claude
休日の朝に自炊でもしようかと食堂に行くと、調理場に級長のクロードくんがいた。どうやら外で取ってきたキノコの効能を確認したいらしいけど、気になる人がそんな命の危険を冒すのは黙って見過ごせない。
「リーガン家の血が途絶えたらどうするの?危ないからやめなよ」
「少量なら大丈夫だろう」
そう言ってクロードくんは鍋でキノコのエキスを絞り、何百倍にも薄めたキノコ汁をグラスに入れて飲み始めた。それくらい薄めたなら大丈夫かなとは思うけど、やっぱりクロードくんの身が心配で様子を見ていた。
「どう?大丈夫なの?」
「流石にまだわからないさ」
クロードくんは鍋に残った汁を携帯瓶に移すと調理器具を片付け始めた。一方私は何を作ろうかと野菜籠を見て悩んでいると、後ろからクロードくんに抱きつかれた。
「ひゃああ!」
突然のことで変な声が出てしまう。お腹に回された手にはぎゅっと力が込められ、後頭部にはクロードくんの息がかかりゾクゾクするし、背中とお腹にクロードくんの温かな体温を感じてドキドキする。
「何何?クロードくんどうしちゃったの?」
「なまえー、好きだー」
後頭部に頬を摺り寄せられ動揺しつつも、いつものクロードくんじゃないとわかる。悪い冗談にしてはやり過ぎで、もしやと調理台に置かれた空のグラスが目に入る。
「これ惚れ薬的成分なんじゃ……?クロードくん、一旦離して」
私のお腹に回されたクロードくんの手を両手で外そうとしてもビクともしない。力じゃどうにもなりそうにない。今この状況を誰かに見られたらまずい。特にローレンツくんあたりが見たら、リーガン家がうんたらかんたらと鬼の首を取ったかのようにここぞとばかりに批判してくるよ。
「クロードくん、同盟領の未来はあなたの双肩にかかってるの!だから、こんな所で私に抱きついてる所を誰かさんに見られたらまずいよ!」
「なまえの体柔らかいな」
「人の話を聞いてー!」
体を左右に振っても抜け出せる様子がないので、仕方なくクロードくんを引きずるように一歩ずつ踏ん張りながらベレト先生のいる寮を目指して歩いた。本当はマヌエラ先生を呼んだ方がいいのだろうけど、講師室まで遠いからとりあえずは困った時のベレト先生だ。
なんとか食堂の北側の出入口を出ると、向かいからローレンツくんがやってきて、私達を見て立ち止まった。ローレンツくんは瞳を皿のように大きく見開き私達を凝視してくる。今一番会ってはいけない人に会ってしまった。
「クロード!白昼堂々と女人にそのような無作法な絡み方をするとは!やはり君には盟主の器なんてなかったのだな!」
ずびしと聞こえそうな程、ローレンツくんは腕を振り下ろすようにして、私達に指を差してきた。人に指差すのも無作法だよとは言い返せず、とにかく今はこの状況を打破したくて黙って考えることにした。
今現在も、クロードくんはローレンツくんに目もくれず、頬を私の後頭部や側頭部に擦り寄せてくる。
クロードくんの名誉の為にもここは本当のことを言うしかない。
「ローレンツくん、クロードくんは変なキノコを食べてこうなっちゃったの。だから、見なかったことにして」
「見なかったことなどできる訳がないだろう!修道院内でそのような行為、許されるはずがない」
「ええ!別に抱きしめてるだけだから、そこまで不純じゃ……きゃあっ!」
クロードくんが片腕を離してくれたと思えば、お尻を触られた。ローレンツくんの手前、なんともない振りをすべきなのに叫び声がでてしまった。
「なに?どうしたんだ?」
「べ、別になんでもない」
クロードくんの名誉の為に否定したものの、今現在も私の名前を呼びながらスカートの上からお尻を撫で続けている。
「なんでもない訳なかろう。顔が真っ赤だぞ」
「そんなことないから!じゃあ、マヌエラ先生にベレト先生の部屋まで来るように言ってくれない?私がクロードくんをベレト先生の部屋に運ぶからさ」
「……仕方あるまい。他でもない君の頼みなら聞いてやろう」
あっさり承諾して踵を返すローレンツくんに感謝して、私はお尻を撫で続けるクロードくんの手首を掴んで止めた。
「クロードくん、ベレト先生の部屋行くからそういうのやめようね」
「なまえー」
「もー!」
