vegas vaggio ep3
自分の大事な人たちが亡くなって悲しみに暮れている時に一番大事な人に疎まれ、距離を置かれてしまった。自分を理解して支えて欲しい人が隣からいなくなり、どうしたらいいのかわからなくなった。早く帰ってきて私を許して慰めて欲しい、なんて願うのは我儘なのはわかっているけど、彼がいないと立ち直れる気がしなかった。
「ナマエー、サーカス行くぞォー!」
プロシュートが出て行ってから1時間くらいして、ホルマジオがスペアキーで勝手に部屋に入ってきた。何事かと思って頭を上げてホルマジオを見ると、ニッと笑い、ベッドで枕を抱いて靴を履いたまま横になる私の脚を引っ張ってきた。
「ちょっと!やめて!」
必死に両手でシーツを掴んだけど、上半身をベッドの縁まで引っ張られてしまった。その場でシーツを掴みながらホルマジオを見上げて睨んだ。
「怒鳴る元気があるなら大丈夫だな。サーカス行こうぜェー」
「今はそんな気分じゃあ……」
「ギアッチョもメローネも待ってる。ナマエが来ねえとメローネはおめーを母体にベイビィにプロシュートを追跡させる、なんて言ってるぜ?」
「勝手にしたら?もうどうでもいい」
恐ろしいことを言われてるのはわかっているけど、今は放っておいて欲しかった。皆の顔を見るのが怖かった。ホルマジオはこうやって私に気を遣ってくれているけど、チームの未来を奪うようなことを私はしでかしてしまった。チームの幸せより女としての幸せを優先してしまったのだ。皆が内心私をどう思っているか考えるのさえ怖いし、申し訳なくなる。いっそのこと詰ってくれた方が楽に思えた。
「ナマエ、おまえの所為でオレたちチームはチャンスを失った。一生ボスを倒すのは無理だって思ってたところに転がってきた大チャンスをだぜ?」
ホルマジオが急に声の調子を落として私を責め始めた。いざ責められるとやっぱり胸が詰まるし、これからどれ程の言葉で傷つけられるのかという予感だけで胸が痛くなる。それでも、優しくされるよりはずっとよかった。
「……ごめんなさい。本当に、ごめんなさい」
「だが、そのチャンスの情報を得たのはナマエに人望があったからだ。ニコロはオレにさえ連絡を寄越さなかった。ナマエだけが人徳を持っていたってこったァ」
「……怒らないの?私の所為でチームはボスに冷遇されたままだよ……?何千億っていう麻薬市場を乗っ取れるチャンスを逃したんだよ……?」
プロシュートに言われて気づいたのだけれど、ニコロと闇医者を始末したボスの行動は、ドナテラ・ウナがボスの正体を掴む手がかりになっていたことを肯定していたのだ。もし早く行動に移していれば、と後悔に苛まれる。
「それはオレたちも思うところはあるが、そのチャンスはナマエのお陰で転がってきたようなもんだ。だから、そのチャンスをどう使おうがナマエの勝手だろ……と、思い込もうとしている。オレたちだって正直キツいぜ?ホンネを言うと裏切られた気分だが、ナマエを責めたってどうにもならねえしよォ、こんなに弱って可哀想な女を責められるヤツがいるか?いや、待てよ……プロシュートのヤツがいたな」
ニカッと歯を見せてホルマジオは笑った。本音を交えつつも私を責めようとしない優しさに胸を打たれて泣き出しそうになるのを堪えた。
「ありがとう……」
「ま、オレたちイタリア人は次のチャンスに期待!ってことで楽天的に行こうぜ?アメリカ人なら今頃カウンセリング通いの末に自分の脳天をブチ抜いてるだろうけどな!ワハハハハハ!」
ホルマジオは人差し指と親指で拳銃の形を作り、人差し指を自身の側頭部に向けたまま、親指でトリガーをカチャカチャと押すようなジェスチャーをした。
私を笑わそうとしてくれているのがわかって、ホルマジオの優しさに感謝の気持ちが込み上げてきた。
「ホルマジオ、本当にありがとう……」
ベッドにへばりつくような体勢でいたけれど、縁に座り直してドレスや髪を整えた。
「んじゃ、行くか?」
「でも……」
友達と知り合いの訃報を聞いて遊んでいられる程おめでたくはなかった。今は友達と知り合いの死を静かに偲びたかった。
「ちょっと、待ってろよォー」
ホルマジオがベッドルームから出て行くと、暫くしてロックグラスを片手に戻ってきた。
「何……?」
「気付け薬だ。元気でるぜ?」
「なんのお酒?」
ロックグラスの中には氷とウィスキーのような琥珀色をした液体が入っている。
「ブランデーだ。すげー果実の匂いがしてウマそうだぜ?これ飲んで元気だせ」
「うん……」
度数の強そうなお酒はあまり飲まないけど、お酒で少しは楽になることはある。ホルマジオからロックグラスを受け取ってグラスの縁に口をつけた。果実と濃いアルコール臭がするけど、グラスを大きく傾けて一気に煽ると、喉から胸へと焼けるような熱い感覚が下りてきてむせ返った。
「ケホッ……っうえぇ……ェホッ……これ、凄い……」
