quanto la amo -prosciutto side-
「プロシュート、好き。大好き。愛してる……ずっと一緒にいたいの」
オレが起きていることも知らずに、ナマエがオレの腕の中でずっと歌うように愛を囁き続けている。ナマエがオレの片腕を持ち上げてナマエ自身の体にまわさせたあたりで目覚めたのだが、おもしれーからずっと寝たふりをしている。
「はあ。寝てる姿もかっこよくて、素敵で、私、胸の高鳴りが止まらないの。70年代のアル・パチーノよりもときめくかも……」
「おい。かも、なのか?」
流石に聞き捨てならない台詞に寝たフリをやめる他はなく、オレが眼を開いて聞き返せば、ナマエは体を跳ねさせて瞳を大きく見開いた。
70年代といえば、『ゴッドファーザー』とその続きの2作目の頃のアル・パチーノか。やつの演じるマフィアのマイケル・コルレオーネは良かった。理性的で意志の強い男だ。オレも2作目の途中までのマイケルはヴィトーの次に好きだが、俳優のアル・パチーノは好きじゃあねぇし、そいつと比べられた上に僅かに上回ってる程度の表現が許せねぇ。オレの方がずっとイイ男だろ。
「い、いつから起きてたの?」
ナマエは口元を片手で覆い隠し、瞳を揺らす。愛を囁いていたのをオレに聞かれていたのかと不安に思ってるのだろうが、今は聞いた聞いてないの話はどうでもいい。
「さあな。それより、オレはアル・パチーノに僅差で上回ってるのか?」
「……私が心から愛してるのはプロシュートで、アル・パチーノじゃあないよ。最近『ゴッドファーザー』観たばかりだから、ときめいてるだけでそのうち飽きるもの」
ナマエの言う通り、こいつの飽きっぽさは酷く、数ヶ月単位で好きな俳優が変わる。そして、テレビにお気に入りの俳優が映る度に、ナマエは胸を押さえ、ため息をもらす。オレを見てため息をもらすナマエなど見たことがないからその度に苛ついていた。
とあるイタリア男とアフリカ女の映画のラストシーンのように、生意気なナマエの両脚の間に膝を差し込んで脚を絡めた。腿にナマエの温かい股を感じる。
ナマエは小さく体を震わせて、オレのバスローブの胸元を両手で強く掴み、瞳を閉じた。これだけで感じてやがる。本当にこいつは感じやすい。オレが近くにいるだけでも濡れるようになったというが、確認したらマジだった。パブロフの犬のようなやつだ。
「私、プロシュートとこうして体を寄せ合うだけでダメになっちゃう」
「簡単な女だな」
「だって、プロシュートに鼻を触られたら、鼻が性感帯になるし、髪を触られたら、髪が性感帯になっちゃうんだもの」
ナマエは瞳を潤ませ、はあと吐息を漏らす。
すげー可愛いことをいうじゃあねーか。ナマエはオレが思うよりも、オレのことを本当に愛していると思わせる台詞をたまに言う。今のがその典型で、ナマエのそういうところが愛おしくて仕方がねぇ。
「そりゃあ、開発しがいがあるな」
「もう開発するとこないよだって、プロシュートったら頭のてっぺんから足の先まで愛してくれたから……どこ触られても頭おかしくなっちゃう」
「ここもか?」
ナマエの頬を親指の腹で撫でれば、ナマエは気持ちよさそうに瞳を閉じて、唇を薄く開けた。マジでこんなんで感じるなんてどうかしているが、それ程オレを好いているのだろう。こいつはそれをオレに自覚させるせいでオレまでナマエのことを異常に好いてしまう。マジで異常だ。どれくらい異常かというと、四六時中こいつのことを考えている。飯を食ってる時も、ターゲットを殺してる時も、ペッシをブン殴ってる時もだ。
「兄貴ぃ、頬だけでも感じちゃう……」
「兄貴じゃあなくて、プロシュートだろう?」
ナマエはもうオレの下ではなくなった。上下関係がなくなった今でもたまに兄貴と言ったり敬語を使う。この前なんか兄貴兄貴言いながらイキやがった。何かの性癖だろうが、あえて聞かなかった。ナマエには何のプレッシャーも感じずに気持ち良くなって欲しいからな。
「うん。プロシュート……プロシュートのせいで私、おかしくなっちゃった」
「オメーがおかしいのは元からだろうが。実はヤク中だろ?」
「酷い!自発的だと、痛みどめ潰して吸ったことぐらいしかないよ!」
「ああ。ペッシと馬鹿な真似してたアレか」
ナマエはすぐに影響を受けるから厄介だ。前にバーで飲んでいた時、オレが離席している間にペッシと頭痛薬の錠剤をグラスの底で叩き潰してできた粉をステアリングストローで吸い、ヤクと勘違いしたバーテンダーから店を追い出された。とある映画の真似をしたらしい。「バーテンダーにお金握らせればよかった」とナマエは今でも反省しておらず、マジにアホなヤツだと思ったが、そんなところも愛おしいと思っちまう。オレは病気か。
