saul


 
なまえは何故自分ではなく、勇敢で優しく誰からも愛される存在の姉だけが死んでしまったのかもう何年も思い悩んでいた。
自分も死にたいと何度も思ったが、頭のどこかで唯一の肉親であった姉への想いがそれを押しとどめ、戦争に身を投じながらもなんとか生き続けていた。
なまえがアスク王国へ召喚されてからも悩みは解決することなく、毎日亡くなった姉のことを考えていた。

そんなある時特務機関の英雄に誘われて、サウルという神父主催の説教を聞きに城の一角にある会議室に足を運んだ。

サウルはエレブ大陸で信仰されているエリミーヌ教の神父で、アスク王国に来てからも熱心にエリミーヌ教の信者を増やす活動をしているらしい。

そう聞いて来たのだが、参加者全員が年若い女性の上サウルは遅れてきた男を門前払いすると何事もなかったかのように女性全員を美しいだの素晴らしいだの褒めそやすので、なまえは不信感を持ちつつも説教が始まると彼の言葉に耳を傾けた。

「──この童話の示す意味は本来なら自分達で考えて教訓とすべきことですが、今回参加してくださった皆様に特別にお教えて差し上げましょう。このフクロウとオオワシのように互いに足りないものを補い協力し合うことが重要であるとエリミーヌ様は説いておられます」

神の国に行きたいフクロウとオオワシの童話を引用してサウルは語り終えると、にこやかに微笑んで両手をポンと合わせて打ち鳴らした。

「それではお茶菓子でもいただいて懇親会を始めましょうか。まずはこちらの美しい女性から自己紹介を……」

「あの、神父さま、質問をしてもよろしいでしょうか……?」

救いを求めてサウルの話を聞きに来たなまえは悪いと思いつつも、離れた席からおずおずと声をあげた。

「はい。私への質問でも大歓迎です」

サウルが穏やかに笑いながらゆったりと首を傾けると紺藍色の横髪が揺れる。白い詰襟の神父服によく映える髪色が印象的だ。

「神さまは何故善い人を救ってくれないのでしょうか?あ、わたしが善人とかでなはくて……皆に愛されるような善い人が何故亡くなってしまうのかがわからなくて……」

「あなたはとても優しい人なのですね。ええ、その可憐な美しさからそれが滲みでいるので私にはわかっていましたとも。その他人を思いやる心があなたをそのように苦しめてしまうのでしょう!ああ、神よ!この心根の美しい女性にご加護を!」

サウルは両手の指を絡めるようにして祈りの恰好をし、暫しの間俯いた。
思ったものと違う言葉を返されてなまえは呆気にとられたが、思い直して答えを得ようとするのをやめようとはしなかった。

「神父さま、善人が亡くなってしまう理由が聞きたいのです」

「それは難しい質問ですが、実はエリミーヌ教はその答えを持ち合わせております。聞きたいですか?」

「はい、是非」

「その答えは今夜もう一度この場所で開かれる会で答えましょう。それでは心も容姿も美しいあなたのお名前をうかがっても?」

なまえはサウルの態度に不信感を募らせたが、どうしてもサウルの答えが聞きたいがために素直に答えてその後の懇親会とやらにも最後まで参加した。

それから夜になると、なまえは答えが聞けると浮足立って少し早めに集会所へ来てしまった。部屋にはサウルが一人でせっせと室内の蝋燭に火を灯しているところであった。

「神父さまが全て準備していたのですね……」

「ええ。昼間は茶菓子の準備などで何人かに手伝っていただいたのですが、夜まで手を煩わせるわけにはいかなかったもので……して、こんなに早くいらっしゃるとはまさか私に会うのが待ちきれずに来てしまったのですか?」