また両手で私を後ろから抱きしめてきた会話のできないクロードくんに呆れて中庭を奥に進んで左手の出口を出たところで、ばったりヒューベルトくんに出くわした。
「ヒューベルトくん、ごきげんよう」
「おや、これはこれはなまえさんと金鹿の級長殿」
「あの、クロードくんはね、自分で毒を盛ってこうなった感じなの!気にしないでね。あれ?今日は一人?」
「いつも主人のお側にいるわけではないですよ。今日は当番で温室に行くところです」
「朝から大変だね。じゃあ、私はこれで……」
「くくく……貴殿はいつも困り事に巻き込まれてますな」
「まあねー」
ヒューベルトくんの言う通り、巻き込まれ体質みたいでこの前はアネットが料理をしているところに行ったらお鍋の爆発事故に巻き込まれたし、その前はリンハルトくんと釣りをしていたら、眠りこけた彼を支えようとして釣り堀に落ちた。むしろ私に関わると何か起きるとまで噂されるようになっている。
ヒューベルトくんに手を振って別れた後は、引き続きクロードくんを引きずるように寮の一番奥のベレト先生の部屋を目指して歩いた。
気合いを入れて1歩ずつ進んでいると、今度は前方からシルヴァンくんとアッシュくんが歩いてきていて、シルヴァンくんは私達に気づくと愉快そうな顔をして寄ってきた。
「おっと。これはなまえちゃんと金鹿の級長じゃないか。2人ってそういう仲だったのか?」
「違うの!これはクロードくんが悪いものを食べて……ひぇっ」
おもむろに後ろから私の横髪を耳にかけさせたかと思うと、クロードくんに耳を甘噛みされ、両手で胸を触られた。耳には感じたことのない快感を覚えて身悶えしたものの、人前でこんなことをされて恥ずかしくない訳もなく、直ぐにクロードくんの両手首を掴んで顔は反対方向に逸らした。
「シルヴァンくん、助けて!」
「いやー、女の子がそういうことされてんの見るのってこんなに興奮するものだとは思わなかったな!これはいいものを見させてもらった。さて、アッシュよ、両手で顔を隠していないで女の子をナンパしにいくぞ」
「ええっ!僕はナンパなんて……それより、なまえさんを助けないと」
「アッシュくん、助けて」
「いやいや、2人の邪魔すんなって」
シルヴァンくんは私に恨みでもあるのか、私を助けてくれようとするアッシュくんを連れて食堂の方へ行ってしまった。
残された私は諦めて、早くベレト先生の部屋に行けるようにクロードくんの両手を掴んだまま歩き始めた。
漸く先生の部屋に着くと、中には誰もいなかった。朝から先生はどこかへ行ってしまったみたいだった。
「どうしよう……」
「なまえー」
「ああ、ちょっと!」
クロードくんに無理やり引っ張られ、ベッドの上に寝かせられた。いよいよ、嫌な予感がして起き上がろうとしてもがクロードくんが覆い被さってきて遮られた。
目の前には少し赤みを伴った瞳を細めたクロードくんの顔があり、ゆっくりと近づいてくるので、無礼とわかりつつも頬を叩いた。
「クロードくん、しっかりして!」
「ん……」
クロードくんは私に叩かれた頬を押さえ、私を見て一度目を見開き、それからまた顔を近づけてきた。一瞬幻覚から醒めた様子だったのに。仕方なく両手でクロードくんの両頬を支えて止めさせた。
キス、されそう。本音はされたい。だって、クロードくんって皆に優しくて、機転が利いて、冗談が面白いし、一緒にいて一番楽しくて素敵な人。でも、素面な状態じゃないとこれは受け入れられない。
「クロードくん、駄目だよ。これは惚れ薬みたいな効果だから、好きな子に……」
「なまえ、俺はおまえのことが好きだ。他の学級とも分け隔てなく接せられ、人を区別しないような優しいおまえが好きなんだ」
突然正気に戻ったかのような具体的な告白に驚いたし、とても嬉しい。クロードくんってまさか本当に私のことが好きなんじゃないかと思って、ずっとドキドキしっぱなしだった胸がきゅうっと苦しくなる。
「それは本音……?」
「ああ、そうだ。俺はなまえが好きだ。なまえの気持ちは?」
「クロードくんのこと素敵だと思ってるけど……これは駄目だよ」
「そうか」
クロードくんは起き上がるとベッドに腰掛けたので、私はさっと起き上がってクロードくんの顔を横から覗いた。眉を落とし、困ったような顔をしている。
「あれ?正気に戻った?」
