non può vedere


※暴力






最近背伸びして買った、バックリボンの可愛いハイヒールの靴音をコツコツ鳴らしながらアジトの居間に行き、既に揃っていた仲間たちに明るく声を掛けると、メローネ以外の全員に無視された。皆私のことをちらりとも眼を向けず、ペッシなんかは顔を真っ赤にして俯いている。

「なに?皆どーしたの?」

「ポルノデビューでもしたのか?」

メローネはそう言いながら私の胸や下腹部をジロジロと見てきた。
助けを求めるように皆を見つめるけど、皆知らんぷりして黙っている。

「なに……?なんなの……?」

異様な空気に不安になって聞くと、メローネは膝の上に置いたノートパソコンの画面を私の方へ向けてきた。

『あっ、ぁあぁン、はぁっ、やらぁっ……!もう、だめぇぇぇっ……!』

ノートパソコンの画面に映っているのは、全裸の私がベッドに片手と両膝をついて、髪を振り乱しながら喘いでいる姿だった。
一瞬にして血の気が引き、背筋が凍った。心臓が痛い程脈打ち、体が強張って耳が遠くなる。
すぐにプロシュートがメローネのノートパソコンを無理やり閉じてくれたけれど、あまりにも衝撃的な映像は眼に焼け残っていた。
真横から映されたようなそれは、片腕を後ろから誰かに引っ張られているせいか大きく揺れる胸や涙でぐしゃぐしゃになった自分の顔を克明に捉えていて、否認したくとも、言い逃れのできないものになっていた。

「な、なんで……?うそ……それ、わ、私じゃないよ……!」

言い逃れできないとわかっていても、撮られた覚えのない動画が存在していて、しかもそれがメローネのパソコンにあることが信じられなくて否定せずにはいられなかった。

「ポルノサイトにあった動画だ。間違いなくナマエだ。顔や背格好がそのままじゃあないか。声はいつもより高過ぎてわからないがな」

「メローネ、その話はやめろ。ナマエ、後で話があるが居づらければ帰ってもいい」

「あ……だ、大丈夫、リゾット!それ私じゃあないから!ぜ、全然平気……」

リゾットがいつも通りの態度でいてくれる頼もしさに、ここで逃げるのはやめて、「あの映像の女性は私ではない」テイでこのまま会議にでることにした。
リゾットの向かいのひとり掛けのソファに座り、ぴったり脚をそろえて座った。こんな時にいつもより少し短いスカートであることを後悔した。多分皆のことだから私のことを意図的に見ないようにしてくれていると思うけど、大胆にさらした素足や薄手のトップスで隠しきれていない胸のラインになんとなく視線が向けられているような被害妄想が働いて、羞恥に耐えられずに視線を下に落とした。

「ドイツ系の麻薬組織の件だが──」

リゾットが他のギャング組織について話し始めたのをなんとか聞こうと頑張ったけれど、どうにも集中できなかった。暗殺者としてこういう緊張も抑えられるようになったと思っていたけれど、やっぱり私はまだまだだ。はたから見たら、「あれは私の動画」と認めているような態度かもしれない。
こんな状況に私を追い込んだ原因を考えた。撮られた覚えはなくとも、撮った犯人は簡単にわかった。私がまともに寝たことのある人はひとりしかいない。
緊張を怒りで紛らわせようとして少し顔を上げて、脚を組んでソファにふんぞり返っている犯人の顔を盗み見た。──いつも通り口元に人を小馬鹿にするような笑みを浮かべている。
人を辱めておいてあんな風に笑っていられる犯人にムカついて、怒りを堪えるために膝の上で拳をキツく握った。



*



会議の後、リゾットと居間に残った。プロシュートは私のことを心配してくれているみたいで帰り際に「何かあんなら相談に乗る」と声を掛けてくれたけれど、私の面倒を何回か見てくれていた人にあんな動画を見られてしまった羞恥心でまともに彼の顔を見られなかった。
今も私と向い合わせにならないように斜向かいのソファに座るリゾットの顔も見られない。今までプロシュートと同様に面倒を見てくれていたリゾットがどんなことを考えているのかを想像するのも怖い。

「単刀直入に聞く。イルーゾォと何かあったのか?」

リゾットの言葉からイルーゾォが犯人であることは周知の事実であることがわかった。イルーゾォは多分あのポルノサイトに私の動画をあげた上でそれを皆に教えたんだ。

「……何もないよ。私は大丈夫だから何も聞かないで。私、プライベートなことリゾットや他の皆に知られたくない。相手が誰だったとか……その相手とどんな関係なのかとか……お願いだから私のことを見ずに、このままいなくなって……ひとりにして……」

