yuri
なまえは所謂神憑り的人間だ。まともに声を発せず、俺たちの言っていることの10のうちの1も理解せず、俺と女、子供に対してはいつもにこにこしていて、初めて会った女子供には抱きしめて接吻をする。俺が初めてそれをされた時は正直驚いた。だが、嫌な気はしなかった。その時はなまえが声を出せないことをいいことに男たちに酷い目にあっていたのを俺が助けた後だったから、なまえなりの礼の仕方だろうと思った。ま、結局その後に女と子供に対しては全員にそうすると知って、俺は女として見られてるのかと思って複雑な気分になった。勿論、女に見られるのは別にいい。それを武器にして生きてきたし、誇りにもしている。複雑な気分になったってのは、こいつが大の男嫌いで、騙している気分になっちまったからだ。
なまえは俺が助けるよりも前から男から散々な目にあっていたようで、体中に痛々しい程の傷や痣がある。何故それを知ってるかは、なまえは俺を女とでも思ってるのか、傷や痣だらけの裸を気にせずに俺の前で平気で脱ぐからだ。ただ男の前ではいつも野生の獣のように鋭い瞳をして、警戒しながら俺や女の背後に隠れる。そんななまえを知っているから、俺の部下たちや仲間の男には絶対なまえに近づけさせねえように、なまえの服に鈴を付けた。鈴の音が聞こえたら、その音から離れさせることができるからだ。だが、逆に言えば鈴の音が鳴るところになまえはいる。俺はそれをわかっていて、かつなまえのことが心配で鈴の音が鳴る方へいつも足が向かっちまう。鈴の音を聞いた男たちがなまえを捕まえて悪いことをしてねえかとか、なまえが何か大変な目に合って助けを求めてねえかとかその他個人的な理由で。
今日も家族に仕送りを届けてから居住区に戻ると、真っ先になまえの居場所を聞き回ったり、鈴の音がしねえか耳を澄ませた。
なまえは結局女子部屋にいた。床に座り込むハピの膝の上になまえは頭を乗せて、ハピの薔薇と焼けたオレンジの中間のような色の長い髪の毛先に触れている。ハピはそんななまえの頬を撫でながら、機嫌良くなまえに女神様の話をしていた。
「なまえは女神様に守られてるってゆーか、愛されてると思うよー?」
「まあ今まで生きてこれたこと自体が女神様の奇跡のようなもんだからな」
「ユリー」
ハピが顔を上げた。なまえは俺に気づくと、起き上がって鈴の音を鳴らしながらこっちに寄ってきて俺に抱きつき、頬をすり寄せてきた。俺に会う度になまえは挨拶代わりにこれをしてくる。なまえは他の女や子供には、これをしない。俺だけに毎度こうしてくるのは、俺がなまえの一番のお気に入りだからだ。だからか、これをされる度に俺は胸の辺りが温かくなるし、同時に緊張で体が強張りもする。前者はなまえに対する好意で、後者は俺の体格が男であることになまえが気づくのではないかという不安だ。
俺はなまえのことが女として好きだ。俺には心配ごとが多く、その中でも大好きななまえに対しては特別心配している。命や怪我の心配については勿論のこと、他には俺だけの"特権"を他の男にも与えていないかという心配をしている。杞憂かもしれないが、最近のなまえはバルタザールとだけは少しの距離を置けば話すようになったからだ(といっても、バルタザールが一方的に話しているのをにこにこしながら聞いているだけだが)。
なまえがバルタザールに抱きついて、頬をすり寄せるところを想像すると、胃がむかむかしてくるし、バルタザールの顔を思いっきりぶん殴りたくなる。だが、同時になまえが男のバルタザールを平気になれば、俺がちゃんと男であると堂々と教えることができるんじゃあねえかとも考えちまう。
なまえが男を怖がることに初めて気づいた時に、俺は自分が男だとはっきり言って、なまえの手を掴んで俺の胸板や角ばった肩に触らせたが、その時のなまえは理解していないようだった。そのうち俺はなまえの純粋さや無垢な笑顔に惹かれて好きになり、今度は逆に男であるとバレるのが怖くなった。なまえにはいつか教えてやらねえといけねえし、俺を男として見て欲しい。だが、なまえの男嫌いが治る前に俺が男であるとなまえが気づいた時、なまえの反応が怖い。騙されていたと怒って当たり散らすのか、それとも騙されていたという概念なく、ただ単純に俺を拒絶するのか。
「なまえ、良い子にしてたか?」
なまえの頭を撫でながら聞くと、なまえは満面の笑みを浮かべて頷く。なまえはいつも俺が何を聞いても笑顔で頷くが、なまえとのやり取りに意味がないと思ったことは一度もない。いつか少しでも理解して欲しいと思って話しているし、少なくともなまえは笑顔で反応してくれている。
「ほら、なまえ。贈り物だ」
なまえに伝書ふくろうの羽根をやった。ここにくる途中で拾ったもんだった。なまえは羽根を手に取ると、俺の頬に唇を押し付けて、ハピに見せた。
「なまえ、良いもの貰えてラッキーじゃん」
なまえはハピの言葉に頷くと、なまえの宝物箱にしまってまた俺の横に来る。そんな俺たちを見てハピは口元に穏やかな笑みを浮かべる。
