夕方頃にはフラルダリウス領のフェリクスくんのお家に着いて、馬車から降りると足元が覚束なくて真っ直ぐ歩くのも大変になってしまった。狭い中激しく動いた所為で体のあちこちが痛い。
「おい、転ぶなよ」
「う、うん」
フェリクスくんに支えられながらお屋敷の方を見ると、お屋敷の前にフェリクスくんと同じ青灰色の髪の男性が数人の従者を連れて立っていた。青を基調とした服に身を包み、堂々とした佇まいは騎士もかくやという毅然さでとても素敵に見えた。あの方がまさに8年前に私を助けてくれた恩人だ。8年経った今でも、口周りの薄い髭を見ても、あまり容姿の変わらず素敵なままで驚いた。初恋で憧れの人を前に今までにないくらい緊張するし、動悸までしてきた。
「ロドリグ様、御出迎え頂きありがとうございます。士官学校にて、御子息と共に学んでいる同盟領のナマエ=ミョウジに御座います」
スカートの裾を摘みあげ、ガクガクと震える足を下げてなんとかロドリグ様に頭を下げた。
「親父殿にそんな仰々しい挨拶はいらん。親父殿も出迎えはいらんと言ったろ」
「そういうな。ナマエ殿のお陰でこうしておまえが帰省してくれたのだ。礼を言う」
ロドリグ様はにこりと微笑んでくださった。笑顔までも素敵で動悸どころか目眩までしてきた。
「こ、こちらこそ……実はロドリグ様に一度お会いしたことがあります!本日はその御礼で参りました」
「ほう……会ったことが……?悪いが私は覚えておらんな」
「俺が説明する。親父殿、ナマエは昔同盟領の森で襲われていた時に親父殿に助けられたことがある」
「同盟領の森……まさか、あの時の少女か……!」
「ええ。あの時は本当にありがとうございました」
また深々と頭をさげた。何度御礼を言っても足らないくらいのことをロドリグ様はしてくださった。
ロドリグ様は私とフェリクスくんを屋敷の中に招くと、使用人に部屋の案内を頼んで奥に行ってしまわれた。
使用人に荷物を運んでもらい一人部屋の中で荷ほどきしていると、フェリクスくんが入ってきた。
「フェリクスくんは荷物……んっ」
部屋に入ってきて早々、顔を掴まれて口付けされた。フェリクスくんらしくない乱暴なキスにドキドキするけど、訳がわからず混乱した。
唇を離された頃にはお互い息が乱れていて、眉根を寄せるフェリクスくんを見上げた。
「な、なに?どうしたの……?」
「別にどうもしとらん……親父殿は晩餐会をすると言っているが、俺は使用人達の食堂で飯を食う。おまえもそうしろ」
「で、でも、せっかく帰省したんだよ?」
お父さんと折り合いが悪いとは聞いていたけれど、まさかここまでとは思わなくて、戸惑ってしまう。
「廃嫡願いを出すというのに何故一緒に飯等……」
「使用人さんたちも貴族のフェリクスくんが食堂に来たら、座ることさえできないよ。お願い。考え直して」
「くっ……そんな顔をするな」
最近わかったことだけど、フェリクスくんは私が必死にお願いすれば必ず折れてくれる。今も困ったように眉を落とし、瞳を揺らしている。あと一押しでいけそう。
「フェリクスくん……」
フェリクスくんの手を両手で包み込むように握り、目を合わせた。フェリクスくんは視線を外して舌打ちすると、晩餐会に出ると約束してくれた。
「出る代わりに、俺は会話には入らんからな」
「一緒にご飯食べてくれるならそれでいいよ」
とは言ったものの、どうせ少しは会話をしてくれるだろうと思い、晩餐会には何の心配もなく出れた。
晩餐会で、ロドリグ様は士官学校での生活に興味を持っていて、私がフェリクスくんとどういうことを学んでいるか話すだけで喜んでくださった。
私はロドリグ様と沢山お話できて楽しかった一方で、結局フェリクスくんはロドリグ様とは殆ど言葉を交わさずに晩餐会は終わってしまった。
晩餐会が終わると、フェリクスくんはロドリグ様に話があるといい、私を部屋に帰らせた。いよいよ廃嫡について話すみたい。
