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全てのことが目まぐるしく起こり、あっという間に過ぎ去っていった。
まず学校生活に追求していえば、私はディミトリくんを避けながら行動し続けた。ディミトリくんもディミトリくんで何かを抱えていたようで、年末から立て続けに起こる事件に頭を悩ませていたし、雰囲気がまるで変わってしまった。私はそんなディミトリくんを見て見ぬふりをした。彼を支えられるのは従者のドゥドゥーくんかベレト先生くらいだろうと思っていたから。本当は彼を助けたいという気持ちがあって何も行動のできない自分に腹が立っていたのにも関わらず、その気持ちさえも気づかないふりをしていた。
そして、1181年大修道院が教会に叛旗を翻した帝国軍によって陥落した。戦乱の中逃げ延びた私は故郷に帰り、嫡子の兄と共に自領の運営に尽力した。幸い領地は荒らされずに済んだけれど、領民達が不安がった。
領地運営の傍ら、私は卒業までに取ったドラゴンマスターの資格を証に竜騎士団に入った。それはクロードくんが作った団でもあった。自領を守るよりも、帝国の進軍を阻止することに注力を注ぐこととし、クロードくんに私は付いていくことにした。
そうこうするうちに月日は流れ、1186年を迎えた。気づけば、昨年末の千年祭の同窓会には駆けつけることができなかった。
本当は駆けつけて、皆の無事を知りたい。本当に5年前に先生は死んでしまったのか、ディミトリくんはどうなってしまったのか。ディミトリくんが処断されたと噂に聞いた時は涙が枯れる程泣いた。5年前に私がディミトリくんと笑って過ごせたなら、どんなに素敵だったかと何度も考えたりもした。5年前の私はディミトリくんを避ける学校生活を送っていたせいで、ディミトリくんからも避けられるようになってしまった。恋愛面で最低な学校生活だった。

「同窓会、行かなくていいのか?ヒルダなんか生死不明の先生の為に行ったんだぜ?」

1月某日、同盟領の各地に講話を持ちかけ軍を再編する為に動いていた。その行軍中、クロードくんに言われた。つい先日、クロードくんにヒルダちゃんから手紙が届いたらしい。

「私はいいの。だって、ベレト先生もディミトリくんも死んじゃったから……」

「俺はあの2人が生きていると思うけどな」

「なんで?」

「だってあの2人だぜ?しかも2人とも死体が見つかってないときた。こりゃ、生きてるってことじゃないか?」

「どうかな……」

確かに先生とディミトリくんの遺体は見つかっていないらしい。生きてて欲しいけど、もし死んだ時のことを考えていたら最初から死んだと思ってた方が楽。


*


目が覚めると、真っ白な壁に囲まれた部屋にいた。天井からはシャンデリアが吊るされ、火皿に蝋燭が灯っている。窓も扉もない密閉された空間なのに、息苦しくない。全く5何前と同じ状況だった。
そして、傍にいる人も5年前と同じ人に見えて足が竦んだ。

「ディミトリくん……?」

「お前は……まさか……」

ディミトリくんは5年前よりも背が伸び、やつれた顔をしていて、おまけに片目に眼帯をしている。夢にしてはフィクションが過ぎる。顔つきだって変わっているのに、何故かディミトリくんだとすぐに気づいた。そして、ディミトリくんも私のことに気づいてくれたみたいだった。

「生きてたの……?本当に?夢じゃない……?」

「……これはまた幻覚なのか?何故成長した姿でいる?まさか帝国の仕業か……?」

ディミトリくんの瞳を大きく見開くと、私に近づいてきた。どうもディミトリくんの様子がおかしい。青い瞳には生気がなく、大きな隈に縁取られ、眉間には深いしわが刻まれている。なんだか怖い。
ディミトリくんは私の頬に触れ、それから確かめるように何度も頬の上に指を滑らせた。

「……以前もこうして触れることができた。おかしな夢だ。そして、すぐに目が覚めるのだろうな。俺の記憶にだけ残り、おまえはまた忘れるのだろう。いや、そもそも俺が作り出した幻覚か」

顎の先を摘まれ、上を向かせられた。以前よりも一段と伸びた背とは顔が遠く、金色の髪に包まれた顔には影が深く落ちているように見える。
そうか。ディミトリくんは私が否定したせいで幻覚だと思っていたのか。私も夢か幻と思っていたけれど、確かにお互いの記憶と体に残った現実のはずだ。