1時間くらい前に涙で熱くなった時の感覚とは違う、染みるような眼の熱さに加えて、身体の内から焼けるように熱が湧いてきてクラクラする。
「まあ、ブランデーだからな」
「度数いくつ……?」
「50くらいだろ」
「それはだめだよぉ……」
「おうおう、いい感じに出来上がってるじゃあねーかァ!よっしゃ、いくぜェー!」
ホルマジオに引っ張られ、ふらふらと視界の霞む中を歩いた。視界の隅がぐにゃりと歪み、会話も足元も覚束ないけれど、確かに悲しみは薄れて気分は悪くない。
サーカスをやっているのは別のホテルらしくてギアッチョとメローネ、ペッシの3人とも合流して一緒に別のホテルの劇場に足を運んだ。
暗い照明の中、質感の心地良いソファに座ると、そのまま寝てしまいそうになった。ただ開幕後のステージ上の煌びやかな装飾や劇団員たちの人間離れした華麗な技に眼が醒めて、心から凄いと思って興奮した他の観客と一緒に声を出して盛り上がり、宝石のように常に光を帯びた衣装を着た女性団員さんを見ると、大事な友達のことを思い出して涙が止まらなくなった。ふたりはいつかダンサーになるという夢の為に頑張っていて、本当なら今夜もステージに立っているはずだった。
「おおいィ、泣いてんじゃあねーぞォォッ!」
隣に座っていたギアッチョに怒鳴られて、泣くのを我慢しようとしたけど、無理だった。
私がギャングになってから、ふたりは初めての女友達だった。ふたりとも優しくてさばけた性格で話しやすく、仲間には言えないような恋愛の話がいっぱいできたし、私の知らない、女の子のキラキラした世界やドロドロした世界を教えてくれた。一緒にご飯や買い物を行った時は、自分が普通の女の子だと思えてそれが凄く嬉しかった。旅立つ前も、新婚初夜の為に、と色んな性技を教えてくれた。結局どれもまだ実践してないし、実践する未来も見えないけど、きっと実践する時はふたりのことを思い出して悲しくなってしまうんだろう。
「ごめ、だ、だって、イザベラとラウラのこと思い出して……!」
「だから言ったんだよォ!ナマエに劇場は駄目だって!ギアッチョが行きたかった方にすればよかったんだよォォ!」
ペッシがいうにはギアッチョはサーカスではないどこかに行きたかったらしい。
「ギアッチョ、どこ行きたかったの……?」
「そりゃあ、MGMホテルのボクシングの試合だろーが。でも、サーカスだって悪くはねェーぜ」
「じゃあ、ボクシング見に行かない……?」
サーカスなんて皆好きじゃあないだろうし、私も今はふたりの友達のことを思い出して悲しくなるから見たくない。それに男の人はショーよりボクシングなどの格闘技やスポーツが好きだと思うから、皆の行きたいところに行きたかった。
「ナマエはボクシング見て楽しいのかァ〜?」
「格闘技には興味ないけど、アリーナで見たら興味持つかもしれないから行きたいな」
「なら、行くか!」
サーカスのチケットは、ホルマジオがわざわざ知り合いから手に入れてくれたものだった。それでもホルマジオは「しょうがねえなァ〜」で済ませてくれて、皆で劇場を抜け出してMGMホテルに移動してボクシングの試合と試合内容の予想を楽しんだ。ギアッチョが見事に勝利選手だけでなく、ラウンド数に加えてKOか判定勝ちなのかまで当てたお陰で払い戻しが合わせて30倍程になっていて大儲けだった。配当にギアッチョが喜んでいるのを見ると私も嬉しくなってきて、悲しいことも忘れられた。
その後はベッラージョのナイトクラブに行って、楽しそうに踊る人たちを見ながら黒の革張りソファに座って4人と話しながらお酒を飲んで気分がよくなっていた。ただペッシが私の楽しむ邪魔をしてきた。気分転換に踊りに行こうと席を立てば止めてくるし、男の人からお酒を貰えば、「ヤク入りだからやめとけよッ!」と、私から取りあげて捨ててしまった。
ナイトクラブなのに、と思ってペッシから逃げるようにお手洗いに行くと、水道で股を洗ってる子やクレジットカードで白い粉を縦長に整えている子がいて、迷わずお手洗いの外に出た。
「"Hey, my cute italian girl!"」
困ったことに、さっきお酒をくれた男の人がお手洗いの外で待ってたみたいで英語で話しかけてきた。ダンスミュージックがうるさいし、英語だから余計に何を言ってるのかわからない。
「"No inglese! I can't speak English!"」
一生懸命身振り手振りで、基本的な英語で伝えたら相手は何故か両手を叩いて喜んだ。
「"Ohhhh! What a cute English! Leave fuckin' mammas' bitches alone! Let's boogie!"」
「"I'm not bitch! Vaffanculo!"」
男の人が何を言ってるかよくわからなかったけど、ビッチと言われたことだけはわかったからムカついて「クソッタレ!」と罵ると、人混みの中からペッシがこっちへ向かってきて、男と私の間に割って入ってきた。
