del'incontro ep4 end
4月2日午後9時40頃。アジトにつくと、居室にはメンバーが昨日と同じく揃っていた。
「パソコンと生体認証用の両手両目持ってきたっス」
びくびくしながらペッシと一緒にノートパソコンとクーラーボックスをローテーブルに置いた。リーダーからは厳しい目で見られている感じがするし、いつ殺されるかわからないしで凄く緊張する。
リーダーはノートパソコンをメローネに調べるよう指示して、自分はクーラーボックスを開けて中を確認した。それからプロシュートさんの怪我した腕を見て、眼を止めた。
「おい、その怪我はどうした?」
「なんでもねェよ。それより何故全員揃っている?」
「話がある。ナマエ、そこのソファの前に立て」
北側のひとり掛けソファにいるリーダーが対面のソファを指さした。ここに来た時人数ぴったりなのにこのソファには誰も座っておらず、ペッシは3人掛けソファの後ろにいた。それに暫く使っていなかったかのようにこのソファだけ皮の色が鮮やかなままだった。
「イルーゾォの調査の結果、おまえの話が真実だとわかった」
「調査……?私を調べたんスか?」
そこまで私を疑っていたと知ってショックである反面、容疑が晴れたのは嬉しい。けど、あの気位の高くて意地悪そうなヤツに素性を調べられたのは嫌だった。
「ああ。裏を取る為に調べさせてもらった」
「てめーが怪し過ぎる所為で、こっちは嫌々話聞いて来たんだから謝れ」
イルーゾォがソファに踏ん反り返って、今すぐ謝れとでもいうように顎をしゃくる。
「胸糞わりィ話には同情するが、元仲間からの評判は上々で皆にお姫様のように扱われてたみてぇだな。治安維持を目的としたチームで縄張りは少ないが超高レート裏カジノの利権を所持。相当儲かっていたらしいな。こんな温室育ちのバンビーナが暗殺なんかできんのかぁ〜?」
イルーゾォが私の嘲笑うようにして私を煽ってきた。私を侮辱するのは今は許す。それよりこの性格の悪そうな男が地元の仲間と接触したと聞いて焦った。
「殺人経験あるっスよ。あの、仲間に直接話聞いたんスよね?傷つけてないっスよね?」
「あ?おれをなんだと思ってんだ?」
イルーゾォに明るい赤色の瞳でギロリと睨まれた。そういう態度だから疑うんだよ、と思って苛ついた。
「傷つけてないならいいっス……」
「ナマエ、おまえを正式な仲間として認める。そこに座れ」
リーダーが私の後ろにあるソファを指さした。
「はいっス」
昨日は殺すって言われて怯えていたのに、仲間だと言われた安堵感から崩れるようにソファに座った。
「以後、ナマエを仲間として扱え。それからひとりでも任務をこなせるまで教育係をつける。プロシュート、おまえが面倒を見てやれ」
リーダーの采配に心が躍った。あの優しい人の下なら安心だ。
「おい、リゾット。オレはペッシも見てんだぜ?今日だってふたりの子守してきたんだ」
子守と言われてハッとした。何故プロシュートさんが私なんか助けてくれたり、優しくしてくれたりした理由を察した。
──この人は私を本気でバンビーナだと思ってるんだ。
「他に適任がいるか?簡単な依頼を回してやるから諦めろ」
「ったく、てめーらが頼りにならねーからじゃあねえか」
プロシュートさんの語調が凄く嫌そうでショックを受けた。やっぱり私のせいで怪我しちゃったし、私が足を引っ張るからだ。しょんぼりしてフードの先を両手で引っ張って鼻先まで顔を隠した。
「なんならおれが面倒見てやるぜ、リーダー。資料の顔写真は悪くはなかったしな……プロシュートなんかより早く半人前を卒業させて大人の女にさせてやるよ」
「ヒィ!」
イルーゾォの言い方が気持ち悪過ぎて思わず悲鳴を上げて両手で自分の体を掻き抱いた。
「おまえに任せるくらいなら、オレが面倒を見る」
リーダーの返答にイルーゾォは舌打ちをした。私からしたら、リーダーから面倒見られるのもめちゃくちゃ怖いから両方お断りだ。
「話は以上だ。ホルマジオ、ノートパソコンとクーラーボックスを受け渡してこい。ナマエとプロシュートは残れ」
「しょうがねぇなぁ〜」
ホルマジオさんがノートパソコンとクーラーボックスをスタンド能力で小さくした。物質だけ指定して小さくできることに驚いた。手のひらサイズまでに小さくしたノートパソコンとクーラーボックスを片手に持つと、ホルマジオさんが私が見つめていたことに気付いてソファに座る私を見下ろした。
「おい、おまえ」
「なんスか?」
「昨日はちっさくして悪かったな。それと引っ掻いた傷、大丈夫か?」
「傷は別にいいっスよ。それより小さくなったことで大変だったんスよ!」