「幻覚じゃないよ……5年前、本当は私覚えてたんだよ」

「なんだと……?」

「嘘を言ったことを許して……ずっと言おうか迷ってて、でも言えなかったの。ちょっと複雑なことがあって……」

「ハッ。今更そんなことを言われるとはな」

ディミトリくんは笑った。その顔は笑顔というよりは呆れや不快とも受け取れる、歪んだ笑いだった。

「またキスをしないと出られない部屋とかくだらんものなのだろう。俺はもうお前に執着していないし、そんな暇もないのだ。さっさとお前とキスをしていて出て行く」

ディミトリくんの顔が近づいてきて、顔を背けてディミトリくんの胸を押した。
こんな形でキスなんてしたくないし、知りたいことが山ほどあった。

「待って!千年祭の日に大修道院に行ったの?先生には会えた?ドゥドゥーくんも無事?他の皆は?」

ディミトリくんは私の顎から手を離すと、下唇を噛みしめ、顔を背けた。

「……先生や皆は生きていたがドゥドゥーは……」

「そんな……」

ショックで言葉を失った。あんなに優しかったドゥドゥーくんが死んじゃったなんて。
じわりと目に涙が浮かび、幾筋も頬を伝って流れた。

「ドゥドゥーのことが好きだったのか?」

「違うよ……ドゥドゥーくんは大事なお友達だったの……」

ディミトリくんはなんでドゥドゥーくんを好きだと勘違いしてるのだろう。あ、そっか。ドゥドゥーくんとはいっぱい話すのに、ディミトリくんのことは避けていたからだ。
どうして、こんなことになってしまったのだろう。なんで5年前に私は彼に嘘をついてしまったのだろう。彼に好きだと伝えられていたら、彼はこんな態度にはならなかったのかな。

「……5年前、ドゥドゥーを呼びに温室に行ったことがある」

ディミトリくんは淡々と話し始めた。士官学校時代の話をしたいらしい。

「その時お前のことを初めて認識した。お前は笑顔でドゥドゥーと話していたが、俺が来た途端黙り込み大人しくなった。その時は気にならなかったが、後々ふと思い出したり、気になるようになったりした。その後も何度かドゥドゥーといるところを見ると、胸がざわついた。可笑しなものだ。少し見かけただけの女が気になる等馬鹿げている。その上、何度かお前が夢に出てきた。本当にくだらない」

「私が夢に……?」

夢を見る程私のことを考えてくれていたのかと思い、心臓がとくりと跳ねた。

「お前の顔をよく覚えていなかったが、夢の中でお前だとはっきり認識していた。そしてついに、白い部屋の夢を見た訳だが、あまりにもリアルで驚いたものだ。気になる女と簡単にキスが出来た。更にその女が青獅子の学級に来た時は運命だとさえ思った。だが、違った…… お前は俺を避けることで拒否をした。心が裂かれる思いだった。あまり自覚がなかったが、俺はお前のことが好きだったのだな」

「ディミトリくん……」

ディミトリくんが私を想ってくれてたなんて、凄く嬉しい。あの時、私が本当のことを言って想いを伝えられていたら、何かが変わったのかな。後悔ばかりしてしまう。

「だが、最早どうでもいいことだ。俺は先に進まねばならん。こんなくだらぬ部屋にいられない。さっさと口付けをしてこの部屋を出る」

今度は両手で顔を掴まれ、上に向けさせられた。ディミトリくんは背を屈み、顔を落として唇を重ねてきた。あっという間で避ける余裕も無かった。
どうでもいいと言われたショックを深く受け止める暇もなく、深く何度も口付けられた。緩んだ唇の間に舌を挿し込まれ、口内中を舐め尽くされた。
どうでもいいって言ったのに、なんでこんなに激しいキスをするのか理解できない。乱暴なキスが不快なはずなのに、それを受け入れてしまう私も自分で自分が理解できなかった。ディミトリくんの胸にしがみつくように手を伸ばしてディミトリくんを受け入れた。もっと体を密着して、ディミトリくんを感じたい。
唇と体が離れる頃にはお互い荒い息をつき、肩を上下させていた。