「それは聞かないでくれ……」
片手で頭を抱える様子に正気に戻ったことを悟った。だとしたら、いつ戻ったのだろうと気になって仕方がない。
「ねえ、いつ気がついたの?」
「……言わずともわかるだろう?」
唯一彼の頬を叩いた時の様子がそうかなと思った。ということはつまり、あの告白は素面だったのかな。
「ああ……」
かあっと顔に血が上る感覚を覚えた。恥ずかしくて両頬を押さえ、俯いた。
「悪かった。気づいたらなまえが可愛い顔をしてキスを誘ってるように見えてな。そのままいってやれと思って迫ったんだが……本当に悪かったな」
「ええっ?誘ってないよ!」
そんな顔してたなんて恥ずかし過ぎる。そもそもキスして欲しそうな顔って何だろう。
「ねえ、私に何したか覚えてるの……?」
「覚えてないといいんだが……生憎手に感触まで残っている」
両手の指を何度か曲げ伸ばすようないやらしい手つきをしてクロードくんは言う。
いたたまれない空気になり、私はベッドから立ち上がった。
「念の為、マヌエラ先生呼んでくるね」
「いや、もう大丈夫だから呼ばなくていい。ここにいてくれ」
クロードくんは立ち上がると私の腕を掴み引きとめてきた。
「でも、私クロードくんと合わせる顔がないよ」
「それはこっちの台詞だ。俺は振られた後だからな。今この場で俺がしたことの心からの謝罪を……」
「えっ?私、振ってないよ」
クロードくんのこと素敵な人って言ったし、振った覚えがなくて困った。
「俺は遠回しに振られたと思ったんだが……」
「それは素面じゃないと思ったからキスを拒んだだけ」
「それなら……」
「……私も好きだよ。クロードくんとずっと一緒にいたいって前から思ってたの」
「本当か?」
「うん」
「じゃあ……いいか?」
クロードくんの意味する言葉をなんとなく理解して、ドキドキしながら頷いた。
クロードくんは片手で私の後頭部に手を当て、もう片方の手の指で私の顎を優しく摘み持ち上げる。私は静かに瞳を閉じて、その時を待った。瞳を閉じても影が近づいてくるのがわかる。唇に生温かくて柔らかいものを感じて、クロードくんへの好きって気持ちが自分でも驚く程強くなってきた。
「ベーレトセンセイ!来ちゃったわ!あらっ!」
「マ、マヌエラ先生!」
マヌエラ先生が機嫌よく部屋に入ってきて、バッとクロードくんから離れた。そういえば、ローレンツくんにマヌエラ先生を呼ぶように言ってたんだった。
教師の前で、しかも教師の部屋でキスなんてどうかしてる。動揺して、どう言い訳しようか考えているとマヌエラ先生は笑顔のままくねくねと豊満な体を揺らし始めた。
「いいものを見せてもらったわ!あたくしもセンセイと……うふふ」
マヌエラ先生は一人悦に浸り始めて、安心した。これなら怒られなさそう。
「クロードくんが具合悪かったんですけど、治ったみたいなので大丈夫です。わざわざ来ていただいたのに申し訳ありません」
「いいのよ。それよりセンセイはどこかしら?」
「見ていないのでわかりません」
「そう。じゃあ、探してくるわ。ふふっ」
マヌエラ先生が部屋から出て行くと、クロードくんと2人して息をついた。
「見られちゃったね」
「まあ、マヌエラ先生の反応からして大丈夫だろう。この部屋だと邪魔が入りそうだから俺の部屋に来るか?」
「……うん」
クロードくんの部屋なんて行ったことがなかった。部屋で2人っきりになったら、どうなるんだろう。クロードくんはさっきみたいに頬を摺り寄せてくるのか気になった。
「クロードくんって頬をスリスリするの好きなの?」
「いやいやいや。そんなことはないぞ。さっきのアレは俺であって俺じゃない……本当の俺はあんなことはしないからな」
クロードくんは酷く落ち込んだ様子で言うけれど、その反応も含めて今日の一連の行動は可愛いと思ってしまった。
2人になったら、どうせスリスリしてくるんだろうなぁと思ってた私の認識は間違っていた。ベレト先生の部屋を出てクロードくんの部屋に移動して2人きりになった時、彼は普通に男らしくて私を抱きしめて触ったり撫でたりするだけだった。
「スリスリしてもいいよ」
「勘弁してくれ」
恥ずかしそうに頬を赤らめるクロードくんが可愛くて、当分これでからかおうと思った私は意地悪かもしれない。