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私の家は何世代にも渡ってグロスタール家と領土争いをしてきた。家督を継ぐ兄が2人もいるのにも関わらず、女の私が士官学校へ強制入学させられたのは領土争いの支援となるような有力貴族の花婿を見つける為だった。特に父上からはリーガン家のクロードくんに近づくようにしつこく言われていた。
あの手この手でそれとなくクロードくんにアピールしても、私の容姿や性格ではクロードくんを魅了することはできなかった。今日は手作りのお菓子を食堂の前を歩いていたクロードくんを掴まえて渡そうとしたら、いらないの遠回しな表現で断られてしまった。生姜入り焼き菓子、クロードくんなら絶対好きだと思ったのにな。
焼き菓子の入った布袋を抱えてクロードくんの前から去ると、ばったりと宿敵のローレンツくんに出会ってしまった。

「なに、覗き見してたの?」

「覗き見等趣味の悪いことをこの僕がする訳なかろう。それにしても、そう何度も振られてよく諦めないな」

「そっちこそ」

「いや、君の場合は異常だ。クロードに20回以上アプローチしては毎回振られているではないか」

「人が振られている回数数えている暇があったら、うちの領民でも殺してきたらどう?グロスタール家のご趣味でしょう」

「なっ!君は自分で何を言ってるか分かってるのか!」

ローレンツくんは目を剥き、声を荒げた。私がどんなに酷いことを言っても怒らなかったのに。こんなに感情を剥き出しにして怒るローレンツくんを見たのは初めてだった。

「何よ!そっちの方が兵力あるからってうちの兵士殺したり、村を滅ぼしたりして悪逆非道の限りを尽くしたじゃない!」

「こちらは村を滅ぼすつもりは無かったと聞いているぞ!君達が村を戦場にしたんだ!村人を避難させずに戦わせるなど考えられない!大事な領民だろう!」

「こっちは兵力が足りないから仕方ないの!出来るなら避難させたかったわよ!でも、あの村の皆は自分達の領地は自分達で守るって……皆良い人だった……」

思い出すだけで、涙が溢れ出てきた。あの村には何度も足を運んだ。うちの家は領地運営の一環として貴族と平民が積極的に交流するようにしていた。村民一人一人の顔や名前を覚え、領民達と良好な関係を築くことで一揆や反乱を防ぐ目的があった。目的は不純であるけれど、それでもあの交流の中で出来た領民との絆に嘘はなかった。それを4半日で消し去ったグロスタール家を私は一生許さない。
悔しくて悲しくて抑えきれない涙を制服の袖で拭えば、あの人で無しのグロスタール家の嫡子が真っ白で清潔なハンカチを差し出してきた。

「……君も淑女なら、ハンカチくらい持ち歩きたまえ」

「うるさい!いらない!」

私が断ると、ローレンツくんは私の手を取りハンカチを押し付けてきた。

「口の利き方にも気をつけたまえ。これは君にやる。それと……僕の家がしたことと、僕は関係無いとは言わない。だが、あの出来事はこちらとしても不本意だった。それにグロスタールの領民だって君の家に何度か殺されている。だからといって、僕は君を責めたりはしない。君の責任ではないのだから」

ローレンツくんはそれだけ言うと踵を返して行ってしまった。

「なによっ……」

こっちは怒ってるのに、冷静にまともなことを言って去るなんて負けた気がして腹立たしい。
あの人はここに入学した時からそうだった。私が敵意を見せても彼は私とは仲良くしようとしていた。グロスタール家と私の家のいざこざを自分の代で終わらせると息巻いてもいた。終わる訳なんてないのに。私の大事な領民達を殺したグロスタール家を私が許せる日なんて来ない。仲良くなんて絶対しない。借りも作らない。
部屋に戻って紅茶を淹れて焼き菓子を食べた。クロードくんの好きそうな少し辛味のある甘い焼き菓子。焼きたてでホロホロと口の中で砕け散ったのを紅茶で流し込んだ。
落ち着いて考えれば、私の家の領民を殺したのはローレンツくんじゃなかった。命令したのはグロスタール伯爵。誘発したのは私の父上。そんなこと本当はわかってた。でも、この憎悪はローレンツくんくらいにしかぶつける相手がいなかった。だって、彼はグロスタールの嫡子なのだから。
やり場のない怒りに耐えかねてまた涙が溢れ出てきた。仕方なく真っ白なハンカチで目元を押さえた。
ローレンツくんは意外とまともで優しくて困る。これじゃあ私は誰に怒りをぶつけていいかわからない。こっちは仲良くしたくないのに、ローレンツくんはいつも仲良くしようとしてくるし。頭がこんがらがるわ。本当に。



