sylvain
※五年後
「本当にお前は大馬鹿者かッ!」
怪我の治療後、目を覚ました頃に医務室まで見舞いに来てくれた幼馴染みに一喝されちまった。
先の戦闘でつい好きな女を庇っちまって、ぐっさり体を槍に貫かれたのだった。だが無事に生きてたことだし、マヌエラ先生やら修道女の助けのお陰で体調は回復してると言うのに、フェリクスは優しいもんだからこうして心配して怒鳴ってくれてるんだな。可愛いヤツだぜ。ま、本人にこれを言うとすげえ嫌な顔されるから言わないけどな。
「だから、つい体が動いちまったんだって。そんなカッカッするなってさ」
「お前はそうやっていつも他人を守ってばかりで……あの鈍臭い女に惚れ込んでると命がいくつあっても足らんぞ!」
「まあ、そういうなって。なまえも頑張ってるんだからさ。むしろ、好きな女の為に死ねるなら本望って──」
パリンと陶器の割れる音がした。音に釣られて医務室の入口を見ると、なまえがいた。ポカンと口を開けて固まっている。
おっと。今のは確実に聞かれてたんじゃないか。
「よお、なまえ。俺の見舞いに来てくれたのかい?だとしたら──」
「ち、違うから!別にシルヴァンの見舞いなんて……」
なまえは慌てたように床に落ちて割れた陶器を拾い始めた。なまえの白く弱々しい指が危なげに尖った破片を拾い上げるのを見て、思わず身を乗り出した。
「やめろって!なまえ、それはフェリクスがやるから置いといて大丈夫だ!」
「何故俺がそんなことを……」
「フェリクス。なまえに拾わせるくらいなら俺がやる。傷口が開いちまうかもしれないけどな!」
フェリクスだけに聞こえるように伝えると、思いっきり嫌な顔をされた。ま、たまにはフェリクスに頼るのも悪くはないだろう。
「チッ。おい、なまえ。そこに放っておけ。俺が片付ける」
「で、でも……」
「いいって。フェリクスがやるって言ってんだ。なまえはこっち来て俺の話相手になってくれよ」
「あ、わ、私はあなたじゃなくて、隣の怪我人に用があったの」
なまえはそう言って、俺の隣の寝台で療養中でぐっすり寝ているセイロス騎士団の兵士に一方的に話しかけて帰っちまった。この五年間、騎士団も共に戦ってきた仲だが、この怪我した兵士の顔に見覚えはない。つまり、なまえの知らない奴だ。なまえの知り合いは俺が全員把握してるからな。
「俺、なまえに嫌われてんのかなあ」
話を聞かれてたことを知った時は、なまえも俺を見舞いに来てくれたみたいだし、「実は私も好きなの!」となまえに抱きつかれることを少し想像していたが、こうも避けられると悪い方に考えちまう。
「今更気づいたのか?あいつは誠実な男が好きだと、前に教えてやっただろう」
フェリクスは医務室の入口を片付けながらにべもなく言う。そーいや、なまえには入れ込むなと何度か忠告されてたから、フェリクスは俺のことを思って言ってくれてるんだろうな。
「それは聞いたことがあるぜ。だから、最近はなまえ以外口説いてないだろ?」
士官学校時代、なまえはなかなか俺に振り向いてくれなくて、何故俺に興味すら示さないのか理由も教えてくれなかった。そこをフェリクスに拝み倒して代わりになまえがどうして俺になびかないのか聞いてもらえば、「シルヴァンは誠実じゃないから」と言ったらしい。こんなになまえだけを想ってるのに心外だぜ。
「修道女が包帯を替えた時、手を握って『君は女神だ』とかなんとか言ってただろう。それは口説いてないと言うのか?」
「それは鎮痛薬で幻覚を見てたんだな、きっと」
フェリクスには痛いところを突かれたが、なまえだけを想ってるのは本当だ。俺はなまえの可憐で美しいところは勿論、いつも真っ直ぐで他人を思いやり、勉強熱心なところが好きだ。真面目だが、よくドジを踏むところも可愛らしくて好きだな。だが、これは後から見つけたなまえの好きなところで、本当に心から好きになった瞬間は、なまえを二度目に口説いてこっぴどくフラれた翌日の夜だった。
