batta il ferro finché è caldo


 
オレは遊び下手だ。そういう店において仲間の前で女を口説くのは勿論、ペニスを出すのも御免だ。過去にホルマジオに連れられて行ったハプニングバーでは仲間の性生活を覗いた気分になって吐き気がした上に酒池肉林状態の光景はトラウマになったし、イルーゾォと行ったストリップクラブでは個室といえど隣にオレがいんのにあいつがソファに座ったままラップダンスをしようとする女を無理やり逆さにして掴んで──口に出すのも憚られるようなスゲェことをし始めたのはマジに引いた。
プロシュートにそのことを話せば、「ストリップクラブにひとりで行けばいいだろ」と言われたが、そういう店に行くなら仲間と一緒じゃあねえとカッコつかねえし、ストリップ嬢は変な病気を持ってそうだから本当は触れるのさえ躊躇う。
オレの理想は、プールバーでかっこよくビリヤードをしながら酒を持ってくる女と話し、その女を気に入れば意味ありげに仲間に眼配せ、女の腰を抱いて店を出る──そんな感じだ。

「だから、可愛い女がいるプールバーに行きてぇな。なんか良い店ねえかァ?」

「スラブ野郎の所為でオレとオメーはプールバーに出入り禁止だったろ」

「そういや、そうだったなァ〜」

プロシュートとオレは前に隣のビリヤード台にいたスラブ野郎を殴った上に店のキューを叩き壊し、グラスや酒瓶を割った所為で店から追い出され、更には全てのプールバーから永久に出入り禁止になった。ここ半年プールバーには行っていなかったから忘れていたが、あの時オレたちのことを侮辱したスラブ野郎の面は今でもはっきりと思い出せる。あのゴツゴツした面を思い出すだけで苛立ってくるぜ。

「プールバーよりもイイ店知ってるぜ?照明が明るい分騙されることもなくて安心だ。昨日ホルマジオに連れられて行ったが、ギアッチョ向けだと思ったな」

「どんな店だ?」

「行けばわかる。きっと気にいるぜ?」

プロシュートは意味ありげに口の端を少し持ち上げて笑った。
オレが気にいるとはどういう意味か気になるが、聞くのも野暮だから黙ってプロシュートについて行くことにした。



*



夜の8時頃。プロシュートに連れられて来たのはただのアメリカ系のリストランテだった。まさか奥にVIP席があってヤクでもやんのかと思ったが、入ってすぐに出てきたポニーテールの女店員の恰好でプロシュートの言っていた意味に気がついた。
女店員が着ているのは白いノースリーブシャツに淡いピンク色のハイウエストスカートで、胸がスゲェ強調されている上にスカートの丈が短過ぎる。卑猥だ。サスペンダーを押しのけるようにしてパンパンに膨らんでいる胸も卑猥だし、その胸の上に付けられた名札もなんか卑猥に思えてきた。名札が胸の上に乗っている感じがなんかこう、卑猥だ。名札に書いてあんのが本名なら、この卑猥な女はナマエというらしい。

「こ、こんにちは……!お、お席ご案内し、しますね……!」

「お、おう……」

丸くさせた瞳を揺らしながら、顔を赤くさせてどもりまくる、初々しい女だ。女は化粧が薄いのかすっぴんなのかはわからねえが、素朴な雰囲気で、淡い紅色の唇は純真さを感じる。スゲェ可愛い。
ナマエの眼だけを見るようにしたが、どうしたって視線が重たそうに膨らんでいる胸元や剥き出しになった長い手脚にも行っちまう。
案内されたソファ席についても、メニュー表の説明をしてくるナマエの胸元に眼が行った。それに気づかれちまったのか、ナマエは胸元を隠したり、スカートの裾を伸ばしたりしている。
結局食いたいモンさえわからなくなって、全部オススメにしてもらった。
ナマエがメニューを持って背を向けると、後ろ姿もなんか卑猥に見えた。スカートの裾から覗く腿がスゲェヤらしくて、あの脚の間にオレのアレを挟みたくなる程の卑猥さで、後手でスカートの裾を押さえながら歩くのも卑猥だ。
他の女店員もナマエと同じようなデザインの制服を着ていて、ハイウエストのスカートの色だけは赤や青、黄色と全員違う色だ。一番美人なのはナマエだからピンク色を許されているんだろう。

