sotto la luna -prosciutto side-
「プロシュート、私のお日さま、お星さま」
空から差す白銀の光を掬うようにナマエは両手を胸の前で揃えて、その場で大きくクルクルと回りながら、オレに愛を詠う。ナマエが普段履くことのない高いヒールが危なっかしく、足をもつれさせねーか心配になるが、月明かりの下でシルバーの光沢のあるドレスの裾を膨らませながらオレに向ける笑顔を見ていたくてやめさせる気はおきなかった。
パーティ会場の外のルーフバルコニーにはオレとナマエしかいない。20人以上が優に入れるであろう広い空間にも関わらず、背の高く、大きな葉を垂らしている観葉植物が1つと赤色のベルベット調で脚先がゴールドの2人掛けソファとアクセントテーブルが隅っこに置いてあるだけだ。目立った照明はなく、足下に赤色のフットライトが申し訳程度な弱さで付いていて、夜の9時だとあまりにも儚く、満月ではなかったら、ナマエの顔もよく見えないところだった。
ナマエはスピンを止めると、黒い影を引き摺りながら軽い足取りでオレの近くに寄って来て、肘上までの長いレースのグローブを嵌めた両手でオレの片手を取る。
「どうした、"
「やっぱプロシュートと踊りたい」
「ペアダンスは苦手じゃあなかったのか?」
「実は練習してきたの」
「練習?おい、まさかオレ以外の男と練習したとか言わねーよな?」
「実はこっそりホルマジオと練習したけど…… あ、これ言っちゃダメだったんだ。あー、言っちゃったけど、ま、いっか。あのね、プロシュートと身長が同じくらいだからいいかなって。ほら、ホルマジオって私のことは妹みたいに思ってくれてるし、ね?」
確かにホルマジオはナマエのことを妹のように可愛がっている。ホルマジオがナマエを変な眼で見ている様子を今まで感じたことはないが、それでもオレ以外の男と踊るとは気に入らねえ。
「ナマエよォ、ホルマジオだって男なんだぜ?オレが他の女と踊ったら嫌がるだろ?」
「……そりゃあ、嫌だよ」
「そんな顔すんじゃあねーよ」
せっかく綺麗に着飾ったナマエの悲しげな顔なんて見たくはねえから、これ以上言うのはやめるしかねえ。
「じゃあ、踊ろ?」
「少しの間だけならな」
ナマエとルーフバルコニーからメインゲートを監視していたわけだが、ターゲットの乗るリムジンは未だ現れない。玄関ホールでターゲットが現れるまで待機しているギアッチョを信じてここはナマエを優先させてもらうか。そもそも、リゾットがメインゲートの監視をオレとナマエに任せたのはリゾットが気を遣ったからだ。割り当てられたのがほぼ置物レベルの仕事のお陰でこうしてナマエと呑気に話していられる。
今日のナマエは完璧な"
ナマエの高く結い上げた髪から覗く細い首筋から肩にかけて露出した肌は暗がりだと目立って白く浮かび上がり、消えちまいそうな程透き通って見える。こんなに綺麗に着飾ったナマエをこのまま踊りに誘わないわけにはいかない。
右手を後ろに下げ、左手をナマエの方へ差し出し、少し腰を折った。
「美しいお嬢さん、オレとダンスを踊ってくれるか?」
「喜んで」
ナマエの差し出した右手を左手で取り、グローブ越しにキスを落とし、右手でナマエの細い腰を掴んで引き寄せた。型は背中に手を当てるもんだが、こういうのは型通りやるもんじゃあねえ。女を楽しませられればなんでもいい。
