Amleto


※亡くなったイルーゾォと再会
※煉獄についてはファンタジー解釈
※ビッチであたおか夢主






本日10月31日はどこかのお国では死者が現世にやってくる、という俗説があるらしい。一方ここイタリアでは2日後に『死者の日』という死者の為に祈る行事があり、死者が家族を訪ねる、という俗説がある。
ということは、半年前以上前に亡くなった恋人のイルーゾォに会える希望がまだあるなら、今日の晩と明後日の2日しかないということ。
彼は生前、「女はおまえだけだ」といいつつ、他の女の子と遊んでいた浮気者だったけど、それなりに私を愛してくれていた。私にペアリングをくれたし、30分以上もかけてオーラルセックスをしてくれたし、結婚したいと言えば、チラシの裏に疑似婚姻届を書いてくれた。イルーゾォが何回か浮気したことにムカついて、当て付けに私が他の男とモールで買い物をしていると、すっ飛んできて相手の男を殴り倒して、お店をめちゃくちゃにして警察に捕まりかけたことまであった。
そんな彼は私を置いて死んでしまった。骨も残してくれなかった。誰が彼をそんな風に殺したのか、彼の遺品を届けてくれた"組織"の人は教えてくれなかったし、ご丁寧に私の家族の写真を寄越してきた。「詮索するな」というメッセージを汲み取って、私はその通りにした。本当は骨は他の女性が貰ったのかなって疑ったけど、私は出来るだけイルーゾォを信じるように努めた。本当に愛したのは私だけだったって。
私は彼が亡くなってから、寂しさを埋める為に色んな男と寝たけれど、やっぱり彼じゃないとしっくりこなかったし、寂しさが埋まることは決してなかった。私と寝た相手は皆私と付き合いたがり、試しに付き合っても、彼程嫉妬心を剥き出しにしてくれなくてつまらなかった。私はまた彼の大きな身体に抱かれて、あの真っ赤なルビー色の瞳に見つめられて、素敵な愛の言葉を囁かれたい。「浮気したら、相手の男をおまえの目の前でなぶり殺す」って。そんな風にまた嫉妬心を剥き出しにして私を脅して束縛して欲しい。
だから陽が落ちた今、私は彼にもう一度愛される為の儀式を行なっている。フローリングの床にガムテープを貼って魔法陣を作り、花の香りのするキャンドルを、いくつもの円形陣に一つずつ置いていった。そして部屋の電気を消して、キャンドルの火を頼りに魔法陣の前に跪いた。

「エロイムエッサイム!エロイムエッサイム!エロイムエッサイム!我は求め、訴えたり!我が最愛の男、イルーゾォよ、今一度現世へと舞い戻れ!」

少し時間を置いて待ってみたけれど、霊気を感じ取れなかった。部屋の中は暖房を使っていなく、空気が冷えていて結構寒いけど、霊気っていう感じではない。

「もう一度やるしかないか……エロイムエッサイム!エロイム──」

「うっさいわ!」

突然部屋の扉が勢いよく開かれ、電気を付けられた。眩しさに一瞬眼を覆い、それから出入口にいる犯人を睨みつけた。

「ソフィアの馬鹿!邪魔しないで!」

「シェアハウスのルール!大声で叫ぶの禁止!あと、ランジェリー姿で叫ぶのも禁止!なんなのそれ!スケスケじゃない!勝負下着もピンクなの!?」

「見ないで!」

胸元をさっと隠した。今着ているのはイルーゾォの為に買ったばかりのピンク色のベビードールで裾には黒いレースが付いていて、ショーツはイルーゾォが大好きなレースティーバックだった。

「というか、床のガムテープなんなの?イカれてんの?あ、キャンドル倒して部屋燃やしたら、私知らないわよ!」

「わかったから出て行って!」

「言っておくけど、ここでハッパは禁止よ!」

「やってないから!」

「あ、そう!キャンドル焚くなら窓は開けときなさい!というか、キャンドルの匂いキツ過ぎ!一体何個焚いてるわけ!?」

ソフィアは勝手に人の部屋に入ってくると、ベッドの脇のギロチン窓の下窓を全部上に上げてしまった。
ふわーっと冷たい風が遮光カーテンを揺らして舞い込んできて、鳥肌が立つ程の寒気を感じた。

「寒いんだけど!」

「なら、服を着なさいよ!プッツン女!それで、今日のハロウィンパーティは出るの!?」

「誰がプッツン女なの!!!カトリックのお膝元でハロウィンパーティだなんて、女の子を酔わせることしか考えてない変態男しか来ないから出ないよ!!!早く出て行って、非国民!!!」