その日なまえは突然無防備にも夜着で俺の部屋に来て、「私、将来の夢は紋章学の研究者になることなの。もしよければ、参考までにあなたが持つ紋章を消したいのかそれとも紋章を持たない人々に紋章と同じ効力を持つ魔法具を持たせたいのか、どっちがいいのか考えを教えてくれない?」ってわざわざ聞いてきた。正直俺に興味の無さそうにしていたのに、俺が如何に紋章の存在を憎んでいるのか知ったような口を聞いた時は動揺した。聞けば、周りに俺がどんな奴なのか熱心に聞いて回っていたらしい。信じられるか?だって、周りに俺のことを聞いたら、ロクでもない奴ってわかるだろ?それなのに彼女は俺の本質とも言えるべきところを汲み取って、そこを面と向かって突いてきた。いわば、俺の心に触れようとしたわけだ。その時は、俺に好意はないが、単に研究の為に話しかけてきたと感じていたが、少なくとも彼女は家柄や紋章ではなく、俺自身のことを見てくれたと思った瞬間、好きになっちまった。
「まったく、お前という奴は……それでこの花はどうする?」
フェリクスは細かい紫色の穂の付いたラベンダーを手に取り、振って見せた。なまえのように繊細な細さを持ち、美しく緩やかな曲線を描くそれは、なまえにぴったりの花だと思った。できれば、ラベンダーをお見舞いに持ってきた瞬間のなまえを目に留めておきたかったぜ。
「なまえのくれたもんだ。別の花瓶に入れておいてくれ。ま、紫は俺の髪に似合わないけどな」
緋色の髪の先を摘んだ。緋色に紫色は絶望的に似合わない。どうしてなまえがラベンダーを選んだのか、気になるところだ。意味がないならないでそれでいいか、好きな子がどんな思いで花を選んで見舞いに来てくれたかは知りたい。
「チッ。俺に全部やらせる気か……」
と、言いつつ結局フェリクスが医務室を片付けてくれた。本来なまえは他人に代わって片付けてもらうなんて看過できないタイプだが、あの慌てようを見るに、相当動揺しているみたいだ。
その所為でなまえに避けられるのだけは勘弁だな。
*
不安が的中した。あれから数日なまえに避けられている。怪我も回復したというのに、なまえと話せないせいで気分が落ち込んできた。明日にはまた行軍の為に大修道院を発つというのに、このままだと士気にも関わる。戦闘の時に近くにいられることも拒否られたら困るってもんだ。なまえが知らないうちに死んじまうのは勘弁だ。
仕方なくフェリクスにまた拝み倒して、なまえを俺の部屋に呼んでもらうことにした。嘘はよくないが、怪我が悪化して部屋で寝ていることになっている。明日の行軍前にどうしてもなまえと話したい。
部屋で横になっていると、なまえが来てくれた。ということは、嫌われてはいないみたいだな。
「シルヴァン」
なまえの声が聞こえたが、俺は寝たフリをした。衣擦れと、足音が近くなってくる。
「シルヴァン、お花持ってきたわよ」
恐らく窓台の上に花瓶を置く音がした。それから、寝台が軋んで、なまえが寝台に座ったことがわかった。椅子じゃなくて、寝台に座るあたりがなまえらしいというか、なんというか。久し振りになまえを近くに感じると、胸の辺りが騒ついてくる。
らしくもなく緊張していると、手のひらになまえの指が触れるのを感じた。なまえの指で俺の手のひらから指の先まで引っ掻くように辿られて、それから手を重ね合わされて握られた。こんな風に女性に触られたのは生まれて初めてで、その相手が好きな子なもんだから、まずいことに下半身に熱が集中するのを感じた。
「シルヴァン、私のせいでごめんなさい……」
「なまえのせいじゃないさ」
「起きてたの!?」
