anita ep4 end



金融会社社長暗殺決行日の夕方。
予定通りに金融会社の近くにある兄貴の待つ雑居ビルの3階まで上がり空室に入った。組織の管理しているビルらしく、一時事務所として使っていたのか机と椅子が壁際に10組程寄せられて置いてあり、埃を被っている。壁や窓にはカラースプレーで下品な単語が落書きされていて、窓の落書きの隙間から夕方の赤い日差しが部屋に差し込んでいる。赤く染まる部屋を黒い影で塗りつぶすように、空いた空間に兄貴は立っていた。
私は以前ここに来たことがある。その時は窓には恐らくブラインドがあり、薄暗かった。薄暗い部屋に入るか躊躇っている間にリーダーに部屋に引き込まれ、壁に押し付けられて尋問され、危うく殺されかけた辛い思い出がある。
でも、今日は違う。ドキドキしながら胸元を両手で隠し、兄貴の前に立った。

「よう。時間通りじゃあねえか」

「兄貴、今日は宜しくお願いするっス!」

「ああ。しかし、アニータっぽくねぇな。今からまともな敬語を話せ。手はどけろ。恥ずかしがってちゃあアニータじゃあねーだろ」

「はい」

言われた通りにちゃんとした敬語を意識して、手を離した。ジャケットの隙間から胸が半分丸見えになっている。兄貴の顔も恥ずかしくて見れない。
兄貴は私の周りを一回りしてじろじろと頭から爪先まで確認したあとに顔を近づけて来た。ふわりと兄貴の香水の匂いが香る。兄貴は私を見つめたまま私の髪に触れて、毛先をさらりと梳いた。うう。そんなことされるとますます好きになってしまう。

「化粧はちゃんとアニータらしくできてるじゃあねーか。あとは、態度や話し方に気を付けろ」

「わかりました」

「最終確認だ。最初から流れを説明しろ」

「まず会社に着いたら受付に行き、入館証を作って──」

事前に何度も確認した通りの流れを説明した。

「問題なさそうだな。あとはダニエレだが、奴のことは気にしなくていい」

「まさか暗殺したんですか……?」

サーっと血の気がひいた。
セクハラされてたとはいえ、敬語が上手くなったのはダニエレさんが気さくに話してくれたからだし、チップをいっぱいくれて私によくしてくれた。そんな人に死んで欲しくない。死んだなんて絶対嫌だ。

「おい。何甘っちょろいこと言ってたんだ。別に邪魔なヤツなら死んだっていいだろ?情が沸いたのか?」

兄貴は眉根を寄せて怪訝そうな顔をした。
兄貴は明言していないけど、きっと殺したのだろう。甘いかもしれないけど、ショックで胸は痛むし目眩がする。なんとか心許ない細長いヒールで倒れないように脚に力を入れた。

「違います……そんなことないです」

冷静を取り繕った私の返答に兄貴はフンッと鼻を鳴らすと、腕を上げて腕時計の時刻を確認した。

「そろそろだな。おまえは先を歩け。オレは間を置いてついていく。いいか?絶対オレを探して振り返るんじゃあねえぞ」

「はい。わかりました」

兄貴に言われるままにビルを出て、目的の会社まで歩いた。途中でナンパに会う度にガンを飛ばしながら、ジャケットのポケットからナイフをチラつかせて追っ払った。
会社に近づくにつれ、緊張してきた。ひとりで動くのは初めてだったし、たかが1件の暗殺案件でここまで練習したのも初めてだった。兄貴たちの期待に応えて何の失敗もなく終わらせたい。



*



「いやー、本当に馬鹿な社長っスね」

とあるホテルの一室で、兄貴がパソコンでデータを確認している横で、老化で絶命している社長を見下ろした。社長は身長約170センチ程の小柄さで歳は50代後半であったけど、髪は若々しく真っ茶色であった。それが今や老化で背が縮み、整えられていた髭もろとも毛色が白くなり、所々禿げている。
知り合いでもない人の死はどうでもよかった。むしろ、この人は死んでくれていい。変態だし、私以外の女性にもセクハラしてるだろうし。

「データは確認できた。まさか、本当にデータを持ってくるとはな。とんだ色情魔だな」

兄貴は呆れた様子でノートパソコンを閉じ、データの入ったデバイスをスーツのポケットに入れると、スタンドにノートパソコンを破壊させた。ノートパソコンはバラバラになり、物理的に破壊された。これでもし社長の会社用パソコンにデータが入っていても、問題はなくなった。
今回の案件はインサイダー取引を常習していた社長が取引相手のリストをデータとして残していて、その中にうちの組織の会社名があった為、データの回収と制裁として社長の暗殺依頼が来たわけだ。アニータとして近づいたのはアニータの会社の代表取締役が社長の顧客であった為、代表取締役の代わりに来たというテイで、社長に"目の前で自分の会社の名前をリストから削除して貰う"という約束を身体を代償に取り付け、データを持ってこさせる為だった。

