illuso (2/2)
鏡の外に出されて、そのままふらふらしながらシャワー室に入った。
頭からシャワーの湯を浴びながら、ラックからボディソープを手に取り、肌に滑らせた。一度シャワーを止めようという考えは浮かばない。今すぐ体を清めたいから。
かちゃりと扉の開く音に私のスタンド能力を発動しようと思ったけど、今はそんな体力はない。私は無視して、体を洗い続けた。
「おれも入れてくれよ」
イルーゾォは私を後ろから抱きしめると、ボディソープのついた私の手を拭うように触れて、私の胸を洗うように円を描きながら撫でてきた。
怠さも媚薬の効果もまだ残っていた。だけど、イルーゾォの手首を掴んでやめさせるくらいの体力はある。イルーゾォの両手首を両手で掴んで抵抗すると、イルーゾォは私の耳に舌を這わせてきた。くすぐったく、また脳をおかしくするような感覚に肩を跳ね上がらせた。
「やっ……んっ」
「なんだここが弱いのか?」
執拗に耳の中まで舌を挿れてきた。脳が揺れる。体が跳ねる。中が濡れる。ああ、もう自分がわからなくなる。
*
イルーゾォの首に必死にしがみつき、太い両腕に足をかけ、抱っこされるような形をとった。イルーゾォは私のお尻を鷲掴みにし、深くまで何度も突き上げてくる。
「あっ……ああぁ、ああああ、やだッ、もう……やだッ!」
「ああ?嫌なら止めるぜ?」
「やめ、てッ!」
本当はもっと深くまで来て欲しいけど、イルーゾォの煽りに乗りたくなかった。自分自身、やめてと言ってもイルーゾォはやめないと思っていたからだ。
イルーゾォは予想に反して、本当にやめてしまって私を下ろした。
「おまえがやめろと言ったんだ。おれは体を洗って出るぜ」
ぽかんとした。自分から襲っておいて、途中でやめるなんて。でも、これ以上イルーゾォに凌辱されることはない。安心だ。
喜ぶべきところなのに、何故か喜べなかった。まだ、あそこはじんじんしていて、熱いのに。本当は奥の熱を取って欲しかった。私、頭おかしい。
イルーゾォは宣言通り、体を洗うとさっさとでて行ってしまった。私も汚されたところを入念に洗ってシャワーで流した。早く利尿作用のあるものを口に入れて、薬の効果を消したい。それさえ出来れば、イルーゾォを欲するなんてことなくなるはず。
シャワー室を出て、服を着た。上着に袖を通す時に兄貴の顔がチラついたけど、気にしないようにした。黒地に白色のヘリンボーン柄の上着は、兄貴のスーツとお揃いにしたくて、必死に探して買ったものだった。これを初めて見た時の兄貴の反応は今でも覚えてる。でも、今はそれを忘れよう。
居室に行けば、イルーゾォはソファに座り、またグラスに酒を開けて、飲んでいる。
「そんな余裕こいて、私のスタンドにやられるとは思わないんスか?」
「そんな必要があるかァ?おれらは愛し合った仲じゃあねぇか」
「しね」
顔を逸らして、恨みを込めて言った。何故かイルーゾォの顔を見ながら言う気にはなれなかった。
とにかく、こいつといると余計におかしくなるという自覚があったから、帰ろうと思い、居室を出ようとした。
「おい、ナマエ」
イルーゾォに呼び止められ、ピタリと足を止めた。
「今夜、なにがあるのか知ってるか?」
「なに?」
「セリエAのナイトゲームがあんだよ。ということはだ……」
「このゲス野郎!」
耐えきれず、上着のポケットに隠していたフォールディングナイフをイルーゾォに向けた。
「おいおい。そんな暇はねーだろ。試合まで30分を切った。もう来る頃だ」
イルーゾォの言う通りだ。今仲間が来たら、どんな顔して話せばいいかわからない。身体はまだ熱っぽいし、頭がおかしくなっている。
