claude req


※トリップ主






「ガオーッ!」

「……おはよう」

始業間際に教室に入った途端、いつものように級長のクロードが後ろ足で立ち上がって人に襲いかかるような熊の真似をしてきて呆れた。本人曰く、飛竜が激怒した時の真似らしいけど、どう見ても熊、よくてライオンだった。飛竜はピギャアって感じだと思う。

「ああ、おはよう。いやー、今日も冷めた挨拶だな。腰を抜かす程ビビってた初々しいなまえが懐かしいよ」

「毎日やられてたら流石になれるって」

士官学校の生徒として講義を受けるようになって次の週くらいから、私が教室に入る度にクロードがこうやって驚かしてきた。ぼーっと生きてたら命を落とす世界であることは理解してるから、フォドラで一番安全らしい大修道院といえども気が置けなくて、驚かされた時は一瞬死ぬかと思ったし恐怖と驚きで腰が抜けて動けなくなった。
ちなみにクロードは節毎に驚かし方を変えてきて、今節は飛竜という名の熊だった。三節前は虫とかキノコを投げつけてきて、流石に怒ってクロードと口をきかなくなったら、虫とキノコを投げつけるのはすぐやめてくれた。

「それもそうだな。よし、今節は明日から趣向を変えてみるか」

「だから、もうこういうのするのやめてって。八節以上経ってるし、普通に挨拶してくれる?驚きようないしネタ尽きてきたでしょ?前節は戦闘時の飛竜の真似で今節と違いわからないし」

「善処するさ。それに今節は特別な節だからな。もっと淑女が喜んでくれるような驚かし方にしてみせるさ」

「淑女って誰のこと?」

「文脈を考えてくれ」

「そっちこそ。私が淑女じゃないから言ってるの」

「俺はなまえを淑女だと思ってるから言ってるんだけどな」

クロードは首を傾け、三つ編みにした焦げ茶色の片髪を揺らす。北欧人を思わせるようなライトグリーンの瞳に、中東人のような褐色の肌は私が今まで見てきたフォドラの人達とは明らかに異なる身体的特徴だ。
まあかくいう私は元の世界でいうアジア人なわけだけど、フォドラの人が差別する時は歴史的因縁のある出身地に対してで、肌の色や顔立ちを理由としての差別がなくてよかったと思っている。
飛竜や天馬、魔法の存在するファンタジーのこの世界に来て約八節が経過したけど周りは私に目をかけてくれるし、私を拾ってくれたレア様はずっと大修道院にいていいと言ってくれているから助かっている。フォドラの人は皆優しいみたい。

「それはありがとう。褒めても何もでないけどね」

手をひらひら振っていつもの席についた。自由席だけど皆定位置が決まっていて、私はいつもレオニーの隣だった。借金してまで士官学校に入学したレオニーは講義態度は真面目でいい刺激を受けるし、何よりさばけた性格だから付き合いやすくていい。
ただ後ろの席がクロードだから、たまに丸めた羊皮紙の切れ端を投げつけてくるのは腹が立つ。
クロードは何故か私ばかりに構ってくるけど、今思えばここに来た当初は身近に死を感じられる異常な世界にびくびくしていたから、そんな私を元気付ける為に驚かせようとしてくれてるんだと思う。この八節で度胸がついてきたからもういらないけど。

「そういえば、今節の25の日は舞踏会あるけどなまえは踊れるのか?なまえの故郷では貴族社会とは無縁なんだろ?」

レオニーが不安げに眉を落としながら聞いてきた。
私の故郷は異世界、なんて言えるわけがないから皆には人里離れた山の奥にあることにしていて、レオニーもそれを理解してくれてるから文化面でわからないことがないか、よく私を気にかけてくれている。

