risotto
恋人のリゾットを誘って来た"Giapponese Villaggio"のコスプレ企画で、人生で初めて着物と袴を着た。黒の長着には大花柄があしらわれ、重ね衿と帯はピンク色で袴は真紅色。足元は草履とかゲタかと思えば、大正時代に流行ったという黒色の編み上げブーツだった。最後にハーフアップにした髪に大きなリボンを付ければ、当時の良いところの学生さんのような出立ちになれた気がする。
リゾットの前で、着物の柄がよく見えるように袖先を摘んで見せれば、普段はっきりと言葉に出して褒めないリゾットが「綺麗だ」って言ってくれた上にレンタル品をそのまま買ってくれたから1日これを着ていてもいいと思えた。
一応日本にルーツを持っているだけあって、私も着物を着れて嬉しくて、気分よく展示を楽しんでいると、江戸時代の見世物小屋とかいうお化け屋敷のせいで台無しになった。
「きゃああああ!!!」
鬼火とかいうふざけた炎の照明しかない暗い砂利道で、突然金物を落としたような大きな効果音と共に、真っ黒な天井から骸骨が目の前に降ってきた所為で、驚いてつい悲鳴を上げてしまった。
「そんなに驚くものか?」
リゾットが私の肩を抱いて守ってくれようとしているものの、少し呆れている様子だ。
「突然こんなの降ってきたら、誰だって悲鳴をあげるわよ!むしろ、なんでリゾットは無反応なのよ!怖くないの!?」
「悪魔や幽霊の類を怖いとは思わない。それにある程度の緊張を持っていれば驚くことはない」
「よくわからないけど、ずっと眼を瞑ってるから私をゴールまで誘導してくれる!?」
「そんなに怖いのなら無理をしなくていい。引き返そう」
「いやよ!入場料勿体ないし、景品欲しいし!」
我ながらがめつくて意地が汚いけれど、景品に着物に合う小物を貰えると聞いてはゴールしないわけにはいかない。
「それなら、オレが誘導する。ナマエは足元だけ見ていればいい」
「砂利がなんか血で汚れてるし、なんか手がでて……きゃあああああ!」
足元に注視しながら歩いていたら、砂利から飛び出ている血だらけの手にブーツを掴まれてしまった。
「これは……カラクリというものか?いや、機械っぽいな」
「冷静に分析してないで助けて!!!」
意外とブーツを掴む力が強くて抜け出せないでいて、リゾットの助けを借りてなんとか血だらけの手から逃れられた。
「もうずっと眼を瞑ってるから、誘導お願いね!」
「ああ、任せておけ」
流石のリゾットも私のビビりようから察してくれて、さっきよりずっと体を抱き寄せてくれた。
リゾットの大きくて筋肉質な体に守られているような安心を感じて、眼を瞑ったままリゾットの服を掴んで誘導されながら歩き出した。
「次は右へ折れるぞ」
「うん……」
リゾットが口頭で教えてくれるのに従って、本当に眼を瞑ったまま砂利道を歩き続けた。ただ眼を瞑った分、音の方が気になってしまうから片耳を塞ぎながらリゾットの胸元に顔を埋めていた。
暫くすると、リゾットが突然立ち止まった。
「なに?もう出口?」
「恐らく、もうすぐ出口だ。しかし、道が狭くて横に並んで通れない箇所がある。手を繋ぐからついてこれるか?」
「いやよ!このまま肩を抱いてて!」
少しでもリゾットと離れると怖くて仕方がなくて拒否をした。手を繋ぐだけと、身を寄せるのとでは安心感に大きな差がある。
「そうすると接することになるがいいか?」
「接するってなに!?」
「通路の真ん中を幽霊らしきものが塞いでいる。いや、悪魔かもしれん」
「幽霊だろうが悪魔だろうが怖いわよ!もういやーッ!」
「引き返すか?」
「ここまで来たらそのまま行くわよ!私を連れて行って!」
「わかった」
リゾットは私の手を握ると、「行くぞ」と、まるで覚悟しろとでも言うように容赦なく私を引っ張っていく。流石に足元を見ないとわからないから薄眼でリゾットについていき──ついに幽霊の近くまで来た。私の視界には白い着物の裾が見え、ギュッと眼を閉じてリゾットの手を潰す勢いで握った。
幽霊の横をもう通り過ぎたかな、と思った瞬間、片腕を何かに掴まれた。
