座らせ、オレはその隣の端の席に座った。いつの間にボーイを呼んでいたらしく、オレとナマエのグラスにそれぞれシャンパンが注がれていく。
「なんで、皆いるの?」
「ニコロ」
ナマエの問いにホルマジオが短く答えた。
「ああ」
ナマエもオレも納得した。あいつの能力だと見つけるのは大変だろうが、よく言うことを聞いたもんだな。前回ニコロに会った時はオレが手酷く脅したせいで「もうおまえらには会いたくない」と言われちまった。
「ナマエの初任務成功を祝う。グラスを取れ」
リゾットの一声で皆がグラスを取る。
「ナマエに」
リゾットが胸元までグラスを軽く持ち上げた。チームの面々が「ナマエに」と言って同じようにグラスを持ち上げる。オレも二度目だが、ナマエを労ってやりたい気持ちから同じく心を込めてナマエを祝った。
当のナマエは照れながら「皆ありがとう」と笑った。この笑みは自然と出た笑みだとわかる。
「ナマエは生きてんならちゃんと直接報告しにアジトに来いよな〜」
ホルマジオがシャンパンを一気飲みする。ホルマジオは鯨並みにウイスキーやワインなどの酒を飲むヤツだ。シャンパングラスじゃあ間に合わねえだろうと思い、ボーイを呼んでワイングラスで給仕するように頼んだ。
「ごめんなさい。ちょっと疲れちゃって」
ナマエは誤魔化すように苦笑した。オレの前では本心を話し、他の仲間にはそれを隠す様子は気分がいいものだが、それに気づかない程仲間も馬鹿じゃあねえ。案の定、連中は納得していない面をしている。
「ナマエよォ、ズッキーニとかケツにブッ刺されてねーだろーなァ〜?」
ギアッチョは初任務時の屈辱をまだ忘れていないらしいが、女に聞く内容じゃあねえ。
「え?な、なんで?刺されてないよ?」
ナマエが取り乱したように頬を赤くさせて、オレの方を疑うような眼で見てきた。どうやらナマエは勘違いをしているみてえだ。
「おい、オレにそんな趣味はねーぞ」
「よ、よかった……もう!ギアッチョの趣味なのそれ?」
「ンなわけあるかクソがッ!ターゲットに悪いようにされてねーかって話だッ!」
「あー……ズッキーニじゃあなくて、ソーセージがコロコロした……」
「尻の穴にソーセージをハメられたってことか?」
メローネが舌舐めずりしながらナマエの下腹部に眼を向けてきやがる。
「ううん。そうじゃあないよ……自分の指がソーセージみたいに床をコロコロ転がったの」
「おえっ。そういう話はすんじゃあねーぞ!」
「イルーゾォ、ビビってんのか〜?」
「ああ!?誰がビビるかよ、ホルマジオ!気持ち悪りぃってだけだ!」
「ナマエ、おまえには辛い任務だったな……だが、ナマエならできると信じていた。よくやったな」
リゾットにしては珍しく表立ってナマエに労う言葉をかけた。
リゾットだけは表に出さないからわからないが、今回のナマエの初任務を他のヤツらは酷く心配していた。ナマエが任務から帰って来るまでの時間をチームのヤツらとアジトで待っていたわけだが、リゾット以外は時計をチラチラと見ていた。誰かひとりでも外に出ようものなら、ナマエの様子を見に行く気だろ、と引き留めた。互いが互いを監視しているという異様な有様だった。
その上任務を終えたナマエの居場所がわかればこうやって集まって、初任務成功を祝う会ときた。今まで誰ひとり開いたことがない会をナマエの為に開いている。暗殺チームは仲良しクラブじゃあねーんだよ、と言いたくなるくらいにマジでこいつらの頭が心配になるが、少し前にナマエがオレらに暴言を吐いてアジトを出て行った時と比べればマシかもしれねえ。