「うん。でも、どうせ誘ってくれる人いないし」

「それが最低でも一人は心あたりあるんだよね。だから、練習しときなよ」

「誰?」

「ま、わかるだろう?露骨だしさ」

レオニーが声を落として後ろを一瞬だけ振り返った。私も振り返ると、クロードが教室の出入口でベレト先生と何か話している。

「……いや、まさかね」

「そのまさかなんだよ。踊りならローレンツかヒルダあたりに相手してもらうといいよ」

「うーん。でも、舞踏会が始まったらすぐ抜けるから」

実は書庫の生徒閲覧禁止コーナーに読みたい本があって、何度か書庫に侵入している。結構大変だからたまにしかやらないけど、25日の夜は騎士団の人もどんちゃん騒ぎで警備が緩くなるだろうから是非忍び込みたいと考えていた。

「そうなのか?」

「うん。皆には秘密ね。すぐ抜けちゃだめみたいだから」

「はいはい。なまえは秘密が多いからね。いつかわたしにも話せる時が来てくれたら嬉しいよ」

「いつか……いつか話すから待っててくれる?」

私の秘密……異世界から来たことを話すのはこの世界に留まることを覚悟した時か、元の世界に帰れる手立てが見つかった時だと思う。
講義の始まる鐘の音が鳴ると、ベレト先生は教室の前へ来て講義を始めた。
先生が板書してる最中に今日もまたクロードに丸めた羊皮紙を投げつけられたけど、今日はもう無視した。



*



12月25日──まあ、こっちでいう星辰の節、25の日がついに来た。元の世界ではクリスマスで神の子の誕生を祝う日だったけど、こっちの世界ではガルグ=マクの落成を祝う日になっている。
舞踏会の会場は蝋燭の灯ったシャンデリアで明るく照らされ、フロアの中央では男女のペアが生演奏の優雅な音楽に合わせて踊っている。
皆の眼がそちらの方へ向いている間にこっそり会場から抜け出して、書庫に向かった。
予想通り緩くなっていた警備を掻い潜り、書庫の生徒閲覧禁止コーナーで郷土史や民話集を探して、私のような異邦人が現れた記述がないか探していた。
そもそも郷土史や民話集が閲覧禁止というのがきな臭いと思って探しているのだけど、なかなかそれっぽい記述が見つからない。文字の読解は何よりも重視して覚えたから見落としてはいないと思うけど、この大修道院に来てから何百冊という本に目を通したのに見つからなくて、頼みの禁書にも書いてないならもう期待できそうにない。

「なんでないの……!」

机で読んでいた本を脇に避けて、机に突っ伏した。
この世界に馴染んできて楽しくやってる面はあるけど、やっぱり安全な暮らしのできる元の世界に帰りたい。

「なまえ……?」

人の声が聞こえて、驚いて椅子から転げ落ちかけた。
顔を上げて見ると、クロードがいた。

「なんでいるの?」

慌てて涙の溜まった眼尻を拭いながら聞いた。

「なんでって、なまえを探していたからさ……泣いていたのか?」

「ああ、ちょっとこの本があまりにも感動的で……」

「『東方の地パルミラに纏わる伝承と文化録』。なるほど、この題名だけでも泣きそうになる」

クロードが真面目な面持ちで言うものだから、さっきまでの悲しさが吹っ飛んで、つい笑ってしまった。

「ごめんなさい。ちょっと疲れちゃって泣きたくなっただけ。こんなところをあなたに見られるなんてね」

「……故郷に帰りたくなったとか?」

「まあ、そうかも……」

否定する流れでもないから素直に答えると、クロードは向かいの椅子に座って机の上に積んだ本の背表紙に眼を走らせた。

「スレンやダスカー、ダグザにブリギットの伝承まで読んでるのか……伝承好き、なわけないよな。確か故郷がどこにあるかわからなくて参考に探しているだけか?」

「うん……故郷を出たら迷子になってここまで流れついたみたいなものだから、私みたいな異邦人が現れたっていう記述がないかなって……」

「俺も結構な量の本を読んではいるがそういうのは……いや、待てよ。気まぐれに読んだ童話にこんな話が出てきた……とあるフォドラの外の国の王子様……といっても王位継承候補の何人目かの男ととある異邦人の女の話だが……その前になまえと行きたいところがあるんだが、今いいか?」