「ああ。だが、色々あった後におまえなんかを任せられてムカついてたんだ。許してくれって。だが、大変だったって言うがよォ、あられもない格好で彷徨いてたのがわりィーからな」
「な、なんで知ってるんスか?」
あんな酷い格好を知っていたのはリーダーとプロシュートさんくらいだったのに、ホルマジオさんまで知っているなんてどういうことなんだろう。
「おいおい、あられもないって何の話だ?」
イルーゾォが興味を持ったのか、席を立って私のソファの左横まで来て、ソファの背もたれの上に片腕をかけて屈んできた。左手と前からの圧迫感に縮こまった。この人達顔が怖いし態度悪いしで凄く怖い。
「こいつがちっさくなってタオル1枚でウロウロしてたみてぇで、オレが脱がしたのかリーダーに聞かれただけだ。『リトル・フィート』を食らった後に勝手に脱ぐとか痴女じゃあねぇか」
「痴女じゃないっス!」
凄く不名誉なことを言われて言い返した。リーダーもホルマジオさんなんかに聞かないで欲しかった。いや、私が聞けって言ったんだっけ。だとしたら、リーダーの聞き方が悪い。
「へえ。ホルマジオ、受け渡しに行く前にこいつを縮めていけよ」
「てめーら、そうバンビーナを虐めんなよ」
プロシュートさんが、斜向かいのソファから注意してくれた。けど、バンビーナ扱いはやっぱり納得いかない。
「んじゃあ、バンビーナの子守は頼んだぜ。オレは受け渡しに行ってくる」
ホルマジオさんまで私を馬鹿にしたように笑うと行ってしまった。そんなに私、バンビーナに見えるのかな。自分に自信がなくなってきた。
「おれはおまえの故郷まで行って疲れたから帰らせてもらうぜ。リーダー、明日は任務入れないでくれよ」
「配慮はする」
イルーゾォが立ち去る前にどうしても聞きたいことがあった。ソファから立ち上がって、イルーゾォを追いかけた。
「待つっスよ。仲間は皆元気だったスか?」
「さあな。そうなんじゃあねーの?」
私の質問にイルーゾォは振り返りもせずに適当に答えて行ってしまった。反応からなんとなく、仲間達は元気がなかったのかなと察してしまった。当然といえば当然か。数週間前にチームの仲間が殺されたばかりなのだから。
ふらふらと座席に戻ると、リーダーが話があると重い口調で言う。何を言われるのかと身構えた。
「数週間前にオレたちの仲間がふたり、ボスに殺された」
「え……?」
予想だにしない告白に言葉を失った。それからリーダーや他のメンバー達が何故私を疑ったり煙たく扱ったりするのか理解した。本当に"間の悪い時期"に私はここに送られたのだ。
「ナマエ、おまえの親友とやらと同じ理由だ。つまり、ここでおまえはオレたちと同様にボスから信頼されないまま、報酬に見合わない仕事をやらされ続ける。暗殺者としておまえを育ててやるが、そもそも受け持った町の治安維持が仕事だったおまえが暗殺など何かしら不満を抱くだろう」
「その辺は私、平気っスよ……私はただ自分の居場所があればなんでもいいんス……スタンド能力だって、私の知らない間にターゲット殺してくれるから楽なんス……」
私には将来の目標とかこれからどうしていきたいとか、そういう展望や野望はあまりない。強いて言うなら、プロシュートさんみたいになりたい。優しくて誰かを守る保護者のような立場になってみたい。ただ今は居場所がとにかく欲しい。居場所さえあれば、暗殺という仕事も特別嫌だとは思わない。目の前の人間を殺せと言われたら結構嫌だなと思う程度の倫理観だ。
「……ならば、ひとりで目の前の人間を殺せるくらいの一人前の暗殺者になれ。プロシュート、厳しく指導しろ」
「マジでオレにやらすんだな」
「不満か?」
「今日はギアッチョがいたからいいが、マンモーニとバンビーナの面倒は同時に見きれねーよ」
「ナマエ、プロシュートはそう言ってるが?」
リーダーに話を振られたついでにそろそろプロシュートさんに言わなきゃと思う。
「プロシュートさん、私バンビーナじゃあないス」
「どこからどうみてもバンビーナじゃあねーか」
「プロシュートさん、私成人してるんス……」
「嘘をつくんじゃあねェぞ」
「嘘じゃあないっス」
「……まさか、立派なドンナだったのか」
プロシュートさんは片手で頭を抱え、苦悶の表情を浮かべた。それ程私がバンビーナに見える理由がよくわからなかった。まだ人間として未熟なところをバンビーナとして見ているのかな。
「私が未熟者だからそう見えたんスね。これから立派なら暗殺者になる為に頑張るから面倒見てほしいっス。私、プロシュートさんの下なら安心できるっス」
「他にまともなヤツがいねーからな……仕方ねえ。オメーを一人前にしてやるからついて来い」
