rosado
戦争は遊びではない。装備一つで生死を分つことがある。だからなまえは一切の遊びを取り除いた武具を使用し、馬具は無駄な装飾を削いだものにしている。仮に装飾の要素となるものがあるとすればなまえの相棒である牝馬に付けている
そんな敵に勝つことだけを追求しているなまえはロサードとその飛竜の甘ったるいゴテゴテの装飾を見た時に衝撃のあまり、「死にたいの?」と失礼なことを口走ってしまった。
「オレはかわいくした方が強いんだー」なんてロサードの考えを聞いてもなおなまえには理解できなかったが、そんなこともあるんだと一旦は呑み込んだ。それから結論は変わらないものの、装飾という無駄なことは果たして本当に無駄なのだろうかと時折考えるようになった。
「でも可愛い装飾は敵がびびらないから、怖い方がいいわよね?」
なまえはソラネルの厩舎の前で相棒の牝馬に馬面を付け、馬面の目元をくり抜いた穴から覗く馬の目を見つめながらゆっくりと瞬きを繰り返す。
相棒は尻尾を揺らしながらそっぽを向いてしまう。馬面はやはりお気に召していないような気がする。着け心地が悪いのか、重いのだろうか。あるいはその両方か。だが戦いの時となれば、安心の素となるはずである。現にこの面が何度も相棒を守ってきたし、そのおかげでなまえ自身も守られた。
「あ、なまえ!ソラネルではそんな格好してるんだねー」
いつものように元気そうなロサードはなまえに声をかける。その華奢な体躯に身につけた服は黒に統一されているものの、短い上着の丈からは薄い腹部が、スカートからは長い脚がすらりと伸びている。簡素でありながらソラネルでも機能性よりも意匠性が高い服装である。いや、ソラネルだからこそ意匠性が高くても問題はないのだろうが。
「変?」
可愛いを重要視していそうなロサードのことだからと、今のなまえのひっつめ髪や着ている機能性重視の服が否定されていると思い、なまえはつい棘のある返しをしてしまう。
「全然。むしろかっこいいよー」
「……」
戦闘中ならともかく平時にかっこいいと言われて嬉しいことなんてないし、かっこいいは言われ慣れていて最早挨拶のようなものとしか認識できない。
しかし嫌味のない純真な笑顔を向けられると、褒めてくれているという好意的な態度であることは伝わる。ロサードと価値観は合わなそうだが、彼はいつも元気で明るく素敵な人でなまえは嫌いではない。だからこそかえってやりづらい。なんて返せばいいか分からない。
「前から気になってたんだけど、その馬面すごくかっこいいよねー」
なまえの沈黙がなかったかのように、ロサードははしゃいだ様子で相棒の馬面を見る。
「かっこいいものに興味あるの……?」
「オレ、かっこいいのも好きだよー」
ロサードは可愛いだけが好きだと思っていたなまえは彼の意外な一面に驚く。
もしかして先ほど「かっこいい」と褒めてくれたこの服装はロサードの好みなのだろうか、と考えてしまう自分にも更に驚いた。
なまえの相棒は可愛い顔に反して厳めしい馬面越しにロサードの方をじっと注視する。ロサードに興味があるようだ。
「……この子、可愛い方が好きかもしれない。可愛くした方が強くなることもあるんでしょ?」
いつの間にかロサードの言説に少しは寄り添ってみようと思い始めたなまえは聞いてみる。
「オレもオレの飛竜もそうだけど、この子はどうかなー?ちょっと待っててー」
ロサードはそう言うと、なまえの返事を聞かずに厩舎を出て行ってしまった。
幾らかすると、ロサードは革袋を持って戻ってきた。
「この子にも似合うと思って。どう?」
革袋から小鴨色と桃色の二色のリボンを取り出す。ロサードの飛竜が付けているものと同じである。
ロサードはそれを白毛の相棒の項革と喉革の交差する耳の下あたりに付ける。
耳元は可愛いが、怪奇な形相の馬面にリボンの装飾は恐ろしいほど合っていない。
「これは……」
「かっこよくて、かわいいー!」
言葉を濁したなまえに反して、ロサードは気にいったような声を上げる。馬面で視界の少し悪くなったはずの相棒もリボンを認識しているのか前足で地面を掘るような動作を繰り返す。
相棒が気に入っているのなら今はそれでいい。戦闘前に外すかもしれないが。
「これ、もらってもいいの?」
「いいよー!この子も気に入っているみたいだし。そうだ。なまえの分もあるよ!」
「え!わたしはいいわよ!」
なまえは嫌がったが、「かわいいと思うけどなー」と言われた途端に大人しくなった。親猫に首元を噛まれた仔猫が大人しくなるように、ロサードの「かわいい」が、なまえの弱点になってしまったようだ。
なまえの後ろにロサードが回り込む。彼のされるがままにひっつめ髪の結び目におおぶりのリボンが付けられる。頭の上に感じる気配や上の方から聞こえてくる鼻歌からそういえば彼の背がなまえより高いことを初めて認識する。だからといって何もなく、別に意識するようなことではないが。
「ほら、かわいい」
ロサードはなまえの前に回り、なまえの顔を見ながら腕を伸ばしてリボンに触れる。
「……ぁ……」
なまえは至近距離で振り撒かれるロサードの満面の笑みを直視できず顔を伏せるが、声音から本心らしきことはわかるし、「ほら」というのが、「思った通り」といった具合の響きがあり、それが余計にまた恥ずかしくて仕方がなく、緊張した喉から無意志に変な声が漏れる。
「髪はそのままでもかわいいし、ちょっと緩めて横髪出してもかわいいかも!」
ロサードがリボンから手を離すと、途端になまえの緊張が緩和され、呼吸がまともにできるようになる。
「ふ、服がかっちりしているから合わないわ……それに髪型とか服装を変えたってわたしにはリボンは似合わない……」
「そんなことないよー?リボン一つでもっと洗練された感じになってかわいいし、なまえはリボンよく似合うよ!」
「でも……」
褒められるとそれを否定しないと生きた心地がしない程なまえは羞恥を感じてしまうし、胸が塞がって呼吸がしづらくなる。今までの人生で可愛いを避けてきた結果だろうか。可愛いに耐性がなさ過ぎる。もしくは、「かわいい」と褒めてくるロサードに耐性がない可能性もあり得る。
「なまえはかわいいの嫌い?」
可愛いロサードを前にそれを否定できる人なんているのだろうか。なまえは例外にはなれず、閉塞する喉から短くか細い息を絞り出す。
「すき……」
「……よかったー!せっかく似合うんだから、そのリボンはなまえにあげるよ」
「ありがとう……大切にするわ」
「あ、オレ用事思い出したからまたあとで!バイバイ!」
まるで嵐が過ぎ去った後のようだった。ロサードはもう目の前にいないというのに、なまえの心は掻き乱されていた。ロサードの用事とはなんであろうか、「またあとで」とはまた会ってくれるということだろうか。約束なんかしていないのに。ロサードはかわいい女の子の方が好きなのだろうか。「かわいい」はどのくらいの可愛いなのだろうか。
ロサードの暴威はなまえの価値観にまで影響を及ぼしていた。
なまえは愛しさを込めて目を瞬きながら相棒の耳元に飾り付けられたリボンに触れる。
「あなたはいつ付けたいの?」
自分のリボンはいつ付けるのか決まっていたが、相棒のはわからず問いかけた。