急いで帰ろうとナイフをしまい、居室を出ると、玄関からぞろぞろと人が入ってきた。ホルマジオにギアッチョ、ペッシ、そして──
「ナマエか。なんだ、帰るのか?」
兄貴が私に気づくと立ち止まり、首を捻る。ギアッチョとペッシは先に居室に行き、ビニール袋を手に提げているホルマジオは「よお」と、私の肩を叩いて挨拶すると、居室に行った。
兄貴がサッカーにつられて来るなんておかしい。家で観ればいいだけなのに。
酷く動揺して、呼吸まで乱れてきた。私、今普通に話せてる、かな。イルーゾォに抱かれたって兄貴にバレないかな。バレたら、私はもうおしまいだ。自暴自棄になって、自分でもなにをするかわからない。
「兄貴、なんでわざわざここでサッカーなんか……」
「イルーゾォが飯代出すっつーから来た」
シンプルな答えだった。サッカー観ながら皆でお酒を飲んで、宅配ピッツァでも食べるのかな。兄貴、そんなんでつられないで。
「そうっスか……じゃあ、私は帰るっス」
「おい。待て。サッカー観るわけでもねえのに、何故ここにいんだ?」
「そ、それは……」
兄貴の言う通りだ。今日、アジトに来る用事は無い。
答えに詰まっていると、外でバイクの止まる音が聞こえ、数秒後には扉が叩かれた。恐らく宅配だ。
「私が出るっス」
配達員に代金を払い、3段重ねのピッツァの箱とつまみかなんか入っているであろう紙袋を受け取った。
お金はどうでもよかった。イルーゾォに請求しようとも思わない。ただこの場をうまく切り抜けて逃げ出したい。
「これ置いてくるッス」
適当なことをいって居室に入った。テレビ台の方へ向くようにソファがずらされていて、ローテーブルを囲むようになっている。ローテーブルに持っていたピッツァと紙袋を置いた。
「凄く良い匂いがしますぜぇ!兄貴も座って早く食いましょうよォ!」
ペッシは大喜びで、ソファの後ろに立ち止まる兄貴に声を掛ける。
「おい、ナマエ。金払うからこっち来い」
このままひっそり帰ろうとすると、ひとり掛けのソファに座るイルーゾォに腕を掴まれ声をかけられた。今日この手に何をされたのか思い出して、体がぶるりと震えた。
「お金はいらないっス……」
「なんだよ。遠慮すんなよ。ほら、受け取れ」
イルーゾォに掴まれた手にお金を握らされた。けど、そのまま離してくれなくて腕を強引に引っ張られ、耳元に唇を寄せられた。
「このまま残れば、後で抱いてやる」
「ッ!黙れ!」
小声といえど、皆の前で言われて動揺した。腕を振り上げ、イルーゾォから離れた。
「おい、なにキレてんだよ。キレんなら、SSCが負けた時だけにしろよ」
こっちの状況をまるで知らないホルマジオが愉快そうに笑って言った。
「ああァ?SSCが負けたらキレるだけじゃあすまねぇぜ」
ギアッチョは既にキレていて、ひとり掛けソファの肘掛けを強く叩いた。
イルーゾォに抱かれたいなんて、そんな気持ちあるわけないのに。イルーゾォを睨みつけて今度こそ居室を出ようとすれば、今度は兄貴が私を呼び止めた。兄貴は3人掛けのソファの真ん中に座っていて、自分の隣に座ってサッカーを観ていけという。兄貴が隣の席を勧めてくれるのは凄く嬉しい。私はとことん兄貴に惚れてるから、迷うことなく頷いて兄貴の左隣に座った。
「なあ、ナマエ」
隣にいる兄貴を見上げた。硝子玉のような青色の綺麗な双眼に、色素の薄い金色に輝く髪。初めて見た時は見惚れたものだった。そして、面倒を見てもらううちに好きになってしまった。本当は兄貴に抱かれたかった。兄貴の可愛い妹分がイルーゾォに抱かれたと言ったら、兄貴はどう思うのかな。イルーゾォに怒ってくれる?それとも興味ない?
