daniele ep -risotto (1/2)
※本編�W-�Bのリゾット版
時間通りに指定のバールの奥の席に座ってぼーっとしていた。バールにはジュークボックスが置いてあって、何百年前の曲なのかとツッコミたい程古いレコード曲──『Il sole mio』に耳を傾けながらカフェラテを一口飲んだ。今より酷い昔のネアポリス訛りくさい言葉に胃もたれしつつ、ミルクの濃いカフェラテで心を落ち着けていた。
男は時間通りに来た。ホルマジオが前に一度紹介してくれた情報分析チームの人だ。黒髪をセンター分けにした20代後半程の若い男性で、私を見つけると、まずはレジで飲み物を注文して、それからエスプレッソを片手にこっちに来た。
「いやー、遅れてごめんね。何せ自分の仕事こなしながら、こそこそこっちを進めるわけでしょ?しかも、外出時は申請しなくちゃだしさー。まあ、優秀だからこそできちゃうんだけどねー」
「能書きはいいから、資料をお願いします」
頼む側として態度が大きいかもしれないけど、威圧的にしとかないと、ナメられて秘密を口外されてしまうリスクがある。
「はいはい。これがダニエレ・スカンツィオの資料」
男は鞄から資料を取り出してテーブルの上の2つのドリンクに当たらないように上に差し出した。
「どうも。これを読んだら返すから待ってもらえますか?」
「ああ。でも、すぐに読んで欲しいんだよねー。チーム全員に秘密と言われちゃあ、そいつらに見つかった時が面倒だからさー」
男はヘラヘラと笑う。こういう軽いところで信用が揺らぐけど、初めて依頼した時シカンビーアの資料を素早く内密に調べてくれた実績があるから侮れない。
「だから、リスクの分報酬は弾むって言ってるじゃあないですか」
「さっさと金貰って早く帰りたいんだけどー」
「クソみたいな内容だったら困るんで、資料読んでからでいいですか?」
「じゃあ、オレ黙ってるわー」
資料にはダニエレさんの名前と顔写真、年齢、住所、所属会社等の基本情報と、現在の状況が書かれていた。
その内容にほっと胸を撫で下ろした。良かった──生きてる。
約半年以上前、ダニエレさんは兄貴に殺されたはずだった。兄貴がそう言ったから私は信じていたけど、心のどこかでは実は死んでいないのではないかとも思っていた。それが、つい数週間前にそれを調べる手立て──目の前の情報分析チームの男と、シカンビーア事件をきっかけに知り合えたから、ダニエレさんの生死と所在を調べてもらったのだ。
「生きてるとわかっただけ嬉しい……本当に良かった……」
「ああ。2ページ目にはおまえ達がそいつの会社の社長を暗殺した日のそいつの行動が書いてあるよ」
男に言われてクリップで止められた資料の2ページ目に目を通した。
「家と車が氷付にされ、その対応で会社を休む──ギアッチョの仕業だ……」
「味方の仕業になんでおまえが気付かなかったの?なんでそいつの死が隠されてんのよ?」
「さあ。教育の為、ですかね?」
適当に推測して答えた。
兄貴はあの日、ダニエレさんを本当に殺したのかは明言しなかった。でも、殺したような口ぶりだった。私が甘い考えを持たないようにあんな感じに言ったのかもしれない。兄貴の気持ちはわかるから、今はダニエレさんが生きていたという事実を喜ぼう。
「報酬はこの中に。口止め料込みです。ご苦労さま」
用意しておいた報酬の入った封筒を資料とともに男に手渡した。男は封筒の中身を見て、へへっと満面の笑みを浮かべると鞄に報酬と資料をしまい、席をたった。
「多少危険でもこれだけもらえりゃあ、また頼ってくれてもいいぜー」
「今回は仲間にも絶対秘密だから、多めにしただけですよ」
「へっ。じゃあ、バレねぇように気を付けろよなー」
男が去った後、ひとりカフェラテを飲みながら物思いにふけった。ダニエレさんの死を隠していたのは兄貴とギアッチョ、あとは誰だろう。私の教育の為といえど、嘘をつかれるのは気分がよくない。例えそれが、明言されていなかった嘘だとしても。
