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目が覚めると、真っ白な壁に囲まれた部屋にいた。窓がなく、天井からはシャンデリアが吊るされ、火皿に蝋燭が灯っている。窓も扉もない密閉された空間で、蝋燭の炎で窒息しないか心配だけれど、息苦しさはなく、体は健康そのものだ。
問題はどうやってこの空間からでるかということ。そして──

「君は金鹿の学級の……」

「うん。っじゃなくて、はい!なまえと言います。えーと、王国のディミトリ王子」

そう。何故か私と同じ空間に隣の学級の級長がいる。目が覚めたら、彼だけがいた。彼とは一度も話したことがなく、寮の廊下や温室とかですれ違った程度しか面識がないのに、何故同じ所に閉じ込められているかさっぱりだ。

「敬語はいらない。気軽に接してくれ」

「よかった……金鹿だと、その辺緩いからそれに慣れちゃってて……」

「確かにそっちの学級はそういう堅苦しさはないな」

「えへへ。そうなんだよね。担任のマヌエラ先生も面白いし、女子が多いから楽しいの。あ、でも、青獅子はベレト先生がいるから羨ましいなー。先生って他の学級でも落し物拾ったら届けてくれるし、お茶会も誘ってくれるしで優しいよね」

「ああ。先生は本当に頼りになる良い人だ。ところで、この部屋からでる方法を探さないか?」

「あ、そうだった」

お喋りな私は気づけば、お話に夢中になってしまっていた。指摘されてバツが悪くなった。

「俺は気づけばここにいた。最後にいたのは……恐らく寮だった。確か眠っていたはずだ」

「私も寮で寝てて、気づいたらここにいたよ」

「そうか……安全だと思っていた大修道院にいてこんなことになるとは……思い当たる節が全くない」

「私も特には……ディミトリくんは一国の王子様だから連れ去られるのわかるけど、私がここにいる理由は本当に謎だよね」

「すまないが君のことは……よくは知らないんだ……不快に思ったら申し訳ないのだが、何か恨みを買うような家の生まれか?」

ディミトリくんは本当に申し訳なさそうに眉を落として聞いてきた。王子様だから堂々と上からものを言えばいいのにと思うけど、ディミトリくんは雰囲気通りの優しい人みたいだ。青獅子の女子達だけでなく、他学級の子まで熱を上げるのも納得がいく。

「ただの小貴族だよ。リーガン領とかグロスタール領にくっついてて、両家から手厚く守られてるよ」

「では、特に思い当たる節はないのか……?」

「うん……」

誘拐されるような事は特に思い当たらなかった。そのせいで特に焦りを感じていない。

「俺は立場上思い当たることがいくつかある。もし、俺のせいで巻き込まれていたとしたら、すまない」

ディミトリくんは金色の髪を揺らして頭を下げる。

「ディミトリくん!頭なんて下げないで!」

「いや、恐らく俺のせいだ……ここを出れたら、罪滅ぼしをさせてくれ」

「罪滅ぼしなんて、全然いらないから!もしかしたら、私のせいかもしれないし!それより、ここをでる方法考えよう!」

「そうだな……扉がどこにあるかさえわからないが……」

ディミトリくんは腕を組んで顎に手を当て、首を捻った。改めて彼を間近でみると、そんな格好まで絵になるくらいかっこいい。容姿に加えて、性格まで良いなんてこれは普通の女の子なら放っておかないと感心しさえする。

「なまえはどう思う……ん?なまえの足元に何かあるぞ」

「え?」

ディミトリくんに指摘されて、足元を見てみると、確かに羊皮紙の切れ端のようなものが落ちていた。拾って読み上げるとそこにはとんでもない言葉が書かれていた。

「キスをしないと出られない部屋……?」

「……俺にも見せてくれるか?」

ディミトリくんの方に見えるように羊皮紙を傾けた。

「なんだこれは……」

ディミトリくんは呆れたように頭を振った。

「何かの悪戯かな……?」

こんなふざけたことを書きそうな人を私は知っていた。彼ならやりかねないかもしれない。

「もしかして、クロードくんかな?」

「そうだな。あいつならやりかねないがどうだろうか」

「クロードくんめ……!どこかで見てるのかな」

きょろきょろと周りを見渡したけれど、四方を壁に囲まれていて、そんな気配はない。

「あいつなら、何処かで見ていそうなものだがな。とりあえず、扉らしき箇所を探すか」

ディミトリくんは至って冷静で、壁に手をつき扉を探し始めた。私も同じようにして、ぐるりと四方を探したけれど、どこにも手応えを感じなかった。

「まずいな。扉と思われる所がない……少し、下がってくれ」

ディミトリくんの言う通りに一歩引いて、何をするのかと期待して待ってみた。
ディミトリくんは壁を殴り始めた。ディミトリくんの怪力の伝説を聞いていたから、壁が壊れると期待していたけれど、全くその気配はなく、壁が揺れることさえなかった。