「"
「きゃあああ!!!きゃああああああ!!きゃああああああああああ!!!!」
叫びながら、私の腕を掴んで喋る幽霊を見てしまい、怖すぎる顔の造形にまた叫んで顔を背けると、幽霊が片腕に赤ちゃんのようなものを抱いているのが見え、その赤ちゃんの顔が吐きそうな程恐ろしくてまた叫んでしまった。赤ちゃんの眼球のあるはずのところにはぽっかりと穴が空いていて、その中に、モゾモゾと無数の虫が蠢いていた。多分、本物の虫だ。
あまりの衝撃的な光景に無我夢中で腕を振りまわして、幽霊の手からなんとか逃れて、そのまま急いで出口に向かった。一刻も早く出たく、リゾットもそれを察して急いでくれた。
木戸の出口を出ると、地獄から現実世界に戻ったような心地がした。ただ体調が頗る悪く、冷や汗をかいているし、今にも倒れそうなくらい参っていて、体を締め付ける着物の帯が苦しく感じる。それでも、ゴールした景品に、和柄の可愛い小物が沢山置いてあるのを見ると、少しは元気がでた。
私は迷わず白兎と鞠柄の巾着を選んで、さっさと帰ることにした。
「他に見なくていいのか?」
「もう帰りたいわ……」
「そうか……そんなに怖かったのか」
「だって、最後のとか恐怖で人を殺せるレベルだったわよ……あの赤ちゃん……本当に怖かったわ」
脳裏に蘇るのは、赤ちゃんの、あのぽっかりと空いた穴に蠢いていた──もう思い出すのはよそう。
「赤ん坊がいたのか?」
「え……?見てなかったの?」
「よく見ていなかったな」
「えっ?えっ?やめなさいよ、そのいうの!」
「ナマエが叫んでいるところしか見ていなかった……」
「私の叫んでるところ見てどうしたいの!?意味わかんない!リゾットにカッコ悪いところばかり見られて、正直恥ずかしいんだから!」
これでも仕事はキッチリこなして、リゾットから信頼されている立場にあるし、仲間内ではクールな女で通っていた。それなのに、あんな子供みたいに叫んでばかりのところを見られて恥ずかしいからリゾットには忘れて欲しい。
「ナマエがあんな風に怖がり、オレを頼ることなんて今まで一度もなかったからな。オレの知らないナマエの一面をまた見れてよかった。それに頼られて悪い気はしなかったな」
リゾットは少しだけ眦を柔らかく下げて、口角を上げた。いつも表情の変化に乏しいリゾットが優しげな顔をして、本気でさっきの私を良いと思っているような発言をしてくるから余計に恥ずかしくなった。
「仲間に今日のことバラしたら怒るからね!」
照れていることを隠したくて、つい強気に可愛げないことを言ってしまった。リゾットが仲間に私のことを話すわけないのに。
「あんな可愛いらしいナマエを知るのはオレだけでいい」
「っ……!そういうことを真顔で言わないで!」
「なら、どんな顔で言えばいい?」
リゾットは私の頬に手を添え、少し硬い指の腹でスルスルと肌を撫でてくる。ジッと眼を合わせながら、私からの甘い言葉を期待するリゾットに、もう我慢がならなかった。
「わ、私は外では強くてカッコいい女だから、そういうの禁止!」
「なら、家でもう一度言う」
「勝手にすれば!さっさと帰るわよ!」
お化け屋敷ではリゾットに引かれていた手で、今度はリゾットを引っ張って歩き出した。
*
夜。ベッドの上で横向きに眠るリゾットに抱きついて、厚い胸板へ顔を押しつけて寝ようとしたけれど、どうしても眠れなかった。お化け屋敷で見た幽霊のことが頭から離れない。
私がそこまで怖がっていることをリゾットには言えないし、今もこのベッドルームのどこかに──たとえば、ベッドの下にあの赤ちゃんの亡骸があるのでは、と怖いことを考えてしまう。
「眠れないのか……?」
リゾットが眼を覚してしまったみたいで声をかけてくれた。
真っ暗だけど、顔を上げれば暗さに慣れた瞳には、リゾットの顔はよく見えた。
「ちょっとね……」
「何か飲むか?」
「ううん……抱きしめてくれたらそれでいいわ」
リゾットは私のお願い通りに身体に腕を回して抱きしめてくれた。大きくて温かい身体に包まれながら怖いことを忘れようと、リゾットの身体を感じることに意識を向けた。