プロシュートさんは髪と同じブロンドの形の整った眉をキリッと吊り上げた。その精悍な顔つきと言動のかっこよさに思わずペッシみたいに兄貴と呼びたくなった。
「よろしくっス。あの、兄貴って呼んでもいいっスか?」
「好きにしろ」
「弟分の次は妹分か。プロシュート、おまえには負担をかけるが頼んだぞ」
「ああ。責任を持って育ててやるよ。んじゃあ、オレは帰ってもいいのか?」
「ああ。ナマエは残れ。話がある」
プロシュートさんが席を立つ。ネッカチーフの巻いた左腕は血でスーツが汚れていて痛々しく見える。
「プロシュート、怪我は治しておけ」
「ほっときゃあ治る」
リーダーに言われてプロシュートさんはわざわざ怪我をした方の腕を動かした。
「プロシュートさん、今日はありがとっス!」
「兄貴ってよばねェのか?」
「あ、兄貴……」
なんか実際兄貴と呼ぶと変な感じがする。自分から聞いておいてなんだけど、小っ恥ずかしいというか。
「じゃあな。リゾットを困らせるなよ」
通りすがりにまた私の頭に手を乗せると行ってしまった。バンビーナじゃあないと言ったのに、またバンビーナ扱いされた気がした。
プロシュート兄貴がいなくなると、リーダーとふたりきりになった。仲間として認めてくれたリーダーだけど、まだ圧を感じる。殺されはしないとは思うけど、警戒が解けなくて身構えてしまう。
「ナマエ、一つだけ質問がある。それに答えたら帰っていい」
「質問って何スか?」
「……復讐は考えているか?」
親友の為の仇討ちのことを指しているのだろう。不思議なことに一度もそんな願望は抱かなかった。
「考えてないっスよ……ボスに敵うと思わないとかそういうのじゃあなくて……ただ悲しくて怖いだけで怒りが無いんス……とにかく、もうボスのことは考えたくないっス」
「オレには理解できんな……だが、段々おまえというものがわかってきた気がする。親友の死に徹底的に打ちのめされたのだろう。前のチームであれば皆おまえに構っただろうが、ここでは違う。自分で起き上がるくらいの根性を見せろ」
「……誰かを頼っちゃあ駄目なんスか?」
「甘い考えは捨てろ」
「どうしてそんなに厳しいんスか?」
「仲間になった以上、オレたちはおまえを一人前の──冷酷な暗殺者に育てる義務がある。例え目の前で仲間が殺されても、冷静に殺した相手を仕留めるくらいのな……覚悟しておけ」
そんなこと、私なんかにはできっこない。スタンド能力だって強くないし、私には武力も精神力もない。けど、リーダーの圧に怯えて頷いた。
「……」
「……」
沈黙が続いた。そろそろ帰っていいのかな。首を傾げてリーダーを見つめていれば、「帰っていい」と言われた。
「うぃっス……」
ソファから立ち上がりリーダーに背を向けたものの、ふと気になることがあって振り返った。
「リーダーは殺された仲間の為に復讐したいと思ってるんスか……?」
「──さあな」
その返答は肯定としか受け取れなかった。
***
あれからもうすぐ1年経つ。ここにいる皆は殺された仲間について今日まで触れていなかった。唯一兄貴が殺された仲間の名前だけ教えてくれた。どういう殺され方をしたのかは誰も教えてくれなかったけれど、なんとなく私の親友と同じようにして殺されたのかと想像がついた。
あれからここの皆とは気兼ねなく話せる仲になったつもりだったのに、ソルベさんとジェラートさんの死が、私と皆を未だに隔てているように感じる。
なんとなくスッと上着のフードを被った。
「──プロシュートはペッシとナマエを連れてC地区へ。3人は先に行き、ペッシに向こうの人数を把握させろ」
「了解。おい、オメーら行くぞ」
兄貴の号令に頷いてアジトを出ると、兄貴が私を振り向いた。
「ナマエ、またフード被ってんのか?」
「被ると落ち着くんス」
「漸く成長したと思ったらよォ。これじゃあ、一人前にはなれねーぞ。今すぐ取れ」
「……はいっス」
フードを取れば、なんだか不安になって来た。俯けば、兄貴に顎先を摘まれ上を向かせられた。兄貴の綺麗な青い瞳には鋭い光が宿り、その瞳に射抜かれるようにして息を呑んだ。
「ナマエ、オレはペッシにだけじゃあねぇ。オメーにも期待してんだよ。オメーがその気ならすぐにでも一人前になれんだ。だから、自信を持て」
兄貴の檄にじんと感動して、元気よく「はい!」と返事をした。兄貴は私にも期待してくれているんだ。兄貴の気持ちに応えなきゃ。
「兄貴ィ!オレはナマエより下なのかよォ」
ペッシがまた泣きべそをかくのでぶん殴りたくなった。そうやれば、兄貴が構ってくれてると思ってるのか。その通りだよ!