「えっ?何突然?異邦人の話は興味あるから聞きたいんだけど」

「なら、女神の塔に行きながら話すよ。これ片付けて行こうぜ」

「何しに行くの?」

「そりゃ、己の野望の為の願掛けさ。未婚の男女が今夜女神の塔で願いをかければ女神様が叶えてくださるそうだ」

「生憎女神様とか信じてないから……」

異世界なら逆に神様が存在していてもおかしくなさそうだけど、セイロス教はどうも胡散臭かった。レア様には感謝してるけど、西方教会絡みの事件や魔獣の件の大司教としての対応で不信感を持ってしまった。そもそも宗教は国の思想統制の為に作ったとか聞いてるからどこの世界にもしかるべくして作られたものだと思っている。

「おっと。ここでそれは禁句だぜ?ま、俺だって存在を疑っているし、神頼みも嫌いだけどな」

「そうなの?やっぱり、クロードってフォドラの人間じゃないよね?」

「……異物から見ても俺は異物なのか?あー、異物は貶してるわけじゃないから気を悪くしないでくれよ」

「それはわかってるよ……クロードは見た目もそうだけど、こんなにフォドラは階級社会なのに自分や他人の身分に拘らないし、ここの人達との考え方が違い過ぎるよ。勿論、大修道院では貴族と平民の差別は禁じられてるけど、どうしても身分に関係した言動が表にでるものじゃない?でも、クロードにはそれがない」

フォドラの縮図と言われる大修道院で過ごすと、フォドラの人達がどんな人柄なのか、どんな価値観なのかがわかってくる。勿論、シャミアさんというダグザの人や、ペトラという黒鷲(アドラー)のブリギットの人を比較対象にしている。ダスカーの人の話も聞こうとしたら、生憎断られちゃったからわからないけど、とにかくクロードもフォドラの人とは明らかに違う。

「これは参ったな。益々深みに……いや、やめておくか。とにかく、ここは片付けよう。俺にちょっくら付き合ってくれたら、異邦人の話をするさ」

「うん」

仕方なく本を元に戻してクロードに付いていった。
大聖堂の西側にある女神の塔まで殆ど人に会うことがなかった。
塔の前の山下を見下ろす道を危なげに渡って辿り着くと、クロードと向き合った。

「なまえが願うのは故郷に帰ることか?」

「まあね」

「なら、願う前に異邦人の話をしようか」

クロードがさっきの続きを話し始めたけど、出だしから既に長かった。
とりあえず始めだけまとめると、王子様がとある国で身分と出身を隠して外遊してるときに素敵な異邦人の女性と出会い、ひと目見るなりその女性のことを気に入ったらしい。

「一目惚れなんて物語ではよくあるもんね」

「いやいや。一目惚れではない。正確にいうと、自分と似ている、と思ったんだ」

「その女の人も実は他国のお姫様だったとか?」

「近いが違うな。王子はその女性が自分と同じく正体を隠していることを見抜いた」

「……もしかして、その王子様ってクロードのこと?実はフォドラの外の王子様なの?あ、でも身分に拘らないよね……身分に拘らない国出身とか?」

クロードが私に興味を示していることを知っているからこそ、そう聞こえる内容で言い当てるつもりで聞いてみた。そういえば、クロードが何かを隠していることは周知の事実だった。

「……今はそれも違うと言っておくよ。俺は王子じゃなくて盟主候補だからな。で、王子は野望を叶えるのと他に、その女性のことが堪らなく欲しくなった。自分と重ねて見たり、その女性が何故自分と同じようにその国にいるのか知りたくなり、観察しているうちに好きになっちまったってわけだ。だが、王子はその野望と出生のややこしさの為に、自分の正体を明かす気がない。一方その女性にもその気はないときた。更に付け加えるなら、その女性はいつか消えてしまいそうな儚さも持っていた。野望の実現と女性を手に入れることを同時に願う欲張りな王子は女性が消える前に急いで神に願ったんだ。すると、願いは無事叶った。王子は野望を叶えた上に素敵な女性と結婚。一生を添い遂げたとさ。めでたしめでたし」

