traditore


 
アジトで次の任務の打ち合わせをペッシとナマエの三人でしていると、情報分析チームからもらった資料におかしいところがある、とナマエが資料を片手に指摘した。妹分のナマエはアホな女だが、ペッシと同様に目敏いところがあり、意外と物事を考えているところがある。だからいくらナマエがアホでも、ナマエが気が付いたことはちゃんと話を聞くようにしている。

「ほら、早くしろ」

オレの横に座るナマエに向かって、資料を急かすように手のひらを上にして差し出した。
しかし、ナマエは何を勘違いしたのかオレの手のひらの上に自分の手を重ねてきやがった。まるで犬が飼い主に『お手』をするような構図だ。

「んん……?」

ナマエは顔を傾け、オレの手元を注視しながら指を曲げ伸ばしして手を握ってきたり、オレの顔を見て不思議そうに眉を上げた。

──いや、そうじゃあねえ。

そう一言言えば、ナマエはわかるだろうか。いや、無理だろうな。「資料を寄越せって意味だ」まで言わないとナマエはわからないだろう。
だが、ここでは指摘する気にはならなかった。ナマエが気づくまでこのままでいようと思った。
それはナマエに自発的に気づいて欲しい、という兄貴分として、教育者としての気持ちからでもあるが、他にも理由はあった。キョトンとした面で、オレの反応を待ちながらオレの手を握り続けるナマエの様子を見ていたくなっていた。それにしなやかな細い指を持つナマエの手のひらが思いの外ふっくらとしていて心地いい感触がする。
ふと、ナマエの手は、オレの手のひらに簡単に収まってしまう程に小さいことに気がついた。手首も握っただけで折れそうなくらい細い。まあ、女の手首は皆細いもんだが、たった今初めてナマエの女らしさをまともに感じた気がする。

「あ、あの、ナマエ、資料のことだよ、多分!」

オレの目の前に座るペッシがオレの顔色を窺いながらナマエに助け船を出した。ペッシは、資質はあるとはいえ頼りねえ弟分だが、ガキのお守りをするようにナマエのフォローに回ることくらいはできるようだ。

「あっ、ああ!資料のことでしたか!これです!」

ナマエは片手に持っていた資料を差し出した。オレはそれを受け取り、ナマエの瞳を見つめた。今度は「おかしいところ」を聞きたかったのだが、ナマエはまたオレの眼を見つめ返すだけで何も言う様子はない。
さっきまでオレの手を握っておきながら何ともない顔をしているのは些か気になったが、こうやってオレが見つめてもガンとして眼を逸らさず、純粋そうな瞳で真っ直ぐに見つめ返し続けるナマエのことがよくわからなくなってきた。意外と考えていると思っていたが、実際は何も考えてねえ気がしてきた。それにオレを男として意識しないにも程がある。オレとしては、その方がやりやすくて今まで助かっていたが、段々それが苛立ちに変わってきた。少しは意識しろ、って思うのは傲慢だろうか。

「何か言うことはあるか?」

「えっと、綺麗な瞳してますね!思わず魅入っちゃいました!睫毛は黒いんですね!あ、ちょっと金毛も混ざってます?」

「……こっちは資料のどこがおかしいか聞いてんだよ」

流石にアホ過ぎて指摘した。
眼を褒められても、嬉しくねえ。初対面の女には必ず褒められる部位だ。だが表裏のない、純朴そうなやつに真っ直ぐに褒められると悪い気はしねえ。

「あ、おかしいところはターゲットの基本情報のところです!」

「もっと寄れ」

距離を取って身を乗り出すナマエの腰に手を回してグッとオレの体に引き寄せて密着させた。
流石にこれで意識しなかったらこいつは間違いなく正真正銘のアホかレズビアンだ。

「どこだ?」

ナマエの横顔に顔を寄せて聞いた。ナマエからは特に緊張が見られず、瞳は資料の上部分に注がられている。
これでナマエがマジモンのアホかレズビアンであることが証明された。証明されたところで、ナマエに意識されないことへの苛立ちはなくならねえが。

「ここです!生年月日と年齢が一致してません!」

ナマエは自信満々にターゲットの出生データを指差した。期待していた内容と違う。が、ここで否定してはナマエの良いところまで駄目になっちまう。ナマエから目敏いところを取ったらただのアホになっちまうからな。

「よく気付いたな。恐らく資料のミスだろう。大抵の場合、年齢は年代が分かる程度で問題ねえが、こういう単純なミスだと推測できるものがあるだけでも他の情報の信憑性がなくなる。任務後に情報分析チームに苦情を入れておく」

「はい!」

ナマエの表情が華やいだ。
ナマエは普段からコロコロと表情が変わるヤツだ。怒ればあからさまに落ち込み、褒めれば顔いっぱいに喜びの表情を刻むところはまるで犬だ。ナマエのケツから千切れんばかりに振られる尻尾が見える気すらする。

「ナマエ」

ナマエを見つめ、手を差し出した。さっきの『お手』を期待したわけだが、「これのことですよね」とでも言うように自信満々にローテーブルに置かれた空のマグを手のひらの上に乗せてきやがった。
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