「ペッシよォ。そうやってすぐ泣くからナマエにもナメられるんだぜ?ええ?」
兄貴は今度はペッシの辛うじて存在する顎っぽい筋に指を突っ込んでぐりぐり押した。私も顎を押されたいから恨めしげにペッシを見た。
「わかったよォ。兄貴ィ」
「ったく、こんなマンモーニを連れて任務とはな。オメーら気抜くなよ。任務が終われば、ソルベとジェラートの墓参りだ」
「あ、兄貴、私はひとりで行くっスよ」
「いや、オレも行く。あいつらの墓にワインを置いて来た。どちらにせよ任務終わりに回収する予定だったんだよ。他の奴らは生花なんて置いてやがるしそれも回収しねェとな」
「そう、なんスね……私はお供えの造花買いたいっス」
「好きにしろ。早く行ってさっさと終わらせるぞ」
「はい!」
長い足で先に歩く兄貴をペッシと追いかけた。
*
任務が終わり、それからお墓参りに行く頃には夜の10時頃になってしまった。
ふたりのお墓は教会の敷地内の外にある墓地だった。マンモーニのペッシは眠たいと言って帰ってしまったので、兄貴と一緒に無断で忍び込み、白い砂利の上を月明かりを頼りに歩いた。兄貴が立ち止まった石碑を見れば、ソルベさんとジェラートさんの名前がまとめて記載されていた。
「棺は別々だが一緒の墓だ」
「仲良かったんスね」
「色々疑う程にな」
それ以上は聞かないけれど、顔も知らないふたりを想って、24時間営業の花屋さんで購入した造花の黄色い薔薇を石碑の前に置いた。既にワインやウィスキーの瓶、ペディキュア、造花、色とりどりの明るい色の生花の花束が置いてある。
「私が死んだら、こうして皆が弔ってくれるんスかね」
「くだらねえこと考えんな」
「でも、誰からも悲しんでもらえなかったら辛いなあってたまに思うんス」
首のチョーカーに手を触れ、銀色の小穴を円を描くように指でなぞった。
「……それ、フェーデか?血がついてるのが気になっていたが」
フェーデ──亡くなった相手の指輪を自分が付けることだけど、私にはそんなつもりはない。ただ亡くなった親友を忍ぶ為に付けただけだった。
「兄貴の察しの通り、親友の私物っス。でも、男として好きだった訳じゃあないからフェーデではないっス。これは再来週の一周忌に親友に手向にいくっス」
「故郷に帰る気か?」
「リーダーに非番を貰ったら帰るっス。故郷の仲間達とはずっと会ってなくて心配なんで会いたいっス」
「元、仲間達だ。リゾットからは連絡は取るなと言われているだろ」
「そうっスけど……」
「ナマエ、リゾットの言うことは聞け。親友の死がおまえを苦しめていることは知っているが、もう区切りを付けろ」
「……っス」
兄貴の眼は厳しく細められていて、私を思って叱ってくれているのはわかっているけど、私のことを理解してくれていないような態度には悲しくなる。
でも、兄貴の言うことは聞かなくちゃ。兄貴だけには嫌われたくない。
チョーカーを首から外して、黄色の造花の薔薇が入った瓶に入れた。
「親友の死はソルベさんとジェラートの死と共に悼むっス」
「ああ」
その場で両手の指を絡めて俯いた。ソルベさん、ジェラートさん、そして大事な親友を想ってお祈りをした。どうか3人の魂が安らかに眠りますように。
瞳を開けるとなんだかセンチメンタルな気分になった。こんな時は歌でも歌いたい。
「仲間を忍ぶ歌、歌ってもいいっスか?」
「歌えんのか?」
「たまに、『エル・セブン』と一緒に歌ったりするっス」
エル・セブンを私の隣に出現させた。
「スタンドも歌えるのか。いいだろう。オメーたちの歌声を聞いてやるよ」
「あんまり期待しないでくださいっスよ」
すうっと息を吸って、囁くような低い声を意識して歌い出した。