「いえ、違います」

「では私に個人的な用があるとか?」

「あの、昼に質問した答えをどうしても早く知りたくて……」

「ああ。『何故善人が救われないか』という問いでしたね?」

サウルに不信感を持っていたなまえは、ちゃんと質問の内容を覚えてくれていたことにサウルへの評価を改め、「神父さまに失礼なことを考えてしまった」と心の中で反省した。

「はい……実はわたしが昼に神父さまにお話を聞きに来たのもそのためでして……」

「なるほど……」

サウルは長机の上の蝋燭すべてに火を灯し終えると燭台を手に取ってなまえに向き合い、舐めるようになまえの足元から徐々に燭台を移動させて体を照らし、最後に顔がよく見えるところで手を止めるとなまえが真面目な面持ちでいるのに気がついて緩んでいた顔を引き締めた。

「今夜の会まで待てそうにもありません。二人きりの今、教えてくださいませんか?」

なまえは自身の胸元に手を当て、懇願するようにサウルに問いかける。

「困りましたね……もう少し親睦を深めてからでも、と思いましたがこれ以上引き延ばすのも胸が痛みますね。いいでしょう。……エリミーヌ教ではこういう教えがあります。『神が人を救わないのは人を信じておられるから』であると」

「人を信じているから?神は全能ではなかったのですか?何故人任せにするのですか?」

「それは……」

サウルの回答に納得できないなまえが責めるように質問を重ねると、サウルは困ったように眉を落とし何かを言おうとしたところで、部屋の扉が開いた。今日の昼の会に参加していた女性や、昼に見かけなかった女性達がぞろぞろと部屋に入ってくるところであった。昼と同じように男はおらず、若い女性ばかりだ。
改めた神父への評価は救いとなる答えを見つけられなかったこともあって一瞬でひっくり返り、なまえは見切りをつけた。

「エリミーヌ教は若い女性しか信者をとらず、善人を見捨てる神さまを信仰する宗教なのですね!」

「なまえさん!お待ちください!エリミーヌ教は決してそのような──」

なまえはサウルの言葉を最後まで聞かずに部屋を出て行った。
失意のまま廊下を歩き、自室へ戻って一人になると姉が亡くなった時の絶望感をまざまざと思い出して耐えがたい気持ちに胸を病んだ。

翌日からなまえは以前よりも思い悩んでしまうことが辛く、それを解消するように王国の行っている支援の炊き出しに参加したり、孤児院へ送る備品の手配をしたりと生前の姉のように精力的に善行に努めた。
しかし人の優しさに触れる程、何故姉のような善人が亡くなり自分が生きているのか余計にわからなくなってしまった。

鬱々と過ごしているある日のこと、朝から厨房で子供達に配給する用の焼いたパンを籠に詰め込んでいると、サウルが現れた。

「ここにいましたか……おや、とても美味しそうなパンですね。私の為に作ってくださったのですか?」

「いえ、子供達に配る為のものですが……何かご用でしょうか?」

「ああ。そうでした。なまえさんにこの前の続きをお話しようと思いまして」

「わざわざお話に来てくださったのですか?すみません……この前はあんな風に出ていってしまったのに神父さまがわたしの為にこうして足を運んでくださるなんて」

幾ら若い女性ばかりを信者に取るとはいえ、神父は神父だ。神父が自分に話をする為に出向いてくれたことには報いなくてはいけない。なまえは前回の態度を反省して、誠実に対応するように努めることにした。

「神に仕えるものとしてこのままエリミーヌ教が誤解されたままにするわけにはいけませんし、何よりあなたが苦しんでおられるようですので」

「エリミーヌ教の教えでわたしの痛みはなくなるんですか?だからこうして来てくださったんですか?」

「それは……あなたがこれを聞いてどう生きるかによります」

必死な様子のなまえの問いに、サウルはいつになく重々しい口調になる。いつも余裕のあり、その時その時の瞬間を楽しむような表情は硬くなり、真剣そうな面持ちはなまえに話を聞こうとする姿勢を持たせた。