「まあ、大したことはねえがこういう方が好きだろ?色々放り出した女よりも隠してる方がイイってヤツだな」

「隠しきれてねえじゃあねーかッ!隠すならロングスカートだろーがッ!」

「服を着てれば隠れてるうちに入るだろ。で、どの女がイイんだ?とりあえずはここの店員全員に水を注ぎに来させるからちゃんと品定めしとけよ」

プロシュートは弟分のペッシに慕われているだけあって、仕事上だけでなくこういう時にも頼りになる男だ。
だが、最初にイイと思った女は多分プロシュートに照れて動揺してるような気もして口説く気にはなれねえ。

「さっきの女以外でいい」

「さっきの女ってナマエのことか?オメーに気がありそうだったがいいのか?」

「はあ〜?そうは見えなかったぜ?」

「あいつ、ギアッチョの方ばかり見てたぜ?それにあのホルマジオが昨日口説いても全く靡かなかった女だ。オレの存在にも気づいてねえみたいだしな。あんなしつこい客の連れだったら覚えられていると思ったが」

「ホルマジオがか……とりあえず、もう一度ナマエと話してから考えるぜ」

「仲間が眼を付けた女はごめんだぜッ!」と言いたいところだったが、やっぱ気になるのはナマエだ。プロシュートにもホルマジオにも興味がなく、オレに気があるなら尚更だ。
食事の前に炭酸水を持ってきた女は残念ながらナマエじゃあなかったし、スタイルはイイが顔つきがキツそうだ。
食事が来るまでは、店内の他の客や給仕する女店員を見ていた。客層は予想通り男性客が多く、年齢はまちまちで、ガラの悪そうな男もいる。

「お待たせしましたー。前菜とスープ、チキンポットパイにサーロインステーキでーす」

前菜とメインを同時に運んできた上に給仕の女はナマエじゃあなかった。
店内を全て見渡せるわけじゃあねえが、どこにもナマエが見当たらず、ナマエがどこにいんのかが気になって食事に集中できねー。

「味は期待すんなよ」

「つーか味がしねー」

「緊張してんのか?」

「べ、別に緊張なんかしてねーよ!ただ、アレだ。ナマエが見当たらねえからよォ……」

「オレがなんとかしてやる」

プロシュートはそう言うと、他の女店員を呼び寄せて耳打ちした。プロシュートに顔を近づけられた女は顔を赤くさせながらコソコソと会話のやり取りをし、厨房へ引っ込んだ。

「何を言ったんだ?」

「ナマエに水を持って来させるように言った。何度も呼び寄せるつもりだから炭酸水じゃなくてよかったよな?」

「ンなことしたら嫌われちまうかもしんねえじゃねーか!」

「なら、来た時にデートに誘え。一回で済ませれば問題ねえ」

「わ、わかっだぜ!」

緊張に震える手を伸ばして髪を整えた。ナマエが来たら、ちゃんと胸じゃあなくて眼を見てかっこよく誘ってやる。
ナマエは大きな水差しを両手で支えて歩いてきた。歩き姿も綺麗だ。

「お、お水お持ちしました」

「あ、ああ」

ナマエが注ぎやすいようにグラスを通路側に置いたが、何故かプロシュートに舌打ちされた。
それが気になった所為で何も言えないまま、ナマエは離れて行っちまった。直後、プロシュートにテーブルの下で脚を蹴られた。

「いってぇぇな、オイッ!なんで蹴ったり舌打ちしたりすんだよォォォ!?お陰で誘えなかったじゃあねーか!」

「蹴ったのはてめーが誘わなかったからだ。グラスは奥に置いておけばいいんだよ。女が前かがみになって手を伸ばすだろ?」

「それがなんだよ!?」

「ホルマジオはそれで喜んでいたからオメーもそうだと思ったぜ……一緒にして悪かった」

「あいつと一緒にすんじゃあねェェぜッ!とにかく、もう一度だ。もう一度、ナマエを呼んでくれ。それでおめーが舌打ちしなけりゃあ、次こそはナマエをデートに誘う。二回までは呼んでも変に思わねえだろう」