「"ーーninna nanna ninna nanna ーーe la vita non è la *****ーーe la ***** non è la vitaーー"」
エル・セブンは完璧に私に合わせて歌ってくれた。これは子守歌だけど、眠れという歌詞は死者を弔うのにぴったりだと思う。
「おいっ……オメー、何をッ」
「わっ!」
兄貴が突然ふらつき始めて、私に体をもたれさせて来た。兄貴に潰されないように体に力を入れて兄貴の背中に両手を回して受け止めた。兄貴を抱きしめるような格好になっている。
兄貴の体温や体の硬さ、大人っぽく香る香水の匂いを感じて急激に顔に熱が上り、心臓がどくどくと音を立てる。耳の中にまで血流の音が聞こえてくるような錯覚を覚える程、心臓が激しく脈打ってきた。変な気を起こしそう。
「兄貴……?あの、凄く嬉しいんスけど、どうしたんスか?」
「……」
返事がない。もしかして、疲れて寝てしまった?そんなこと兄貴に限ってありえない。でも、兄貴が意識を手放しているのは紛れもない事実だ。
「兄貴、起きてくださいっス。このままだと私、兄貴に何するかわからないっスよ?」
大声で叫んだ。そう長くは兄貴を支えられない。兄貴は身長がそれなりにあるし、筋肉質だから重たくて結構きつい。
「何をしている?」
「ぎゃっ!」
向かいにふっとリーダーが突然沸いて出てきた。急に姿を現したものだから、びっくりして兄貴を倒しそうになってしまった。
「兄貴が寝てしまったんス!リーダーどうしましょう!」
「立ったままか?ナマエ、警戒しろ。スタンド攻撃かもしれん」
言われて見ればそうだ。これは異常だ。異常なことは全てスタンドのせいだ。
耳を済ませ周りを見渡すけれど、特に何も見当たらない。
「……何もなさそうだが、何か心当たりは?」
「急だったんでわからないス。『エル・セブン』!兄貴を優しく起こしてっス」
エル・セブンが兄貴の肩に手をやり揺すった。
「ん……」
兄貴が目を覚ましたようで、私にかかっていた体重が軽くなった。
「何が……一体……ナマエか」
兄貴は身を引き、私の姿を虚な瞳で確認すると片手で頭を抱える。兄貴が離れても兄貴に触れた時の感覚が腕に残っていてまだドキドキしている。
「どういうことだ?オメー、オレに何かしたのか?」
兄貴は私が悪いとでもいうように睨みつけてきた。
「何もしてないっスよ。兄貴が突然寝ちゃったんじゃあないっスか!」
「どれくらい寝ていた?」
「さあ。1分も寝てないっスよ」
「プロシュート、状況を説明しろ」
リーダーが兄貴の後ろから声をかけた。そこで初めてリーダーの存在に気づいたように兄貴がリーダーの方へ体を向けた。
「リゾット、いたのか……ナマエとスタンドの合唱を聴いていたら急に眠気に襲われた。スタンドの能力によるもんな気がする」
「歌?『エル・セブン』が話すところを見たことがないぞ」
「『エル・セブン』は話せないスけど、歌が歌えるんス」
「いつからだ?」
「昔からっスよ。私が歌えるものは全て歌えるっス」
「恐らく、スタンド能力だろう。ナマエのスタンド能力を明日から徹底的に洗い出す。あらゆる条件で試してみるぞ」
「歌の種類に射程と睡眠の持続時間、耳を塞げばどうにかなるのかが気になるな。ペッシに試させようぜ」
リーダーの話に兄貴が乗った。
「目覚める条件と対象人数が何人かもな。明日は全員アジトに呼び出し実験を行う」
何か話が大事になってきた気がした。皆に能力をかけてもいいのかな。裏を返せば私のこと信用してくれているんだと思い、気持ちが軽くなった。
リーダーは私の方へ向き、私をじっと見つめてきた。月明かりしかないような暗がりでもリーダーの眼光の鋭さは消えず、ぴりっとした緊張を覚える。