*



あれから5年経った。私は結局士官学校の誰とも結婚出来なかった。その代わりに領民達を守れる程の剣の腕と指揮力を身に付けた。あの大修道院落日の日以来、領地に害賊が出るようになり、その討伐や不安になった領民達へのケアで奔走していた。そのうちに父上が亡くなり、一番上の兄上が後を継いだ。

「いいか。うちが混乱している今、グロスタール家は絶対に北西から攻めてくる」

兄がそう何度も私に忠告したけれど、結局グロスタール家は攻めて来なかった。お互い領地の現状維持に必死だったからかもしれない。
千年祭の日、5年前にクロードくんが金鹿の皆で集まろうと約束をした通り、大修道院に単身で向かった。騎士団を引き連れても良かったけれど、私が抜けた穴を埋めるには騎士団を置いていくしかなかった。
大修道院は想像していた通り、賊達に支配され荒れていた。誰も来ていなかったらどうしようと不安を抱えたまま級友を探していると、クロードくんとあのベレト先生が害賊を倒しているところへ合流することができた。私も剣を振るって応戦した。
一人二人と敵を倒していると、背後でぎゃあと短い悲鳴が聞こえた。何事かと振り返ると、黒焦げになった賊が倒れていた。そしてそのすぐ側には黒馬に跨ったローレンツくんがいた。ローレンツくんは鎖骨辺りまで伸ばしたリンドウ色の長い髪を右側にまとめて寄せていて、大人っぽくなっていた。

「余所見とは危ないな」

「そのまま手を出さなければ私が死んで万々歳じゃない?」

とは言ったものの、危うく死ぬところで動悸がしていた。そこを助けてくれたローレンツくんにはまた借りができてしまい、悔しい思いだ。

「フッ……素直に礼を言えばいいものを。君は5年前と変わらんな。積もる話があるとは思うが今は賊の討伐が先だ。行くぞ!」

ローレンツくんは馬を走らせ私より先に行ってしまった。
そっか。ローレンツくんもちゃんと来たんだ。絶対来ないと思ってた。だから、何も考えずに持ってきた借りが気になり胸ポケットに触れた。ちゃんと渡さなきゃ。



*



結局、大修道院には金鹿学級の殆どが集まった。セイロス騎士団の方々も後から合流して、レア様を探したいという。
再会を祝して宴をしている間、私はローレンツくんを人気のない会場の外へ呼び出した。

「なまえさんから僕に話とは珍しい」

「話というか、借りたものを返したかっただけ。これ……ありがと……」

小さく御礼を言って、あの時ローレンツくんが私の手に押し付けたハンカチをローレンツくんに差し出した。

「……ああ。あの時のものか。それは君にやると言ったはずだ」

「いいから受け取って。あなたに借りなんて作りたくなかったの」

「しかし今更だな。5年も持ち続けて、今日この日にこれを持ってくるとは……僕が来ることを期待していてくれたのか?」

「それは……ずっと返したかったけど、タイミングが無くて……とにかく、受け取って!」

ローレンツくんの胸にハンカチを押し付ければ、漸く受け取ってもらえた。

「君のお父上が亡くなったと聞いた。残念だ。君の領地は今どうなっている?」

「残念?亡くなって良かったと思ってる癖に。お陰様で三兄妹で現状維持するのに必死よ!」

ローレンツくんの物言いにムカッときてイラついた語調で返した。

「いや、本当に残念だと思っている。僕と君がグロスタール家と君の家の領土争いに終止符を打つところを見届けて下さることを望んでいたし、何より君をここまで育てて下さった大事なお父上だ。本当に残念だ」