「……わかりました。神父さま、どうかお話をお願いします」

「神は全能ですので人を救うことができます。では何故そうしないのか。その理由は人を信じておられるからです」

「それは聞きました……人を信じていても全能なら人を助けて欲しいです……」

「意のままに動く人間は意思なき人形と変わりません。神が人を人形のように動かせばなまえさんはそれでよろしいのでしょうか?」

感情ではサウルの言うことを否定したいが、反論できる言葉をなまえは考え付かなかった。
それになまえ自身も神が人々を人形のように動かすことは受け入れがたいと思った。姉が人々から愛されるのは姉の自由意思の行動によるものだ。神のお陰であってはならない。そうすると、姉が亡くなったからといって神が助けるべきだったと泣きつくのはあまりにも身勝手だ。神は便利屋ではない。なまえは自分の考えの甘さに気がついてしまった。

「確かに人が神により人形のように操られるなどわたしは望みません……ですが……わたしは姉に亡くなってほしくなかったです……!あんなに善い人が亡くなるなんて……!」

なまえはわっと泣き出し、必死で涙を拭いながら震える声を張り上げてずっと抑えていた気持ちを口に出した。姉が亡くなった時の悲しみや絶望がつい昨日のことのように胸に蘇り、胃の腑まで締め付けられるような苦しさを覚える。

「なまえさんはお姉さんを愛していたのですね……とても素敵な方だったのでしょう」

サウルの優しげな言葉が余計になまえの神経を昂らせ、涙が止めどなく溢れ出てしまう。
なまえはしゃくりあげながら頷き、何度も手首の内側で涙を拭う。

「はい……っ優しくて……勇気があって、いつも誰かの為に動く人でっ……町の皆からっ、好かれてて……!」

「なまえさんの心の美しさにはお姉さんの影響があるのでしょう。いいですか、なまえさん。エリミーヌ教には他にも教えがあります。『人は変わることができる。過ちを悔い、改めることができる。そして痛みを乗り越える強さをもっている』と。あなたにもその強さがあるはずです」

「わ、わたしにはそんな強さありません……!今もこうして泣いているのに……!」

「では、私がなまえさんを日毎支えますので一緒に乗り越えましょう。フクロウとオオワシのように」

サウルが示しているのはフクロウとオオワシが互いに協力し合うことで神の国へ行くことができたという童話だ。なまえが初めて参加した会の説教で聞いた話であり、その話を持ち出して日毎支えてくれるということはつまり──サウルからの愛の告白であるとなまえは捉えた。

「本当ですか……?」

神父は肉欲が禁止だと思っていたなまえは驚いて訊ねたが、サウルの女性好きをよくよく考えると、そもそも妻を持つことがエリミーヌ教においては許されていて戒律が緩いのかもしれない。

「ええ。なまえさんが痛みを乗り越えられるよう日毎私が特別に説教を行いましょう」

かつてなまえに声をかける男性は数多いたが、サウルのように救いの言葉をくれようとしたり、真剣に寄り添ってくれようとする者は誰一人としていなかった。

それだけでなく、神父という身でありながらなまえに話をする為だけにわざわざ赴いてくれたこと、なまえを支えるという意志を明言してくれたことでなまえの気持ちは簡単に傾いた。

「約束してくださいますか……?」

なまえは涙に濡れて目元や鼻先までも薔薇色に染まった顔を上げて首を少し傾ける。首元まで伝った涙は鎖骨の窪みをゆっくりと回って胸元の布地を濡らし、濡れた頬には中央で分けた長い前髪が幾筋か張り付いている。
しどけない姿がかえって美しい様相を放ち、サウルの喉元が欲望に反応するように跳ねる。

「は、はい……聖女エリミーヌに誓って約束しましょう」

サウルの返事は間の抜けた声であったが、誓いの言葉では真面目さを含んだ声色に切り替えられて眼差しは真剣そのものである。

なまえの脳裏には女性ばかりに声を掛けるサウルの姿が思い浮かぶが、流石の神父も誓いは破らぬだろうと信じることにした。

しかし、次の日にはサウルはいつも通り懇親会を開いて女性との会話を楽しんでいた。ただ隙間を縫ってなまえと二人きりで話す時間を作ってくれ、なまえの質問には真剣に答えたり、エリミーヌ教の童話を用いた説教を聞かせてくれたりしたので、なまえは精神的安定を得られていた。