「あんたその格好で言うの?」

「出て行って!!!」

ソフィアを無理やり押して部屋から追い出し、今度はちゃんと鍵を掛け、扉を背にしてため息をついた。ソフィアの所為で儀式が中途半端に終わってしまったし、気分も盛り下がってしまったことからくるため息だった。
また風が窓から吹き込んで来て、枯れ葉まで舞い込んできた。窓を閉めようと歩き出した時、部屋の電球が萎むように消え、キャンドルの火は吹き消えたように靡いて見えなくなり、部屋が真っ暗闇になった。窓からはゆったりとした、肌を撫でるような重たい風が吹いてきて、キーンという耳鳴りがする。身体が平衡感覚を失ったように真っ直ぐ立てなくなって、近くにあるベッドの上に転げた。
訳がわからず、それでも立ち上がろうとした時、見えない力に押されるようにして、体がベッドに縫い留められてしまった。まるで誰かにのしかかられているような重みを感じる。
びっくりして、ぞわわっと腰の底から背筋を辿って緊張の痺れが駆け上ってきた。

「ソフィ──んむっ!」

とりあえず、助けを呼ぼうとしてソフィアの名前を口に出そうとすれば、口を見えない何かで覆われたように声が出せなくなった。

「"Shhh." 声は小さく、な」

聞き覚えのある声がした。いつか彼が、友達の家のキッチンで私を抱いている時に、私の口を手で塞ぎながら言った言葉だった。今思えば、口周りの皮膚からその時感じた手の感触と同じ温もりがする。
こくりと頷いて、眼を細めた。なんとか暗闇から彼の輪郭を見つけようとした。なんとなく、大きな影や、存在は感じ取れる。

「イルーゾォ……?」

「久しぶりだな、ナマエ」

狙ったかのように、彼が言葉を発すると同時に窓から月明かりが忍び込んできて、私の上に覆い被さる正体を照らし出した。
半年以上前に会った時と寸分違わぬ姿で、彼は確かな実体と、リアルな質感を持って存在していた。

「イルーゾォ……?イルーゾォなの……?」

「おれだっての。まあ、普通はチトビビるもんか」

半ば信じられなくて、彼の顔に両手を伸ばしてペタペタと触れた。半年以上前のイルーゾォの顔の触り心地と何ら変わりはない。
それでも、本当に彼が目の前にいる事実が信じられなかった。何せ死亡届が出ているし、遺品はもらったし、本当に死んじゃったと思ったから組織の人に頼んで地域の新聞の雑報欄に死亡記事を出してしまった。逆に考えれば、組織から抜ける為に偽装死しただけってこともあるけど。だとしても、私の部屋にはどうやったって忍び込めないはず。窓は一つしかないし、人の通れる幅はない。

「なんでここにいるの?生きてたの?今までどこにいたの?どうしてたの?なんで私を置いていったの?」

「……おれは死んだ」

「で、でも、触れるよ……?」

銀色の光を頼りにイルーゾォの胸板や、服から覗いている腹筋に触れた。死んでいるなら彼は幽霊ってことになるけれど、幽霊には実体がないと相場が決まっている。

「ああ、触れる。だが、おれは死んでる」

イルーゾォは声の調子を落として言うと、私の上から退き、ベッドの縁に腰を掛けた。私はイルーゾォから片時も距離を置きたくなくて、彼にぴとりと身を寄せた。
ちゃんと体温がある。体温がある幽霊なんて聞いたことがない。

「……あなたは幽霊なの?それとも私を騙そうとする悪魔?」

「おまえはハムレットかよ」

「イルーゾォがハムレットの話をするなんて、やっぱり悪魔だ!偽物!」

「どうしてそうなんだよ!いいから黙って話を聞け、プッツン女!」

「だから、プッツン女じゃ……ちょっと、待って。ソフィアとの会話聞いてたの?一体どういうこと?」

イルーゾォに一度もプッツン女と言われたことはなかった。もしかして、ソフィアの悪口を聞いていたのでは、と疑問に思った。

「こっちもよくわかってねえが、多分今夜だけは実体を持っておまえと過ごせる」

「なんで?今夜だけなの?私の黒魔術のお陰?」

「それはだな──」

イルーゾォの話によると、死後、昼は煉獄で苦難を受け、夜だけは自由に動けていたという。それでも今夜のような肉体は持てなく、何故今肉体を持てているかは自分でもわからないらしい。不思議な話だ。