「わかったから、早く飲むかそこの鉢植えに捨てとけ」

プロシュートは席の近くにある観葉植物を指差した。ナマエが一生懸命オレの為に注いでくれた水を捨てられるワケがなく、グラスの水を大切に飲み干した。プロシュートはそれを確認すると、他の女店員伝いにまたナマエをこっちに呼び寄せた。

「お水注ぎますね……」

再び通路側に置いたグラスにナマエが水を注いでいく。ナマエが動揺して零さねえように、傾く水差しが垂直になったところでデートに誘おうと心に決め、ジッと水差しを見つめた。グラスに水が並々と注がれ、傾いていた水差しが垂直に戻り──。

「よォ!おめーらも来てたのか!」

「ッ!なんでだよォ!」

最悪なことにホルマジオとイルーゾォが現れてズカズカとこっちに寄って来た。

「あ、えっと、お連れさまですか?」

「おお!ナマエか。オレのこと覚えているか?」

「ええっと、ホルマジオさん、ですよね?」

「やっぱり、オレに気があんだな!なあ、仕事の後は暇か?」

ホルマジオは馴れ馴れしくナマエの腰に手を回し、顔を近づけて聞く。女なれしているホルマジオは女との距離感を大切にしているらしいが、ナマエに対してこのくっつきようだ。ナマエを無理やりにでも落とそうとしている気概が見て取れる。

「クソがァァァッ……!」

「なんだよ、ギアッチョ。あの女が気に入ってんのか?」

ホルマジオを睨みつけていると、イルーゾォが勝手にオレの隣に座ってきた。

「気に入ってちゃあ悪いかよ!クソッ!クソッ!ホルマジオのヤツッ……!」

「いっで!プロシュート、おれの脚を思いっきり蹴りやがったなッ!」

「わりィーな、イルーゾォ。ギアッチョの脚と間違えた」

「いっっってッ!蹴り直してんじゃあねーぞ、プロシュートッ!なんか文句あんなら口で言えッ!口でッ!」

「ガタガタぬかしてねえで、ホルマジオの野郎からナマエを助けてやれ」

「つってもよォー」

仲間と女の奪い合いはしたくねーし、正直オレはナマエに惚れているのか自分でもわかってねえし、強いて言うなら少し気になる程度だ。例えば、ナマエがどんな性格をして、どんな趣味を持ち、休日にはどこに出かけているのかとか。ペットはいるのか、今まで何人の男と付き合ったのか、どういう男が好きなのかとか──いや、少し気になるというか大分気になっているかもしれねえ。

「おれはホルマジオが女を奪われるところが見てーな。やってやれよ、ギアッチョ」

隣に座っていたイルーゾォが立ち上がって、通路に出るようにオレを急かしてきた。ニヤついた面から、この状況を楽しんでいるのが伝わってきて腹が立つ。

「ギアッチョ、オメーが行かねえならナマエはオレが貰う」

「クッソ!そういう煽りはいらねーんだよォッ!」

プロシュートがわざとオレを煽っているのはわかっている。わかってはいるが、まんまとプロシュートに気持ちを焚き付けられちまった。
勢いのままに席から立ち上がり、通路に出てホルマジオを睨みつけた。

「オイ、ホルマジオ。ナマエが困ってんだろーが。その辺にしとけよ」

「おいおいおい。冷気はしまっとけって」

自覚していなかったが、スタンドを発現しかけていたらしい。ただ、ホルマジオがナマエの腰を抱いたまま距離を取ろうとしている様子を見て、スタンドを引っ込めるのはやめた。

「ナマエから手を放せってんだよッ!」

「そう怒るなって。ナマエがビビってんだろーが」

「だったら、今すぐ放せよッ!」

「わかったって。ほらよ」

ホルマジオがナマエを放すと、ナマエは俯いて水差しを抱えたまま厨房の方へ走って行っちまった。
せっかく助けたのにナマエが眼も合わせてくれなかったことに気分が落ち込んで、吐き気がしてきた。

