claude (1/2)


※五年後のクロード(国王)と恋人
※過去のクロードと夢主がでてくる
※ちょっとホラーでもやもや







金色に輝く満月が黒塗りの空に浮かぶ、収穫祭の宵。町中に明かりが灯され、収穫祭の祭場となる赤土色の石畳には露店が建ち並んでいた。売られているのは冬先に向けた外套や収穫祭に因んだ魔除、豊作を願う為の木彫りの置物や、携帯用の燭台、多種多様なお菓子などで、特に菓子の人気は高く、菓子の露店には人だかりができていた。菓子はこの日の為に作られ、魔女や幽霊、猫などを模倣した、意匠の凝ったものばかりで、見た目の可愛さに子供や女性に好まれている。
特務機関に所属するなまえも、可愛い見た目の菓子を目当てに城下の町に出てきた。彼女は収穫祭に参加する為に参加条件の"悪霊や魔女にも人外と思われる衣装"──コウモリを模した黒い頭巾付き外套──を着ていた。左右に手を広げれば、コウモリの羽根のように外套の裾が半円を幾つも描く設計になっていて、この日の為にアンナ商会で買ったものだった。外套は一見スカートのように膝上丈で、腿丈の靴下との境には、灯りの乏しい場所では、艶かしく白く浮き出る腿が曝されているが、中に短い下履は穿いていた。
コウモリの衣装は他の女性たちの衣装である魔女や猫又、黒猫などの衣装と比べると些か地味であった。普段愛する男性の為に色っぽい下着を付けるようにしているなまえがコウモリの地味な衣装を選んだのは、その男性がコウモリと深い関係にある吸血鬼の仮装をしていたからだ。
そんな彼──元の異界ではとある国の王様となったクロードと一緒に収穫祭を楽しむつもりでいたが、なまえははぐれてしまい、ひとりで祭場を彷徨っていた。

「やあ、なまえさん。クロードはどうしたんだい?」

「あ、ローレンツくん……」

なまえに声をかけたのは、夏に異界にやってきた、同じ士官学校に在籍していたローレンツであった。彼は五年前の姿で、この世界で会った時には水着を着ていたが、今は漆黒のローブを見に纏っていた。どうやら魔法使いの仮装らしい。

「クロードくんとはぐれちゃって……クロードくん知らない?あ、勿論大人の方のクロードくんだよ?」

なまえはローレンツに念を押すように"大人"の単語を強調した。実はこの世界にはローレンツと同じく士官学校に在籍していた頃のクロードも召喚されていたので、彼との区別として、恋人のクロードには"大人"という単語を使った。

「それは勿論わかっては……おっと、噂をすればなんとやらだな」

ローレンツがなまえの後ろに目をやり、それから頬を赤く染め上げて慌てたように視線を逸らした。そんなローレンツの不審な態度になまえはなんだろう、と後ろを振り返ると、五年前のクロードと自分がいた。

「やあ、なまえじゃないか。なんでローレンツといるんだ?」

「あ、未来の私だ……こ、こんばんは!」

五年前のクロードと自分はそれぞれ狼と、黒猫を思わせる耳を頭に付け、衣装もそれに見合ったものを身に付けていた。いずれもアンナ商会で買ったものらしいが、五年前の自分の衣装になまえは口をあんぐりと開けて呆然とし、それからローレンツのように顔を赤く染め上げた。

「胸と脚出し過ぎ、私!隠して隠して!」

五年前の自分の露出度の高さになまえは慌てて、手をバタバタと動かして過去の自分の肌を周りの眼から隠そうとした。あまりにも焦って手を動かしたせいでコウモリの耳を頭頂部に付けた頭巾がずり落ちる程だった。
過去のなまえが着ているのは、胸の頂から腿の中央辺りまでを覆うだけの黒い繋ぎのスカートで、見るからに寒そうな上に下品極まりなく、なまえは他の人たちに過去の自分の体を見られるのが嫌であった。まるで自分がその露出の激しい衣装を身に纏っているように感じてしまうのだ。