「そっか……ギャングは全員地獄行きじゃなかったってことなんだ……あなたの為に死者の日に全力で祈るね……」

2日後にある死者の日は、煉獄で苦しむ故人が天国へ早く行けるように祈る日であった。イルーゾォが地獄へ行かなかったということだから、彼が少しでも早く天国へ行けるように祈りたい。

「ん、ちょっと待って……夜は動けてたって、何してたの?」

ふと、イルーゾォが言っていた言葉を思い出して気になった。聞いたときは素直に感心していたけれど、今思い返すとかなり気になる内容だ。

「聞きたいか?」

イルーゾォはにやりと笑って私の胸を鷲掴みにしてきた。ロマンチックさの欠片もないけれど、大きくて温かい手に触られるだけで泣き出しそうになる。

「それって、夜は私のこと見てたとか……?」

「それは全ておまえの想像に任せる。にしても、おれの為にそんな格好で降霊術なんかすんなんて、やっぱ、イカれ女だな。その所為で予定が狂っちまったぜ──おい、この指輪まだしてんのかよ」

イルーゾォは私の左手を掴み、もう一方の手で、薬指に嵌るペアリングに触れてきた。ペアリングは去年、彼がくれたもので、お風呂以外では付けっぱなしにしていた。

「だって、私はずっとイルーゾォの女だから」

「ナマエ、おれは死んだんだぜ?他に男作れよ。こんなん付けてたら男が寄ってこねえだろ」

「……なんでそんなこと言うの?イルーゾォらしくないよ……他に男なんか作ったら、相手の男殺すんじゃあなかったの?」

「それは死ぬ前の話だろーが。おれが死んだら自由にしていい」

イルーゾォが私の手から指輪を取ろうとしてきたから、手を引っ込めた。

「そんなの自分勝手だよ!死んでも私を束縛してよ!死んでも愛し続けてよ!」

「死んでも愛してるからここにいんだろ?プッツン女」

イルーゾォは口の端を吊り上げながら、私のベビードールの肩紐を片方ずつ肩から下ろしてくる。
私に意地悪なことを言いながら手を出してくるところはいつものイルーゾォだ。匂いも声も身体付きも、イルーゾォという人間を構成する要素に、何も違和感はない。違和感はないけれど、気になるのは嫉妬をしてくれないところと、彼がどうして死んでしまったのかということ。

「ねえ、私、イルーゾォとセックスしたくて仕方ないけど、まだ混乱してて……どうして死んじゃったの……?」

「……金欲しさに組織を裏切った報いを受けた。それでいいか?」

「……誰に殺されたの?」

「おまえは何も知らなくていいっての。何も考えずに黙ってこのおれに抱かれろよ」

「んっ……」

後頭部に手を回され、直に胸を触られながらキスをされた。イルーゾォとキスをするだけで、脳が甘く痺れて幸せで、どうにかなってしまいそうになる。最後にキスした時よりも、ずっと良くて、この時が永遠に続いてしまえばいいのに、と思ってしまう。



*



月明かりの入り込む窓際のベッドの上。大事な人と見つめ合いながらのセックスは堪らなく幸せで、幸せ過ぎて死んじゃいそうだった。
気づけばずっと、ぽろぽろと涙をこぼしながら泣いていた。涙を流すたびに、イルーゾォは私の眼元からこぼれる涙を指で拭ってくれた。初めてセックス中に「愛してる」って何度も優しく言ってくれた。愛おしそうに名前も沢山呼んでくれた。それでいて、今まで以上に激しい行為に意識が朦朧として今にもトんでしまいそうになった。ぐったりとイルーゾォの腕に抱かれ、今にも落ちてしまいそうな混濁した意識の中、彼に耳元で囁かれ、それがやけに頭の中にまで響いてきた。