ああ、駄目だ──兄貴はきっと私の為に嘘をついたんだから、兄貴は悪くない。ダニエレさんが生きているという事実だけを考えなくちゃ。
「うーん……あー……んー」
「何を唸っている?」
カチャリと音をたてて、テーブルにコーヒーカップが置かれた。気配に全く気づかなかった。
リーダーが私の目の前の席についた。
「リーダー!なんでここに!?」
突然現れた相手に肩が飛び上がる程驚いた。
「暇人のおまえが秘密の用事と言って気になってつけてきた」
「また失礼な……まあ、いいっスけど」
確かに暇人だし、リーダーに言われる分には傷つかないしムカつかないからいいや。
「ダニエレ・スカンツィオのことを調べていたな?」
「はい……ダメだったスか?」
「駄目だな。おまえはダニエレの身を案じて調べていた訳だ。奴は任務に邪魔になる存在だった。その危険因子を潰すのは暗殺者として当然だ。オレならとっくに殺している」
「じゃあ、ダニエレさんが生きてるのは……」
「プロシュートの独断だ。ギアッチョまで噛んでいたとはな……」
「そう、なんスね……」
あの兄貴がダニエレさんを生かしておくなんて、驚きだ。兄貴は任務に関する事柄に対して容赦はしない。他人を巻き込んでも、どんな手を使っても任務を遂行する。それなのに生かしておくなんて。
「今からダニエレを殺しに行く」
「えっ!嫌っスよ!」
「ナマエ、いつかおまえがアニータだと気づかれて足取りを辿られる可能性がある。今すぐにでも殺す。そして、おまえの成長の為に──おまえに殺させる」
「そんなっ!」
知り合いを殺すなんて嫌だ。私にはそんなことできない。
「オレ達の邪魔になるものは今のうちに芽を摘んでおく必要がある。ダニエレがおまえの肉親ならオレも殺せとは言わないが、ただの顔見知りだ。やれ」
「ただの顔見知りじゃないっス。私によくしてくれたっス……」
「それで絆されるのなら、暗殺者として半人前だな。余計な知り合いは作るな。情を持つな」
「……本当にやるんスか?」
「オレたちの仲間であるならやれ」
リーダーの有無を言わせない言動にもう逆らうことはできないと悟り、喉が塞がるような感覚と心臓に痛みを覚えた。
*
ダニエレさんを殺すのは物理的には簡単だ。ダニエレさんの家に忍び込んで私物をエル・セブンに渡すだけだから。でも、リーダーは直接殺せという。面と向かってナイフを使い一突きで仕留めろと。なんでリーダーがこんなに厳しいのか理解できない。
夜遅く、車で郊外にあるダニエレさんの家に赴き、リーダーが先にダニエレさんを椅子に縛り上げ、猿轡をさせた上で身動きさせなくした。私は泣き叫ぶダニエレさんを目の前に、震える手でナイフを握りしめた。細いグリップで爪が手のひらまで到達して深く食い込んだ。
「ナマエ、やれ」
「リーダー……」
涙が出そうになるのを堪えて下唇を噛み締めて、リーダーを睨みつけた。体中が震える。立ってるのもやっとだ。
「ナマエ」
いつもより低く、威圧するような声。まるで命令に逆らうことを絶対認めないというような含みがそこにはあった。
私は目を瞑り、ダニエレさんの喉元に両手でナイフを突き立てて一気に引き抜いた。血が衣服に容赦なく吹きかかって、慌てて退いた。
手にまで血がついた。ヌルヌルとした血でナイフが手から滑り落ちてしまった。
リーダーがそれを拾い、ダニエレさんの服で血を拭き取った。それから、私と距離を詰めると頬を親指で拭った。
「顔に付いていた。手は水道で洗うといい」
知り合いを殺してしまったことで、酷く疲れ切っていてその場にしゃがみ込んだ。
「早く帰るぞ」
「もう動けないっス」
脱力してもう動く力が残っていなかった。
ふわりと体が宙を浮き、視界がリーダーの背中と床でいっぱいになり、リーダーの肩に担がれたことを悟った。
「早く家に帰りたいっス。兄貴に会いたいっス」
「それは同時にできないことだな」
リーダーは最後まで冷たかった。
→
