03


 
翌日。ナマエは時間通りに迎えに来てくれたリゾットの運転する車に乗り、商業街にある小さな劇場で映画を観た。
映画は60年代の名作映画ではあったが、ナマエの知らないものだった。だからというわけではないが、ナマエは映画よりも隣にいるリゾットに気を取られ、よく観ていなかった。その為リストランテで食事をすることになった時は映画の話にならないように気を付けていた。「ちゃんと観ていなかった」などと、好意を寄せる男性に言えるわけがない。話題は殆ど近所の家の庭や芝生についての論評や、どこのお店のご飯が美味しいかについてにした。亡くなった親の財産と印税でのんびりと暮らすナマエはその手の情報には詳しく、話題は尽きなかった。
それは帰りの車の中でも同様で、家に着くまで映画以外の話で保った。
リゾット家の前で車から下ろしてもらった時、ナマエは勇気を出して家にリゾットを誘った。といっても、「リモンチェッロとか飲んでいく?」と、軽めのジャブを打っただけだが、リゾットが頷いたのだからこの際誘い文句の軽さは関係ない。

「食後はやっぱり、リモンチェッロかグラッパがいいよね?リゾットはどっちが好き?両方あるの」

「ナマエと同じものを」

「わかった。じゃあ、先に作って待ってるね。鍵は開けとくから」

「ああ」

リゾットが車をガレージにしまっている間、ナマエは急いで化粧を直し、香水を首筋に擦り込んだ。今夜リゾットとどうなるかはわからないが、昨日デートに誘われてから体と心の準備はしていた。
ロックグラスに氷を入れ、リモンチェッロを注いだ頃に、ちょうどリゾットが家に来てくれた。
リビングのソファに案内し、お互いの膝が付かない程の距離感で談笑した。グラスを片手にまたご近所さんの話題を振り、幾らか言葉を交わした後に、「そういえば、映画は気に入らなかったか?」と、リゾットに聞かれてしまった。リモンチェッロのアルコールがまわりかけていたところであったが、ナマエは動揺して焦った。

「べ、別に気に入らなかったなんてことはないよ!良い映画だったと思う!脚本がよかったのかな……なんというか、ミステリーでサスペンスで……」

「……本当はどんな映画が好きなんだ?」

適当に並べ立てた言葉が間違っていたのか、それともナマエの慌てようから察したのか、リゾットに本心を問うようなことを聞かれ、ナマエは自分の嘘がバレていることを知った。ここで「映画を観てました」という体裁でいることはナマエにはできず、素直に映画を観ていなかったことを認めることにした。

「……ごめんなさい。ちゃんと観てなかったんだけど、面白くなかったんじゃあなくて、考え事してて……」

「考え事とは?」

リゾットが興味深そうにソファの背もたれに腕を乗せ、ナマエの顔を覗き込むようにした。
コツンとリゾットの膝が自分の膝頭に当たり、ナマエが驚いて頭をのけぞらせれば、今度は後頭部がリゾットの腕に当たり、いつの間にかリゾットに距離を詰められていたことを知った。
アルコールで少し頭がぼうっとしているとはいえ、流石のナマエもこれで漸くリゾットからの確かな好意に気付けた。

「あ、えっと……その……リゾットの──」

酒の力を借りてなんとかリゾットへ好意を示そうとしたその時、携帯の着信音が部屋に鳴り響いた。
ナマエはポケットに入れたまま出ないつもりでいたが、リゾットから「構わず出てくれ」と言われたので遠慮なく電話を受けた。

「あっ、ナマエ?」

電話相手の声にナマエは顔をしかめ、一旦送話口を手で塞ぎ、リゾットに向けて柔らかな表情を作った。

「リゾット、ごめんなさい。電話長くなりそうだから……」

「わかった。元々長居するつもりはなかったからこれで帰る……今日は付き合ってくれて助かった」

「ううん。誘ってくれて、嬉しかったよ。じゃあ、また……玄関まで送るよ」

「ああ」

言葉通り、ナマエはリゾットを玄関まで送ると、一息ついた。それから、電話の相手──元恋人のジッロを怒鳴りつける為に再び電話に出た。

「なんてタイミングで電話してくんの!?」

「男か?少し声が聞こえたが、男といるのか?」

「あなたには関係ないよ!もう二度と電話しないでって言ったのに!」

「用があって電話したんだよ!そっちにまだ荷物残ってるから取りいかせてくれ!」

「やだ!来ないで!郵送するから住所教えて!」

「ついでに顔がみてえから断る!んじゃ、明日か明後日くらいにはそっち行くからよろしくな!」

「せめて日付と時間は事前に教え──ジッロの馬鹿!」

ナマエが最後まで言い終わらないうちに電話が切れてしまった。
想いを寄せる男性と良い雰囲気のところで邪魔をされた怒りでナマエは「もう!」と電話を投げかけて、思い留まり、ソファに寝転がった。
頭の中で、リゾットからアプローチされた時のことを反芻して顔を緩めたり、ジッロとの別れ際のことを思い出してしかめたりと、表情筋を忙しくしていた。結局リゾットへの想いの方が強かったようで、リモンチェッロのアルコールも効いてか、締まりのない顔をしてそのまま眠り込んだ。
←back
ALICE+