ローレンツくんは首を左右に振りうな垂れた。その様子に嘘とは思えなかった。演技でないとしたら、ローレンツくんが残念がる理由が全く私には理解できない。

「ローレンツくんと私がって、そっちが折れるならこっちも侵攻することはないわ。あの村を滅ぼした復讐はしない……兄上達もこの数年の奔走で疲弊しているし……あの村の生き残りもいない……こっちは諦めるわ」

「……不戦条約を結んでも、事が落ち着けばまた争いは起きるかもしれない。不戦条約よりももっと確実なことがある」

「何?」

不戦条約なんて破るためにあるようなものだと思っているから、ローレンツくんの言う確実なものが思い浮かばなかった。

「その前に確認しておきたい。君の領民達の様子はどうだ?」

「5年前から不安が広がっているわ。税を軽くしたり、不足物資の支援をしたりして、領民が満足出来るような生活を目指しているのだけれど……害賊討伐の為に徴兵をしたら一部に反発が起きて……村によっては不幸にしてしまった領民がいるわ」

「君のところは甘やかし過ぎだな……君のその服装で如何に自分を犠牲にしてきたかわかる……」

遠回しに格好が見すぼらしいと言われた気がして、また腹が立った。確かに領民の為に贅沢をやめてから質素な生活を送り、服などは安い生地で出来たものだった。

「しかし、だ。それを聞けて安心した。やはり、君は変わっていないようだ。それ故に僕の心も変わらない。どうかこれを受け取って欲しい」

そう言ってローレンツくんは革袋から真っ赤な宝石の嵌め込まれた銀色の指輪を取り出して私に差し出した。

「金品で不戦条約を結ぶの?」

「おっと、僕としたことが告白が先だったな……僕は君のことを愛している」

「……えっ?」

ローレンツくんの言葉に耳を疑い裏返った声が出てしまった。

「5年前、領民を想って涙した君のことがずっと気掛かりだった。5年会えない間、君の噂を耳にしては心をときめかせていた。僕は気づけば君の事を愛していたようだ。それで僕は今日、君に婚姻を申し込むつもりでここに来た。5年離れた今も君は変わっていないと知り、尚更結婚したいと思う。君のような人なら僕の良き妻になれるだろう。それにお互いの婚姻がきっと両領民の幸せに繋がる」

ローレンツくんの述懐に戸惑いを覚えた。私はずっと彼の家を憎んで来た。でも、彼は私のことを好きだと言う。訳がわからない。

「そんな……私はグロスタール家を憎んで来た。あなたのことなんて……!」

「ならば、何故ハンカチを持ってここに来た?」

「わからないわ……自分でも……何も考えずに持ってきたのよ」

「何も考えずか……君の中で無意識に僕に思慕の念を抱いていることを願うよ」

「そんな訳ないじゃない。あーもう……いつもながら調子が狂うわ」

「なまえさん、僕は君を個人として愛している。両家の停戦については、ついでのようなものだ。君は僕をグロスタール家の者として見なければ、僕のことはどう思う?」

ローレンツくんの問いには困った。彼をいつもグロスタール家の嫡子として見てきた。その属性を取ってローレンツくんを評価するとなると、どうだろう。顔立ちは悪くない。性格は自己陶酔気味。でも、家の為どころかフォドラの未来の為を思って行動している。昔から変わらず一貫性があるのは好意的に思う。人として尊敬できるかと問われれば肯定するだろう。
そこまで考えて、ローレンツくんが好ましい相手であることに気づいてしまった。何故自分がここまでローレンツくんを高く評価しているのか自分でもわからない。もしかして、あのハンカチを持ってきた自分は無意識にそれに気づいていたのかもしれない。