「ナマエ!この男から離れろって!」
「この人、私のことビッチって言ったの!」
「本当なのかい?おい、おまえ!ナマエはビッチじゃあなくて馬鹿なだけなんだよ!」
「あんた、殴られたいの?」
「"Hey, mamma's bitch, what're you doing here?"」
「"Vaffanculo!"」
ペッシも男に向かってクソッタレ、と叫ぶと私の手を掴んで踊っている人混みの中へ入っていく。
「なんで付いてくるの?」
「兄貴の為だから!兄貴の弟分として、オレには使命があんだよ!それも知らずに、身勝手に動きやがって……この能天気な馬鹿ッ!」
「悪口下手過ぎ……」
ペッシに罵られるのは普段なら腹が立つけれど、こうやって助けに来てくれたことは感謝してるから、今回は言い返さないで流してあげた。
「ペッシは私のこと怒らないの……?プロシュートみたいな反応が当然とは思わないの……?」
「……オレは別に……かっこいい仲間とつるめている今がすげー楽しいから……でも、あのふたりの仇はとりたかったと思ってる……」
ペッシは凄く言いにくそうにしつつも答えてくれた。ペッシでさえ、そう思っているのなら、普段から自分たちの境遇に不満のある皆のことを思うと本当に申し訳なくなる。
「そう。ペッシ、ごめんね……」
「うわあ、明日からプール入れねえじゃあねーかよ!」
「どういう意味?」
「ナマエがオレに謝ったから!」
ペッシが言ってるのは多分、私がらしくないことをしたから、天候が荒れるってことだとわかった。ペッシにしては気の利いたことが言えていて、ペッシなりに励ましてくれているのが伝わった。
「ありがと……」
「え?なんだ?今、聞こえなかったけど、なんて言ったんだよ?」
口の中で唱えるように言ったお礼の言葉はやっぱりペッシには届いてなくて、ペッシは首らしき部位を傾けて聞いてきた。
「別に。早く戻るよ」
皆のところに戻ると、相変わらずお酒を飲みながらどの女性が好みか談義しているところだった。
「さっきお酒くれた人にビッチって言われた。アメリカ人嫌い」
「オレもアメリカ野郎は嫌いだな。オレがひとりになると必ず『ハッパ持ってるか?』って聞いてきやがるからな。だが、女は最高だ。見てみろよ、あのケツ。堪んねーぜ」
ホルマジオの眼線の先を見ると、細い腰にまん丸とした大きなお尻をセクシーに揺らしている女性がいた。
「オーナーの親族の女性と懇意になったばかりなんでしょ?彼女はどうしたの?」
「別のホテルに用があるとかで明日まで会えねえって。つまりは今夜はどの女と踊っても問題ねえってこった」
ホルマジオは立ち上がって、乱れたジャケットやシャツを整えながら、お尻の大きな女性に眼を向けた。彼女は他の男性と踊っているようだけど、ホルマジオは気にしていないみたい。
「ホルマジオが踊りに行くなら、私も行きたい」
「ナマエは行っちゃ駄目だって!」
「ペッシは私の親なの?」
「違うけどよォ……メローネとギアッチョもなんか言ってくれよォ〜!」
「オレが踊りの相手になれば問題ないだろ?」
「メローネ踊れるの?」
「踊れないイタリア人はいないだろ」
「じゃあ、ギアッチョとペッシも来て皆で踊ろ?」
「オレは踊りとか好きじゃあねェーよ!」
「私の為に付き合って!」
「引っ張んなってッ!」
ギアッチョの手を無理やり引っ張ってダンスエリアに向かった。
ダンスミュージックに合わせて身体を揺らして、髪を掻き上げてみたりして乗ってみたけど、やっぱり気分が乗らなくてリズムがズレていって、最後には棒立ちになった。
「帰るか……?」
終始棒立ちのギアッチョに言われて頷いた。
*
部屋に戻ってミニバーでお酒を飲んでソファに転がり、気付けば朝だった。
昨日ここに着いたばかりの頃は楽しかったことが嘘みたいで、頭が痛く気分は最悪で、バスルームで軽く吐いた後にプロシュートを探したけど、プロシュートはまだ帰っていなかった。そのことから、本当に私の友達と知り合いが亡くなって、プロシュートからも距離を置かれているという現実を目の当たりにしてショックでまた吐いた。
シャワーを浴びてバスローブに着替えてから、リビングルームで寝転がる4人を起こして私はベッドルームに閉じこもった。
ベッドの上に転がってぼーっとしていると、4人が遊びに行くぞ、と言ってくれた。それでも徹底的に無視して、生意気にもペッシに「寝くさってないで外にでろよ!」と言われた時はペッシからスペアのルームキーを奪って部屋から追い出した。後から思い直して、皆に「今はひとりになりたいから私を気にせず遊んできて欲しい」と伝えれば、漸く皆は部屋から出て行ってくれた。