なまえは驚きの声を上げて手を離そうとしたが、俺が握って離させなかった。半身を起こしてなまえと向き合い、揺れるなまえの瞳を見つめた。
「悪いな。どうなまえと話せばいいかわからなくて……」
「いいのよ……私を庇って怪我をしたのに、ここ数日あなたを避けてごめんなさいね」
「別にそれは気にしてない。どうして俺を避けてたんだ?」
「それは……迷ってて……」
なまえは視線を泳がせる。その言葉に俺は安堵した。
「嫌われてたわけじゃないんだな。迷ってたってことは、俺が好きだけど──みたいな感じだったりして?」
冗談っぽく言ってみただけだが、なまえは顔を赤くさせて俯いた。その様子から図星のようだが──
「ええ……実は私もあなたのことが好きなんだけど……」
なまえから好きと聞けた瞬間、嬉しさのあまり心臓が飛び跳ねなまえを抱きしめたい気持ちに駆られたが、あくまで冷静を装った。がっつく男は嫌われるからな。
「けど?」
「その、あなたって女たらしだから……」
「俺程誠実な奴はいないさ。なにせ、五年も前から君のことだけが好きなんだぜ?」
「そうなの……?だって、あなたは他の女性にも声かけてない?」
「あんなの挨拶程度さ。実際俺が他の女性とお茶してるところ見たことあるかい?」
「あっ……そうね。ごめんなさい。確かに見たことはないわね。でも、あなたが他の女性に声をかける度に私、傷ついてたのよ……だから、あなたじゃなくて誠実でちゃんとした男の人を好きになろうと思ってた。でも、結局今もあなたのこと以外好きになれなくて……」
「それは悪かったな。大好きな君を傷つけるつもりはなかったんだ。ただ、女性を口説くのは癖みたいなもんでさ……でも、俺はなまえのことが心から好きなんだ。なまえの為なら、もう他の女性には声はかけないし、なまえ以外を見ないさ」
「本当?シルヴァンにそれができるの?」
「なまえ、俺は君を手に入れる為ならどんな手段も講じる。俺が他の女性を見た瞬間に殴ってくれたっていい」
両手でなまえの手を握りながらなまえの瞳を見つめた。
全ては本心からだ。なまえのような女性の為なら俺は一途になれる。ふらふらと遊ぶのももうやめだ。
俺の言葉になまえは瞳を潤ませ、首筋や耳まで赤くさせるもんだから、なまえの心に響いたのかと思いきや、潤んだ瞳をスッと細めて、「本当に殴っていいのね?」と聞いてきた。
本気に見える様子に一瞬言葉に詰まったが、宣言した以上ここで引くことはできなく、「ああ!幾らでも殴ってくれ」と答えておいた。
まあ、なまえに打たれるのもなまえの深い愛情を感じていいのかもしれないが……いや、今のは浮気する前提の考えか──なまえに愛情の平手打ちを食らう為に浮気するのは余りにも愚かだからやめておこう。それになまえを悲しませたくない。
「私、シルヴァンのこと信じるね」
「信用は裏切らないさ。なまえ」
なまえの肩を抱いて引き寄せ、頼りない華奢な背中に腕を回した。女の子らしい甘くて清潔な良い匂いがする。
「ちょっと!ねえ、怪我は大丈夫なの?」
「実はなまえを呼ぶ為に嘘ついちまった」
「じゃあ、大丈夫なの?」
「ああ。この通りピンピンしてるからさ、なんでもできるぜ?」
わざとらしく低い声でなまえの耳元で囁けば、なまえは急に黙っちまった。何かまずいことを言ったのかと思って少し身を引いて俺の腕の中にいるなまえの顔を見下ろした。伏し眼がちになって唇をキツく結んでいる。
「どうしたんだい?」
「なんでもって変な意味……?」
「君って人は……!」
なまえのことが堪らなく可愛らしく思え、なまえを抱きしめる腕に力を込めた。なまえは苦しいと言って嫌がったもんだから、代わりに接吻に切り替えると、困ったことにその時の反応も可愛らしいもんだからまた強く抱きしめると嫌がられたが、なまえの俺の肩に置いた手はしがみつくように俺から離れなかった。