「ディミトリくん……?」

指先でどちらのかわからない唾液で濡れた自分の唇を拭い、なんで?という気持ちでディミトリくんを見上げた。

「5年前もこうしてやれば、俺のことを気にかけてくれたのかな……どうでもいいことだが」

ディミトリくんは青い裏打ちをされた黒地のマントを翻すと、いつの間にか開いた扉の方へ足を運んでいく。

「待って!言いたいことがあるの!」

どうでもいいと思われていても、これだけは伝えたい。ディミトリくんを追いかけて走った。けど、ディミトリくんは扉の先の光の中へ足を踏み出しかけていた。

「私、ディミトリくんのことが好きだったのっ!」

大声で叫んだ。ディミトリくんに聞こえたかはわからない。彼は光の中へ消えた。僅かにこちらを振り向いた気もしなくはないけれど、一瞬前の記憶でさえもう定かではない。
私もディミトリくんを追いかけるようにして外に出た。


*


今回は夢か現実か確かめる術はなかった。キスをしただけだったから、体に何か夢ではないと確信できるものは残らなかった。唯一記憶だけがもしかして、と思う内容であった。ディミトリくんが成長した姿は想像でどうにかなるものじゃないと思う。きっと、あれは夢じゃなかったんだろう。
ディミトリくんは生きている。こんなこと、クロードくんに言ってもクロードくんはどうして知った?と言うより、だろうなって言いそう。だから言う必要が無いと思う。
それより、ディミトリくんからドゥドゥーくんの死を知らされたことが辛かった。私でさえ辛いのだから、ディミトリくんも大事な臣下が亡くなって相当辛い筈。ディミトリくんがすっかり変わってしまったのは、王国で大変な目にあった以外にもドゥドゥーくんの死も関係していると思う。5年前、私はディミトリくんの心に寄り添えなかった。でも、今なら寄り添って彼のことを助けたい気持ちがある。
でもそれは叶うことがなく月日はまた流れ、同盟領軍はグロンダーズ平原でエーデルガルトちゃんの率いる帝国軍と、ディミトリくんの王国軍とぶつかりあった。当初は王国軍と手を組む筈だったのに、王国軍が同盟軍に手を出したせいで三つ巴の戦いとなってしまった。
激しい戦乱の中、ディミトリくんの姿を終ぞ確認することは出来なかったけれど、見た人に聞いたら私があの白い部屋で見たディミトリくんと全く同じの容姿をしていたらしい。この戦いではクロードくんが怪我をし、同盟軍は敗走することとなった。
それから同盟領の戦況は最悪なこととなる。グロンダーズで体力を消耗したところを帝国軍に付け入れられ、ついに南西から都デアドラまで進軍を許してしまった。
でも、流石はクロードくんといったところ。ディミトリくんが王都を奪還すると予想し、救援を出していたことにより、ディミトリくん率いる王国軍が助けに来てくれた。
市街地の奥まで帝国軍に攻め入れられていたから、本当にギリギリだった。王国の援助により、デアドラの防衛戦は勝利に終わった。
同盟軍が勝利に浮かれる中、私は助けに来てくれたディミトリくんにどう話しかけるか悩んでいた。彼はまた変わっていたのだ。この前夢の中で会った彼とはまるで顔つきが別人だった。つまり、私の知らない間に彼は2度も変わったのだ。私は結局彼の力になることはできなかった。今更、彼の為にどうにかしたいなんて言えない。彼にとって、私はどうでもいい存在なのだから。

「なまえ、ディミトリが話があるってよ」

「え!無理!」

先程までディミトリくんと話をしていたらしいクロードくんに呼ばれたけれど、心の準備ができていなかった。あのキスの後に現実でどう話しかけていいかわからない。

「そういうなって。なまえを連れてかないと俺が危なくなるからな。観念してくれ」

「無理だって!」

「……実はもう竜騎士団を王国軍に加入させる約束を交わした」

「ええっ!そんな勝手なこと……!」

「悪いな。元盟主の最後のお願いくらい聞いてくれ」

「だってこれから同盟領の立て直ししなくちゃだし……うちの領もいつ反乱起こされるかわからないし……イーリカちゃんとこが最近怪しい動きしてるし……」

「そこはグロスタール家も危惧していて見張っているから問題ないと思いたい。それより帝国軍を倒すことが先決だってのが俺とディミトリの見解だ。だからディミトリに兵力を渡すのさ。ほら、行ってこい!」

どんっとクロードくんに背中を押されて立ち止まろうとするのに足が何歩も前に出てしまった。
前を向けば、デアドラの内側の門前に王国軍が駐在していて、そこから離れた民家の壁際にポツンとディミトリくんがいた。遠目でもこちらを見ているのがなんとなくわかる。

