pesci side
同じチームの仲間であるナマエは何故かオレのことを気に入ってくれていて、集会の時は決まってオレにばかり話しかけてくれていた。最初は歳が近いから友達感覚で話しかけてくれてるんだと思ってたら、突然デートに誘われてびっくりした。オレに気があるのかな、ってつい考えちまった。
ナマエのことは正直好きだし、いつも可愛いと思ってたから、誘ってくれた時はスゲー嬉しかった。
デート当日。からかわれてるのか、と不安になりながらも期待して待ち合わせ場所にいけば、ナマエはいつもより濃いめの化粧に清楚なワンピースを着て、髪まで可愛くセットしていた。ニコリと綺麗な上歯を見せて笑うナマエが眩しくて直視できなくて、それでも、お洒落をしてきてくれたナマエの為に「今日はナマエをリードするぞ!」と意気込んで、"Giapponese Villaggio"の企画を楽しむことにした。
*
「うぉわァァァアァァアア!!!!」
「わあ!びっくりした!これも人形だね!」
暗く、狭い道の角を曲がると、壁に張り付いて、両方の眼にポッカリと穴が空いている顔を仰け反らしている黒い髪の少女がいた。あまりの怖さにオレが失神しかける一方で、ナマエは相変わらずな反応をしている。
ナマエに連れられて入ったココは、江戸時代のお化け屋敷を模した見世物小屋というものらしい。最初は見世物小屋っていうから、手品だとか、日本の珍しい動物だとか、大道芸みたいなものを見せられるものだと思ってたから心の準備ができなくて、入った瞬間から死者しか存在しえないような世界観にずっとビビりっぱなしで自分が情けなくなってくる。
スゲー怖くて今にも来た道を引き返したいけれど、ここまで何度も怖い目にあいながらも結構な距離を来ちまったから、このまま出口を目指すしかなかった。
ナマエにカッコ悪いところばかり見られてオレの精神はズタボロで、この企画をしたヤツを恨んだり、心の中でプロシュート兄貴に助けを求めたりしながら、赤い血の混ざった暗い砂利道を、右へ左へと道を曲がりながら歩いていく。
この砂利道がすごく厄介で、墓地みたいな雰囲気が出てて怖いし、歩きづらいし、たまに血だらけの手が埋まってて足元を掴んだりするからスゲェ怖い。おまけに砂利道の両端にある照明代わりの鬼火とかいう青白い電気炎はマジに怖い。ホントに怖い。
さっきからビビり過ぎて、出口へ向かうことだけに必死になって、ナマエに意識を向ける余裕はないし、むしろ眼を合わすのは恥ずかしかった。それは今日のナマエがいつも以上に可愛過ぎるのと、オレが叫んでビビってばかりいるところを見られていたからだった。
次に何が出てくるのか、とビビりながら歩いていると、オレの右手にナマエの手が当たった。というか、さっきから何度も当たってる。いや、最初から当たってたかもしれない。
このお化け屋敷は暗くて道が狭いから手が当たるのは不自然じゃあない。それに内装が怖すぎてビビってたから、あんまり意識が向かなくて気づかなかった。
ここに入った瞬間からドクドクと、死に迫るように強く鼓動する心臓がさらに脈を速めていく。
多分、今のオレの胸の鼓動は、兄貴とか他の仲間がオレの目の前で人を殺した時に起きる身体の生理反応を優に超えている。心臓が破裂して死んでしまうことを予感するぐらいに脈拍がヤバい。
ふと、仕事でプロシュート兄貴がターゲットをブッ殺す時に言っていた言葉が心に思い浮かんだ。
──心の中で思ったならッ!その時スデに行動は終わっているんだッ!
この言葉にあやかって、オレも「ナマエの手を絶対握ってやる!」と思って、勇気を出してオレの手に何度も当たっていたナマエの手をバッと握りしめた。
「あっ……」
ナマエは珍しく驚いたような声を漏らしたきり黙っちまった。
ナマエの反応に少し不安になったけど、嫌がってないみたいだからそのまま握り続けた。ナマエの手のひらは思いの外冷たくて柔らかく、しっとりとしていて、それでいてスベスベで触り心地がいい。手のひらの感触から他の部分も──と意識したら、段々手汗が噴き出してきた。
ナマエが嫌がらないようにと、ソッと手を離そうとすれば、逆にがしりと手を握られて、驚いてナマエを見れば、ナマエは立ち止まって正面を凝視していた。
「ナマエ……?どうしたんだい?」
「あれ……ちょっと怖いかも」
怖いものしらずなナマエが珍しく怖がっているのを不思議に思って正面を向くと、砂利道の中央に、白い着物をきた、ほっそりとした女性が左腕に何かを抱き、こっちを右手で手招いているのが遠眼に見える。ここから見る限り動きが人形にしては自然で、ゾッと背筋が寒くなった。出口へ行くにはあのオバケの真横を通らなくちゃあいけない。意地悪なことにオバケが砂利道の中央にいるせいでひとり分の道幅しかない。
思わず後ろを振り返った。今戻れば、今まで経験した以上の恐怖を味わうことはないだろう。ただここで引き返したら、ナマエはオレにガッカリするだろうし、ゴールした時に景品が貰えない。ナマエはここに入る前、「景品が欲しいな」と言っていたから、何が何でもゴールをしてナマエに景品を渡してあげたい。オレがビビりまくってカッコ悪いところを見せちまった分、ここで男を見せて、怖がるナマエを守って、カッコよくリードしたい。
──心の中で思ったなら、だ!