「はあ……ずっとこうしてたい……」
「オメーはこれで満足なのか?」
「うん。こうやってくっついてるの好き」
「生温い女だな。それでもラテン女か?」
「プロシュートだって愛に生きて愛に弱いイタリア男?」
「言うじゃあねーか」
ナマエはオレに口喧嘩で勝てないものの、ナマエの返しはなかなかおもしれぇ。ナマエは軽快なやり取りもできるし、気の利いた冗談も言える。物真似だってやれと言えば、恥ずかしがりながらもやる。ナマエの最近覚えたての「歌劇鑑賞で感動しているところへ、ジム・マローンの死の知らせを聞いて笑うアル・カポネ」の物真似は傑作だ。正直笑顔が可愛いだけだが、本人は真面目にやってるのが最高に笑える。
「アル・カポネの真似やってみろ」
「なに突然?私、やんないよ?」
「ジム・マローンを射殺したぜ」
一瞬だけ身を乗り出して、ナマエの耳元で囁き、身を引いてナマエの顔を見つめた。
ナマエは泣き顔を作り右眼と左眼、それと唇を1回ずつ擦った。それから満面の笑みを浮かべて見せた。細められた瞳はカーテンから漏れ出る朝の自然光を取り入れ、濡れたように光っていて、唇は横に開き、綺麗に並んだ歯列を見せるだけのただただ可愛いだけの笑顔だ。これのどこがロバート・デ・ニーロのアル・カポネなんだか。ナマエがひとりふた役でやる、「シチリアにて老体のドン・チッチオと大人になったヴィトーの一幕」の寸劇物真似より似てねぇ。
「フッ……」
あまりに似てなくて笑えば、ナマエは眉根を寄せる。
「なんでこれが面白いの?皆似てないって言うよ?」
「似てなくておもしれーんだよ」
「あー!やっぱり、似てないんだー!もう!プロシュートだけは似てるって思ってくれてると思ってたのに……!」
ナマエは下唇を噛んで不機嫌そうな顔をする。ナマエのこういう顔も好きだな。
「なんで私が怒ってるのに笑うの?」
「そりゃあおもしれーからだろ」
「もー」
ナマエはオレから逃げるようにコロコロと体を反転させて転がっていき、ベッドを抜け出した。乱れた髪やバスローブを直しながらオレを振り向いた。
「コーヒー作って、シャワー浴びてくる。プロシュートも起きて」
「ああ」
オレもベッドから起き上がり、先にシャワー室で待っていようとシャワーを浴びていれば、いくら待ってもナマエがこねえ。
それから数分して、漸くナマエが来たと思えば、よそよそしくシャワー室の扉を叩くと、少しだけ扉を開けた。お互い全て見合った仲だというのに気遣いなんてしやがる。思いっきり扉を開けてやれば、ナマエはオレの下半身に一瞬眼をやり、そっと視線を外した。
ナマエは既にいつもの服に身を包んでいて、薄く化粧まで済ませている。
シャワーを止めて風呂場を出れば、ナマエに「隠して」とバスタオルを押しつけられた。
「ああ?シャワーはどうしたんだよ?」
タオルで体を拭きながら聞けば、ナマエは片手に持っていた携帯を振った。
「リーダーに言われて、急遽今から任務だから。帰りいつになるかわからない」
「誰と任務だ?」
「ホルマジオと。誘拐と拷問が必要だから適任って訳。さっさと拐ってさっさと吐かせてくるね」
「ああ。拷問するなら──」
「まずは服を脱がせる、でしょ?もう私は一人前だから大丈夫だよ」
確かにナマエはもう一人前だ。ひとりでも任務をこなせるようになった。弱音を吐かねぇし、怪我をして来てもなんともない顔をする。
だが、自分の愛した女が任務で無事に帰ってこれるかいつも心配でならなくなる。どんなに信頼してるといっても、不安に思うのは当然だろう。
「気をつけていけよ」
「うん。じゃあね」
ナマエはボケてんのか何もせずに行こうとする。ナマエの腕を引っ張って、オレの腕の中にその小さな体をおさめた。ナマエの体の厚みや形を覚えるように腕に力を込めてナマエを感じ、鼻先をナマエの頭に擦り付けて匂いを嗅いだ。オレは汗の匂いを嗅ぎたかったのだが、生意気にもジャスミンのヘアコロンで匂いを誤魔化してやがる。
「ねえ、もう行かなくちゃ」
「いつも言ってるだろ──」
「任務に行く前は最後だと思って情熱的なキスをしろって?そんな毎回死ぬと思ってしたくないもの!するならもっとそういう雰囲気じゃないとやだ!」
「我儘な女だな」
「どっちが……んっ」