「え。その異邦人の女性の正体は?」

期待していたのは異邦人の女性が故郷に帰る話だったのに、全く予想と違う結末に納得がいかなかった。

「正体は結局わからずじまいだ。きっと王子が夫になった時に明かしてくれたはずさ。それより、この話の重要なところは王子の願い方にあった」

「願い方?」

「王子は自分と彼女の幸せを願ったんだ。で、二人が添い遂げたってことは彼女の中での幸せはいつの間にか王子と一緒にいることになってたってことだ」

「そうなんだ……ふーん」

童話なんてそんなもんだけど、なんとも都合のいい話だ。

「そういうわけだから、願うなら明確なもんでない方がいいぜ。『故郷に帰りたい』じゃなくて、『幸せになりたい』がおすすめだ」

「でも、女神様のこと信じてないんでしょ?」

「ああ。勿論そうだが、ものは試しだ。タダで叶えてくれるなら儲けもんだからな」

確かにクロードの言うことは一理ある、と思えた。願って損することはない。

「じゃあ……」

なんとなく両手の指を絡め合って眼を閉じた。
──幸せになれますように。

「主よ、我らの望みを叶えたまえ!」

クロードが突然大声で叫んでびっくりして、肩が飛び上がってしまった。

「ちょっと!」

「大声の方が聞いてくれそうだろ?これで願いは女神様に届いた……のか?」

「さあ?」

肩を竦めて見せた。
女神様は信じてないけど、もし元の世界に帰れないなら、元の世界に帰ることを願ってもしょうがないからこの願い方で良かったことは確かだ。

「なまえ」

クロードに呼ばれて彼を見上げた。
月明かりと星で明るい夜だから彼の顔はよく見えた。

「五年後の千年祭の前日、ちゃんと来てくれるんだろうな?

昨日金鹿(ヒルシュ)の皆が勝手に盛り上がって決めたことだった。五年後に必ず皆で会おうって話だけど、私はその頃にはきっと元の世界に戻っているか、その方法を探す旅にでているか、呆気なく死んでいる気がする。

「行く予定ではあるよ」

とりあえず、前向きに答えておいた。

「その気がなさそうに見えるが、金鹿(ヒルシュ)の皆はなまえと会いたがるだろうな」

「皆が?なんで?」

「なんでって、俺らが仲間だからだろ」

「あ……」

あんまり意識したことはなかった。けど、今思えば金鹿(ヒルシュ)の皆とは共に死地で血と汗を流し合った仲間だ。クロードも皆に何か隠しているから仲間は仮初……というわけもなく、普段から本当に仲間のことを大切に思っているのは伝わってきている。私も皆に正体は隠しているけど、皆が大事でないわけはない。また会えなくなるのは寂しいと思う。

「だから、必ず来てくれ。故郷に戻っちまってもさ、顔くらいだせるだろ?」

「考えてみる」

そんな簡単な話ではないけれど、と心の中で呟いた。
クロードは私の曖昧な答えに満足したのか、笑うと「さてと、会場に戻って俺と踊るか?」と、手を差し伸べてきたけど、私は断った。
星辰の節の夜はなんだかしんみりしていて、寒かった。



*



1185年12月25日、まだ空も明けてない夜に天馬に跨り、廃墟と化した大修道院の聖堂の西部に降り立った。
確か約束の日は今日だ。
あの日……クロードと女神の塔に来た日の夜から約五年が経った。その歳月の間に私は天馬に乗り、フォドラの外の各地を旅していた。
あれから五年も経ったのに結局元の世界に帰れる手立てが全く見つからなく、フォドラの外でフォドラの内乱状況を聞く度に胸が痛み、いてもたってもいられなくてここに来てしまった。
ここに来るのは簡単ではなかった。フォドラの内乱に関わりたくないし、一度関われば途中で投げ出せない程の情を金鹿(ヒルシュ)の皆に持っている。もうここに来た以上は私は巻き込まれに来たようなものだった。
聖堂の外から山下を見下ろす。今日も──といっても正確にはあの日の夜より半日以上早いけど──月明かりと星の明るい夜だった。
突然飛竜のような鳴き声と共に風が吹き荒れた。咄嗟に顔を腕で覆いながら、薄眼を開けて腕の隙間を覗くと、飛竜と人影が見えた。