「あいつら、遅ェな」

兄貴はイラついたように腕時計を見やった。チームからの連絡を待っているところだった。
社長の持っているデータは全て回収しろとの命令だった。今頃リーダーが会社の社長室や、会社サーバーにデータがないか確認している一方で、他のチームのメンバーが社長宅を捜索しているところだ。そもそもちゃんと訊問すれば、データの入っているデバイスが1つだけか吐かせることができたはずだけれど、私が社長を訊問している途中で兄貴がキレて社長を殺してしまい駄目になった。その時のことを思い出すと、果たして兄貴は私の為に社長を絶命させたのか気になってしょうがない。



***



「ひぃッ!殺さないでくれ!」

「吐けば、楽に殺すんで。さっさと吐いてくださいっス」

腰を抜かし子供のように泣き叫ぶ社長の傍に片膝をついてしゃがみ、社長の方にナイフを突きつけたまま脅した。
社長は隣にしゃがむ私と、壁際に寄りかかって社長を見下すプロシュート兄貴を交互に見やった。どうやって逃げようか考えてるのだろうけど、手っ取り早く私達が暗殺者であることを名乗ったので諦めてくれるはず。だから早くデータが複数あるのか教えて欲しい。

「くっ!わかった!話すから!話すから、せめて最期にお願いを聞いてくれ!」

「参考までにどうぞ」

せめてもの慈悲のつもりで、言葉だけは聞いてやろうと思う。勿論叶えてあげるつもりはない。

「裸を見せてくれ!」

「え?」

思わずナイフを持ったまま、両手で胸元を隠した。最期のお願いがそれでいいの。

「その今にも溢れそうな胸が、もう堪らんくて……下も穿いてないと言ったな?脱いでくれるか?そしたら、話す」

社長の瞳を爛々と輝かせながら、両手の指を曲げ伸ばしする様子に肝が冷える。
裸を見せたら、すぐに教えてくれるんだ。何も教えてもらえないまま殺してしまうよりはいいかもしれない。凄く嫌だけど、任務の為と思うと迷う。ジャケットの第一ボタンに指を掛け、取るか取るまいか手遊びするようにボタンを擦った。

「おい、ジジイ」

兄貴が壁際からこちらへ寄ると社長の首を掴み上げ、一気に老化させた。

「あ、兄貴っ……!」

「あ……あ……」

社長は掠れた声を発し、すぐに事切れた。元々半世紀を生きていた為かあっという間だった。

「チッ。ブッ殺しちまった」

兄貴はポイと死体を投げ捨てた。
『ブッ殺すと心の中で思った時、スデに行動は完了している』──いつか兄貴自身が言っていた通り、ブッ殺しちまったと言う兄貴はかっこいい。しかも、流れ的に私を守ってくれたように感じてしまった。兄貴はどういうつもりで社長を殺っちゃったか、凄く気になる。けど、聞けない。何でやっちまったんスか?なんて聞いたら、私が兄貴を責めているように聞こえるかもしれない。

「おい、また下も穿いてねェのか?」

兄貴にド直球の質問をされて顔に血が巡り、兄貴と目を逸らした。
実はメローネに下着が透けていることを指摘されたことが凄く恥ずかしく、白のタイトスカートを履く時は白のTバックか履かないかの2択であることを学んだ。Tバックなんて恥ずかしくて買えずに、透けるくらいなら履かない方がマシだと思って履かずに来た。
兄貴は多分下品な女が嫌いだから、そんなことを事実だと認めるわけにはいかない。

「穿いてるっス……」

「そんな顔しちゃあ、認めてるようなもんだろ。ったく、そこまで体張る必要はねーだろーが」

「ちゃんと穿いてるっス!そんなことより、データどうしましょう?2つ目があるんスかね」

誤魔化すように話題を逸らした。

「会社にはないと言ったが、信じられねェな。念を入れて会社の捜索はリーダーに任せて、邸宅は他のヤツらに任せる。それまで情報の確認をするぜ」

「わかったっス」



***



ここまで思い出して、やっぱり兄貴が尋問を終える前に社長を殺したのは私を守ろうとする為な気がしてきた。そうなると、とっても嬉しい。例えそれが妹分であるからという理由だったとしても。
それにしてもホテルで実質兄貴とふたりきりなんて、なんだか凄くドキドキする。露出の高い格好してるのもあって、私はイヤらしい気持ちなんだけど、兄貴はなんとも思ってなさそう。職務中だからそれが当然なのだろうけど、私には意識しないなんて無理。このままベッドに押し倒されたい。
兄貴を見つめ、マスカラをたっぷり塗った睫毛がばちばち音がなる勢いで瞼を瞬かせた。