あの時、ナマエがいなくなった後のアジトの雰囲気は最悪だった。セリエAで贔屓のチームが負けた時よりも悲惨な空気で、全員が殺気立っていた。ナマエが死に急いで本当に死んじまったら誰が責任を取るんだ、という口喧嘩に始まりその場がヒートアップしていき、最終的にはギアッチョが能力を暴発させて危うく全員氷漬けになるところだった。今思えばあの時のあいつらの頭は本当にどうかしていた。それと比べれば仲良しクラブをやってる方がまだマシだな。
当のナマエはあのアジト氷漬け未遂事件も今日のチームのヤツらの苛立ちも知らねえもんだから、今もリゾットに言葉をかけられてへらっと笑った。
「大変だったけどなんとかなったし、仕返しにターゲットの指も切り落としてやったよ」
「流石だな」
ナマエがリゾットの言葉に照れたように笑ってオレを見つめた。「リーダーに褒められた」と、言わずともナマエがそういう表情をしてるのがわかって胸の辺りが騒つく。
黙ってナマエの肩を抱けば、ナマエは恥ずかしそうに居住まいを正してオレを見上げる。
「皆の前だよ?ペッシもいるし……」
「酒の席だ。誰も気にしねえよ」
「おい、プロシュートォ、オレの前でイチャつくなっつっただろーがよォォォ〜?」
「肩を抱くくらい構わねえだろーが。気になるんなら、てめーもその辺の女共をナンパして来いよ」
ラウンジにはひとりで来てる女はいねーが、女だけで飲んでるグループはある。ギアッチョの後ろの方を顎でしゃくれば、ギアッチョは舌打ちをした。
「誰がナンパなんかするかよ。こんなところクソビチしか来ねェしな。おい、メローネェ。さっきからどこを見てるんだァ〜?」
「ナマエの下腹部だ。ナマエの体格でサルシッチャを何センチ挿入できるか考えていた」
「ヒィッ!くたばれメローネ!」
「メローネ、人の女でそういう想像するのはやめろ」
「それなら今日はあっちの女たちを見て考える」
メローネがソファの上縁に片腕を置いて後ろを振り返り、互いの体を触り合ってギャーギャー騒いでる下品な女共の観察を始めた。
男のグループに女ひとりいるだけで、マジに男は馬鹿になる。これはもう仕方ねえ。オレの女が視姦されるのは気分が悪いが治らねえもんだ。特にメローネは今日はとか日付の区切りで済ませて次の日には通常通りナマエにセクハラ発言を繰り返すからな。くたばっても治らねえ病気みてえなもんと思うしかねえ。
*
ホルマジオとイルーゾォがラウンジ中のシャンパンを飲み干すぞ、と豪語していたがボトルを12本空けたところで解散になった。ナマエのペースはオレがセーブしたのもあって、そこまで酔っている様子はない。だが、いつの間にか表情が明るくなっている。認めたくはねーが、あいつらと話して元気になったみてえだ。
家に着いてすぐ玄関ホールでナマエは無言でオレに抱きついてきた。オレも黙ったままナマエの背中に腕を回して頭を撫でた。
「私、皆のこと大好き……」
もごもごとナマエは呟く。オレに抱きつきながら言う台詞じゃあねえが、否定させるつもりはない。
「あいつらもオメーのこと大好きだろうよ」
言葉に出すと相当気持ちが悪いが事実だ。あいつらナマエの加入当初は当たりが強かった癖に、今やナマエに絆されて目尻を下げて可愛がっている。
「うん……きっしょいこと言われて嫌な時もあるけど、嫌いになれない」
「あのふたりだよな?そいつらのことは嫌っていい」
ナマエは笑ってオレから離れると、廊下を走って居間に入って行った。
オレも後から居間に入れば、ナマエは居間のソファの背もたれに上着を掛けていて、無防備に腕を晒した格好でソファに座り、肘掛部分に腕と頭を乗せて眼を閉じていた。
「疲れちゃった。眠たい」
「寝る前に書き取りの勉強だろ。酒臭ェから歯もさっさと磨け」
「プロシュート、嫌い」
「その悪口はオレの前では禁止だ。書き取りでオレへの愛を綴らせるぞ」
「それならいいよ。溢れんばかりの想いがあるからいっぱい愛を綴ってあげる」