「予定より早過ぎなんじゃないか?」

低く、体の中に響いてくるような声。だけど、敵意はなく親しげで、冗談を言うかのような軽い調子はあの人に似ていた。
腕を下ろして眼を凝らせば、豪奢な衣装に身を包んだ若い男の人が飛竜から身軽に地面に着地してこちらを向いた。
その顔周りには影を落とすように髭が生えていて、ふさふさと生えた頭髪はオールバックにしてまとめられている。五年前とは印象が異なるけど、間違いなく私のよく知る人だ。

「クロード!」

「久しぶりだな、なまえ。元気にしてたか?」

やっぱり、声は低くなっていて、見た目と相まって大人の雰囲気を醸し出すクロードに困惑した。

「うん……クロードこそ。盟主になったとは聞いてたけど、一人でこんなところに来ていいの?」

「部下達は周辺の街で待機させて復興に力を貸させているさ。しかし……変わってないな」

「え?そう?髪伸びたし、お化粧上手になってない?」

「どれどれ?」

ぐっと距離を縮めてクロードが私の顔を覗き込んで来た。至近距離で顔をまじまじと見られて流石の私も恥ずかしくなった。

「クロード、近い……」

「あ、悪い悪い。よく見えなくてさ。もうすぐ夜明けだからな。明るくなったら、もう一度見せてくれよ」

「勝手に見れば?」

「ははは。相変わらずの物言いだな。じゃあ、せっかくだから塔の上からフォドラの夜明けとなまえを同時に見させてもらうよ」

クロードに手を取られ、女神の塔へと引っ張られた。渋々ついて行って暗い塔の階段を殆ど手探りで上り、最上階へ着いた。
上っている間に空が白んできたみたいで、アーチ型にくり抜かれた壁から光が入って来ている。 
そこから段々と明るくなっていく外を眺めた。

「皆来るかな」

「俺は信じてるぜ」

「そう……」

この大修道院が帝国に攻められて陥落した日以来、皆とは会っていない。誰かが亡くなったとは聞いていないけど、少なくとも先生はあの日に行方不明になった。あの先生のことだから生きてそうだし、今にも顔を出したりして。
それから夜明けまではあっという間だった。山間から顔を出した陽の光がクロードと私を照らし、漸くちゃんとクロードの顔や姿を見れた。
クロードは余裕そうな笑みを浮かべていて、私に悪戯してきた男の子の面影を残しつつも、噂に聞いていた通りの智将を思わせる風格を備えているように見えた。

「わお。美人になったな」

「前は美人じゃなかったってこと?」

照れ臭いことを真顔で言われたものだから、つい冗談っぽく返した。

「言い方を間違えた。より美しくなった、だな。元から異国情緒溢れる美しい少女だったさ。じゃなかったら、あんなに毎日……と、足音が聞こえてくるな……」

等間隔に固い靴音が響いてくる。誰かが階段を上ってくるようだ。
靴音が止まるの同時に、ベレト先生が姿を現した。五年前と全く変わらない姿で。



*



千年祭の前日には担任のベレト先生と金鹿(ヒルシュ)の皆が集まり、翌日にはセイロス騎士団が戦いの渦中にいなくなったレア様を探して大修道院に来た。
そして、私は結局クロードに力を貸すことにした。クロードは帝国の巻き起こした戦いに終止符を打ち、フォドラ全土を統一するという。