「ユリーさ、ほんとになまえのことが好きだよね」
「まあな」
ハピの唐突な言葉に迷わず返事をした。俺には隠す気はなかった。部下にも仲間にもなまえは俺の女であると伝えてある。その方が部下や居住区の皆もなまえの扱いが良くなるからだ。まあ、扱いっていっても、男はなまえから距離を置くだけだが。
「なまえに好きって言ったらー?」
「それは……まあ、どうなんだろうな」
正直なまえと2人の時に好きだと何度も言っている。勿論、なまえはにこにこするだけで伝わってはいないようだった。いつかは伝わると信じて「好きだ。好きだ。大好きだ」とも連呼してみせたりもした。部下たちが聞いたら腹を抱えて笑う程みっともねえことをしたと思っている。まあ、他に好きであると伝えられる方法はねえとも思ってるから自分の中ではあの行動を仕方ねえものだと折り合いはついている。
「その反応はなにー?もしかして、もう言ってあるとかー?」
「なんだよ。俺様を揶揄う気か?」
「そんなんじゃないってー。なまえ、ユリーにあれ渡してあげなよ」
ハピは部屋の棚の引き出しのあたりを指差し、それからその指を俺に向けてなまえを見つめた。なまえは頷くと、ハピの指していた引き出しを開けて何やらバルタザールの腕並みに太い斧を重そうに運んで来た。
「なまえ、これはなんだ?」
なまえはにこにこしながら、俺に斧を差し出す。
「それはなまえからの贈り物だから、大切にねー」
「いや、贈り物つっても斧だぜ?バルタザールが使ってるような……」
なまえがいい加減重そうにしているからなまえの手から斧を受け取った。すげえ重い。
「なんで俺に斧なんだ?」
「ユリーったら、珍しく察しが悪すぎてハピさんめんどくさくなってきたんですけどー」
「いや、これでわかるやつがいるのか?説明してくれよ」
「仕方ないなー。なまえがさー、ユリーに何かあげたそうにしてたから、ハピが提案したの。ユリーにはコニーみたいなカチューシャか花の髪飾りがいいよって。それで、なまえはバルトと同じものにするって」
「なまえがそう言ったのか?というか、カチューシャに花の髪飾りってお前……」
「ハピがユリーに似合いそうなカチューシャとか花の髪飾りの絵を描いたら、なまえが斧を持った筋肉ムキムキのユリーの絵を描いたってわけ。ま、ユリーって言うよりは手足が6本ある魔獣に近かったけど……端的に言うと、その斧がなまえの気持ちってこと。鍛冶屋さんにそれを作ってもらう為になまえは自分の宝物を渡してまで頼んだんだよー」
「この斧がなまえの気持って……」
「ユリーに似合うのは髪飾りじゃなくて、斧ってこと。それでわかんないかなー。ユリーって、意外と面倒なやつ」
「なまえ、そうなのか?」
なまえを見れば、なまえは笑いながら頷く。てっきり、なまえは俺のことを女だと認識していると思ってたが、この斧をくれるということは、男として見てくれていたのか。
「なまえ……ありがとな。なまえの気持ちを受け取ったぜ」
重てえ斧を手にしたままなまえを抱きしめれば、なまえも俺の背に手を回して力を込める。
「お邪魔なハピはでていきまーす。あ、ユリー、なまえにちゃんと伝えてねー」
ハピはそう言って、俺となまえの横を通り過ぎる。ハピに言われずとも、そういうもんは勝手に俺の口から出ちまう。なまえにこの気持ちを伝えることの難しさ故にだ。笑えることに、人から散々好きだの愛してるだの言われてきたこの俺様が一番それを言って欲しいなまえからだけはそれを聞けずに、なまえにそれをしつこく言いつづけている。
俺は一旦なまえから距離を取り、目の前で斧を振って見せた。
なまえは両手を叩いて喜び、俺に抱きついた。
「おい!危ねえって!」
苦しいくらいぎゅっと腕に力を込められる。
なまえを片手で抱きながら、ゆっくりと腕を地面に伸ばして斧を床に置いた。
「なまえ、好きだ」
なまえの耳元で1回気持ちを伝えた。
少し身を引いて、なまえのキラキラと星みてえに光る双眼を見つめる。
「好きだ」
目を見つめて1回。
なまえの頬に口付けた。
「好きだ」
片側の頬に口付けて1回。
今度は反対の頬に口付けた。
「好きだ」
反対の頬に口付けて1回。
それから、唇にはどうにもできなかった。もしかしたら、ハピと俺の勘違いかもしれねえからな。
なまえの頬を両手で包みながらなまえを見つめ続ける。この俺の瞳でなまえに気持ちが伝われば、願ってもないことだが。
なまえは俺の真似をするように俺の両頬に口付けてきた。それから俺をじっと見つめて唇を尖らせた。
「いいのか?」
なまえが頷く。
──いいのかよ。
「好きだ」
5回目の好きだを言って、なまえの唇に俺のを重ねた。
すぐに唇を離してなまえの顔を確認したが、相変わらずにこにこと口元に笑みをたたえている。唇に接吻をする意味を理解してくれているのかどうだかわからないが、少なくとも俺は歓迎されているのはわかる。
「なまえ、好きだ。大好きだ」
今度は長くなまえに口付けた。
この俺様がこれだけ気持ちを伝えているのだから、いつかはこの気持ちを理解してくれるよな?