そうこうしているうちに気づけばお昼をとっくに過ぎていて、お腹が空いていることに気づいた。ミニバーにあったシェリー酒を瓶ごと飲みながら、昨日記憶がないうちに何故か買っていたヌテラにスプーンを突っ込んでチョコレートをたっぷり掬い取り、口に入れた。口内に染み渡る甘いヘーゼルナッツチョコレートの味に、朝食を食べる時はいつも隣にプロシュートがいて、エスプレッソを飲みながら優しい瞳で私を見つめてくれていることを思い出した。いても立ってもいられなくて、ヌテラとシェリー酒を抱え、口にスプーンを入れたまま入口付近にあるクローゼットを開けた。中には予想通り、プロシュートの着てきたカジュアルスーツが綺麗にハンガーに掛かっていた。膝を抱えるようにして中に座り込み、スーツの匂いを嗅いだ。プロシュートのいつもの香りが鼻腔を通り、胸まですうっと入ってきて、心が落ち着くのと同時に寂しくなって涙が出てきた。
泣きながらプロシュートの匂いを嗅いでお酒を飲んでヌテラを食べるなんて、人のことを言えない程変態チックなことをしてるけど、誰も見てないからいいやと思ってプロシュートの匂いとヌテラに浸っていた。
「変態じゃあねーか」
ビクッと肩から飛び上がってしまい、声のした方を見ると、何故かスーツ姿のイルーゾォがクローゼットの前にいた。
「ホルマジオの馬鹿!最ッ低ッ!私のヌテラに薬盛った!しかも最低な幻覚!」
「最低はおまえの意地っ張りな性格だろ。素直に喜べ。このおれが来てやったんだぜ?」
「……幻覚じゃあないの?」
幻覚じゃあなかったら色々困るから慌てて涙を拭ってイルーゾォを睨みつけた。ただ、シェリー酒の所為で頭がぼうってして輪郭が少しぼやけてる。
「ほら、幻覚なら触れねえ……ってぇっ!」
イルーゾォが私と視線を合わせるようにしゃがんで手を伸ばしてきたので、その手をはたき落としてやった。
変態的なことをしているのを見られたバツの悪さに、クローゼットから出てヌテラを蓋を閉じてテーブルに置いて何もなかったかのように振る舞った。
「どうやって来たの?早くない?」
「朝一番の便に乗った。リゾットは今頃ニューヨークで任務中だな。そんで鏡を使ってあいつらが部屋を出たタイミングで開いた扉に滑り込んでこの部屋に侵入した」
「待って。あの人たち出て行ったのって、確か30分以上前だった気が……あれ?数時間前かなあ?」
「30分くらいだ。酔ってんのか?まあ、長い時間乱れた格好でベッドの上をゴロゴロするおまえを見れて最高に楽しめたぜ?何せ上も下も──おっと」
「最低っ!」
片手で乱れたバスローブを直し、もう一方の手でイルーゾォを殴ろうとしたけど、手を掴まれて止められてしまった。
「離して!」
「殴ってきたのはおまえの方だろ。言っておくが、結局見えそうで見えなかったぜ?それがまた良かったんだが……」
「変態!出て行って!」
「変態はどっちだよ」
イルーゾォはパッと手を離してくれた。このまま何かされると思ったのに案外簡単に離してくれたから拍子抜けした。
「それよりせっかくのベガスなんだからさっさと化粧してドレス着ろよ」
「それはもう昨日やったし……楽しんでいい身分じゃあないし……ああ、あんたにも謝らなくちゃね……私の所為で人生棒に振らせてごめんなさい……」
幾らイルーゾォが変態でも、私のしたことは簡単に許されることではなかった。7人もの仲間たちの人生を変えるチャンスを私の所為で駄目にしてしまったのだ。
「誰もおまえの所為だとか思ってねーよ。なんせボスの動きは早かった。おまえが吐いたところでおれたちがドナテラ・ウナからボスの正体を掴めたかわかんねーぜ?調べ始めた途端に速攻で消されてたかもしれねーし、むしろ話さないでくれて感謝だな」
「本当……?」
とてもじゃないけど、イルーゾォが本当にそう思っているようには見えなかった。きっとホルマジオと一緒で、私に対して思うところはありつつも、責めないでいてくれるだけだ。
「ああ。結果論だけどな。それで大丈夫なのかよ?」
「何が……?」
イルーゾォが心配そうに私の顔を覗き込むように首を傾げるのが嫌で、何を聞かれたかわかっていたけど知らない振りをした。イルーゾォに優しくされることに拒否反応が出てしまうし、頼りたくないと思ってしまう。それはプライド的な問題ではなくて、感覚的な問題だった。イルーゾォとは憎まれ口を叩き合う関係が一番しっくりきていて、なんとなくその関係を壊したくないのだ。
「何が、ってマジに酔ってんのか?一応朗報を伝えておいてやると、例の銀行強盗は全員死んだ。あいつらが人質を数人殺しても辺りを包囲した警察は動かず、わざわざ逃走車を用意して逃したはずが、道中で何故か車も犯人もバラバラになったらしい。マスコミの情報は規制されているが、入手した事後の映像だとスタンド攻撃を受けたみたいな状態だったな。誰がやったかはわからないが、強盗は正義のヒーローに裁かれたってことだ。いや、ダークヒーローか」
「……そうなんだ。よかった」
友達を殺した強盗については本国に帰ったら殺すつもりでいたから手間が省けてよかったし、傷ついた心の癒しにもなった。彼らが死んだことがイザベラとラウラの救いになるはずだ。イルーゾォがわざわざ時間のない中で調べてくれたことも、今なら素直に感謝できる。