「私だって、恥ずかしいんだから!でも、クロードくんがたまにはこういうのもいいって言うから……」

過去のなまえは未来の自分に指摘されて恥ずかしそうに過去のクロードの腕に自身の腕を絡めて胸元を隠した。身を寄せてくる過去のなまえの頭を過去のクロードが撫でてやり、そんな二人の仲睦まじい姿に胸がきゅんと締め付けられるなまえであったが、過去のクロードが過去の自分にさせていることは許しがたいことであった。

「過去のクロードくんの馬鹿!変態!過去の私を虐めないで!」

「別に虐めてはいないし、実際この衣装を勧めてきたのはアンナ……いや、隊長の方のアンナさんで、俺はその上で、『こういうのもいいな』ってアンナさんに同意しただけだぜ?まあ、些か官能的過ぎるとは思っているが……」

過去のクロードは悪びれる様子もなく、頭を寄せてくる過去のなまえの剥き出しの肩を撫でた。

「その格好で人前でいちゃつくの禁止!他の人たちも見てるし、ほら、ローレンツくんだって引いてるし、あそこにはミルラちゃんとか、ノノちゃんがいるんだから!」

近くの果実の飴が売っている屋台から、それぞれ紫の髪と金毛の幼い女の子が二人して、過去のクロードと過去のなまえがくっ付いているのを興味深そうに眺めている。

「彼女らの実年齢が俺らより上といえど、確かにこの格好のなまえと触れ合うのはよくないな。よし、とりあえずそこの出店で外套を買おう」

「う、うん!じゃあ、私たちはこれで……未来の私、楽しんでね!ローレンツくんも!」

過去のクロードに連れられて去っていく過去の自分の後ろ姿を見ると、短いスカートの下から尻尾が出ていることになまえは気がついた。歩く度に揺れ、スカートの裾をまくり上げかける尻尾の動きのイヤらしさに絶句し、ローレンツを振り向くと、彼がまだ頬を染め上げているのを見て更に絶句した。

「あれでは特務機関の風紀が乱れるな……」

「そんなこと言って、ローレンツくんの水着も結構際どかったし、過去の私をイヤらしい眼で見てたよ!」

「ぼ、僕は別にそんな眼では……!」

ローレンツの反論を最後まで聞かないうちに、なまえは自分の恋人であるクロードを探しにその場を後にした。
様々な仮装をした、知り合いの英雄たちに話しかけてクロードを探したなまえだったが、中々情報が得られなく、気づけば祭場から離れて町の外れまで来てしまった。来た道を引き返そうとした時、ふと生温い一陣の風がなまえの外套の裾をさらって靡かせた。剥き出しの腿をねっとりと撫ぜるような感触になまえの肌がぞわりと粟立つ。風の吹いた方を向くと、石造りの家と家の間の、暗くて狭い路地の向こうに、明るい光が点々と見えた。灯りの様子から、どうやら、祭場は路地の先にもあるようだった。

──もしかして、向こうの祭場にクロードくんが?

今いる祭場は人が混み合っていて探しきれていない感はあるが、なまえは早くクロードを見つけて、彼と一緒に屋台をまわりたかった。
路地は暗くて狭く、幽霊の類があまり得意ではないなまえにとっては不気味な怖さはあったが、これでも悲惨な戦争を恋人と共に乗り越えてきた経験があり、他の英雄たちと比べても遜色がない程の勇気は持ち合わせている。

──戦争に比べたらなんてことはない。

なまえは勇気を出して狭い路地へと吸い込まれるように入っていった。
最初は遠くに見える光を目指して歩いていた。しかし、道は途中で行き止まりで、遠くから見えた光は祭場のものではなく、行き止まりになっている家の、2階に見える窓際に置かれた燭台の光のようであった。
勘違いだと思って引き返そうとすると、小路の途中にある曲り角から笛と竪琴の音曲がなまえの耳に聴こえてきた。
やはり、祭場はもう一つあったのだと思ったなまえは小路の途中で曲り、道なりに右へ左へと折れ曲がっていき、なんとかもう一つの祭場を目指して行った。
長い距離を歩いて疲れていたなまえであったが、何個目かの角を折れ、漸く出口の見える小路に出た。狭くて暗い小路の先には、金色に光り輝く灯火がいくつも揺らめいているのが見え、楽しそうな音曲や笑い声が聴こえてくる。そして、小路の出口には黒く、自分より背の高い人影がこちらに向かって手を振っているのが見えた。