そうして日毎サウルと過ごすうちになまえの好意は段々と膨らんでいき、サウルが手さえ握ってくれないことに不満を抱くようになった。

そんなある日の夜、約束を取り付けたなまえはサウルの部屋でいつものように机を挟んだ向かい側で彼の説教を上の空で聞いていた。
今日も童話を交えた話で、既に一度聞いた覚えのあるなまえは「わたしに話したことすら忘れてる!」と不満に唇を引き結びながらも、衣服の前合わせを解いて上着を脱ぐと、下着姿になる。

「ですから、エリミーヌ様は……おや、私の目がおかしいのでしょうか……なまえさんが裸に見えるのですが……?」

蝋燭の灯りで遅れて気がついたサウルの薄い目が丸く見開かれる。自分の見間違えなのかと疑うように首を傾げながらも、なまえの姿をよく見ようと少し前のめりになる。

「まだ裸ではありません」

「な、何をしているのですか?なまえさん……?」

なまえは椅子から立ち上がると机を回ってサウルに近寄り、ストンと下に穿いていたスカートと下着までも脱ぎ捨て、椅子に座ったまま身を捩ってこちらへ向くサウルの眼前に裸体を晒す。

サウルの細長い瞳は動揺と欲に上下左右に目まぐるしく動く。一度堪えるように目を閉じ、次に開いた時にはなまえの目を見つめようとするが、何度も胸や腰の辺りに視線が彷徨う。

「サウルさまはわたしを信者としてしか見てくださらないのですか?」

「そんなことはありません。なまえさんは特別な方ですが……えーと……私はこれでも神に仕える者でして、色々と戒律が……」

「昼間サウルさまが他の女性と仲良く話しているのをお見かけします。わたしを伴侶として毎日支えると言いながら他の女性に色目を使うなど酷いです……」

「は、伴侶?そんなこと私は一言も……」

「あれは愛の告白ではなかったのですか?わたしはとても嬉しかったのに……毎日サウルさまがわたしに寄り添ってくださるおかげでわたしはとても救われているんです!サウルさまになら身も心も捧げていいと思えたのに……!」

「確かに熱心に話を聞いてくださるなまえさんに私も心を惹かれていますし、一生懸命ななまえさんの姿を見るとその気持ちに応えたいと思ってしまう自分がいるのですが……なにやら勘違いをされているような……?」

「わたしの勘違いだったのですか……?それともわたしに魅力がないからそんな風に逃げようとするのですか……?」

なまえは胸に手を置き、華奢ながらも若さ故の弾むような張りのある肢体を見せつけると、サウルはこれ以上はまずいと思ったのか、顔を背ける。

「なまえさんは魅力的ですよ!外見も内面もそれはもうとても美しい方なので、私はいつも頭の中であなたのことを……あー、今のはなかったことに……えーと、残念ながら私には戒律というものがありまして……」

「サウルさまは戒律なんて気にしないのでしょう?わたしはサウルさまのおかげで胸の痛みが癒やされているのです……」

なまえはまた一歩サウルに近づくと、サウルはガッと椅子を後ろへ退き、逃げようと立ち上がりかけるが、なまえはそれを制するようにサウルの両肩へ手を置いた。

「それなのにサウルさまに相手にされないとわかると辛くて胸が張り裂けそうです……サウルさま、お願いです……わたしを単なる信徒ではなく女として見てください」

なまえはサウルの上に跨って首の後ろに手を回し、サウルの耳元へ唇を近づけて「お願いです」と切なげに囁く。

「ああ!どうか神よ、エリミーヌ様よ、お許しを!」

懺悔の言葉と共に腰と頭を力強く抱き寄せられ、幾度も唇を重ねられる。ひたむきに求められるような行為の連続に、姉の死後初めて注がれる他人からの愛を見てなまえは歓喜の涙を流してそれを享受した。

 
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