「その銀行強盗の素性がうちの組織で麻薬の運び屋やってたジャンキーだとかなんとか面倒な情報もあるが……これで少しは前向きになれたか?」
「うん……ここに来る前に急いで調べてくれたんだよね?時間なかったと思うのにありがとう……その正義のヒーローについては帰国したら調べよっかな」
「ま、その辺は町中が調べてるだろうがな。それよりも、だ。カジノがどんな感じだったか教えてくれよ。あと、腹が減ったな。何か食いに行こうぜ?」
「イルーゾォと一緒にはいられないよ。プロシュートにみられたら勘違いされちゃう」
「……だな。さてと、オレはホルマジオやペッシにナマエがクローゼットの中でナニをしてたか話しに行くか」
「最低!傲慢!悪魔!ゲス!傲慢!」
優しい、と思った私が馬鹿だった。
ホルマジオはともかくメローネとペッシにだけは知られたくない。メローネにはいつも変態、と罵っているのに自分があんなことをしてたなんて人のこと言えないし、ペッシに関しては歳上としてのプライドと、ペッシより先にプロシュートの下から卒業した身として弱みになるようなことは知られたくない。
「傲慢は関係ないだろ。マジで腹減ってんだ。ひとりで食う気になれねえし、来たばかりでここに辿り着くのにも苦労したんだぜ?案内がてらに付き合えよ」
「わかった……」
仕方なくドレスを着て化粧をした。背中のリボンは四苦八苦しながら適当に結んでイルーゾォの前に出ると、「綺麗だ」って真面目くさって言ってくるもんだから流石に照れたけど、イルーゾォの眼線が下がっていることに気付いて指を鳴らした。
「私の顔ここだから!メローネと一緒の反応しないで!」
「なら、そんな格好すんなよ。見せてえから着てんだろ?」
「違うの!プロシュートが他の女に目移りしないように露出してるの!」
「健気なこった。そんな女を捨てて、今頃プロシュートは他の女とナニしてんのか」
「それは……言わないでよ」
それは何度も頭を過ぎっていたことだった。世界中から女優のように綺麗な女性が集まるところで、私への愛情が揺らぐプロシュートがひとりになったら、そういうことが起きても仕方がないし、自然なことに思えた。勿論プロシュートはそんな人ではなく、私のことを愛してくれていることはわかっているけど、魔が差すことなんて誰にでもある。プロシュートのたった一瞬の隙に付け入ろうとする女性なんて腐る程いる。そもそもプロシュートは行く先々で女性の方から身体を差し出してくる程素敵な人だから、本当に仕方のないことだと思う。
「だが、事実だ。おまえと出会う前に何人の女と寝てたか知ってるか?スゲエ量と質だぜ?それにおまえと出会ってから付き合うまでにも数人とは寝ているだろうし……」
「やめて!聞きたくない!なんでそんなこと言うの?」
せっかく着飾って前向きになれたところで、不安を煽られて悲しくなった。
「……悪かった。今言ったことの1割は嘘だ」
「最悪なフォローありがとう!」
「ぐだぐだ言ってねえで、早く行こうぜ?ってぇーな!暴力女!」
腰に手を回してくるイルーゾォの手をつねってやった。
「触らないで!」
「くそっ。こっちはプロシュートの代わりになってやろうって思ってんのによ」
「プロシュートの代わりなんて……そんな人存在しないから」
プロシュートは毎日愛を感じさせるようなことを言動で示してくれた。あれ程私に愛を注いでくれる人は何百回と人生をやり直しても出会えないと思ってる。
「どうだろうな。このひでーリボンを結び直すくらい役なら代われるだろ?」
「なにすんの!?」
イルーゾォに背中を隠すリボンを解かれてしまい、慌てて背中をイルーゾォから隠した。
「イタリアーナがリボンの一つもまともに結べねえなんて恥ずかしいだろ?」
「……じゃあ、さっさと結んで」
確かにせっかく着飾ったのにドレスのリボンがちゃんと結べてなかったら恥ずかしいから、屈辱を耐え忍んでイルーゾォに背中を向けた。昨日ネクタイのことでギアッチョに偉そうにしていたから尚更断れなかった。
「ほらよ」
両肩を押されて前のめりになってしまい、咄嗟に扉に両手をついた。扉から離れようとする間もなく、私を扉に押しつけるようにイルーゾォが体を密着させてきて、扉についた両手の上に包み込むように手を重ねられて指を絡め取られ、動きを封じられてしまった。
やられた。イルーゾォなんか信じるべきではなかった。
「離れて!プロシュートに言いつけるよ!」
「そのプロシュートはもう戻ってこねえかもしれねーんだぜ?聞くと、相当怒ってるみてえだからな」
イルーゾォが誰から聞いたかは知らないけど、プロシュートが私に連絡のひとつも寄越さず帰ってこないのは、相当怒っているからってことくらい私でもわかる。でも時間を置けば、プロシュートは絶対に戻ってきてくれると私は信じてる。だって、プロシュートはいなくなる時にいつもみたいに私の頭を撫でて耳にキスをしてくれた。まだ私への愛情は少しはあるはず。