「凄い計画だよねー……」

よく晴れた日の朝、大修道院の修繕作業の一環として、天馬を利用して高いところの壁の塗装をしながら呟けば、天馬は私の言葉に呼応するかのようにいなないた。
ここを拠点に何度か戦線に赴き数節が経った。荒廃した大修道院もすっかり元の形に戻りつつあって壁の塗装をする段階にまでなっている。
塗装しながら思い出すのは、クロードは五年前から野望を持っていたということだ。それはもしかして、フォドラ全土の統一なのかな、と思えてきたけど、やっぱり違うような気もする。なんとなく、クロードの出生に関わりそうだなとも思う。

「おーい、なまえ」

クロードのことを考えていたら、ちょうど下から当の本人に呼ばれたものだから、緊張しながら降下して地面に下りた。

「なにか用?」

「物質の調達を手伝って欲しい。俺の飛竜に乗って行こう」

手を引っ張られたかと思えば、無理やり抱き上げられクロードの飛竜に乗せられた。

「え?ちょっと!私の天馬がいるから別々でいいよ!」

「ついでに話したいことがあるからこっちの方がいい。ほら、並走すると翼が風を切る音で聞こえないだろ?」

クロードが後ろに乗り込み、飛竜の手綱を握った。体が密着しているし、まるで後ろから抱きしめるようにしてクロードが手綱を握っているせいでどきまぎしてきた。
クロードが飛竜の脇腹を軽く蹴ると、飛竜が飛び立つ。飛竜に乗ったことがあるとは言え、二人乗りは初めてで天馬よりも乗り心地は悪い。

「話ってなに?」

「なまえが幸せになれそうかって話だ」

「もしかして五年前の女神の塔の話?」

「ああ、そうだ」

「さあ。そもそも、幸せがなにかわからないし……」

「なまえにとって故郷に戻ることは幸せじゃないのか?」

「それがわからなくなってきたの」

自力で生活していかなくちゃいけない環境で五年以上経って二十歳を過ぎれば、考え方もそれなりに変わって来た。ここでの生活はすっかりなれたし、もう帰れないなら帰れないでいいと思えるようになった。ここまで情報がないとなると八方塞がりで、絶対に叶わないことに時間を費やすくらいなら、賢くここで幸せに暮らしていけるように模索していった方がずっといい。
それに各地を旅していると色んな人との出会いがあって、助けたり助けられたりの生活に、元の世界では感じたことのない温かさや充実感があった。

「この五年で何があったんだ?」

「私も成長したってことかな?それで、クロードの願いはどう?」

「それがまだまだ先の話になりそうだ。このフォドラの大地を平定した後でしか俺の野望は叶えられないからな」

「クロードの言ってる野望ってなに?」

「おっ。俺に漸く興味を持ってくれたのか?」

クロードが身を乗り出してきて、後ろから私の顔を覗きこむようにしてくるから、思わず肩が震えて顔を背けてしまった。

「顔近い!」

「なんだ?なまえはいつの間に恥ずかしがり屋になったのか?」

「そうじゃない……!」

とは言ったものの、本当は再会した時から大人になったクロードに思うところはあった。
士官学校時代に色気の欠片もなかった子供っぽい少年が、急に大人の男の色香を纏ったとも感じていた。それは眼に見えてわかる見た目の成長だけじゃなくて、声とか表情だったり、言葉に出る知性や冷静さだったり、色々だ。
とにかく、今のクロードに私は少なからず惹かれているから、図星を突かれるとなんて反応すればいいのかわからなくて困るし、今もすぐ後ろにいて体が密着してるのだって恥ずかしくてしょうがない。

「ま、なまえが俺に興味を持ってるとわかったから言うぜ。本当はこの戦争が終わってからでもいいと思っていたが……実は俺の生まれはフォドラじゃない」

「そう……」

漸くクロードが自分から打ち明けてくれた話に緊張した。私の正体もいつか皆に話してしまおうと思っていたこともあるから、クロードが明かしてくれた今、私も話さなくちゃいけない。

