una mattina -prosciutto side-
特に決まった予定のない朝。いつも通りの時間に起き、オレはブルーシャツにグレーのスラックスを穿き、ナマエはいつも通りのタンクトップにショーパンのラフな格好に着替えた。ナマエの朝食選びを手伝い、それからダイニングテーブルについてオレはナマエの作ったコーヒーを飲みながら、ナマエがヌテラ(チョコレートスプレッド)の瓶を開けるところからナマエの様子を観察していた。
ナマエが朝食を食う時はいつもクッキーかビスケットにヌテラだった。ナマエが幸せそうにヌテラのたっぷりついたそれらを食う様子を見ながらコーヒーを飲むのがオレの日課になっている。
ナマエは機嫌よく鼻歌を歌いながらヌテラの瓶の中にスプーンを突っ込み、ふいに顔をテレビの方に向けた。死体遺棄のニュースを、赤のスーツを着たバターブロンドのセクシーな報道キャスターのフランチェスカが報じている。
フランチェスカが嫌いなナマエはいつものごとく、「"
「"
ナマエがヌテラを掬ったスプーンを握った手を強くテーブルに叩きつけ、その勢いでヌテラがオレの左手の甲に飛んできた上に、テーブルが揺れてナマエのカフェラテがカップから溢れた。
「おい。気を付けろ」
自分のしたことに気づかず、テレビを穴の開くほど見つめながら再度「クソッタレ」と叫ぶナマエの方に手を伸ばして振って見せるが、ナマエはまだ気づく様子も見せない。
「ナマエ、聞いてんのか?」
ダイニングテーブルの下で足を伸ばしてナマエの足に軽く触れれば、ナマエは漸くこちらを向いた。
「ニュース見てよ!ほら、あの顔写真!」
さっきも見たが、テレビに映し出されてるのは知らない男の顔で、黒髪に明るい茶色の瞳をしている。字幕によると南スラブ人らしい。数時間前に山で遺体となって発見されたという。
「あれが社会主義者の末路か」
「そうじゃあなくて、昨日ギアッチョと行った任務で殺した男なの!ギアッチョがそのまま次の任務行くっていうから、私が車であの男を運んで山に埋めたの!」
「そりゃあ、しくったな。見つかるの早過ぎだろ」
「あの南スラブ人は組織の元構成員だし、辿られる痕跡は残してないから私が逮捕される心配ないけど、わざわざショベル買っていっぱい穴掘ったんだよ?凄く大変だったのに!誰がこんな朝早くに山なんか登って遺体を見つけたの!?死体掘りにでも来たのかよ!こんの暇人がァァァッ!」
「おい!スプーンを離せって!」
ナマエがまだスプーンを握りながらテーブルを叩こうとするもんだから、スプーンを取り上げて、ナマエの皿に置いた。ついでに開けっぱなしのヌテラの瓶の蓋も閉めて、布巾でナマエの溢したカフェラテを拭いてやった。
「ギアッチョの能力なら簡単に遺体をバラせただろうにな」
「そうなの!それなのにあの南スラブ人を縛り上げた時点でギアッチョがあとは私に任せるって言って、置いてったんだよ!信頼されてるって思って嬉しかったけどさ、あんな苦労したのに朝から登山なんかする暇人のせいで……!」
「登山は朝からするもんだろうが。そんなことより、このヌテラにいい加減気づかないのか?」
ナマエの顔の前で手を振って見せた。手の甲についたヌテラがまるで靴の裏についたガムみてぇに何かがずっと張り付いているような不快感を催す。
「あっ。ごめんなさい!」
ナマエはテーブルの中央に置いた布巾を手にして椅子から立ち上がり、テーブルに身を乗り出すが、オレは手を引っ込めた。
拭くだけで許すつもりはねえ。
「舐めろ」
「えっ……舐めるの……?」
「ああ。こっちに来い」
ナマエは「えー」と言いながらもダイニングテーブルを回ってオレの横まで来た。
ナマエに甲を向けて左手を差し出せば、ナマエは両手で掴んで顔を近づけてきて、唇が触れそうなところで止めた。
「本当に舐めるの?」
「オメーが行儀わりィから躾けだぜ、これは。責任持って舐めろ」
「うう……」
ナマエは唇の間から舌を出し、ヌテラのついた部分を舐め始めた。ナマエの息が僅かにかかるのと同時に中途半端に温かく濡れた柔い感触が何度も皮膚の表面を這う。まるで子猫がミルクを飲む時みてぇにナマエは一生懸命に舌を動かす。
ナマエの淡いピンク色の舌が光沢のあるチョコで汚れていく様はどこか扇情的でナマエにオーラルセックスさせた時のことを思い出した。
「甘い……ねえ、もういい?」
手の甲からヌテラが消えると、ナマエは首を傾げた。
そんなナマエの脇の下に手を差し入れて持ち上げ、オレの上に座らせた。
「なに?」
「なにじゃあねーよ」
ナマエの頭を両手で包んで唇を奪った。いつものような軽いタッチもなくいきなり舌を突っ込んでやれば、ナマエは唸り声をもらしながらもオレの舌を受け入れた。ナマエの舌を探り当てると、ヘーゼルナッツチョコの味がした。ナマエの舌を唇で挟んで強く吸いたてると、ナマエはまた唸り声を上げて、オレの胸を叩いてきた。頭と唇を離してやれば、ナマエは肩で息をしながらオレを睨みつける。
「いひゃい!」
「ナマエが行儀わりィ罰だ。次からスプーンを振り回すなよ?飲みもんも溢した時はすぐに拭けよ?」
「いひゃい!」
「人の話聞けよ」
「いひゃい!」
ナマエはオレの上から下りると、居間から飛び出した。