「本当にお前は大馬鹿者かッ!」
怪我の治療後、目を覚ました頃に医務室まで見舞いに来てくれた幼馴染みに一喝されちまった。
先の戦闘でつい好きな女を庇っちまって、ぐっさり体を槍に貫かれたのだった。だが無事に生きてたことだし、マヌエラ先生やら修道女の助けのお陰で体調は回復してると言うのに、フェリクスは優しいもんだからこうして心配して怒鳴ってくれてるんだな。可愛いヤツだぜ。ま、本人にこれを言うとすげえ嫌な顔されるから言わないけどな。
「だから、つい体が動いちまったんだって。そんなカッカッするなってさ」
「お前はそうやっていつも他人を守ってばかりで……あの鈍臭い女に惚れ込んでると命がいくつあっても足らんぞ!」
「まあ、そういうなって。なまえも頑張ってるんだからさ。むしろ、好きな女の為に死ねるなら本望って──」
パリンと陶器の割れる音がした。音に釣られて医務室の入口を見ると、なまえがいた。ポカンと口を開けて固まっている。
おっと。今のは確実に聞かれてたんじゃないか。
「よお、なまえ。俺の見舞いに来てくれたのかい?だとしたら──」
「ち、違うから!別にシルヴァンの見舞いなんて……」
なまえは慌てたように床に落ちて割れた陶器を拾い始めた。なまえの白く弱々しい指が危なげに尖った破片を拾い上げるのを見て、思わず身を乗り出した。
「やめろって!なまえ、それはフェリクスがやるから置いといて大丈夫だ!」
「何故俺がそんなことを……」
「フェリクス。なまえに拾わせるくらいなら俺がやる。傷口が開いちまうかもしれないけどな!」
フェリクスだけに聞こえるように伝えると、思いっきり嫌な顔をされた。ま、たまにはフェリクスに頼るのも悪くはないだろう。
「チッ。おい、なまえ。そこに放っておけ。俺が片付ける」
「で、でも……」
「いいって。フェリクスがやるって言ってんだ。なまえはこっち来て俺の話相手になってくれよ」
「あ、わ、私はあなたじゃなくて、隣の怪我人に用があったの」
なまえはそう言って、俺の隣の寝台で療養中でぐっすり寝ているセイロス騎士団の兵士に一方的に話しかけて帰っちまった。この五年間、騎士団も共に戦ってきた仲だが、この怪我した兵士の顔に見覚えはない。つまり、なまえの知らない奴だ。なまえの知り合いは俺が全員把握してるからな。
「俺、なまえに嫌われてんのかなあ」
話を聞かれてたことを知った時は、なまえも俺を見舞いに来てくれたみたいだし、「実は私も好きなの!」となまえに抱きつかれることを少し想像していたが、こうも避けられると悪い方に考えちまう。
「今更気づいたのか?あいつは誠実な男が好きだと、前に教えてやっただろう」
フェリクスは医務室の入口を片付けながらにべもなく言う。そーいや、なまえには入れ込むなと何度か忠告されてたから、フェリクスは俺のことを思って言ってくれてるんだろうな。
「それは聞いたことがあるぜ。だから、最近はなまえ以外口説いてないだろ?」
士官学校時代、なまえはなかなか俺に振り向いてくれなくて、何故俺に興味すら示さないのか理由も教えてくれなかった。そこをフェリクスに拝み倒して代わりになまえがどうして俺になびかないのか聞いてもらえば、「シルヴァンは誠実じゃないから」と言ったらしい。こんなになまえだけを想ってるのに心外だぜ。
「修道女が包帯を替えた時、手を握って『君は女神だ』とかなんとか言ってただろう。それは口説いてないと言うのか?」
「それは鎮痛薬で幻覚を見てたんだな、きっと」
フェリクスには痛いところを突かれたが、なまえだけを想ってるのは本当だ。俺はなまえの可憐で美しいところは勿論、いつも真っ直ぐで他人を思いやり、勉強熱心なところが好きだ。真面目だが、よくドジを踏むところも可愛らしくて好きだな。だが、これは後から見つけたなまえの好きなところで、本当に心から好きになった瞬間は、なまえを二度目に口説いてこっぴどくフラれた翌日の夜だった。