私はその間に寝る前の準備をして静かに本を読んでいると、部屋の扉が急に開いてフェリクスくんが入ってきた。
「ナマエ、今いいか?」
「うん。お話どうだったの?」
「……上手く纏まったはずだ」
「お父様、認めてくださったの?」
「言葉にはしなかったが、俺の説得を諦めている様子だ。親父殿は俺の扱いに困っているからな。とかく、俺はこの家は継がん」
「領民は困らない……?」
「親父殿には弟がいる。代わりに継いで貰えばいい」
「本当にそれで大丈夫?後悔しない?」
私の家も、叔父様やその子供に継がせるという手段はある。だから、私がフラルダリウス家に嫁いでもいいかもしれない。ただ、私は同盟領出身の商人だから、騎士道精神の根付いた王国では風当たりが悪いだろうという不安は拭えない。
「俺はミョウジ家の商人として生きる。俺が商人になれば騎士団なぞなくとも、交易品を守れる」
確かにフェリクスくんなら自衛出来るし、賊に襲われても追っ払うことはできると思う。私には貴族の家に嫁ぐことは難しいと思うから、フェリクスくんの前向きな回答は凄く有り難い。
「俺は騎士になるつもり等なく、エピタフの資格を取ることを目標として数節過ごしていた。だが、今なら最強の商人になるというその先の目標ができた。ナマエのお陰だ」
最強の商人という聞いたこともない言葉に反応に困ったけど、フェリクスくんの表情は晴れやかで、将来に希望を持った様子に私も喜しくはある。それに最強の商人ということは、ちゃんと仕事をしてくれるだろうし、変に武者修行を兼ねた交易の為にとフォドラの外へ出ていかれるよりはマシかもしれない。
「えーと、武術の心得もそうだけど、商いの勉強も必要かも」
「座学は好かんが、おまえの講義ならいくらでも受けよう」
「うん。小さい頃から勉強させられてきたから、自信を持って教えられるよ」
ロドリグ様やフラルダリウスの領民には本当に本当に申し訳ないけれど、フェリクスくんと一緒にミョウジ家を守っていきたいと思う。まだエピタフの資格は取れていないけど、明確な目標を持てた今、フェリクスくんとの将来が楽しみになった。
「そうだ。ロドリグ様に私とのことは言ったの?うちに婿入りするって」
「言う訳なかろう」
「どうして?」
「……親父殿とおまえをこれ以降引き合わせたくない」
「フェリクスくんの大事なお父様だから、親交は今後も持つつもりだよ。それに恩人だもの」
「……俺の親父殿がおまえの初恋でなければ、別に構わなかった」
フェリクスくんは顔を顰めて言う。フェリクスくんにはロドリグ様が初恋の人なんて言った覚えはなかった。何故知っているのかと焦ってしまう。
「べ、別に初恋じゃ……」
「レオニーからはっきりそう聞いている」
「あ、うう……」
レオニーから聞いたんじゃ、もう言い逃れはできそうにない。
「それに、おまえが親父殿を見る目が気に入らん」
「えっ?どんな目をしてるの……?」
ロドリグ様をどんな目で見てるかなんて特に自覚がなかった。
フェリクスくんは舌打ちをするとずいっと私に詰め寄ってくると、きつく抱きしめてきた。
「どうしたの?」
顔がフェリクスくんの胸に押しつぶされかけて、もごもごしながら聞いた。
「もっとおまえと繋がらんと不安になる……」
「あっ……」
フェリクスくんは片手を腰からお尻へと手を滑らせるので、びっくりして肩が震えた。
「嫌か……?」
「ううん……でも、体が繋がらなくても心は繋がってるよ……?」
「なら、親父殿を変な目で見るな……」
「変な目で見てないよ……!」
私がそう言ってもフェリクスくんは信じてくれなくて、私の肩を抱いて両膝をすくい上げると、ベッドの上に下ろした。
上からフェリクスくんの体に覆われて、馬車の中でのことを思い出して体が疼いた。また、フェリクスくんと繋がっちゃう。
広げられた足の間をフェリクスの指が伝い、ぎゅっと目を瞑った。