右半身をナマエと密着させ、顎を引いてナマエを見つめた。ナマエの履くハイヒールのお陰でいつもより顔が近くなって、よく顔が見える。目尻を跳ね上げたアイラインに真っ黒に長く伸びる睫毛で縁取られたナマエの瞳は色濃い瞳孔を大きくさせていて、吸い込まれちまいそうなくらい綺麗だ。それに緩やかに閉じられた唇はナマエの可憐さに合うローズピンク色をしていて、グロスで艶やかに光り、キスしたくなる衝動にかられる。下地しか塗っていないであろう鼻さえも噛み付きたくなる程愛くるしく見える。元からナマエの顔立ちは気に入っているが、今日はより完璧だ。
オレの視線に擽られるようにはにかみ笑いをするナマエの顔を見つめながら、左右に揺れるだけのステップを踏んだ。緩やかなテンポのワルツが会場から僅かな窓の隙間を通り抜けて聞こえてくるが、ワルツなんて踊ったらナマエの顔が見られなくなるから論外だ。
「ねえ、そんなにじっと見ないで……」
ナマエは顔を背けて伏し眼がちになる。
「ナマエよォ、何今更照れたんだ?」
「だって、こんな間近で顔を見られたら恥ずかしいって」
「写真に収められない分、眼に焼き付けるしかねーからな」
写真という確かな記憶として今日のナマエを残しておきたいが、当然仕事中の写真を撮るわけにはいかねえ。
「じゃあ、帰ったら写真撮って?」
「ああ。千枚くらい撮る予定だが、この場にいるナマエを覚えておきてェんだよ。だから顔を上げてオレを見ろ」
「うへぇ……」
ナマエは困ったように形の整った眉を下方へ引いて、オレを見上げる。仕事中じゃあなければ、今この場で抱きしめて唇を奪い、そこのソファに押し倒してやるところだが、情欲を抑えて、左右にステップを踏みながらナマエを見つめ続けた。
ナマエは居心地悪そうにオレを見つめ返すが、段々と瞳を潤ませて耳を赤くさせ、下唇を軽く噛んだ。なんつー顔してんだ。
「あーもー、ダメ……」
「何が駄目なんだ?」
ナマエの腰を支えていた右手を尻まで撫で下ろして、柔い肉を掴んだ。ナマエは肩を震わせて、オレの右手を上から掴んで尻から離させようとしてきた。ナマエは余裕がなくなったのか、もうステップを踏むのをやめている。
「ねえ、今はダメだよ……!」
「何嫌がってんだ?いつもなら、自分から体押し付けてるよな?」
「でも、今仕事中……!」
「リゾットの心遣いを察しろよ。オレ達は置物みてぇなもんだ。今日ばかりはこういうことしていーんだぜ?」
右手でナマエの尻を撫でながら、ナマエの露出した耳へ口付けた。赤く染めている割には冷たい。耳の根元から繊細に孤を描く縁に沿って唇を滑らせていった。耳の弱いナマエは体を小刻みに震わせて、小さく吐息を漏らす。
「ん……プロシュート、ダメだって」
「駄目って言う割にはいつも拒否しねーんだよなァ〜?」
「だって、だって……!」
「今日のナマエは一段と綺麗だぜ?」
「ヒィッ」
ナマエの耳の小さな穴へ息を吹き込めば、ナマエはへなへなと耳を押さえながらしゃがみ込んだ。
「おい、どんだけ耳がよえーんだよ?」
「知らないけど、多分神経いっぱい通ってるからだよ!もー、私はプロシュートと踊りたかったのに〜!」
「仕方ねーな」
屈んでナマエの両腕を下から掴んで、引っ張り起こした。
「ちゃんと踊ってくれるの?」
「ああ」
またナマエの片手を握り、腰に手を回して崩れた型を取った。
「ワルツ 、練習したんだろ?それともタンゴがいいか?」
「タンゴはまだ無理。ワルツの基本ステップなら多分大丈夫」
「そんじゃあ、予備歩から基本2種のターンだな」
「うん。ウーノ、ドゥーエでいい?」
「ああ」
「じゃあ……ウーノ、ドゥーエ!」
3拍目の予備歩を踏み出し、会場の窓から聞こえてくる音楽に合わせてステップを刻む。ナマエをリードして基本ステップを繰り返すだけの簡単なもんだが、ナマエはオレについてくるのに精一杯のようで、足の動きがバタバタしている。