「え?なんか反応薄くないか?」

「クロードってパルミラの生まれ、だよね?」

なんとなくそう思っていた。士官学校の書庫でパルミラ人についての記述を読んだ後、その記述とクロードの特徴があまりにも似ていて、ある時からずっとそうなのかなって思っていた。
フォドラではパルミラ人に偏見があるのはわかっているから、逆もまた然りで、もしかしたら、クロードはリーガン家とパルミラ人の混血で、故郷のパルミラで大変な暮らしをしてたんじゃないかなって想像もしていた。

「これは驚いたな……もしかして、書庫で読んでいた史料で気づいたのか?」

「実はそう。あの時は気づいてなかったけど、後からクロードを見ているうちにね」

「そうだったのか。なら、話は早い。パルミラでもフォドラでも差別されていた俺はそんなくだらないもんをなくす為にフォドラの壁をぶっ壊すという野望がある。あの日、女神の塔で願ったのはそのことだ」

「そっか。それなら早く戦争を終わらせないとね……壁はどっちから壊すの?クロードは外側からで、私が内側から壊そうか?」

クロードの野望という名の夢に乗りたくて、提案してみた。私の元いた世界で人種差別は根強く残っていて、とても大変な問題だからクロードの掲げる夢はとっても素敵なことだと思うし、なによりクロードの為なら私にできることはしてあげたい。

「……なまえ、それは愛の告白と受け取ってもいいか?」

「えっ?ひ、飛躍し過ぎじゃない?というか、変なところ触らないで!」

手綱を片手に持ち替えてお腹に手を回してくるクロードに肘鉄したけど、離すどころか力を入れて抱きしめてきた。そういえば、クロードは士官学校時代は剣を専攻していたのに今は斧を奮っていて、力も強くなっていた。

「俺はなまえのことが好きだから、さっきの提案はすげえ嬉しかったよ」

耳元に唇を寄せられ、体の中に入ってくるようにクロードの声が響いてくる。
私はまだ決心ができていなかった。日に日にクロードのことを好きになっていくのを自覚していたけど、簡単にこの気持ちを伝えてはいけないことは理解していた。自分の気持ちを伝えてクロードと想いが通じ合えば、いつか元の世界に帰れるとわかっても帰るわけにはいかなくなるからだ。
でも、この力強い手なら私を最期まで掴まえて離さないでくれると感じる。そして、この人となら私は幸せになれると思う。クロードにはそれだけの魅力と力がある。だから、私はクロードのことを信じてついて行きたい。
覚悟はできた。

「……私もクロードのこと好きだよ」

クロードの手に自分の両手を重ねた。

「本当か……?」

「うん……私の幸せはクロードといることだから。女神様の代わりに叶えてくれる?」

「勿論だ。なまえ、この戦いが終わったら俺はパルミラも平定しに行く予定なんだ。なまえはそれまで待っていてくれるか?消えないでいてくれるか?」

「私は消えないよ。ずっとクロードと一緒にいたいから」

「だといいが……なまえはたまにどこか遠い眼をしてる時があるだろ?いつか故郷に帰ってずっといなくなっちまうんじゃないかって思う時があった」

「大丈夫。いつか帰れたとしても私は帰らないよ。だから、私と一緒にいてくれる?」

「それは約束するが……なまえの故郷に行ってみたいな。故郷を捜すのはなしか?」

「その話なんだけどね……」

意を決して私がこの世界の人間ではないこと、ずっと帰りたかったけど、この世界に骨を埋めるのを決めたことを伝えれば、クロードは最初こそ驚いて信じられない、という態度だったけど、「いつか消えてしまいそう」とずっと思っていた感覚に納得がいったという。

「黙っててごめんなさい。皆にも後で話そうと思う」

「黙っていた理由はわかるさ。しかし、驚いたなあ……なまえの世界の話、聞かせてくれるか?」

「いいよ。私の世界ではね……」

ずっと心のどこかで重荷になっていたことを話せて軽くなった身体は段々クロードに寄って行き、クロードに顔を寄せながら話していると不意打ちで口付けられた。もう拒否する理由なんて一つもなくなった私はそれを受け入れた。

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