「なんだ?眼にゴミでも入ったのか?」

「……なんでもないっス」

兄貴は本当に興味がないようなのでもう諦めよう。そもそも死体のある部屋で押し倒されるのも嫌だ。

「兄貴、リーダー達から連絡来るまでここにいるんスか?」

「ここにずっといるのも危険だな。早いうちに出た方がいい。オレはアジトに戻るぜ。オメーはその格好、早く着替えろ」

「着替えはここに来る途中のコインロッカーに仕舞ったんス。アジトの近くにあるんで途中まではついていくっス」

「仕方ねえ。タクシー拾ってやるから着替えるならアジトにしろ」

「兄貴ぃ!嬉しいっス!」

兄貴の好意に甘えて、ホテルを出てタクシーを拾い、コインロッカーで荷物を回収してアジトに舞い戻った。
全員複製データがないか探す為に出払っているから誰もいないはずなのに、アジトの居室には既にリーダーがいた。

「リーダー!データは見つかったんスか?」

洋服の入ったボストンバッグを胸の前に抱えて、パックリ開いた胸元を隠しながらリーダーに聞いた。

「社長室にも社内サーバーにもなかった。あとは邸宅にあるかだな」

「リーダー、仕事早いっスね。そういえば、いつから会社にいたんスか?」

「おまえが応接室から社長室に移動した時にはもう、社長室にいた」

「ヒィッ!じゃ、じゃあ……」

社長室でやったことを思い出して血の気が失せた。
リーダーはスタンド能力を応用して姿を消せるので、全然気づかなかった。いるなら言って欲しかった。

「ああ。全部見ていた。おまえの振る舞いはアニータらしくなかったが、それがいい方向に向かったわけだ」

「ああああッ!恥ずかしいっス!忘れてくださいっス!」

羞恥心に耐えられず、胸の前に抱いたボストンバッグに顔を埋めて体を左右に揺すった。
私がこんなにも恥ずかしがるのは、社長に対して実はパンティラインが透けないようにショーツも穿いていないことを告げ、「私を好きにしていいから」とか「なんでもしますから」とか、情報にある傲慢アニータとは違い、下手な色仕掛けで社長に迫ったからだった。それに加えて、ジャケットの前を少し開けたりもしたし、社長室を出るときに社長にお尻を揉まれたりもした。それを全部リーダーに見られてたなんて恥ずかしすぎる。

「おい、リゾット。覗き見とは趣味がわりィんじゃあねーか?」

兄貴が私の横に立つと、私の肩を抱いて言う。いつもくっつくと怒る兄貴に肩を抱かれるなんて滅多にあることじゃあないから、さっきまでの羞恥心を忘れて胸を高鳴らせた。

「ナマエが失敗した時の為だ」

「フンッ。妹分の面倒くれェ自分でみるぜ。おい、ナマエ。さっさと着替えてこい」

兄貴に押されるようにして脱衣所に向かうけど、リーダーの言葉に対する兄貴の反応に、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
リーダーが私を心配したのは、私が力不足だからだ。私の面倒を見る兄貴の顔に泥を塗ってしまったようなものだ。結局、アニータになりきれずに社長を下手な色仕掛けで釣っただけだったし、リーダーは今回のことで私の評価を落としたはずだ。
悶々としながら脱衣所で着替えを終えて、居室の3人掛けソファに座る兄貴の隣に座った。

「ナマエ、どうやら邸宅にはデータがなかったらしい。無駄に探しちまったが、今回の任務はこれで完全に終わりだ」

兄貴が教えてくれた。私の着替えている間に、邸宅捜索組が任務を終えて報告したんだ。
私が社長を尋問できていれば、探す必要もなかっただろうに。変態社長に怯んだ私の所為だ。

「兄貴、私頑張るっス!」

次に来る任務を思い、両手で握り拳を作った。

「ああ?何がだ?」

兄貴はこちらを向いて首を傾げる。

「次の任務で汚名挽回、名誉返上するっス!」

「……リゾット、今のナマエの台詞は聞かなかったことにしてくれ」

兄貴はリーダーの方を見ずに言う。

「無理だな」

「……ったく、ひとり立ちは当分先だな」

兄貴が片手で頭を抱えてソファの背にもたれた。
ふたりのやりとりの意味がわからずに取り残された感がなんだか寂しかった。早く皆帰ってこないかな。
あの4人がバイト先のカフェに来た時は迷惑で嫌だった反面、嬉しくもあった。今やその時の記憶が大事なものになりかけていることに自分でも不思議な気持ちになった。

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