「クロードくん!!!!」

人影はもう一つの祭場の灯りを背にしている為に顔が見えなかったが、なまえはそれをクロードだと思って手を振り返し、走り出した。一刻も早く愛するクロードに会って抱きつきたかったし、ひとりでクロードを探し回ってる間は寂しくて、早く周りの英雄たちと同じように楽しみたかった。
しかし、走り出したなまえの腕を後ろから誰かが掴んで引き留めた。

「なまえ!なまえ!俺の声が聞こえていないのか!」

突然、耳の近くで焦ったようなクロードの声が聞こえて振り返れば、ずっと探していた吸血鬼姿のクロードが見えてなまえは安堵した。
クロードは来た時と同じく漆黒の下衣に、上衣は襞の付いた胸飾りを垂らす白い詰襟の上に、天鵞絨生地の真紅の胴着を着ていて、その上に丈の長く、袖のない型の外套を羽織っている。彼はその外套の間から手を伸ばしてなまえの腕を強く掴んでいて、骨を押すような圧迫感と痛みを感じる程の力強さだった。

「クロードくん!もう!どこにいたの?」

「どこにいたのじゃないだろ!祭場の方からここの路地へ入っていくなまえを呼びながら追いかけてきたんだ!」

「え……?でも、声が聞こえなかったよ?」

クロードはいつもと異なり、かなり焦っているような様子で、後ろへ撫で付けた髪も乱れ気味で、額にかかる前髪の束がいつもよりも多く──それがかっこよかったりするのだが──なまえは不審に思って首を傾げた。本当に走ってきた様子なのに、なまえの耳には全くクロードの声も足音も聞こえていなかった。

「とにかく、早くここを出よう。嫌な予感がする」

クロードはなまえの手を、しっかりと指を絡めて取り、来た道を辿ろうと急いだ。事態を上手く飲み込めないなまえはクロードに従って付いていきつつも、後ろを振り返った。すると、さっきまで見えていた灯りが見当たらず、小路の向こうは真っ暗闇で、手を振る影も音曲も笑い声も消えていた。突然今いる小路が思っていたよりも暗く見え、凍えるような寒さを感じる。ブワッとなまえの全身が粟立ち、クロードに握られている手をしっかりと握り返した。

「クロードくん、私に変なキノコ食べさせた……?」

「むしろ、食べさせていた方が納得も、理解もできたな……」

「やだ。その言い方、凄く怖いんだけど……」

クロードが何かを悟っている様子になまえは不安になった。なまえもクロードも考えていることは一緒のようだった。

──収穫祭の日には現世に幽霊が現れやすい。

そんな伝承をちらほらと特務機関で聞いていたことをなまえは思い出した。それもアスク王国の王女が「おばけとお友達になりたいです!」と、何の疑いもなく幽霊がいる前提で話していたこともある。ただ、噂では王女の兄にあたる王子の方は論理的な方で幽霊を信じていないらしいので仮に先程の出来事を話すとしたら、王子に話して否定してもらおう、となまえは考えた。

「そうだ。頭巾はちゃんと被っておくといい」

クロードは少し後ろを歩くなまえを振り返った。

「なんで?」

「伝承によると、この日は死者の魂が現世に現れるとかで、同時に悪霊と魔女も現れるらしい。つまり、収穫祭で人外の仮装をするのはそれらから身を守る為、あるいは追っ払う為らしいぜ?」