「うう……クロードくんの馬鹿」

後ろを振り向いて、にやにやと笑うクロードくんに怒った。

「馬鹿で結構。なまえ、ディミトリとフォドラを頼んだぞー!」

クロードくんは左手を掲げ、いつもの発作のようにわざとらしい口調で叫んだ。

「フォドラはって……もう、クロードくんは……」

そんな重いものを任されても困る。それにディミトリくんには私なんか必要の無い存在だ。どうでもいいと言われたし、話しかけるのが怖い。またどうでもいいと言われたらどうしよう。
その場で迷ってうろうろしていると、ディミトリくんの方から近づいてきた。逃げるのも失礼かと思って、ディミトリくんが寄ってくるまで立ち止まっていた。完全に姿形がはっきりするところまで来ると、胸が締め付けられるような切なさと唇に熱を感じた。あの時激しくキスをされたことを思い出してしまう。

「なまえ」

「ディミトリくん……」

私の前まで寄ってきたディミトリくんの表情は優しげで、この前の怖いディミトリくんとは違った。何が彼を変えて、誰が彼を再び優しい人に変えたのだろう。それが気になって仕方がない。

「やはり、夢じゃなかったか。俺が見た容姿そのままに成長している」

「うん。あれは夢じゃなかったよ」

「……お前に謝らねばならぬことがある」

「何……?」

「いや、あれはお前も嫌がってはいなかったが……その、無理にした気がして……」

ディミトリくんが頬を赤らめ、視線を逸らしながら言う。その反応にこっちまで恥ずかしくなる。

「わ、私も別に嫌じゃなかったから……」

「そ、そうか……正直、あの時は恋だのなんだの考えている余裕が俺にはなかった。だから、傷つけるようなことを言っていたかもしれん。すまなかった」

「ううん。ディミトリくんは大変だったんだもの……それに私、ディミトリくんにとっては本当に必要な存在ではないから……」

「そんなことはない!あの時の言葉は信じないでくれ!」

「でも、ディミトリくんが辛い時、私何もできなかったから……」

「俺は何かしてくれるかどうかで人を判断しない。ただ、これからお前には俺の側で戦って欲しい……ただ側にいて欲しいだけなんだ」

ディミトリくんの瞳にはいつか見たことのあるような強い光が宿っていて、たじろいだ。私はこういう瞳が何を意味するのか本当は気付いていた。今だって、なんとなく胸が詰まるような想いをしている。それに向き合うのが急に怖くなって、目を逸らした。

「う、うん。クロードくんにフォドラを救ってって言われちゃったからね。自領が心配だけど、先に帝国を倒しに行こう」

「……5年前もそうやって事あるごとに俺を避けていたな」

ディミトリくんは眉根を寄せ、不機嫌そうに言う。確かに5年前の私の避け方は酷かった。彼が話しかけようとしていることに気付けばすぐにその場から逃げるように離れたし、いざ話しかけられても冷たく振る舞った。本当は気付いていたのかもしれない。ディミトリくんが私を見つめる瞳が熱っぽいことを。私はそれを気づかないふりをしてやり過ごしたんだ。

「ごめんなさい。でも、私にも色々あって……」

「今回も色々で済ませるのか?俺はあの部屋でお前の告白を聞いている。確か俺のことが好きだったとか……?」

「き、聞こえてたの!?」

あの時は伝えたくて叫んだのだけれど、今こうして聞こえていたという事実を話され恥ずかしくなった。

「ああ。そして、お前にその返事を伝えに来た。俺も5年前、お前が好きだったーーこれはあの部屋でも言ったことだが、今でも好きだ」

ディミトリくんに熱のこもった瞳で見つめられて言われ、どくどくと心臓が脈打つのを感じた。

「ずっと俺の側にいてくれるか?」

「うん……私もディミトリくんと一緒にいたい」

ディミトリくんは口元を綻ばせると、手を伸ばしかけてそれを振るように下に下ろした。

「今すぐお前を抱きしめたいがまだそれはできない。帝国を落としてからだ。お前に会わせたい奴もいるしな……なまえ、行くぞ」

「うん!」

あの時のように黒地のマントを翻して背を向くディミトリくんの背中を追いかけた。今度は私を待ってくれているような遅い歩みだったから簡単に隣に追いつけた。

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