del'incontro ep1



薄暗い部屋の中、私から1m程離れた寝台の上で茶髪の彼の胸からお腹にかけてスタンドライトが当てられていた。パックリ空いたお腹に白い手袋を嵌めた手が消えていく。そんなことしたら、彼しんじゃうよ。やめてよ。お願い。

『んんんーッ!んんーッ!』

きつく縛られた猿轡のせいで声が出せないでいた。猿轡を取ろうにも、椅子に両手両脚を結びつけられ身動きすら出来ない。無理やり身体を前後左右に揺らせば椅子が倒れ、地面に顔面を打つけてしまった。
立たなくちゃ。立って助けなくちゃ。床に両手を付くと、全身が解放され自由になっていることに気付いた。起き上がって辺りを見れば、ネアポリスの自室にいた。茶髪の彼も白い手袋の主もいない。
夢だったのにベッドの上で暴れていたんだ。床に落ちて打った額と鼻が痛む。
鼻を押さえながら部屋のカーテンを開けて朝の光を部屋に取り込み、作業用机の上にある卓上カレンダーを見た。バツ印を辿ってまだ3月の上旬であることに気づいた。にも関わらず、死んだ仲間のことを思い出したのは昨日私の家に仲間の遺品のチョーカーが贈られて来たからだった。差出人の名前もメッセージカードもなかった。最初は地元の仲間が送ってきてくれたのだと思ったけれど、チョーカーの銀細工の部分には血が付いたままだった。恐らくボスからの何らかのメッセージが込められた贈り物と捉えるべきなのかもしれない。
机の中にしまったチョーカーを取り出した。サイズ調整のできるベルト型のもので、まるで首輪のように見える。ボスはこれを付けろとでも言っているのかな。
姿見鏡の前でチョーカーを付けてみた。鏡の中の私は酷く怯えた飼い犬のように見える。こんな物がなくても私はボスの飼い犬だ。ボスに復讐することなんて諦めている。私はそれ程ボスのことが心底恐ろしい。



*



朝からアジトに招集がかかっていた。今日は暗殺の依頼が全員で当たらなくてはいけない程入っているらしい。
アジトに行くと、皆がいつもと違うことに気づいた。兄貴はいつもの黄色のシャツが真っ黒のシャツになっていて、ホルマジオとギアッチョはトップスが黒になっているし、イルーゾォに至っては黒シャツに黒のスラックスを穿いている。イルーゾォは全身黒だから細身に見えるはずなのに、体格の良さが隠れておらずシャツがピチピチだ。ペッシでさえ上着が黒いのに、メローネとリーダーだけがいつも通りだった。2人共元々黒系統の服だから違和感はないけれど。

「皆、何かあったんスか?」

「そういうおまえも首輪なんか付けてどうしたんだ?なんかのプレイか?」

イルーゾォは私の首を覗き込むように体を少し屈めて言う。

「チョーカーっス。ちょっと訳ありなんスよ。それより、なんでそんな格好してんスか?」

「次のターゲットの情報収集の為だ。それに今日はソルベとジェラートの1周忌だから、黒も悪くねぇかと思ってよ」

「え……?今日なんスか……?」

ソルベさんとジェラートさんは私が仲間に加入する前にいた人達だった。彼等は私の仲間と同様にボスの正体を探ろうとして殺されたらしい。その週数間後に私が加入したものだから、皆から──特にリーダーから疑われていた。
そういえば、いつ殺されたのか聞いていなかった。今日ということは、本当に私が加入するたった数週間前のことだったんだ。
南側のソファの上には花束が置いてあり、私も何か買っておけば良かったと思った。