数十秒くらいして遠くで悲鳴が上がり、ナマエが怒りながら戻ってきた。
「ひらが内出血ひへる!」
「キスマークだ。唇に付けないだけありがたく思え」
「ぷろひゅーほ、ひろい!」
「食事の席でのマナーにオレが厳しいのは知ってるだろ?わりィのはナマエだぜ?」
「ふんっ!」
ナマエは納得していない顔で席に戻ると、カフェラテを口に含んで、顔をしかめた。
「ひらがいひゃい」
「30分もすりゃあ治る」
「かふぇらへ冷めひゃう」
「淹れなおす」
「もー!」
ナマエはまた部屋を飛び出した。ナマエの反抗的な態度に、やり過ぎたとは思わない。どんなに怒ってても食事の席でスプーンを振り回すのは駄目だ。
暫くニュースを見ながらナマエの皿にフードカバーをかけたり、マグカップとエスプレッソカップを洗ったりとダイニングテーブルの上を片してから、ナマエのいるであろう寝室に向かった。
ナマエは靴を無造作に脱ぎ捨てていて、ベッドに丸まって枕を抱いていた。
「ナマエ」
背中越しにナマエに呼びかけるが、無反応だ。このオレを無視する気らしい。
仕方なくベッドに腰掛け、ナマエの背に触れた。
「ナマエが普段行儀良く食事してるのは知っている。だが、キレてるからってスプーンを振り回すのはいけないことだぜ。それくらい、ナマエならわかるだろ?」
ナマエは体を反転させて起き上がると、オレの後ろに回って体をくっつけ、抱きしめるようにオレの胸の前に腕を回してきた。
「わかる」
「テーブルを叩くのはギリ許すが、溢したもんはすぐに拭けよ?」
「うん……ごめんなさい。もうしません。次からスプーン置いてからキレます。溢したものはすぐに拭いてからキレます」
「ああ。それでいい」
ナマエは素直な女だ。自称恋愛のプロみてぇに変な駆け引きはしねぇから面倒くせェところがない。だから、こっちも素直になれる。
「ジェラートでも食いにいくか。冷たいもんなら食えるだろ?」
「うん。もう痛いの治ったけど、行く」
「治ってたのかよ」
「へへ」
ナマエはオレの頬に軽くキスをすると、靴を拾い上げて履き始めた。
「ジャケット取ってくっから玄関で待ってろ」
「私の上着もお願い」
「ああ」
ウォークインクローゼットまで服を取りに行き、ジャケットを羽織り、ナマエの上着を持って玄関に行くと、ナマエは携帯で電話をしていた。
「はい、ごめんなさい。うん、気をつける。次は手榴弾で吹っ飛ばして身元特定されないようにする。え?もっと経済的に?じゃあ、ちょっと考える。はい、はーい!チャオ!」
ナマエはオレに気付いて電話を切ると、肩を竦めた。
「リゾットからか?」
「うん。ニュース見たって。私の能力じゃあうまく遺体を遺棄できないから考える。まあ、掃除屋さんに頼んでもいいけど、すぐ来てくれないしご老体で畜生だからね」
「あいつを呼ぶ時はあいつを殺す時だけだな」
あの掃除屋はナマエの言う通り老体な上にクソッタレの畜生だ。前にオレが返り血だらけになった時に遺体と格好の清掃を依頼したら、遅れてきたあげくに洗剤をブン投げてきて、冬だってのに散水ホースで水を浴びせてきたクソじじいだ。あの時の屈辱は忘れねえ。
「その時は私も呼んでね。ねえ、ジェラート買った帰りに薬局に寄っていってもいい?」
「なんだ。薬局強盗して濃硫酸でも奪うのか?」
「ううん。普通にオキシドールとか洗剤類買って簡易爆弾つくる」
「やっぱ、オメー薬キメてんだろ」
またギャング映画か何かの影響だろうが、本当にやろうとするナマエのブッ飛んだ思考に心配になる。まあ、そんなアホなところも愛おしいわけだが、ホルマジオとかが最近のナマエを「ブッ飛び女」と揶揄すんのもわかるぜ。
「だーかーらー、やってないから!」
「そうかよ。ほら、上着持ってきたぜ」
ナマエの肩に上着をかけてやった。
「ありがとう。私ね、ピスタチオとチョコと苺がいいけど、ヘーゼルナッツもいいなあ」
「気がはえーな」
さっきまで死体遺棄の話をしていたのにもうジェラートの話かよ。
玄関を出て鍵をかけ、庭の喬木や芝の様子を確認しながら通りに出た。ナマエが手入れをしているお陰で庭はいつも綺麗に保たれている。
ナマエは習慣として喬木越しに隣人の家を睨みつけてフンと鼻を鳴らすと、オレの腕に自分の腕を絡めながらまだジェラートの味についてどれにするか相談してきた。
「そういや、レモンはどうした?好きだったろ?」
「飽きちゃった」
「……飽きっぽい女だな」
オレは自分に絶対的な自信がある。オレに飽きる女は元々レズビアンの女か、レズビアンになった女かのどちらかだ。例外はねえ。だが、ナマエにはそのケはねーし、ナマエの飽きっぽいところは例外に当てはまる可能性がある。オレに飽きたら"それまでの女"じゃあすまされねェくらいにナマエのことを愛しているから、「飽きた」と言われたらオレはナマエに何をするか自分でもわからねえ。
「飽きっぽいけど、本当に好きなものは飽きないもん」
ナマエはオレに回した腕に力を込め、オレを見つめる。恐らくオレのことを言ってるのだろうな。
「本当か?」
「うん」
「例えばなんだ?」
「カフェラテとか!」
そこはオレじゃあねーのかよ、と思ったがまあいいか。カフェラテは、飽きた時はいよいよだなくらいの代物だからな。