その日なまえは突然無防備にも夜着で俺の部屋に来て、「私、将来の夢は紋章学の研究者になることなの。もしよければ、参考までにあなたが持つ紋章を消したいのかそれとも紋章を持たない人々に紋章と同じ効力を持つ魔法具を持たせたいのか、どっちがいいのか考えを教えてくれない?」ってわざわざ聞いてきた。正直俺に興味の無さそうにしていたのに、俺が如何に紋章の存在を憎んでいるのか知ったような口を聞いた時は動揺した。聞けば、周りに俺がどんな奴なのか熱心に聞いて回っていたらしい。信じられるか?だって、周りに俺のことを聞いたら、ロクでもない奴ってわかるだろ?それなのに彼女は俺の本質とも言えるべきところを汲み取って、そこを面と向かって突いてきた。いわば、俺の心に触れようとしたわけだ。その時は、俺に好意はないが、単に研究の為に話しかけてきたと感じていたが、少なくとも彼女は家柄や紋章ではなく、俺自身のことを見てくれたと思った瞬間、好きになっちまった。
「まったく、お前という奴は……それでこの花はどうする?」
フェリクスは細かい紫色の穂の付いたラベンダーを手に取り、振って見せた。なまえのように繊細な細さを持ち、美しく緩やかな曲線を描くそれは、なまえにぴったりの花だと思った。できれば、ラベンダーをお見舞いに持ってきた瞬間のなまえを目に留めておきたかったぜ。
「なまえのくれたもんだ。別の花瓶に入れておいてくれ。ま、紫は俺の髪に似合わないけどな」
緋色の髪の先を摘んだ。緋色に紫色は絶望的に似合わない。どうしてなまえがラベンダーを選んだのか、気になるところだ。意味がないならないでそれでいいか、好きな子がどんな思いで花を選んで見舞いに来てくれたかは知りたい。
「チッ。俺に全部やらせる気か……」
と、言いつつ結局フェリクスが医務室を片付けてくれた。本来なまえは他人に代わって片付けてもらうなんて看過できないタイプだが、あの慌てようを見るに、相当動揺しているみたいだ。
その所為でなまえに避けられるのだけは勘弁だな。
*
不安が的中した。あれから数日なまえに避けられている。怪我も回復したというのに、なまえと話せないせいで気分が落ち込んできた。明日にはまた行軍の為に大修道院を発つというのに、このままだと士気にも関わる。戦闘の時に近くにいられることも拒否られたら困るってもんだ。なまえが知らないうちに死んじまうのは勘弁だ。
仕方なくフェリクスにまた拝み倒して、なまえを俺の部屋に呼んでもらうことにした。嘘はよくないが、怪我が悪化して部屋で寝ていることになっている。明日の行軍前にどうしてもなまえと話したい。
部屋で横になっていると、なまえが来てくれた。ということは、嫌われてはいないみたいだな。
「シルヴァン」
なまえの声が聞こえたが、俺は寝たフリをした。衣擦れと、足音が近くなってくる。
「シルヴァン、お花持ってきたわよ」
恐らく窓台の上に花瓶を置く音がした。それから、寝台が軋んで、なまえが寝台に座ったことがわかった。椅子じゃなくて、寝台に座るあたりがなまえらしいというか、なんというか。久し振りになまえを近くに感じると、胸の辺りが騒ついてくる。
らしくもなく緊張していると、手のひらになまえの指が触れるのを感じた。なまえの指で俺の手のひらから指の先まで引っ掻くように辿られて、それから手を重ね合わされて握られた。こんな風に女性に触られたのは生まれて初めてで、その相手が好きな子なもんだから、まずいことに下半身に熱が集中するのを感じた。
「シルヴァン、私のせいでごめんなさい……」
「なまえのせいじゃないさ」
「起きてたの!?」
