bianca e nero


 
純で、無垢で真っ直ぐなナマエを見ると守ってやりたくなる一方で、汚したくなるのは何故だろうか。別に背徳感に燃えるとかそういうもんじゃあねえことは確かだが、明確な理由がわからねえ。オレが加虐的ってことだからだろうか。オレにそんな趣味はねえが。
以前新聞配達屋のエリオとしてのナマエに目を掛けたのは、恐らくそいつにはオレのようになって欲しくないと思ったからだ。つまりは環境に汚れた挙句に自分の欲しいモンが手に入らねえクソみてえな人生をそいつには歩んで欲しくなかったってことだ。
それが今やそいつが女だと知るとこの有様だ。今ベッドの上で裸のナマエに腕枕をし、規則的な寝息を立てる様子を観察している。再会して1週間経つ前に抱いた。そして、惚れた理由を否定するかのようにナマエを悪所に堕としたくなっている。どうしてこんな欲求を抱えているのか自分でもわからねえ。
人差し指の背でナマエの頬を撫でた。ナマエは頬の形状でさえ完璧に整っていて、肌は滑らかで手触りがいい。
ナマエはなにより容姿の美しい女だ。再会した時のことは未だに覚えている。あのリストランテに連れの女といた時、隣のテーブルに給仕に来たナマエの美しさに、オレは息をするのも、連れの女の存在すら忘れていた。その連れの女も美人だが、ナマエの場合は百合の花のようにたおやかで、触れるだけで壊れちまいそうな程繊細な印象を受ける、楚々とした美人だ。
それからナマエがあの新聞配達屋のエリオと気付くまでに時間は掛からなかった。ナマエが以前と変わらずに真っ直ぐに生き続けていると知ってからはあっという間にナマエを欲しくなった。オレの誘いを断ろうとするナマエの焦ったさも相まって、どんな手を使ってでもナマエを手に入れてえと思った。
結局ナマエもオレに気があったこともあり、簡単に手に入ったのはよかったが、家に誘えば疑わずに来るわ、遊びの女とはもう別れたといえばあっさり信じるわで、オレを信用し過ぎることには不安を覚える。他のヤツにも騙されてんじゃあねーかって。

「オレ以外は信用すんじゃあねーぞ」

ナマエに語りかけるように呟き、瞼を閉じてもくるんと上向きに上がったナマエの睫毛を指の背で軽く触れた。

「ん……」

ナマエが身じろぐ。それからゆっくりと瞳を開け、ハッとしたように飛び起きた。

「悪い。起こしちまったか?」

「今何時ですか?」

「もう23時だ」

「か、帰ります!皆が心配するので帰ります!」

「おい、家族にはデートって言ってあんだろ?それならわかっているはずだ。帰る必要はねえ」

「でも、私がいないと……!」

「駄目だ。明日の朝までオレといろ」

「強引なプロシュートさんは好きです。でも、私は家族が一番大切なんです!」

ナマエは慌てた様子でオレが脱がした下着や服を拾い、寝室から出て行った。「家族が一番大切」というハッキリとオレに対して優先順位を付けた言葉に、ナマエが簡単に手に入った実感は一瞬で消え失せ、エリオがオレの前から消えたように、ナマエがまた消えちまいそうな気がしてきた。
ナマエが家族を大事にする気持ちは理解するし、自分を犠牲に家族を優先するようなところも好きだ。
だがオレは、常にナマエがオレの眼の届く範囲にいねえと心配で仕方がねえ。ナマエが以前より簡単に人を信用しちまうところが危なっかしくて気になるのは勿論、オレの前から消えちまうかもしれねえという不安がある。
オレはナマエとは違って欲しいモンは何があっても手に入れようとする。環境に我慢を強いられようと絶対に諦めはしねえ。
だから、今度こそナマエを確実に手に入れる為ならどんなことだってする。



*



翌週。ナマエは勤務時間の筈だが、オレのところに訪ねてきた。涙に眼を腫らし、頬や鼻先を赤く染めている。
ナマエがどうして泣いているのか、オレには予想がついているから冷静に部屋のソファに座らせ、背中を摩ってやった。

「何があった?」

「仕事を、クビになって……!帰ったらっ、か、家族が皆ソーシャルワーカーに、連れて行かれてて……!わ、私、今頭がとっ散らかってて……!」

「落ち着け。まずは仕事の方は何故クビになった?」

「そ、それは、従業員の、お財布の、盗難騒ぎがあって……私が、疑われて……!私がゴミだからっ、皆信じてくれなくて……!やっぱり、私みたいのが、あんなところで働いていたのが、間違いだったんです……!」