時間通りに指定のバールの奥の席に座ってぼーっとしていた。バールにはジュークボックスが置いてあって、何百年前の曲なのかとツッコミたい程古いレコード曲──『Il sole mio』に耳を傾けながらカフェラテを一口飲んだ。今より酷い昔のネアポリス訛りくさい言葉に胃もたれしつつ、ミルクの濃いカフェラテで心を落ち着けていた。
男は時間通りに来た。ホルマジオが前に一度紹介してくれた情報分析チームの人だ。黒髪をセンター分けにした20代後半程の若い男性で、私を見つけると、まずはレジで飲み物を注文して、それからエスプレッソを片手にこっちに来た。
「いやー、遅れてごめんね。何せ自分の仕事こなしながら、こそこそこっちを進めるわけでしょ?しかも、外出時は申請しなくちゃだしさー。まあ、優秀だからこそできちゃうんだけどねー」
「能書きはいいから、資料をお願いします」
頼む側として態度が大きいかもしれないけど、威圧的にしとかないと、ナメられて秘密を口外されてしまうリスクがある。
「はいはい。これがダニエレ・スカンツィオの資料」
男は鞄から資料を取り出してテーブルの上の2つのドリンクに当たらないように上に差し出した。
「どうも。これを読んだら返すから待ってもらえますか?」
「ああ。でも、すぐに読んで欲しいんだよねー。チーム全員に秘密と言われちゃあ、そいつらに見つかった時が面倒だからさー」
男はヘラヘラと笑う。こういう軽いところで信用が揺らぐけど、初めて依頼した時シカンビーアの資料を素早く内密に調べてくれた実績があるから侮れない。
「だから、リスクの分報酬は弾むって言ってるじゃあないですか」
「さっさと金貰って早く帰りたいんだけどー」
「クソみたいな内容だったら困るんで、資料読んでからでいいですか?」
「じゃあ、オレ黙ってるわー」
資料にはダニエレさんの名前と顔写真、年齢、住所、所属会社等の基本情報と、現在の状況が書かれていた。
その内容にほっと胸を撫で下ろした。良かった──生きてる。
約半年以上前、ダニエレさんは兄貴に殺されたはずだった。兄貴がそう言ったから私は信じていたけど、心のどこかでは実は死んでいないのではないかとも思っていた。それが、つい数週間前にそれを調べる手立て──目の前の情報分析チームの男と、シカンビーア事件をきっかけに知り合えたから、ダニエレさんの生死と所在を調べてもらったのだ。
「生きてるとわかっただけ嬉しい……本当に良かった……」
「ああ。2ページ目にはおまえ達がそいつの会社の社長を暗殺した日のそいつの行動が書いてあるよ」
男に言われてクリップで止められた資料の2ページ目に目を通した。
「家と車が氷付にされ、その対応で会社を休む──ギアッチョの仕業だ……」
「味方の仕業になんでおまえが気付かなかったの?なんでそいつの死が隠されてんのよ?」
「さあ。教育の為、ですかね?」
適当に推測して答えた。
兄貴はあの日、ダニエレさんを本当に殺したのかは明言しなかった。でも、殺したような口ぶりだった。私が甘い考えを持たないようにあんな感じに言ったのかもしれない。兄貴の気持ちはわかるから、今はダニエレさんが生きていたという事実を喜ぼう。
「報酬はこの中に。口止め料込みです。ご苦労さま」
用意しておいた報酬の入った封筒を資料とともに男に手渡した。男は封筒の中身を見て、へへっと満面の笑みを浮かべると鞄に報酬と資料をしまい、席をたった。
「多少危険でもこれだけもらえりゃあ、また頼ってくれてもいいぜー」
「今回は仲間にも絶対秘密だから、多めにしただけですよ」
「へっ。じゃあ、バレねぇように気を付けろよなー」
男が去った後、ひとりカフェラテを飲みながら物思いにふけった。ダニエレさんの死を隠していたのは兄貴とギアッチョ、あとは誰だろう。私の教育の為といえど、嘘をつかれるのは気分がよくない。例えそれが、明言されていなかった嘘だとしても。
ああ、駄目だ──兄貴はきっと私の為に嘘をついたんだから、兄貴は悪くない。ダニエレさんが生きているという事実だけを考えなくちゃ。