「それならマジに綴ってもらおうか」
サイドボードの上に置いてあるポールペンと黒革のホルダーに収めてあるメモ帳をナマエに手渡した。
「書き終わったら見せるから見ないで。あと、ミント取ってきてくれたら嬉しい」
「ああ」
ナマエがここに来て数日しか経ってねえっていうのに、あれ取ってきてこれ取ってきて、と我儘が多い。この関係になる前からナマエは敬語を使いながらも注文の多いヤツだったが、一緒に住むとなお酷い。まあ、そこがナマエの可愛いところでもあるからオレは構わねえが。
キッチンカウンターに置いてあるガラス瓶からミントタブレットをふた粒取り出して口の中に放った。
ナマエは靴と靴下を脱ぎ捨て、ソファの上に立てた剥き出しの太腿を台にメモ帳にポールペンを走らせている。
ナマエの隣に座れば、メモ帳をサッと隠された。
「まだ途中。あれ?ミントは?」
首を傾げるナマエのうなじに手を当て、引き寄せた。空いた手をナマエの頬に添え、ナマエと唇を合わせ、ナマエの口内にさっき口に含んだミントを二つとも送り込んだ。
唇を離せば、ナマエは満面朱を注いだように顔を赤くさせて口元を手で隠した。
ナマエを抱いたその日から何度も深いキスを交わしているというのに、ナマエの反応は初で大袈裟だ。経験がないとこうも慣れるのが遅いものなのか、不思議で仕方ねえ。最近では愛情表現や生理的欲求ではなく、ナマエの反応見たさに色々してやりたくなる。
「プロシュートのえっち。そういうことするなら、お尻の穴にズッキーニ挿したりもするんじゃあないの?」
「ナマエが望むならそうしてやる。ズッキーニの代わりにソーセージでも──」
「その単語ダメだって!」
「この単語が駄目っつーことはよォ、まさか性器を見るのも駄目とか言うのか?」
「それは多分大丈夫……」
ナマエは顔を背ける。
「本当に大丈夫か確認するぜ?」
「いい!いらない!見せないで!もう愛の言葉書かないよ?」
振りでベルトに手を掛けただけで、ナマエは必死になって叫ぶ。
「わかった。続けろ」
ナマエはオレの裸を見るのも、オレに裸を見せるのもまだ慣れてねえ。今の必死さは不慣れの所為だと思うが、マジでソーセージにトラウマがあるなら困りもんだ。
「書けた!」
ナマエは顔を輝かせてメモ帳をオレに見せてきた。
メモ帳を受け取っていつもより丁寧に書かれた文字列に目を通した。
「『いつもあなたのことを想ってる』。これだけか?」
メモ帳の裏を見ても他には何も書いていなかった。
「だめ?」
「いや、十分嬉しいぜ。本心で書いてるならな」
メモ帳をソファの前のローテーブルに置いて、ナマエを抱き寄せた。
「本心だよ。真心込めたもの。あとの溢れんばかりの想いはプロシュートが寝てる間に言葉で伝えるね」
「起きてる時に言いやがれ」
「まあ、そういう雰囲気になったら」
「今がその時だろ」
「……おやすみなさい」
ナマエが寝たふりを始めた。こいつは都合が悪くなると、いつもそうやって逃げやがる。
「ナマエ、寝たふりをして何もされずにいられると思ってんのか?」
オレの問いにナマエは寝息のような呼吸音を立てて寝たふりをし続ける。
ナマエがその気ならと、ナマエの肩を支えながら膝裏に手を通して持ち上げた。ナマエは珍しく表情を変えずに瞳は閉じたままだ。
脱力するナマエを寝室まで運んでベッドに下ろし、覆い被さった。口付けをしながら服の上から体を弄れば、漸く両手でオレの手を押さえつけようと抵抗し始めた。
「目が覚めたか?」
「まだ寝てるよ」
「そうか」
気にせず引き続き唇を重ね合わせて、バーで所望された通り抱きしめながら激しいキスを続ければ、ナマエは無抵抗に受け入れるどころかオレの体に脚と腕を絡めてきた。