「あ、だからなんだ!」

なまえは急いでコウモリの耳を生やした頭巾を被り、納得の声を上げた。
確かに収穫祭に参加する時には服装規定があり、それが"悪霊や魔女からも人外と思われる衣装"であることをなまえは思い出した。それから、自分の見えた幻覚と、聞こえてきた幻聴にゾッと身を震わせた。もしあのまま小路の向こう側にいっていたらと考えると、恐ろしくて仕方がない。

「クロードくん、手、絶対離さないでね!」

「ああ、勿論だが……大丈夫か?」

「全然大丈夫じゃない!怖すぎだよ……っ!」

なまえは今にも泣きそうなくらいに瞳を潤ませた。
自分たちの、石畳に反響する靴音や、衣摺れの音、それに荒い息遣いしか聞こえてこない、暗くて恐ろしい静寂の世界を緊張の糸をピンと張ったまま歩いていた。ここで急に驚かされでもしたら、なまえは泣き叫ぶか気絶してしまうだろうと感じていた。
そんななまえの怖がりように、クロードは優しい笑みを向けた。

「嫌な予感はすると言ったが、俺がいれば何の問題もないさ。何があっても、俺が必ずなまえを守るからな。だから、絶対に俺のそばから離れるなよ」

「クロードくん……」

吸血鬼という普段とは違った衣装で、頼もしい言葉を掛けてくるクロードになまえは胸を高鳴らせた。彼と恋人として過ごした時間は長いが、未だにこうやって胸をときめかせてくれる彼に、なまえは「改めて恋をしている」と感じた。
緊張とクロードへの恋心で強く鼓動する胸を片手で押さえながら、なまえはクロードに付いていき、ついに暗く、狭い小路から元の祭場へと戻ることが出来た。
祭場の明るい灯火を見たなまえは安心して息をつき、クロードの身体に抱きついた。

「クロードくん、私を追いかけてきてくれてありがとう……」

「いや、最初からなまえを見失った俺が悪かったよ。ごめんな?怖い思いをさせて……」

クロードは左手をなまえの背に腕を回し、右手でなまえの頭を抱えるようにして頭を撫でた。

「もう私を見失わないで。私も離れないから」

「ああ。約束するよ」

「あと、今晩はずっと一緒にいて離れないでね。というか、毎晩一緒じゃないと私、怖くて眠れない……」

なまえはクロードの胴に抱きつく腕にぎゅうっと力を込めた。

「毎晩一緒は歓迎さ。毎晩、朝まで一緒に過ごそうな?」

「うん!」

なまえが瞳を輝かせてクロードを見上げると、クロードは淡く微笑んだ。よく見ると、綺麗に整った上歯の犬歯部分だけが、下唇に刺さりそうな程に長く、鋭く尖っている。いつもと違う歯並びに、なまえは驚いてクロードから少し身を引いた。

「ク、クロードくん、歯、どうしたの、それ?」

「漸く気づいてくれたか?これはカナスとサーリャに頼んで伝承の吸血鬼っぽくする為に今晩だけ尖らせてもらったんだ。これでなまえの首筋に噛み付いて血を吸ってやろうか、ってな」

茶目っ気たっぷりに、上歯を綺麗に見せて笑いながら片眼を閉じるクロードに、なまえの心臓は小さく飛び跳ねた。

「その歯で色んなことされたい……!」

「そんなこと言っていいのか?本当に首筋に噛み付いちまうぜ?」

クロードはなまえを強く抱きしめ、首筋に顔を埋め、軽く甘噛みをした。肩が飛び上がるような擽ったい感覚に、きゃあっと、なまえは笑いながら戯れの黄色い声をあげた。

「もー、未来の私ったら!人前でイチャつくの禁止って自分が言ったのに!悲鳴をあげながら皆の前でイチャつくのは恥ずかしいからやめて!」

なまえとクロードが聞き覚えのある声のした方を向くと、黒い外套の前をキッチリと留めて露出のなくなった過去のなまえと過去のクロードがいた。更にその近くには、カボチャの焼き菓子売り場の前で果実の棒付き飴を舐めているミルラとノノが首を傾げながらこちらを見ていて、きまりが悪くなったけれど、元の世界にいた時のような安心感を得て、二人して笑顔になった。



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