「これで壊れないとなると、何でできているんだこれは」

「もしかして、魔道の力かな」

怪力のディミトリくんでも壊れない壁であるなら、理屈ではない何かの力が働いているとしか思えなかった。

「魔道の力だとすると、その紙の内容にも現実味が帯びてくるな……」

ディミトリくんは私の手にある羊皮紙をちらりと見て言う。
ディミトリくんの言葉にディミトリくんとのキスを想像して、ディミトリくんの唇に目がいってしまってすぐに逸らした。柔らかそう、なんて思った自分が恥ずかしくて割と冷静だったはずなのに顔に血が巡るのを感じた。

「なまえに恋人はいるのか?」

「えっ?こ、恋人?い、いいいいいないよ!」

ディミトリくんの確認の仕方がまるでキスをしてもいいかの確認に思えて、噛み噛みになってしまう。冷静を取り繕うにも、隣のクラスの格好よくて、優しい王子様とのキスする可能性を考えるだけでも、混乱してしまう。

「好意を寄せる相手は?」

「いないよ……ディミトリくんは?」

噛まないように出来るだけゆっくり話した。

「俺もいない。なまえが嫌でなければ試してみる手もある」

試してみるとは、つまり、キスをするということで、そんなあっさりとディミトリくんは言うけど、私にとってそれはファーストキスであり、簡単にうんと言える訳がない。

「で、でも、扉が開かなかったら?」

「その時はまた別の方法を考えるさ。なまえ、いいか?」

親しげに私のなまえを呼ぶ割には、ディミトリくんの頬には赤みが差していて、余計にこっちまで恥ずかしくなる。

「あ、う……うん」

ディミトリくんに名前を呼ばれて許可を求められたら、うんと言うしかなかった。

「では……」

羊皮紙を握りしめながら、高鳴る胸を落ち着けようと意識したけど駄目だった。ディミトリくんが私の両肩を掴み、顔を近づけてきたので心臓が爆発しそうなくらいドクドク脈打つ。目を開けてられなくなって、ぎゅっと目を瞑った。
唇に少し湿った柔らかい感触がして、そして無くなった。
ディミトリくんの体が離れてもドキドキは続いたけれど、思い出したかのように両肩に痛みが走った。

「い、痛い……っ」

「どうした?」

「肩が痛い……」

体を抱くようにして両肩に触れた。ディミトリくんに触れられたところがズキズキと痛む。どうして、と原因を思い出そうとして直ぐにディミトリくんの怪力を思い出した。

「すまない!俺が力み過ぎたかもしれん……!折れてるのか?」

「折れてたら今頃倒れてるから、そこまでじゃないと思うけど……凄く痛い…」

「本当にすまない!早くマヌエラ先生のところへ……扉が開いているぞ!」

「へ?いつの間に!」

さっきまで壁があった所が扉になっていて、外側へと開いている。扉の先はいつもの大聖堂が見える。ここから見る限り人の姿が見えないけれど、確かに大聖堂だ。

「早く、マヌエラ先生に見せよう。流石に持ち上げるだけなら、傷つけはしない。触れてもいいか?」

「う、うん」

ディミトリくんはゆっくりと優しく私の背中を支えて膝から脚を救い上げて持ち上げた。体がふわりと宙を浮き、地上との距離に怖くなる。ディミトリくんは背が高い方なので、落ちたらもう私の肩は終わりだと思う。

「出来るだけ揺らさないように急ぐが、痛みが響くようなら言ってくれ」

「うん……ありがとう」

所謂お姫様抱っこをしてもらっているので、自然と顔の距離が近く先程のキスを思い出して恥ずかしくなる。痛み半分、羞恥半分で私の脳も体も忙しく、ただ早くマヌエラ先生のところへ行きたいと願った。

「もう部屋を出るからな」

ディミトリくんは私に優しく声を掛けて、白色の扉から外へ出たところで、痛みのせいなのか意識が薄れ、目の前が真っ暗になった。
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