誰よりもスゴくてカッコいいプロシュート兄貴の言葉を借りて覚悟を決め、ナマエの手を引っ張って、あの女の人のオバケに向かって歩き出した。
「ナマエ、眼を瞑ってオレに付いて来てくれよ!出口はきっとあのオバケを越えた先にあるッ!」
「えっ?う、うん!ありがとう、ペッシ!」
ナマエは戸惑っているようで、その様子がなおさらリードするチャンスに思えた。
冷静に分析して、オバケが手を招いているのは右手の方だから、触られないようにオバケの右側の道を通ることにした。オバケが左腕に抱いているものが不穏だけど、とにかく進み続けた。
いよいよオバケとの距離が詰まり、ふとオバケの顔を見てしまった。オバケの黒くて長い前髪の隙間から、化粧か何かで黒く縁取られた瞳がこちらを見ていて、その飛び出たように剥かれた眼球が夢に出てきそうな程恐ろしかった。眼球はびっくりするくらい真っ白で、小さい瞳孔が点のように付いているだけだった。
「"
「っ……!」
オバケの裂けたような唇から発せられたガラガラ声に驚いて、叫んで逃げたくなったけど、口に握り拳を突っ込む勢いで力強く押さえて叫び声を殺した。こちらをジッと見つめてくるオバケから顔を背け、ナマエの手をギュッと握ってオバケの横を通り過ぎていき──何事もなく、出口である木戸の前まで着いた。扉を開けて外に出ると、漸く明るい場所に出られて安心した。
着物を着た係員の男の人におめでとう、と拍手をしながら迎えられ、幾つもの種類の中から景品を選ばせてもらえた。ナマエはその中でもショーグンという、偉い人の家紋が入った手拭いを選んだ。他には匂い袋とか巾着などの可愛い小物があったのに、ナマエが手拭いを選んだのは驚いた。
「ナマエ、それでいいのかい?」
「うん!」
ナマエはニッコリと笑って、「次は大正時代のミルクホールに行こう」と、オレの手を握ってきた。
*
結局一日かけて、企画を全て周った。
その中で、各時代の資料館はイタリア人のオレにはさっぱりでかなり難しく、普段なら見ないところだけど、ナマエのルーツだと思えば興味を持てて見れた。資料を読みながら、ナマエの江戸時代の着物姿や、明治から大正時代の女学生の服装を想像したら、スゲー良かった。実際着物や制服のコスプレ企画もあって、恥ずかしがって拒否するナマエに頼んで着てもらったら想像以上に可愛いし、似合っていた。写真を撮るのに2万リラで、着物をレンタルする場合は20万リラ、着物を買う場合は小物類とか全て合わせて40万リラで、これでもかなり安い値段らしい。聞くと、生地はポリエステルらしいからもっと安く済みそうな気もするけど、ナマエの着物姿を今後も見たいし、記念に何か買ってあげたい。
財布の中にある金を見てギリギリ足りていることがわかってしまった以上、買うしかなかった。
「ペッシ、本当によかったの?これ他に着るタイミングないと思うけど……」
「またオレの前で着てくれたら嬉しいな」
「あ、じゃあ、来週家に来て?この着物と袴を着てもてなすよ!」
「い、いいのかい?ナマエの家にオレが行っても」
「勿論だよ!こんな高い買い物してくれたお礼に心を込めてもてなすね!」
ナマエの可愛い着物姿をまた見られる上に家に呼ばれるなんて、値段以上の価値があると思えた。
ふたりっきりの帰り道。ナマエの家に招かれるときにはどんなお土産を買っていこうか悩みながら、ナマエを家の玄関の前まで送った。
「ナマエ、今日は誘ってくれてありがとう」
「こっちこそ。ペッシが一緒に来てくれてよかった!」
「それじゃあ……また、集会で」
女の子とのデートの後になんて言えばいいのかわからなくて、さっさと帰ろうと思った。すると、「あ、待って!」と、ナマエがオレへ寄ってきて、腕を掴んで引き留めてくれた。
「今日のペッシはショーグンさまみたいでカッコよかったよ!」
ナマエはオレの眼を覗き込むようにして言うと、オレの頬へ唇を寄せてきて──ちゅっと可愛らしい音を立ててキスをしてくれた。
暫く何をされたかわからなくて放心していると、ナマエは照れたように笑って手を振り、家の中へと引っ込んじまった。
「プロシュート兄ィィィィ!!!!」
自分でもよくわらないけど、突然爆弾を投げ込まれたような気待ちになって、パニックになりながら兄貴の名前を叫んで家まで走って帰った。
多分、今夜見る夢は、あの黒い点が付いただけの真っ白な眼球をしたオバケではなく、着物を着たナマエだと直感で思った。それくらい、頭がナマエでいっぱいになっていた。