「プロシュート兄貴」

ふらふらと兄貴のいる3人掛けソファの後ろに回り、兄貴の横に顔を出して声を掛けた。

「私もお墓参りしたいっス」

「ナマエは別にしなくていい。既に皆行ってきたからな」

「皆?」

「ああ」

私以外の皆が私の知らないうちにお墓参りしてたなんて疎外感を感じた。

「オレらって気持ちわりィーよな。被らないように早朝に行ったら、メンバーとすれ違うんだもんなぁ〜」

ホルマジオがひとり掛けソファで脚を組みながら両手を首元にやり、ゲェッと吐き真似をした。

「さっきはアイツがいたとか、おまえもかよとか。同じ時間帯に偶然集まるなんて気味の悪いチームだな」

メローネの言葉に「おまえが言うな」とチーム全員を代表して、ホルマジオからの鋭いツッコミが入った。
チームの皆が朝から墓参りなんて、まだ彼らのことを気にしているのだろう。当然か。私が親友の死を今でも引きずっているのと同じようなものなのかな。
私は今ここのチームの一員として頑張っているつもりだ。仲間として、私もソルベさんとジェラートさんの墓参りがしたい。

「兄貴、任務が終わったらひとりでお墓参り行くから場所だけ教えてくださいっス」

「後で教えてやるよ。リゾット、全員集まったんだ。さっさと始めてくれ」

兄貴がリーダーに声を掛けると、リーダーが各自の受け持つ任務について話し始めた。
リーダーの話を聞いている最中、仲間外れにされた気分をまだ感じていて、今から約1年前のことを思い出した。



***



1999年4月1日午後4時28分。ネアポリスに来て2日目のことだった。この時間は緩やかに気温の下がる時間帯で、現在の気温は駅にある表示だと摂氏15度程だった。ショーパンから覗く脚が寒く、上着の袖を伸ばしたいのを我慢して手が動きやすいように袖まくりをし、普段被っている上着のフードを取って視界を確保した。
私はボスの命令で今日から暗殺チームに加わることになる。
チームのリーダーのリゾット・ネエロとは組織の所有する雑居ビルで待ち合わせとなっていて、時間より少し前にビルの階段を上り、3階の扉の前まで着いた。扉の上部は曇りガラスになっていて、中はよく見えない。念の為に扉をノックし、返事が無いのでノブを回した。
鍵はかかってなかった。部屋の中は薄暗く、中がどうなっているのかよく見えない。扉から半身だけを出して入口の電気のスイッチを押してみれば、全く反応しなかった。

「あれ?付かない……もー」

何度押しても電気は付かなかった。
相手が暗殺チームのリーダーであることから、こんな暗い所に入るのは怖い。スタンド能力も何か聞いてないし。もしかしたら、加入試験とかいいつつ襲われる可能性もある。慎重になるに越したことはない。

「リーダーのリゾットさーん!いるっスかー?」

入口から中に向かって声をかけた。返事はない。
腕時計を確認した。もう定刻だ。遅刻かな?

「リゾットさっ──わわッ!」

突然目の前に大きな影が現れ、体が扉の内側へ吸い込まれた。頭を横にして壁に押し付けられ、両手を後ろで組まされて拘束された。あっという間だった。
こんなことをする相手は恐らく暗殺チームのリーダーだ。
殺されるかもと予見して、冷や汗がどっと噴き出し、体が熱くて寒い。

「ナマエ、だな?」

渋く、体を響かせて出しているような低い声だ。事前にリーダーの顔の写真しかみたことがなく、怖い印象があっただけに写真の顔と一致する声だ。振り向かずとも本人であるとなんとなくわかる。

「そうっスよ。あの、リゾットさんっスよね?」

「おまえのスタンド能力を明かせ。言っておくが、オレは今すぐおまえを殺すことが出来る」

「な、何言ってるんスか?殺すってそんな……」

本当に殺しそうな雰囲気の話し方で焦り、鼓動が早鐘を打つように鳴る。

「オレの言う通りにしろ」

「わ、わかったっス。私のスタンド能力は自動追跡型スタンドで、名前は『エル・セブン』。追跡するのはエル・セブンが作り出した複製っス。複製されたスタンドは操作不能で、ターゲットが死ぬまで追い続けるっスけど、距離には限界があるっス。残った複製元のエルセブンは近距離でも闘えるっスけど、遅くて非力っス。だから、今もスタンド出してないっスよ──これでいっスか?」