兄貴の気持ちはどうであれ、何故か私の中には罪悪感があって、兄貴と眼を逸らし、「何スか?」といつも通りの感じで用件を聞いた。
「いつもと様子がちげぇじゃあねェか?何かあったのか?」
「別に何もないっスよ」
「言いたくねーならいい。オメーは元々ここの地区じゃあねぇだろ。SSCは応援すんのか?」
「私は兄貴が応援するチームを応援するっス」
皆が皆ネアポリス出身じゃないのは知っている。その中でも、私は一番遅くに加入した。それにここに来てからあまり経っていなかった。建物の密集したネアポリスじゃあ、今でも迷子になることがあるくらいに慣れていない。
地元にいた時は地元のチームが好きだった。ネアポリスにいる今でも地元チームを応援している。だけど、大好きな兄貴が応援しているなら、そのチームを応援したい。
「つまんねー返答だな。ほら、飲め」
ローテーブルのビニール袋から、ホルマジオが買ってきたらしいビールを私に手渡してきた。アルコールは利尿作用があるけれど、どうだろう。酔ったら、まだ残る体の疼きは消えてくれるのかな。
プルタブに爪をかけた。
*
「なんで、SSCが負けんだよォオオォオオオォ!チクショーッ!しかも、メローネはなんで来るって言っといてこねぇんだよォ!クソがッ!クソッ!クソッ!」
ギアッチョが怒り狂って、自分の座っていたソファをひっくり返して、足蹴にした。
結局、SSCが負けてしまった。結構いい試合していたのに、後半がガタガタになっていて酷かった。それを観た皆のキレようは本当に怖かった。
「かーッ!あのレッドカードが尾を引いたな」
ホルマジオは酒気を帯びた顔色で、膝頭を打った。他にもペッシがお酒の匂いだけで酔って床に伏せ、イルーゾォは機嫌悪そうに足を組んで肘掛けを指でトントン叩いている。
「くだらねぇ……」
そういう兄貴も珍しく悪酔いしていて、背もたれの上に右腕をかけて頭を乗せている。兄貴のこんな姿見るの初めてだ。
「兄貴、酔ってるっスか?」
そういう自分も体内の薬成分を追い出そうと、お酒を多めに飲んでしまった。
ちゃっかり兄貴にもたれかけてみた。いつもくっつくと怒る兄貴だけど、私の頭に左手をやり、撫でてくれた。堪らなくきゅんとして、兄貴に抱きついた。このまま兄貴に抱かれたい。兄貴に体の熱を取り除いて欲しい。
「兄貴ぃ」
「おい、あんまりしがみつくな……あれだ。あれを持ってこい」
多分お水かな。兄貴の為にソファから立ち上がって、給湯室に向かった。
冷蔵庫からペットボトルの水を取り出した。振り返るとイルーゾォがいて、ペットボトルを取り落としてしまった。
「な、なに?何スか?」
「まだ、兄貴兄貴言ってんのか?なあ?おれに抱かれて良かったんだろ?今抱いてやるからよぉ」
イルーゾォが近づいてきたので逃げるように後退ると、腰がシンクにぶつかった。
「よっと」
体を持ち上げられ、台の上に置かれた。私は台に手をつき、イルーゾォを睨みつけた。背の高いイルーゾォとは台の上に乗って、ようやく視線が平行に絡み合う。今日何度も見た赤い瞳を見ると、ヒクつく程擦られた中が収縮するのを感じた。あれ、まただ。また、おかしくなる。
これからされることを想像すると呼吸が乱れ、心臓が凍てついたような苦しさを覚える。
頭を撫でられ、それから顎を摘まれ上を向かされた。鼻がぶつかり合わないように角度を変え、唇が重なる。イルーゾォの舌が口内に入ってきた。私はそれを拒否することなく、舌同士を絡めるように舌を弄ぐれば、後頭部を強く掴まれた。
嗚呼、始まる。
*
乱れた服を直し、落としたペットボトルを拾い上げて水を飲んだ。
「おい、わざわざ下に落ちたもんから飲むこたぁねぇだろ」
「うっさい」
イルーゾォを無視して、冷蔵庫から新しいペットボトルを取り出して給湯室を出た。居室に行けば、ギアッチョとペッシは床で寝ていて、兄貴とホルマジオはソファで寝ていた。
「ここでもう一戦やるのも悪くねぇな」
後ろからついてきたイルーゾォは私の胸を鷲掴みにして言う。
「さわんな!」
「おいおい。そりゃあねぇだろ。人の肩をあれだけ噛んどいて」
イルーゾォの言う通り、私は声を我慢するのにイルーゾォの肩を噛んでいた。けど、それとこれとは別だ。
全部薬のせいだ。薬を服用していなければ、こんなにイルーゾォを受け入れ、イルーゾォのことを好きになるはずなんてなかった。こんな変態ゲス野郎なのに。
「だがまあ、普段から生意気な奴をまた屈服させられるかと思うと堪んねえぜ」
イルーゾォがゲスな顔でゲスな笑みを浮かべた。
「薬のせいだから、勘違いするなっス。今後は今まで通りにするっスよ」
「それはまたここに聞きゃあ、どっちが正しいかわかるだろ?」
イルーゾォはパンッと私のお尻を叩くと、私の横を通り過ぎ、欠伸をしながら出入口へ向かう。ブッ殺してやりたい気持ちとまたしたいという気持ちで、心がぐちゃぐちゃになる。
「帰るんスか?」
「ああ。こんな野郎ばっかんとこで寝れっかよ。じゃあな」
イルーゾォがいなくなった部屋で、ひとりぽつんと暫く立っていた。
「チクショーッ!」
突然の叫び声に飛び上がりかけた。床に横になっているギアッチョの寝言のようだった。
「やれやれっス」
脱衣室のバスタオルを5つ持ってきて全員にかけてあげた。
最後の1枚は自分用で、イルーゾォの座っていたソファに沈み、バスタオルに包まって眼を閉じた。兄貴が独占してる3人掛けのソファでも良かったけど、今の自分にはそれだけはできなかった。