「あっ」
ナマエがオレの足につまずいたところを抱きとめて、ついでに尻の下と腰に両手を回し、ちょうどナマエの胸がオレの顔にくるくらいのところまで宙に持ち上げた。
「えっ!こ、怖いよ!下ろして!」
「やなこった。ほらよ」
ナマエを持ち上げたままその場で回転した。オレの視界には常にナマエが映り、ナマエがオレの肩に手をついてやだやだと叫ぶ。たまには本気で嫌がるナマエを見るのも新鮮でいいが、ついにナマエが両足をオレの体に巻きつけ、胸をオレの顔に押し付けて頭に抱きつくもんだから視界が塞がり、仕方なくナマエを地面に下ろした。
「おい、危ねーだろーが」
「じゃあ、持ち上げないでよ!」
「持ち上げたくなったんだから仕方ねーだろ」
「ええっ?どうして?」
「なんとなく、だな。猫の背を見れば撫でたくなるように、ナマエを抱きとめたら持ち上げたくなっただけだ」
「何その理論?というか、プロシュートは猫触るよりスーツ汚れるのを気にするじゃん!」
「当たり前だろ──おっと、ありゃあリムジンじゃあねーか?」
ふと、バルコニーの欄干を透いて地上の中庭の奥のメインゲートから白のリムジンが入ってくるのが見えた。恐らくターゲットだ。
「漸くおでましだな」
携帯電話を取り出し、ギアッチョとリゾットに電話を繋いでターゲットの登場を知らせた。これで仕事は終わりだ。
「次連絡が来たら撤収するぞ」
「あーあ。もー終わりなんだ」
ナマエはバルコニーの端にあるソファに座って、肘掛部分に両手をついてオレを見上げる。口を曲げて不貞腐れたようだが、オレを見つめる瞳はいつものように熱の籠もった色を帯びていて、なんとなくナマエの頬を指で擦った。
今日のパーティーに来る前からナマエはヤクでもキメたようにアホみたいなテンションでご機嫌だった。それが今は意気消沈していて、喜ばせてやりたいと思うがもうそんな時間はねーし、オレはさっさと帰ってもっと良いところでナマエとふたりになりてえ。
「オレは早く帰りてーけどな」
「なんで?」
「オメーを滅茶苦茶に抱きてーからに決まってるだろ」
「ヒィッ!」
「ヒィじゃあねーよ。わかりきったことだろ?」
「別にわかりきったことじゃあないよ!滅茶苦茶って何?優しくして!」
「何処女みてェなこと言ってんだ?ナマエはもう優しくだけじゃあ、満足できねーだろ?」
「う……もう、そう言うこと言わないでよー」
ナマエは両手で自分の体を抱いて、両脚をこすり合わせる。突如目の前に晒された催淫に促されるようにナマエの隣に座って、ナマエのスカートの中に手を伸ばした。
「な、何するの!?」
「連絡が来るまで触るだけだ。おい、なんか湿ってねぇか?」
「湿ってないッ……あ、うー……なんでこんなところで触ってくるの!」
「そりゃあ、猫の背を見れば撫でたくなるように、発情してる自分の女を見たら慰めたくなるだろーが」
「その猫の例え禁止!」
「だが、オメーが疼いてんのは事実だろ?その疼きをオレが取ってやるよ」
「ああ、もう……!」
両手で顔を覆うナマエの耳は赤く、嫌がる態度とは裏腹にナマエはぐったりしながら次第に脚を開いていく。
上機嫌だったり、不貞腐れたり、恍惚としたりまったく、忙しい女だぜ。そんな移り変わりの激しい女をここまで愛せるのはオレしかいねェと思っているが、果たしてナマエはそのことに気付いてんのかどうかはわからねえ。ただ、ナマエが唯一無二のものとしてオレを愛していることだけはとっくに知っている。