ナマエは瞳から涙を幾筋も流す。泣く姿さえ美しいというのに自分を卑下する様子は可哀想で仕方がねえ。──まあ、その泣いている原因については全てオレが仕組んだことだが。
ナマエを抱き寄せ、落ち着かせるように頭を撫でた。

「ナマエはゴミじゃあねえし、どこで働いても上手くやれるさ。それにナマエが他人の物を盗むわけがねえのはオレだけはわかっているから安心しろ」

「プロシュートさんは、信じて、下さるんですか……?」

「当たり前だ。オレは何があってもナマエのことを信じる」

「プロシュートさん……」

「どんなに貧しくとも、真っ直ぐに生きてきたオメーを信じねえ腐った店の連中とは縁を切れたことを喜べ」

「でも、お給料ないと、生きていけなくて……今からお仕事探さなくちゃ……」

「安心しろ。オレがナマエを養うから働かなくてもいい。贅沢な暮らしはさせてやれねえが、衣食住には困らないだろう」

「それはとても嬉しいですけど、家族を取り戻さないと……!皆、歳下でまだ8歳の子もいて……!」

「ソーシャルワーカーに連れて行かれたんだろ?なら、児童福祉施設に保護された後に新しい家庭に送られるはずだ」

「福祉施設なんて信用できないです……!色んな家庭をたらい回しにされた挙句に暴力を振るわれて逃げてきた子もいるんです!それに病気がちな子もいて……」

「それなら、納得のいく家庭を見つけさせるしかねえ。オレが尽力する。その方面で知り合いがいるから任せろ」

「でも……」

「大丈夫だ。オレを信じろ」

少し身を引き、顔を俯かせるナマエの輪郭に手を当ててオレと眼が合うように誘導した。
ナマエの瞳は揺れている。仕事をクビになったばかりで、ナマエの一番大切な家族がどうなっちまうのか不安で仕方ねえんだろう。

「プロシュートさんのことなら、信用できます……でも、働くことはやめないです……その代わり、ここにいてもいいですか……?信用できる人がもうプロシュートさんしかいなくて……!他の大人は一生信じられません……!」

ナマエの人間不信はオレに出会って緩和されたらしいが、また人間不信に陥っているようだ。
そんなナマエの言動に、ナマエの思考の一部が腐敗し、オレに汚れていくような手応えを感じ、漸くナマエを手に入れた実感を持てた。
じわじわと胸の内に広がっていく愉悦に、この腕の中に確かにある実感に、たった今、ナマエを汚したいという欲望の理由がわかった気がする。

「ナマエ、ずっとここにいろ。オレにとってナマエは家族だからな」

「プロシュートさん……」

何も知らないナマエはオレの胸に頬を擦り寄せ、腕にしがみつく。
この無垢さだけは汚さずにずっと取っておきてえが、いずれナマエが真実に気付いたら、どうなっちまうんだろうか。オレを捨てるのか、それとも無垢さを失い、オレを受け入れるのか。
どうせなら、ナマエが真実に気付く前にオレに汚れきっちまえばいい。自らを犠牲にするような真っ直ぐな生き方はやめて、オレと同じように悪所に身を堕とし、忍耐を強いられ、それでも欲しい物の為なら手段を選ばねえ、そんな屈折した中でも真っ直ぐな生き方をすればいい。
自らを犠牲にし、折れずに生きてきたナマエにならできるだろう。難しくとも、今やナマエの唯一の支えとなったオレがいればどうにでもなるだろう。それにオレがナマエの正真正銘の家族になり、更に新しく家族を作れば話はもっと簡単になる。
結論が出たところで、目先の目的の為の手段を取ろうと、ナマエを抱き上げ、寝室へと運んだ。

「プロシュートさん……?」

「ナマエ、子供は好きか?」

「えっ……?あっ……」

オレの問いの意味にナマエは遅れて気付いたようだが、特に抵抗を見せないどころか、頬を赤くさせた。
真っ新なナマエの丘を荒らし、何度も快楽の極みへ押し上げ、何度も深く愛を注ぎ込んだ。ナマエの甘い嬌声が絶叫に変わり、「もう、やめてください」と泣いて嫌がっても、それは益々オレの興奮を煽るだけだった。それにナマエは口では嫌がるが身体は正直で、オレを突き放すどころか逆に引き込もうとしてきた。
オレは加虐的な人間じゃあねえ。エリオを助けたのは、オレみてえな人生を歩んで欲しくねえから。ナマエを汚したくなるのは、オレのモンである実感を持ちてえから。──つまりは、単にオレは欲求に忠実な男ってだけだ。

←back
ALICE+