──おれを忘れて、自由に生きろ。

「わすれる……?じゆう……?」

私を束縛してくれないの、と聞きたかったけれど、身体に力が入らず、口もうまく動かせない。話せない。まるでエーテルを打たれたみたいに眠るように意識が薄れていく。



*



11月2日──死者の日の朝。私はイルーゾォの遺品しか眠っていないお墓の前にいた。白色のポピーを手向け、クラッチバッグからイルーゾォに書いた手紙を取り出した。

「煉獄で苦しむイルーゾォへ……」

「あんた、マジで声に出して読む気なの?」

2日前から私の頭を心配して、ここまで付いてきたソフィアがまた意地悪なことを言ってきた。
彼女曰く、31日の晩に、ハロウィンパーティに出るかをしつこく確認しに私の部屋に入ろうとしたら、私の激しい喘ぎ声と「イルーゾォ」と、彼の名前を連呼する声が中から聞こえてきて、本格的に私がおかしくなったと思ってるらしい。
確かに私はおかしいかもしれない。亡くなったはずの人とセックスをしたのだから。
あのセックスの後、私は意識を失い、目覚めたら朝だった。イルーゾォの姿は夢のように消えていた。彼が本当に私に会いにきてくれた痕跡を見つける為にイルーゾォの毛髪を探したけど、あんなに激しく動いてたのに一本も見当たらない一方で、ベッドが精液臭かった。私は彼が本当に会いに来てくれたと信じている。彼らしくないことばかり言っていたけど、確かに彼は存在していて、確かに私を愛してくれた。私が唯一で、私が全てだったって思えるような、激しい愛をくれた。

「ソフィアは黙ってて。邪魔するなら帰ってよ」

ソフィアが何か言いたげな顔をして私を馬鹿にするように肩を竦めたから、中指を立てて舌を出してやった。
それから、気を取り直して手紙の続きを読んだ。主に思い出を語った。イルーゾォとの馴れ初めとか、デートでいった場所とか、一昨日したセックスがよかったこととか。

「最後に──私はイルーゾォのことがずっと大好きだから天国に行っても、私が新しい男と付き合う度に嫉妬して相手の男を呪ってください。最初は嫉妬した怒りで殴っていたのに、次第に楽しそうに相手をなぶって追い詰めるイルーゾォのことも私は大好きです。ちなみに、最近寝た男はアロンソとアントニウスとアナトリオと──あとの名前は忘れましたが、多分DとかFから始まる名前が多かったです。イルーゾォ、本当にあなたのことを心から愛してます。今日は死者の日だから、今夜も出来たら会いたいです。えっちな下着着て待ってます。ナマエより、愛を込めて……」

便箋で3頁に渡る手紙を読み終えると、なんだか涙ぐんでしまった。
横にいたソフィアを向くと神妙な顔をしていて、私と眼が合うと、頭の横に手を持ってきてクルクルと回した。頭がおかしいって言いたいらしい。

「言っておくけど、私は本気なんだから!今夜も一昨日みたいに下着姿で彼を待つから、邪魔しないで!」

「ええっと、あんたの亡くなった彼氏が他人を呪ってたら一生煉獄にいてこっちに来れないだろうけど、まあいっか。ほら、おいで」

ソフィアはついに私を信じてくれたのか、腕を広げるので、ソフィアに抱きついた。やっぱり持つべきものは友達で、こうやって慰めてくれる存在は大きい。

「ソフィア、帰って一緒に死者のソラマメビスケット食べよう」

「いいわね。他にも食材をいっぱい買って、美味しいものを作って食べましょ?」

「それはいらない。今晩もイルーゾォが来るかもだからお腹いっぱい食べれないの」

本当に同性なのか疑う程にソフィアは女心をわかっていない。
呆れて、ソフィアを抱く腕を放した。



*



結局、その日の夜はイルーゾォの好きそうなランジェリーを着て待っていたのに、彼は現れなかった。
その代わりというべきか、翌日にバイト先のバールの社員であるアロンソが腹痛で休んで、いつも私がいる時に来てくれる常連客のアントニウスさんは来なくて、店長のアナトリオさんは頭が痛いみたいでふらふらで出勤してきた。まさか、と思って、泣き叫んで私を引き留めようとする店長や行列のできているレジを無視して制服のままバールを飛び出してイルーゾォのお墓に向かった。
墓の前に膝をついて、イルーゾォの墓石を見つめた。ここにイルーゾォはいないだろうし、夜以外は煉獄にいると言っていたけど、彼に手紙を読んだ時は朝だった。私がここで言ったことなら、煉獄のどこかで聞いてくれているのかもしれない。

「イルーゾォ、やっぱりあの晩、私のところに来てくれたの?私に忘れろって言ったクセに私と寝た男に嫌がらせしてくれたの?ずっと私のこと好きでいてくれるの?天国へ行っちゃってもずっと私を束縛してくれるの?」

返事はなかった。特に風が吹くとか、空が暗くなるとか詩的で劇的な自然現象は起きなかった。
でも、イルーゾォは別の形で私に返事をしてくれた。一生イルーゾォの女でいたくて、その日のうちに修道院に入る手続きをすれば、急に修道院長やら司祭さまが倒れられて入会できなくなってしまった。多分そういうことなんだろう、と思って私は彼に貰った指輪をそっと外した。これで私の所為で長引いてしまった彼の煉獄での苦しみが短くなるといい。
つまるところ、天国へ行っちゃう人に束縛なんてできないのだ。


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