nostra vicina
お昼前頃のこと。知り合いのアメリアさんの家から帰宅する途中、お隣さんが下着姿で警察に連行されているところに出会した。近所から集まってきた野次馬の情報によると、どうやら自宅でお金を取って売春していたらしい。
「ねー!聞いて!お隣さんが売春で逮捕されてたの!」
帰って早速プロシュートに伝えた。とっても素敵なニュースに嬉しさが隠せない。
「なんか騒がしいと思えばあの脱色頭がか。まあそんな気はしていたな」
「前から怪しかったよね。プロシュートに色目使ってたもの」
前にプロシュートと庭の手入れをしている時に、お隣さんがわざとらしく裸同然の格好で洗車を始めてお尻とか胸とか見せてきたのを今でも覚えている。彼女は普段からプロシュートへの性的アピールが酷かったし、プロシュートは色目を使われる度に笑ってたけど、あの日のお隣さんの常軌を逸した行動は私の中で事件化していた。急いで庭師を雇って庭の灌木の代わりに背の高い常緑樹を植えてもらったけど、お隣さんがいなくなるなら常緑樹を灌木に埋め直してもいいし、プロシュートが狙われる心配もなくなった。
「オレに色目を使わない女なんていねーよ」
「確かに。シスターでさえプロシュートのこと涎垂らしながら見るからね。ねえ、これ一緒に食べよ」
知り合いのアメリアさんと一緒に作ったスフォリアテッラ──貝殻を模ったひだが何層もあるクリームパイ──の詰まったバスケットをプロシュートに見せた。
「旨そうだな。どうしたんだ?」
「アメリアさんのところに行って一緒に作ったの。レシピカードも貰っちゃった」
「また旧市街に行ったのか?」
「うん」
朝旧市街を散歩していたらアメリアさんに偶然出会ってそのまま家に呼ばれて恋人に作ってあげなさいと、スフォリアテッラの作り方を教わったのだ。
アメリアさんとは、彼女が旧市街でスリにあったところを助けてあげたのがきっかけで仲良くなった。プロシュートは無闇に知り合いを作るなと言ったけれど、アメリアさんのことは快く受け入れてくれている。多分、私が「お母さんみたいな人」と表現したのを重く受け止めているのかもしれない。年齢的にはアメリアさんはお婆ちゃんだけど、優しくて私のことを自分の子供のように可愛がってくれている。
「隣人がアメリア婆さんならよかったな」
「そうだよねー。でも、あのお隣さん引っ越すかもよ?」
「そうだな。近所の連中もそうさせるだろうしな」
「住民会でそんな話でそうだね」
ここは郊外の長閑な通りにあって、のんびりしていて私は好きだけど、住民会が定期的にあるし、悪い噂はすぐ広まる。ちなみにプロシュートは住民会に出たことはないらしいけど、自宅に怪しい人が出入りしてると一時期噂されていたのは知ってるらしい。その怪しい人はペッシのことだと思いたい。
「コーヒー作ってくるぜ」
「うん。お願い」
プロシュートがコーヒーを用意してくれている間に手を洗ったり、最近ハマってるジャズ界の新鋭ジョバンニ・ミラバッシのアルバム曲をかけながら、窓の外で野次馬が掃けていくのを見守ったりしていた。
暫くしてプロシュートが持ってきてくれた出来立てのカフェラテをいただきながら、ダイニングテーブルで横に並んでペーパーナプキンでスフォリアテッラを包んで口に運んだ。サクリと小気味の良い音が鳴って、バターとチーズの風味が口の中に広がる。少し食べ進めれば、サクサクのパイに包まれたアーモンドクリームがでてきた。
「美味しー」
「ああ。旨くできたじゃあねーか。生地はしっかり焼けてるし、クリームは甘すぎずちょうど良い」
「本当?プロシュートの為に甘さ控え目にしたの」
「そりゃあ、ありがてえな。大事に食うぜ」
プロシュートと身を寄せ合って、ジャズを聴きながら、お散歩の後に美味しいもの食べる。そして、問題のお隣さんは逮捕された──幸せ。
ほわほわした幸せを感じながらプロシュートにもたれ掛かれば、危ねえぞと怒られた。
「ごめんなさい。あのね、私今幸せなの、こうやってるのが。明日も明後日もそのあとも、プロシュートと一緒にジャズ聴きながらお菓子食べたい」
「毎日こんな旨ェもん食ってたら太るぜ?」
「その分運動するからいいの!」
「それなら、一緒にジャズを聴きながら菓子食って、一緒に運動するところまでが幸せのセットだな」
「一緒に運動?」
「聞くな。幸せの枠組みにあんだからわかるだろ?」
「あ……」
わかってしまって、恥ずかしくなった。確かにそれも幸せセットに入ってくる。
「ジャズ聴きながらするの?」
「どっちでもいい」
「言っとくけど、プロシュートを狙うお隣さんがいないってところもセットに入ってくるよ?」
「なら、あの脱色頭が出所するまでの期間限定だな」
「うん。それで出所後にそのお隣さんが引っ越したら期間が延長される」
「次引っ越して来るヤツがどんなのかも問題だがな」
「北欧人がいいな」
「善良な市民振ってる偽善者共か」
「私は北欧人好きだよ。ねえ、考えてみてよ。イタリア人が引っ越してくるよりはマシじゃない?」
「それもそうだな」
スフォリアテッラをまた食べ進めながら、次に越してくる住民を想像してみた。真っ先に、金髪の可愛い子供が2人いる北欧人の家族が思い浮かんだ。挨拶にスカンジナビア料理とか北欧雑貨を贈ってくれる仲の良い素敵な家族を想像して、更に幸せな気分になった。