「うーん……あー……んー」
「何を唸っている?」
カチャリと音をたてて、テーブルにコーヒーカップが置かれた。気配に全く気づかなかった。
リーダーが私の目の前の席についた。
「リーダー!なんでここに!?」
突然現れた相手に肩が飛び上がる程驚いた。
「暇人のおまえが秘密の用事と言って気になってつけてきた」
「また失礼な……まあ、いいっスけど」
確かに暇人だし、リーダーに言われる分には傷つかないしムカつかないからいいや。
「ダニエレ・スカンツィオのことを調べていたな?」
「はい……ダメだったスか?」
「駄目だな。おまえはダニエレの身を案じて調べていた訳だ。奴は任務に邪魔になる存在だった。その危険因子を潰すのは暗殺者として当然だ。オレならとっくに殺している」
「じゃあ、ダニエレさんが生きてるのは……」
「プロシュートの独断だ。ギアッチョまで噛んでいたとはな……」
「そう、なんスね……」
あの兄貴がダニエレさんを生かしておくなんて、驚きだ。兄貴は任務に関する事柄に対して容赦はしない。他人を巻き込んでも、どんな手を使っても任務を遂行する。それなのに生かしておくなんて。
「今からダニエレを殺しに行く」
「えっ!嫌っスよ!」
「ナマエ、いつかおまえがアニータだと気づかれて足取りを辿られる可能性がある。今すぐにでも殺す。そして、おまえの成長の為に──おまえに殺させる」
「そんなっ!」
知り合いを殺すなんて嫌だ。私にはそんなことできない。
「オレ達の邪魔になるものは今のうちに芽を摘んでおく必要がある。ダニエレがおまえの肉親ならオレも殺せとは言わないが、ただの顔見知りだ。やれ」
「ただの顔見知りじゃないっス。私によくしてくれたっス……」
「それで絆されるのなら、暗殺者として半人前だな。余計な知り合いは作るな。情を持つな」
「……本当にやるんスか?」
「オレたちの仲間であるならやれ」
リーダーの有無を言わせない言動にもう逆らうことはできないと悟り、喉が塞がるような感覚と心臓に痛みを覚えた。
*
ダニエレさんを殺すのは物理的には簡単だ。ダニエレさんの家に忍び込んで私物をエル・セブンに渡すだけだから。でも、リーダーは直接殺せという。面と向かってナイフを使い一突きで仕留めろと。なんでリーダーがこんなに厳しいのか理解できない。
夜遅く、車で郊外にあるダニエレさんの家に赴き、リーダーが先にダニエレさんを椅子に縛り上げ、猿轡をさせた上で身動きさせなくした。私は泣き叫ぶダニエレさんを目の前に、震える手でナイフを握りしめた。細いグリップで爪が手のひらまで到達して深く食い込んだ。
「ナマエ、やれ」
「リーダー……」
涙が出そうになるのを堪えて下唇を噛み締めて、リーダーを睨みつけた。体中が震える。立ってるのもやっとだ。
「ナマエ」
いつもより低く、威圧するような声。まるで命令に逆らうことを絶対認めないというような含みがそこにはあった。
私は目を瞑り、ダニエレさんの喉元に両手でナイフを突き立てて一気に引き抜いた。血が衣服に容赦なく吹きかかって、慌てて退いた。
手にまで血がついた。ヌルヌルとした血でナイフが手から滑り落ちてしまった。
リーダーがそれを拾い、ダニエレさんの服で血を拭き取った。それから、私と距離を詰めると頬を親指で拭った。
「顔に付いていた。手は水道で洗うといい」
知り合いを殺してしまったことで、酷く疲れ切っていてその場にしゃがみ込んだ。
「早く帰るぞ」
「もう動けないっス」
脱力してもう動く力が残っていなかった。
ふわりと体が宙を浮き、視界がリーダーの背中と床でいっぱいになり、リーダーの肩に担がれたことを悟った。
「早く家に帰りたいっス。兄貴に会いたいっス」
「それは同時にできないことだな」
リーダーは最後まで冷たかった。
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