「……そのうち戻ってくるよ。ねえ、こんなことやめてよ……!」
「やめねえ。なあ、賭けないか?プロシュートが戻ってくるか」
「変態!クズ!」
「話を聞けよ。犯そうと思えば、おまえのことなんかいつでも犯せる。そうしねえのは……おれはおまえが好きだからなんだよ」
言葉が詰まった。
イルーゾォの声はいつもと違ってトーンが低く、上から物を言うような傲慢さを感じない。本心から言っているように感じて、それが逆に困った。冗談として流せない。
イルーゾォはずっと私とヤりたいだけだと思っていたのに、純粋に好きと伝えられてなんて返せばいいかわからないけど、その気持ちに応えられないことだけは確かだ。
「……私プロシュートと付き合ってるんだよ?婚約してて、結婚の為にここまで来てるんだよ?」
「戻ってこなければ、おまえたちはもうお終いだ。プロシュートが帰ってこなかったらおれと付き合えよ」
「プロシュートは絶対帰ってくるから!」
「そう思いたければ、そうしろよ。この指輪はもらっていく」
埋められない男女の筋力の差に抵抗も虚しく、左手の薬指から無理やり婚約指輪を取られてしまった。
「返して!」
「プロシュートが戻ってきたら返してやるよ。戻ってこねえ時は一緒に捨てに行こうぜ?」
「そんな……!」
「ナマエ、こんなにもアプローチしてやってんだから、少しはチャンスをくれたっていいだろ?」
「アプローチの仕方悪過ぎ!私のどこがいいわけ?それに私がプロシュートのこと心から愛してるって前に言ったじゃん!なんで邪魔するの!?」
「その理由はもう言った。どこがいいって言われれば、最低でも100個はあげれるぜ?一つずつ耳元で囁いてやろうか?」
ハア、と耳元で息を吐かれた。好きでもない人の、興奮しているような荒い息遣いを敏感なところに感じて背筋が震えて、鳥肌が立った。
「いらないから早く離して……!」
「一丁前に感じてんのか?」
「なわけないでしょ!」
『エル・セブン』を出してイルーゾォを私の体から引き離させた。すぐにイルーゾォのスタンドに捕まっちゃったからスタンドを引っ込めたけど、距離を取れただけで十分だ。
「あんたが悪いんだからね。ほら、指輪返して」
私がスタンド能力を使ってまで抵抗したことにより、不機嫌になるイルーゾォに向き直って片手を出して促した。
「プロシュートが帰ってきたら返してやる。絶対帰ってくんだろ?だったら、それでもいいだろーが。まさか自信がねーとか言うのか?」
「……プロシュートは絶対帰ってくるよ」
「なら、いいだろ?プロシュートが帰ってきたら、指輪を返すことを約束してやる」
イルーゾォは指輪を手にしたまま、偉そうに言ってきた。
言いようにやられた気がする。約束を守ってくれるかちょっとは疑わしいけど、流石のイルーゾォも指輪を捨てたり粗末に扱ったりする程堕ちてないと信じたい。
「わかった……約束守ってね?」
「ああ。んじゃあ、いい加減飯行かねえか?ちなみに飯行かねえならこの指輪返さねえからな?」
「条件追加すんな!タコ!」
約束したばかりなのに条件を足すイルーゾォにムカついてつい暴言が出てしまった。
「誰がタコだよ。ほら、リボン結んでやるから背中出せよ」
「変なところ触らないでよね!」
疑いつつも、自分ではきちんと結べないから屈辱を耐えてイルーゾォに背を向けると、特に何事もなくあっという間にリボンを結んでくれた。
「さっさと行こ……ん、なんの音?」
「おれの携帯だ。待ってろ」
イルーゾォはポケットから携帯を取り出すと、電話をし始めた。多分リーダーからみたい。
先に廊下に出ていようと思ってスペアキーを持って部屋を出ると、廊下の向こうには見知ったブロンドにダークスーツを着た男の人がこちらへ向かってきていて、私を見て立ち止まったように見えた。まさか、と期待に胸が高鳴り、ダークスーツを着た人の顔を必死に見つめながら走り寄った。数メートル近くまで距離を縮めれば、間違いなくプロシュートであることがわかり、真っ直ぐプロシュートへ駆け寄った。
約半日振りに会うプロシュートの顔は彼が出て行ってしまった時とは違い、少し柔らかい表情が見て取れる。もう怒ってはいないように見えるけれど、私の為に怒りを我慢してくれているだけかもしれない。
「プロシュート、戻ってきてくれたの……?」
「ああ」
「そう……あの、ごめんなさい!私の所為でチームがのし上がるチャンスを失っちゃって……本当にごめんなさい」
プロシュートに申し訳ない気持ちと、許して欲しい気持ちで謝った。こんな簡単な謝罪の言葉だけでは許されない事をしたのはわかってる。皆は私を気遣って責めないでいてくれているみたいだけど、本当はプロシュートみたいな反応が普通のはずだ。
「そのことは気にするな。もう何も言わなくていい」
「本当……?プロシュートはそれでいいの……?人生を変えるチャンスを私が潰したんだよ?」