「しかし、だ。複製による自動追跡と相手を眠らせる能力等、共通点が無いな……能力をいくつか保有するスタンドはあるが、通常ひとつの基本的概念から能力は派生する。おまえの場合は何が基になっている?」
確かにリーダーの言う通りだ。自動追跡と催眠に何か共通点はないか考えたけど、さっぱりだ。
「わからないっス……けど、『エル・セブン』自体は私から離れないっス。ずっと一緒にいてくれるっス」
「……なるほどな」
リーダーは何か察したように頷いた。リーダーが何に納得したのか私にはよくわからなかった。
「リゾット、何故ここに来た?」
兄貴がリーダーに聞いた。そういえば、リーダーも今朝来たはずなのにまた夜に来るなんて。
「生花の回収だ」
「え!リーダーがお供えしたのって花だったんスか!どっちの生花っスか?リーダーが花屋に行ったんスか?」
リーダーの意外過ぎる行動に驚き、色々気になって仕方がない。
「それ以上話すと声帯を潰す」
「ヒィ!ごめんなさい!」
調子にのりすぎたことを反省して、リーダーが瓶ごと花を回収するのを見守った。リーダーが手にした瓶には赤や白、黄色とカラフルな花が挿してある。この花をリーダーが選ぶなんて意外。
「ナマエ、花は好きか?」
「人並みに花は好きっスよ」
「やる」
リーダーが瓶をずいっと差し出してきた。
「私にっスか?あ、ありがとっス」
リーダーが花をくれたことに感動しながら花を受け取った。もしかして、テイのいい処分方法かもと思ってしまうけど、花を貰って悪い気はしない。
「んじゃ、ここにある生花は皆ナマエに持たせるか」
「ええっ。まあ、嬉しいっスけど……」
兄貴は石碑の前に置いてある瓶から花を抜き取ってリーダーがくれた花瓶の中に挿し入れた。
「ワインと瓶は回収しとくぜ」
兄貴は生花の入っていた花瓶を逆さにしてジャリの中に水を流すと片手でワインと花瓶を持った。
「撤収っスね」
「オレはここに残る」
リーダーは石碑を見つめたまま言う。お祈りでもするのかな。リーダーまで朝と夜に来るなんてよっぽどのことだ。また、私が死んだらこういう風に悼んでくれるのかなと思ってしまう。
リーダーを置いて兄貴と墓地を出た。途中まで帰る方向が同じで兄貴の少し後ろをとぼとぼと歩く。まだおセンチな気分で、リーダーがくれた花に触れながら物思いにふけった。
「ナマエ、もし『エル・セブン』の射程範囲が広く複数人同時に眠らせられるならつえーんじゃあねェか?即効で眠らせれば相手は無抵抗のままあの世行きだ。誘拐にも向いてるな」
兄貴は少し私を振り返りながら言う。
「そうっスね……これでメローネの超劣化版なんて言われないっスね。あ、もしかしてこの能力、兄貴と相性悪くないっスか?兄貴の老化能力で難聴になったら歌声聞こえないじゃあないっスか!」
「だろうな。他の奴らと組ませられるようになるかもしれねえ。だが、リーダーがなんと言おうと中途半端なままのおまえを他の奴の下に付ける気はねぇよ。だから、とっとと暗殺者として成長しろ」
「……私はずっと兄貴の下にいたいっス」
一人前になりたい一方で、兄貴の元から離れるのは嫌だ。兄貴がいないまま任務だなんて心配で堪らなくなる。
「何甘っちょろいこと言ってんだ?そんなんだから半人前扱いされるんだぜ?」
「一人前になりたいっスけど、それより兄貴とずっと一緒にいたいんス」
「バンビーナみたいなこと言いやがって。オラッ、ここでお別れだ。帰ったらさっさと歯磨いて寝ろよ」
「バンビーナ扱いはもうごめんっスよ!」
二手に分かれた暗い道の方を兄貴はスタスタと歩いて行ってしまった。うう。兄貴の面子の為にも頑張りたいけど、兄貴と離れるのだけは嫌だ。
フードを被って、ひとり寂しく帰路を歩いた。