「オイ!早く追いかけろよッ!あの女のとこまで蹴っ飛ばされてェのか!?」

プロシュートがテーブルを思いっきり殴りつけて怒鳴ってくるが、オレは眼も合わせてくれなかった女を追いかける気にはなれねえ。

「これ、追いかけた方がいいのかァ?あんな態度とられたんだぜ?」

「何ボケたことヌかしてんだ!?ホルマジオ、ギアッチョのケツを蹴っ飛ばしてやれッ!」

「それよか、オレが追いかけるってのもアリだな!」

「嫌がられてるてめえが追いかけたらいよいよ通報されるだろーがよォ!オレが行くッッ!」

ホルマジオがまたナマエに手を出すのは耐えられねえから、ナマエが走り去った方へ急いだ。厨房へ繋がる廊下の途中には事務所があり、確かナマエがこの辺で消えるのが遠目で見えていたから事務所の扉を開けてみた。
中はどうやら事務所を兼ねた更衣室のようで、書き机や書類の積み重なったラックの他にロッカーや化粧台がある。ナマエはロッカーの前のベンチに水差しを抱えて座っていた。オレに気が付くと、驚いたように体を震わせ、真っ赤な顔を上げた。今にも泣きそうな程瞳が濡れて震えている。

「だ、大丈夫か?てか、ここ入ってもいいのか?」

「あ……どうぞ……」

ナマエは殆ど泣きそうな程震えた声で言う。なんつーか、巣穴に逃げた仔ウサギを追いつめた気分になっていたたまれねえが、ここで引くワケにはいかねえ。
怖がらねえようにナマエの前で床に片膝をつき、下から見上げるようにして視線を合わせようとしたが、ナマエは瞳を震わせるばかりで、視線が合わねえ。
緊張していたが、目の前に自分より緊張や怯えの見える相手がいると、自然と冷静になれた。
まずは何を言うべきかさっぱりわかんねえが、とりあえず、ホルマジオのクソッタレのことは謝ったほうがいいと思った。

「さっきはオレの連れが悪かったな。あいつらガラ悪くて怖かったよなァ?二度とあんなことがねーように強く言っとくぜッ」

「あ、ありがとうございます……助けてくださったのにすぐにお礼が言えずにすみません。私、混乱してしまって……」

「だよな。あのクソ野郎は冗談なのかマジなのかわかんねーことするからよォ……まあ、悪いヤツじゃあねえけどよ、さっきのはマジになかったよな」

「いえ、あの……混乱してたのは、恥ずかしかったからというかなんて言うか……」

「あ?よくわかんねーが、ホルマジオのヤツの所為だな。支配人に頼んであいつは出禁にしてくれていいぜ」

「お客さまのご友人を出禁だなんてそんな……それに私、入院した友達の代わりで働いてて、来週にはその友達が退院するみたいなので今月で辞めるかもしれなくて……」

クソビチ女が働きそうな店になんでナマエのような清廉で楚々とした美少女が働いているのかと思っていたが、ダチの代わりなら納得だ。
ただそうなると、純真なナマエをいきなりデートに誘うのは難しそうだ。何日かここに足を運んで互いのことを知ってから誘った方が良さそうだ。オレとしてもいきなりデートは緊張するしな。

「オレも仲間に連れてこられただけで普段こういう店には来ねーんだ。だがよォ、ナマエには会いてーからまた来てもいいか?」

「ええ、もちろんです」

ナマエは漸く心を開いたように、落ち着いた笑顔を見せた。初めて見るナマエの笑顔はスゲェ眩しく感じるし、眼も心も奪われちまうような可愛さと綺麗さを兼ね備えている。また明日もその後もこの笑顔が見てえ。

「明日はシフト入ってんのか?」

「はい。夕方から入ってます」

「んじゃ、明日もくっからよ」

余裕ぶって片手をポケットに突っ込み、ナマエに背を向けて事務所を出た。本当は連絡先を聞いて電話とかメールがしてえが、それは今度デートを誘う時でも遅くはねえだろう。まずは距離を縮めるのが先だ。
明日は誰を誘って店に来ようか考えながら席へ戻ろうと歩いていると、店の奥から陶器や硝子の割れる音、女の悲鳴、それから「くたばれ、スラブ野郎ッ!」という怒声が聞こえ、やっぱし連絡先を聞きに事務所に戻った。


 
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