殺されるのが怖くて正直に殆ど全ての特徴を話した。普通なら相手に手の内を見せるべきではないけれど、信用してもらえずに殺されるよりはマシだ。

「やけに詳しく話すな……」

「う、疑ってるんスか?今日から仲間なんスよ?」

「生い立ちを話せ」

「生い立ち……?なんであんたに教えなくちゃあいけないんスか?」

初対面の人にそこまで教える義理はない。殺されるかもしれない状況でもあるけれど、あまり教えたくない。

「いいから話せ」

「……あんまり褒められたもんじゃあないっスよ」

仕方なく少しずつ話し始めた。二度も別の保護者に捨てられた後に間接的にボスに拾われて以来ボスに忠誠を誓い、人生の約半分をギャングとして過ごしていること。幹部を経由してのボスからの仕事内容、都合上何人人を殺したか。
ここまで話すと気分が悪くなった。まだちゃんと顔も合わせていない相手にこんなこと話したくなかったし、数週間前のことを思い出した。目の前で仲間が殺された時のことを。
あの日のことを思い出し、眼に涙が滲んだ。まだ、精神的に引きずっていた。

「ボスへの信頼は?」

ボスという単語が恐ろしく、一瞬息を呑み下唇を強く噛んだ。

「……拾って食いぶちをくれたことだけには感謝はしてるっスけど、顔も見たことないんでなんとも……むしろ面倒を見てくれた仲間と幹部に感謝してるっス」

「では、ボスからの信頼は?何故、おまえが異動になった?」

「それは……ボスには会ったことも話したこともないからわからんス……でも……」
 
「でも、なんだ?」

「もしかしたら……罰かもしれないっス」

率直に思ったことを伝えた。

「どういう意味だ……?」

「い、痛いッ!」

壁に押し付けられた頭と拘束された両手首にギリギリと力を入れられ圧迫された。折れてしまいそうな程痛い。

「わ、私の仲間がボスの親衛隊に殺されたんス……生きたまま胸からお腹を裂かれて、内臓と心臓を……ッ」

あまりにも残虐で、それ以上仲間が殺された時の様子を説明出来なかった。目尻に溜まっていた涙がいく筋も頬を伝った。
今でもさっきのことのように鮮明に覚えている。仲間と一緒に住んでいた部屋で、私は椅子に縛りつけられ、目の前で大事な仲間が絶叫し死んでいくのを見させられた。そして私も殺されると覚悟すれば、生き証人として私は解放された。
解放されたのは、仲間が殺された記憶で私を精神的に追い詰めた上に、今ここにいる暗殺チームのリーダーに殺させる為かもしれない。まどろっこしいやり方だけど、罰としてここに来させられたと言われれば納得する。暗殺チームのリーダーとなれば、ボスの親衛隊のようにさぞ苦しい殺し方をしてくるのだろうから。

「仲間は何故殺された?」

「その人はボスの正体が知りたいと言って、周辺をかぎ回ってて……親友とも呼べる人だったっス……私はボスの恐ろしい噂を聞いていたから止めたんスけど……聞いてくれなくて……きっとボスは私まで疑って殺そうとしてるんス……だって、あんたが今から私を殺すんスよね……?」

「……こっちを見ろ」

頭を押さえつけていた手が私の顎へと移動し、リゾットさんが私の顔を覗き込むように見下ろしてきた。
初めて姿を確認して、その背丈の高さや筋肉で肥大した大きな体に驚いた。ずっと後ろから感じていた圧迫感に納得がいく程の大きさだ。
そして、暗がりでも特徴的な黒目がちな瞳に真っ赤な虹彩が酷く恐ろしく見えて、心臓が凍りつく。
──殺される!

「お、おねがい!殺さないで……!」

「殺しはしない。顔を確認したかっただけだ……今日から暗殺者なのだから泣くな」

パッと掴まれた顎も両手首も離された。安堵感に壁に手を触れながらへなへなと床に崩れ落ちた。
今日から暗殺者──一応仲間として認められたのかな。
いっそのこと今ここで殺された方がマシなのかもしれない。いつこのリーダーに殺されるかわからないようなチームに異動させられたのは罰だと確信して、絶望した。これから私、どうなっちゃうんだろう。
外への扉が開かれ、夕方の赤い日差しと共にそよそよとまだ冷たさの残る春の風が流れてきた。

「行くぞ」

「……はいっス」

涙を拭って立ち上がり、赤の陽光に照らし出された真っ黒な背中を追いかけるように歩き出した。


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