なまえは驚きの声を上げて手を離そうとしたが、俺が握って離させなかった。半身を起こしてなまえと向き合い、揺れるなまえの瞳を見つめた。
「悪いな。どうなまえと話せばいいかわからなくて……」
「いいのよ……私を庇って怪我をしたのに、ここ数日あなたを避けてごめんなさいね」
「別にそれは気にしてない。どうして俺を避けてたんだ?」
「それは……迷ってて……」
なまえは視線を泳がせる。その言葉に俺は安堵した。
「嫌われてたわけじゃないんだな。迷ってたってことは、俺が好きだけど──みたいな感じだったりして?」
冗談っぽく言ってみただけだが、なまえは顔を赤くさせて俯いた。その様子から図星のようだが──
「ええ……実は私もあなたのことが好きなんだけど……」
なまえから好きと聞けた瞬間、嬉しさのあまり心臓が飛び跳ねなまえを抱きしめたい気持ちに駆られたが、あくまで冷静を装った。がっつく男は嫌われるからな。
「けど?」
「その、あなたって女たらしだから……」
「俺程誠実な奴はいないさ。なにせ、五年も前から君のことだけが好きなんだぜ?」
「そうなの……?だって、あなたは他の女性にも声かけてない?」
「あんなの挨拶程度さ。実際俺が他の女性とお茶してるところ見たことあるかい?」
「あっ……そうね。ごめんなさい。確かに見たことはないわね。でも、あなたが他の女性に声をかける度に私、傷ついてたのよ……だから、あなたじゃなくて誠実でちゃんとした男の人を好きになろうと思ってた。でも、結局今もあなたのこと以外好きになれなくて……」
「それは悪かったな。大好きな君を傷つけるつもりはなかったんだ。ただ、女性を口説くのは癖みたいなもんでさ……でも、俺はなまえのことが心から好きなんだ。なまえの為なら、もう他の女性には声はかけないし、なまえ以外を見ないさ」
「本当?シルヴァンにそれができるの?」
「なまえ、俺は君を手に入れる為ならどんな手段も講じる。俺が他の女性を見た瞬間に殴ってくれたっていい」
両手でなまえの手を握りながらなまえの瞳を見つめた。
全ては本心からだ。なまえのような女性の為なら俺は一途になれる。ふらふらと遊ぶのももうやめだ。
俺の言葉になまえは瞳を潤ませ、首筋や耳まで赤くさせるもんだから、なまえの心に響いたのかと思いきや、潤んだ瞳をスッと細めて、「本当に殴っていいのね?」と聞いてきた。
本気に見える様子に一瞬言葉に詰まったが、宣言した以上ここで引くことはできなく、「ああ!幾らでも殴ってくれ」と答えておいた。
まあ、なまえに打たれるのもなまえの深い愛情を感じていいのかもしれないが……いや、今のは浮気する前提の考えか──なまえに愛情の平手打ちを食らう為に浮気するのは余りにも愚かだからやめておこう。それになまえを悲しませたくない。
「私、シルヴァンのこと信じるね」
「信用は裏切らないさ。なまえ」
なまえの肩を抱いて引き寄せ、頼りない華奢な背中に腕を回した。女の子らしい甘くて清潔な良い匂いがする。
「ちょっと!ねえ、怪我は大丈夫なの?」
「実はなまえを呼ぶ為に嘘ついちまった」
「じゃあ、大丈夫なの?」
「ああ。この通りピンピンしてるからさ、なんでもできるぜ?」
わざとらしく低い声でなまえの耳元で囁けば、なまえは急に黙っちまった。何かまずいことを言ったのかと思って少し身を引いて俺の腕の中にいるなまえの顔を見下ろした。伏し眼がちになって唇をキツく結んでいる。
「どうしたんだい?」
「なんでもって変な意味……?」
「君って人は……!」
なまえのことが堪らなく可愛らしく思え、なまえを抱きしめる腕に力を込めた。なまえは苦しいと言って嫌がったもんだから、代わりに接吻に切り替えると、困ったことにその時の反応も可愛らしいもんだからまた強く抱きしめると嫌がられたが、なまえの俺の肩に置いた手はしがみつくように俺から離れなかった。