けど、その意識はすぐにリゾットの手の方へ行ってしまった。
「リゾット……」
私のお尻を触るリゾットを咎めるように名前を呼べば、頭の下から腕を回されて後頭部を押さえられ、返事の代わりに唇を塞がれた。
やわやわとお尻を揉まれながら、唇を喰むように口付けられる。気持ちいいことは気持ちいいけれど、帰ってから袴を脱がされ、ダイニングテーブルの上に押し倒されて、着物を着崩したまま一度しちゃっているし、今は幽霊のことが頭を過ってそれ程気が乗らない。
だから自分から舌を絡めることなく、受け身になっていると、リゾットは顔を離して私を見つめてくる。
「不安そうな顔をしているな」
「……幽霊のこと気になっちゃって」
「あれは人間が演じていたものだ。人形よりも不気味に見えるのは仕方ない」
「人間?そう、よね……でも、よくあんな赤ちゃん抱いていられるわね……」
よく思い出せば、女性の幽霊に腕を掴まれた時、確かに人間に掴まれたような感覚があった。たとえ人形ではなく人間だとしても、あんな気味の悪い赤ちゃんを抱くなんて凄いと思う。私なら幾らお金を積まれてもできない。
「今後ホラーの類を避ければなんの問題もない。普通に生活していれば、あのような異形のものを見ることはないだろう」
「確かにそうだけど……考えちゃうのよ。ベッドの下に何かいたらどうしようって。子供の時とかそういう経験ない?まあ、リゾットはないわよね」
「いや、ある」
「あるの?」
「だが怖いと思った時こそ確認した。視線を感じれば振り返り、何かいると思えば満足するまで調べた。すると、結局何もいなかった。確認すること──それがオレの恐怖への対処法だった」
「確認すること……」
確かにリゾットの言う通り、暗闇のどこかにいるかもしれない、と思っているから恐怖を感じているような気がする。
「そうだ。ナマエがもし、この家やすぐ外に何かいると思うなら、実際に調べて見ればいい。何もいないことを確認すれば眠れるはずだ」
「なら、やってみるわ」
リゾットが起きていて、隣にいる今ならできそうな気がした。
早速恐る恐るベッドの縁に手をついて身を乗り出し、ベッドの下を覗いた。部屋が真っ暗だからか特に何も見えない。ただ覗いて何も見えなかっただけでも大分楽になった。その後クローゼットの中とか窓の外も見て、何もいないことを確認すれば、さっきまでの恐怖が嘘のように和らいでしまった。
「なにもなかったわね……」
「どうだ?少しは安心できたか?」
「そうね。あなたのお陰で漸く眠れそうだわ」
ベッドの上に戻り、横になると欠伸が出てきた。これならすぐに寝てしまいそうだ。
「おやすみなさい……」
「もう寝るのか?」
「寝るわよ……」
いつものようにリゾットに背を向けた。あんまり寝顔を見られるのが好きじゃないからいつも背を向けている。
眼を閉じて暫くすると、リゾットが後ろから腕を回してきた。こうやってたまに後ろから抱きしめられるのは嫌いじゃないからお腹に回されたリゾットの手に自分の手を重ねた。
「明日またあの見世物小屋に行ってみるか?」
「私にトラウマを植え付けたいの?」
「そんなことは望んでいないが、怖がってオレに頼るナマエは悪くなかった」
「……本当に仲間には言わないでよね」
「あんな可愛いらしいナマエを知るのはオレだけでいい」
後頭部に口付けられ、昼間に言われた甘い言葉をまた言われた。──今度は耳元で、熱い吐息をかけられて。
昼間は恥ずかしかったけど、今ならそれに返する言葉は簡単に出てくる。
「私もリゾットの前でしかあんな姿見せないわよ」
「そうだな。怖がったり、困ったりする様子を見せる姿も、乱れた姿も全部オレのものだ」
「今夜は乱れないけどね」
「……」
リゾットがしたいことを察してはいるけれど、昼間に叫びすぎて疲れたのと、帰ってから十分シたのとで、そんな気分にはなれない。胸や脚の間を這うリゾットの手の刺激をマッサージだと思うと良い睡眠導入剤になった。