ナマエの唇に自分のそれを重ねた。唇を強く押し付け、それからナマエの唇の形に沿って唇の表面を舌でなぞり、ナマエの柔らかい下唇を自分の上下の唇で挟んだ。ナマエの口元が緩くなったところで舌を挿れてやれば、生意気にも舌で押し返してきやがる。ナマエの舌を無視して、口内中を味わうように舌を這わせて最後にナマエの舌を捉えてやった。ナマエの舌をたっぷり味わったところで、唇を離せば、ナマエの付けたばかりの口紅は滲んで唇からはみ出ている。ナマエは崩れた化粧に気づかずに、惚けた顔をしてやがる。
「口紅はみ出てるぜ?」
自分にも付いちまった口紅を手の甲で拭いながらナマエに教えてやった。
「プロシュートのせいではみ出たの!」
ナマエは怒ってオレの胸を押して離れると、洗面台の鏡を見ながら薬指ではみ出た口紅を拭った。
「ホルマジオと任務行くのに化粧は必要ねぇだろ?」
「マナーでしてるだけなの!ああ、もう!プロシュートのキスはえっちと同義だから、任務に集中できなくなっちゃうよ!」
ナマエは口紅のついた指をフェイスタオルで拭うとそれをオレに投げつけてきた。
「それ隠して!」
オレの下半身を指差すとナマエは脱衣所から出て行き、大きな音を立てて扉を勢いよく閉めた。
仕事に行く時のナマエは緊張感を持つようになったのはいいが、神経質にもなっているな。任務に支障がでねぇか心配だ。
全裸のまま着替えの服を探しに脱衣所を出れば、玄関先でナマエがオレの裸を見て小さくぎゃっと叫んだ。
「まだそんなもの引っ提げて……!変態!」
一体いつになったらナマエはオレの全裸に慣れるんだ。堂々と見られるのもアレだが、こうも恥ずかしがられると余計に見せつけたくなるってもんだぜ。
「そんなものとはなんだ?これでジム・マローンを射殺したんだぜ?」
「やらないから!早く服着て!」
ナマエを無理やり笑わせようと思って言った訳だが、ナマエは怒りっぱなしだ。任務に行く前はオレの裸に動じず、アル・カポネの真似をするくらい冷静になって欲しいもんだぜ。
「ジョージ・ストーン並みの活躍期待してるぜ?」
「えーと、誰だっけ……んー、あっ、ヴィンセント役の人か。任せて」
ナマエは右手の指で拳銃の形を作り、左手で乳母車の車輪を掴むような仕草をすると、拳銃の形にしたままの右手を振って家を出た。ナマエのやつ、あれだけかっこいいと言いながらアンディ・ガルシアの名前も忘れたのか。余裕がねぇのか、飽きたのか。
ナマエがいなくなった部屋は急にしんとして、冷たい空気が体に纏わりつく感覚を覚えた。ナマエがいなくなるといつもそうだ。モルタルの床から漆喰の壁、鉛色の扉、何もかもが色褪せ、無機質になる。
服を着ようと玄関に背を向けて歩き出したところへ、再度玄関扉が開く音がして振り返れば、扉からナマエがひょっこりと顔だけ出した。さらさらとナマエの滑らかな髪が揺れて下の方へ垂れ、片側の顔の輪郭を隠した。
ナマエの顔を見て、玄関口からまるで暖風が吹いてきたかのように冷たい廊下が温まっていくのを感じる。
「どうした?拳銃を投げ忘れたのか?」
「そっから真似して欲しかったら、乳母車の赤ちゃん役でもやってくれる?あのね、言い忘れたことがあって。コーヒー作っといたけど、冷めてるから飲まなくていいからね!あと、服着てね!」
ナマエは小さな手を扉から出すとオレの下半身を指差した。
今すぐその手を掴んで部屋に引きずり込みたい衝動に駆られるが、気持ちを抑え込み、ナマエの濡れたように光る瞳を見つめた。
「ああ。オレも言うのを忘れていたことがあるーー"
「あっ……"
ナマエは照れたように笑うと扉をゆっくりと閉めて、今度こそ行っちまった。
ナマエの照れ笑いを脳内で反芻しながら、服を着る前にナマエの作ったコーヒーを飲みにキッチンに向かった。
エスプレッソマシーンの受け皿に置かれたカップには冷めきったコーヒーが入っていたが、捨てられるわけもなく、全て飲み干した。コーヒーは熱いのに限るが、ナマエが作ったものだと思うと旨く感じる。不思議なことだ。例え、ナマエが水から茹でたパスタを作ったとしても旨いだろう。いや、それは流石に言い過ぎだな。旨いかどうか以前の問題にパスタを水から茹でやがったらいくらナマエ相手でもキレるぜ。
しかし、「ジム・マローンを射殺したぜ」より、簡単にナマエを笑わせられる良い言葉を見つけちまったな。その言葉を毎日言っているつもりでいたが、それがベッドの中だったから気づかなかったのか。次からは送り出す時にも言わねぇとな。