「ローレンツくんのことは人として良い人だと思ってるわ」

「好意的な返事だな。ならば、僕と未来を歩んでくれるのか?」

「それは……わからないわ」

「ならば、返事を待つとしよう。その時までこの指輪は大事に持っておく。さて、僕は率いてきた騎士団を労ってくるが、君は早く休むといい」

こんな時まで私を気遣ってくれるローレンツくんに感謝して、私は騎士団の人達が作ってくれた寝床に入った。体はすっかり疲れてしまったのに、頭だけははっきり醒めている。
私はこれからどうすればいいのだろう。先生に付いていきたいけれど、領地のことも気になる。皆は将来のことを見据えてここに来ている。恐らく、帝国に領地を荒らされる前に食い止めたい一心なのだろう。でも、帝国に寝返れば?多少の搾取で済むのだろうか。それとも蹂躙されるだけなのか。
自分の領地の心配をするのに忙しい上に、ローレンツくんのことまで考えなくてはいけない。婚姻を迫られたものの、その実感がまるでなかった。もし、私の家とグロスタール家が結ばれたら、ご先祖様はひっくり返るんじゃないかしら。兄上達はローレンツくんを見た瞬間に斬りかかるかもしれない。ローレンツくんにはその覚悟があるのかしら。もし、私が敵地へ嫁げば、虐められるかもしれないし、私のことを快く思わないグロスタール家の誰かに暗殺されるかもしれない。そして、私の家とグロスタール家の戦争が始まるかもしれない。私にはそんな覚悟はない。
明日断ろうと思い、静かに瞳を閉じた。



*



結局、ローレンツくんには何の返事も返せなかった。いつもの自分なら寸刻も置かずに答えれた筈なのに、それができなかった。
ローレンツくんは決して返事を催促してこなかった。待つと言った通り、本当に待ってくれているみたいだ。
そして月日は流れ、最後の戦いが終わった翌日、領地に戻る時が来た。
流石にここまで引き伸ばして返事しない訳にもいかず、ガルグ=マクを出る前に、大聖堂の中にローレンツくんを呼び出した。どうしてもこの場所がよかった。
ローレンツくんとここまで一緒に戦ってきて、彼を思わないことは殆どなかった。彼が怪我をしていないかどうかいつも気にかけていることに気づいたのだ。これ程生死を心配する相手はローレンツくん以外にいなかった。私の中で彼の存在がどれ程大きいものなのか気づかない訳にはいかなかった。
だけど、私は彼を簡単に選べない境遇にある。私と彼の道は茨の道だ。皆が祝福してくれるものではない。
彼のことが好きだけど、選べない。それが私の答えだった。

「正直に言って迷ってるわ」

「迷っているというのは両家の問題か?」

「ええ、そうよ。兄上達がなんていうか……それにグロスタール領の土を私が踏むことをあなたのお父様が許すと思う?」

「父にはもう了承を得ている」

「そう……えっ?」

耳を疑った。あのグロスタール伯爵が宿敵の家の者と大事な嫡子との婚姻を認めるなんてあり得ない。

「僕が説き伏せたのさ。君との婚姻を正式に成立させることは並大抵のことではないからな。僕がどう対処していくのか話せば、父は納得してくれた。そして、僕がそれ程までに愛している君に会ったみたいと言っている」

もうそんな先のことを私と再会する前から考えてくれていたことに驚いた。もし、私が来なかったら彼はどうしていたのだろう。私の領地まで赴いたのだろうか。きっと彼ならそうしてくれると思ってしまう程の情熱を彼からは感じてしまう。

「さて、他に気にしていることはあるかい?君の憂いは僕が全て取り除いて見せるさ。だから、僕を信じて僕についてきて欲しい」

ローレンツくんは既に指輪を左手に持っていて、右手を私の方に伸ばしてきた。
ローレンツくんの言うことには説得力があった。彼には人の為に行動できるのだ。その力があれば、どんな問題も彼なら解決してくれるだろう。それならば──

「兄上達は腕っ節が強いのよ。ローレンツくんは勝てるかしら?」

ローレンツくんへ左手を伸ばした。その手をローレンツくんが優しく掴む。するりと銀色の指輪が私の薬指に通った。

「僕は戦うことより話し合うことを選ぶ。まずは同盟領一の料理人に同盟領一の料理を振る舞わせよう。君の兄上達は何よりも食が好きだと聞いている」

ローレンツくんらしい懐柔の仕方だ。そしてそれは私の兄上達には効果的な手法だ。

「ええ。食事を共にすれば、きっと兄上達はあなたの人柄を知って好きになると思うわ」

ローレンツくんは片側に伸ばした長い髪を揺らして、「ああ。勿論だ」と微笑んだ。

「ねえ。この指輪とっても綺麗」

黄金の光の差し込むアーチ型の窓へ左手をかざせば、燃えるように真っ赤なルビーが煌めいた。
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