「ナマエが何を一番に大事にしているのか、オレは理解している。理解しているから今回の件について、ナマエを責めることはしねえ。それに人生を変えるチャンスはまだある。こうなった以上はボスの待機命令に従い、帰国するまではここで楽しむつもりだ。だから気にすんな」
「ありがとう……」
本当に私の所為でプロシュートの目的が一生駄目になってしまったかもしれないのに、たった一日で許してくれたことにどう感謝していいかわからない程の恩義を感じた。皆もそうだけど、プロシュートは優し過ぎる。
「どこか行く途中だったのか?」
プロシュートは私の首筋辺りに手を触れ、私の顔を見て首を傾げた。
「あ、今からイルーゾォとご飯行くところで……」
先程イルーゾォと繰り広げていた攻防戦を思い出して緊張し、言葉に詰まった。その内容をプロシュートに言ったら多分、殴り合いだけじゃあ済まなくなる。恐らく、血をみることになる。
「……あいつが来てんのか?」
「うん。朝の便で来たってさっき会ったばかりで……」
「部屋にふたりでいたのか?」
「ふたりって言っても別にいつも通りの感じだったよ……?そうだ。プロシュートも一緒にご飯食べよう?3人で仲良く……そんな顔しないで!」
私が話せば話す程、プロシュートがみるみる顔を険しくさせるのでお願いをした。
「少人数であいつと飯はごめんだ。早く部屋に戻ってシャワー浴びて仮眠をとる。昨日から寝てねえからな。ナマエはマジにイルーゾォと食事しにいくのか?」
「ううん。プロシュートの隣で一緒に寝たい。ずっとくっついてていい?」
「ああ。眠ィからなんもしてやれねえが、好きにしていい。そのあとならナマエの話をゆっくり聞けるからな」
プロシュートが私の肩を抱いて頭にキスをしてくれた。私の話とは多分、昨日色々あったことについてで、私のことを心配してくれているのがわかっただけでも嬉しかった。
安心して一緒に部屋に戻る途中、プロシュートに突然左手を掴まれた。
「な、なに?」
「指輪はどうした?」
「あ、えっと……部屋に置いてきた……いたっ!プロシュート、痛いよっ……!」
プロシュートに手を強く掴まれて、部屋まで引っ張られた。
部屋に着くと、イルーゾォの姿は見当たらなかった。プロシュートが戻ってきたのに気付いたのかもしれない。安心したけれど、プロシュートは私の手を離すと部屋中イルーゾォの姿を探し始めた。
私はそんなプロシュートが怖くて入り口に立っていると、ソファの前のカクテルテーブルの上に置いておいたヌテラの瓶の上に、銀色に光る指輪を見つけた。ソファに座わるだけの振りをして急いで指輪を左手につけ直すと、約束を守ってくれたイルーゾォに安心した。ゲスはゲスでもそこまで堕ちてなかったみたいだ。
「あいつ、逃げやがったな……」
プロシュートはバスルームからリビングルームに戻ってくると、ソファに座る私の隣に座った。
「プロシュート、指輪付けたよ?」
「……そうかよ」
私の顔を両手で支えるように掴むと、ジッと眼を合わせてきた。私の顔から嘘の表情を読み取ろうとしているみたいだ。
「なあ、イルーゾォが逃げたってことはやましいことがあったってことじゃあねーのか?え?そうだろ?」
「やましいことってなに……?」
「あいつとヤったのか?」
「そんなわけないよ……」
「確認する」
「んっ……!」
唇を重ねられ、唇や歯の間を舌でこじ開けられて口内を弄られた。すぐに唇は離されたけれど、プロシュートはいつものように私を見つめることなく、眼を合わせずに部屋中に視線を巡らせた。
「シェリー酒とヘーゼルナッツチョコの味だな……ヌテラはあるがシェリー酒はどこだ?」
口内の味をみられて、ヌテラはともかくお酒の種類まで当てられて恥ずかしいけど、今はそれどころじゃなかった。まるで尋問をするように、プロシュートが裁くような眼付きで私を見てくる。少しでも変なことを言えば、怒鳴りそうな雰囲気をしている。
「えっと……どうだったかな……」
確かお酒を飲みながらヌテラを食べていたことは覚えていて、その後は──記憶を辿ろうとしても、プロシュートに睨まれている緊張でうまく思い出せない。
「まあ、いい。背中を見せろ」
「なんで?」
「いいから背中を見せろ、つってんだよ」
怒りを抑えつつも、怒ったようなプロシュートのものいいに怖くなって言う通りに体を捻ってプロシュートに背中を向けた。
「リボンはどうやって結んだ?オメーはひとりじゃあ、結べなかったよなあ?これ」
「イルーゾォに結んでもらったけど……でも、やましいことはしてないよ?」
背中を見せるのはやめてプロシュートに向き直った。怒ってる顔が怖いけど、嘘をついていると思われたくなくて必死に眼を合わせた。
「そうか……なら、次は下着だな。脱げ」
「な、なんで脱がなくちゃいけないの?」
「下着の汚れを確認する。ヤってんならぐっしょり濡れてるだろうしな。何もなくても持ってきた下着を全部確認する。汚れた下着を隠してるかもしれねえからな。ほら、脱げよ。自分で脱がねえならオレが脱がしてやろうか?」
