python
「おい、またかよ」
朝方彼女は野営地から離れた小川の辺りで顔を横にしてうつ伏せに倒れていた。衣服には不自然な乱れはなく、近くにはエールの瓶が転がっていた。安心した。いつものごとく酔っ払って寝ただけだ。
「なまえ、起きろ。もう朝だっての」
彼女の為に持ってきたブランケットをかけてから、肩をとんとん叩いても彼女は起きる気配がなく、気持ち良さそうに規則的に寝息を立てている。その横顔は何度見ても見飽きることはなく、いつまでも見ていたいものだが、早く起こさないと進軍に遅れる。
今度は頬も軽く叩いてつねってみた。起きない。仕方なくいつものように彼女を抱き上げた。重いといえば重いが、野営地までは余裕で運べる。朝いない時には必ず探しに来て、抱き上げて運んでいるせいか腕力がついてきた。
小川に沿って野営地の方まで歩いていると、リュートが向かいから早い歩みでやってきた。今度の相手はリュートか。
「その子は……なまえか!探していたぞ」
「あんたは迎えに来てくれる人なんだ」
「それはどういう意味だ?」
「別に」
一匹狼のリュートが彼女の悪評を知る由もなく、ただ疑い深そうな目で俺を見た。俺は肩を控えめに竦めた。
「しかしなまえが無事でよかった」
リュートは彼女の頬を愛おしそうに撫でた。その頬が土で汚れていることに気づいたのか、または酒臭いことに気づいたのかはわからないが顔をしかめた。
「悪いけど次から最後まで面倒見てもらえる?」
「言うに及ばずだ。外で別れたのがよくなかったな。次から夜のうちに彼女の天幕まで送ることにしよう。ああ、申し遅れた。リュートだ。お兄さん」
「俺こいつの兄じゃないっての」
リュートは眉と目を釣り上げた。あーまた面倒なことになった。
「兄ではない?では何故彼女を抱きかかえている?」
「世話係だからだよ。まー飲んだくれた後限定だけどさ。と、いい加減これ重いからあんたが持ってくれ」
リュートに押し付けるようになまえを差し出した。リュートは戸惑いつつも、なまえを大事そうに受け取り、そして重過ぎたようで何秒と保たずに地面に落とした。
「ああ!しまった!」
「おい、何やってんだ」
流石のなまえも今の衝撃で目覚めたようで飛び起きた。
「こ、ここどこ?体痛い!ああ、パイソン!またやってしまったのね!ごめんなさい!あなたはいつも迎えに来てくれて本当に素敵な人!親愛なる友人!とっても愛しているわ!」
彼女の心にもないような軽薄な言葉はいつも俺の胸を抉る。何も返す気力はなかった。うしろ、とだけ言うと彼女は振り返りリュートを見た。
「え!リューくん!」
彼女は目をまん丸にして、きょろきょろと俺たちを見て頭を抱えた。
「ああ、なんてこと!なんてこと!」
「じゃあ、後はよろしく。リューくん」
リュートの肩を叩いて、通り過ぎひらひらと手を振った。先に野営地に戻ることにした。俺の役目は終わった。
リューくんというあだ名が記憶のどこかでひっかかり、突発的に思い出した。余計だと思いつつも振り向いて、つい言葉が口をついてでてしまった。
「リューくんはルーくんと名前被ってないか?」
「なまえ!どういうことだ!」
「ああ、なんてこと!」
ルーくんとは誰だ、知らないわ、とリュートとなまえが怒鳴り合う声が暫く後ろで聞こえていた。
野営地に戻ると、フォルスが仁王立ちで腕組みをして待っていた。
「何をにやにやしているんだ?なまえはどうした?」
「リュートが見つけたっぽい」
「リュートが?」
フォルスは確かめるように名前を聞き返し、俺が目で頷くと低く唸った。
「それで、何でリュートが相手でにやついているんだ?」
「べっつにー」
適当に肩を竦め首を傾げて見せれば、フォルスは深いため息をついた。それにはどんな意味が込められているか俺達にはお互いよく分かっていた。