「……プロシュート、怖いよ……本当に何もしてないのに……」
結局イルーゾォにはいつものセクハラをされただけだし、一瞬でもイルーゾォに気持ちが傾いた瞬間はなかった。それなのに殺気だって責められて怖くて仕方がない。
「なら、何故指輪をしていなかった?オレから気持ちが離れたから外したんじゃあねーのか?」
「それは……一旦外して……付け忘れたの……」
イルーゾォに取られた、なんて言ったらどれほど恐ろしいことか起きるのか容易に想像できて本当のことを言えなかった。
「だから、何故外したかこっちは聞いてんだよッ!さっさと言いやがれッ!」
「……っ……!」
大好きな人に大声で怒鳴られて、震え上がる程怖くて喉がキュッと締まって息苦しい。
私がプロシュートの妹分だった時も、こんな風に怒鳴られたことはあるけれど、悪いところを叱って正そうとする優しさを感じていたからむしろ嬉しかった。でも今のプロシュートの怒鳴り声には責められているような感じを受けて、ただ恐怖とこの先嫌われるかもしれない、という不安で胸に重くくる。
「何そんなにビビってんだ?オレがオメーを愛してるからこそ、浮気してねえか心配で聞いてんだぜ?浮気してねえなら、指輪を外した理由を言うだけで済む話だろ?わかるか?え?オレの言ってること」
プロシュートに指輪を外した理由なんて絶対に言えない。今はその場を誤魔化すしかなくて、「浮気」という単語でハッとあることを思い付いた。
「……プロシュートも浮気してないなら脱いで」
「……何を言っている?」
「プロシュートも夜いなかった!何もないって信じてるけど、私のこと疑うなら脱いでよ!」
「……チィッ」
プロシュートは舌打ちをすると、ジャケットを脱ぎ捨て、ネクタイを外し、シャツを脱いだ。
その時、プロシュートのスーツから仄かにムスク系の官能的な匂いが鼻腔を擽った。それが何か引っかかりつつも、プロシュートが上まで脱ぐ意味がわからなくてそっちの方が気になった。
「上はいらないよ……」
「潔白だからこそ見せてる。オメーも全裸になれ。どこにどんな痕付けられたかわかんねえからな。体の隅々まで確認する」
プロシュートが自分のベルトに手を掛けた時、ハッとあることを思い出した。これがもしかしたら、私がプロシュートへの気持ちが離れたわけではない証拠になるかもしれない。
「……クローゼットの中」
「何がだ?」
「クローゼットの中にシェリー酒置きっぱなしなの……!お願い、一緒に来て!」
プロシュートの手を引っ張って、クローゼットの前まで誘導して、中を開けた。中には記憶通り、プロシュートの匂いのするスーツがハンガーで吊るされていて、瓶の口が開いたままのシェリー酒の瓶がその近くにちょこんと置いてあった。
「何故こんなところに酒が置いある……?」
「私、これ飲みながらプロシュートの匂い嗅いでたの……!」
凄く恥ずかいことだけど、プロシュートに信じてもらう為にはこれしかないと思って、引かれるかもしれないのを覚悟で言った。本当はクローゼットの中でヌテラも食べてたけど、それを言う程の勇気はなかったから伏せておいた。
「何故そんなこと……?」
「わかるでしょ?プロシュートがいなくなっちゃって、寂しかったから……だから、浮気なんてあり得ないよ……こんなに恥ずかしいこと教えたんだから、お願いだから信じて……!」
プロシュートを怒らせたのは私の所為だし、疑われることをしてしまったのも私の所為だけど、私がどれ程プロシュートのことを好きか伝えたくて、プロシュートの瞳を見つめて、自分の言葉に精一杯の気持ちを込めた。
「……わかった。オメーを信じる。だから、そんな顔すんじゃあねーよ」
プロシュートに背中に腕を回されて抱きしめられた。
私の剥き出しの腕に、服を着ていないプロシュートの皮膚の表面から温かな温度が伝わってきた。それから、ドレスの上からでも私に触れるプロシュートの全てが温かく、大好きな人に包まれる安心感と、優しい声色を持った言葉に、漸く胸の痛みが少しずつ和らいでいくのを感じた。
「今日はずっと一緒にいてくれる?」
「ああ。ずっと一緒だ」
「よかった……嬉しい」
プロシュートの剥き出しの胸に顔を押し付けて、剥き出しの硬い背中に腕を回してぎゅーっと抱きしめると、プロシュートが頭のてっぺんにちゅっと音を立ててキスしてくれた。
指輪のことで嘘をついたことが心のどこかで引っかかったけど、ベガスで流血事件を起こす訳にはいかないから「仕方のないこと」と自分に言い聞かせた。
プロシュートの胸に顔を埋めながらも、少しだけ、ほんの少しだけ、イルーゾォのことを思い出した。私のことが好きだと言ったのは、本当は冗談であって欲しいな、なんてぼんやり考えたけれど、宙に持ち上げられた身体がベッドへと運ばれ、ドレスを脱がされた頃にはプロシュートのこと以外は何も考えられなくなっていた。