「大人であるおまえに個人的なことを口出しすべきではないのは承知している。ただこのチームをまとめるリーダーとして仲間内で問題があるならば、見過ごすことはできん」

「わかった……でも、自分でなんとかするから……」

震える声をなんとか絞りだして言うと、リゾットは黙って部屋から出て行ってくれた。しんとした部屋でひとりになると、ピンと張った緊張の糸が解け、ぽろぽろと涙が頬から顎へと伝い、膝の上に落ちてきた。せっかく時間をかけてした化粧が崩れてしまう。
これも皆イルーゾォの所為だと思うと悔しくて、悔しくて仕方がない。

「泣いてんのか?」

突然聞こえてきた声に驚いて、ソファから立ち上がった。周りを見渡しても声の主は見当たらなく、自分以外誰もいない部屋から声の聞こえる理由を冷静に推測する前に、壁掛け鏡からイルーゾォが出てきた。

「イルーゾォ……!」

瞳から流れ続ける涙を手の甲で拭って、イルーゾォを睨みつけた。

「いつも泣いてばかりだな。泣き虫女」

「私はもう泣き虫じゃあないの!でも、あなたがあんまりにも酷いことをするから……!」

「酷いこと?ひでーのは急におれと別れるとか言ったおまえだろーが!じゃなきゃ、おまえとのハメ撮りをネットに流すかよ! 」

「意味わかんない!私はただあなたとの関係を終わらせたかっただけ!それだけで私が悪いなんておかしいよ!」

「おかしいのはおまえだろ!突然別れるとか電話でいいやがって!別れてえなら直接言えよッ!」

「だ、だって……こうなったのは全部イルーゾォが悪いんだよ!そもそも付き合い始めたのはイルーゾォが私を酔わせてレイプしたから流れでそうなっただけじゃん!私、初めてだったのに……!それに勝手に動画撮ってたなんて信じらんない!」

「酔わせた?レイプ?勝手に酔って胸の谷間見せつけてきて誘ってきたのはおめーの方じゃあねーか!合意の上だろーが!」

「嘘つき!私が『やめて』って言ったのに、『嫌がるフリしてんじゃあねーよ』ってやめてくれなかった!」

「なら、その後はどうなんだよ?毎日おれとヤって、おれの体を求めるように腰振ってたじゃあねーか!この前なんかおれがやめようとしたら『やめないで』って泣きそうになってたクセに何言ってんだよ!?」

「ちが……それは……だって……」

確かに私はイルーゾォとのセックスに溺れていたからすぐさま否定できなかった。彼とのセックスを思い出して自慰をすることだってあった。いつの間にかイルーゾォが好きになっていたけれど、最近そんな自分がおかしいことに気がついた。そう思ったきっかけは、自分に自信が付いてきて、ちゃんと自分の頭で物事を考えられるようになったからだ。
自信を持つようになったのは、生活面では前より知らない人にベッラと声をかけられて容姿を褒められるようになり、仕事面ではリゾットとプロシュートが交代で面倒を見てくれるお陰で問題なくこなせるようになったからだ。
リゾットやプロシュートのようなちゃんとした人を見ているうちに、段々私もちゃんとした人間になりたくて好きだったイルーゾォから離れようと勇気を出して彼を振ったのだった。
少し冷静になってきた今、私の心には、「おまえには冷静に物事を考えることのできる素質がある。それを伸ばしていけ」というリゾットの言葉と、「どんな状況にいても自分を信じろ。オメーなら、いつだって一から立て直すことができる」というプロシュートの言葉がある。ふたりの言葉のお陰でイルーゾォを前にしても彼に屈せず、睨みつけることができている。

「ちゃんと否定してみろよッ!ん?できねーのか?」

肩を押され、その勢いでソファにお尻から落ちるように座る形になった。立ち上がろうとすると、背を屈めたイルーゾォがソファの背もたれに手を突き、顎を掴んできた。獣のようによく光る真っ赤な瞳に至近距離で見つめられ、威圧されている気分になって怖くなるけれど、リゾットとプロシュートの言葉を思い出しながらイルーゾォを睨み続けた。

「できるよ!私はもうあなたのおもちゃじゃあない!私はちゃんとした人間で、あなたみたいな横暴な人に支配されるような人間じゃ──んんッ!」

顎を掴まれたまま唇を重ねられた。抵抗しようとイルーゾォを蹴ろうとすれば、膝の間に脚を差し込まれ、膝でグリグリと股を押し回されて性感帯を刺激された。
いつも泣く程責められ続けていた快感を思い出して下腹に熱が集中するけれど、なんとか理性で抑え込み、両手でイルーゾォの胸を押して、重ねてくる唇に思いっきり噛み付いた。

「ッてえーなッ!」

パッとイルーゾォは私から離れ、本当に痛そうな顔をしてて口元を押さえた。私の精一杯の反撃が効いた様子に自信を付け、ソファから立ち上げってイルーゾォを睨みつけた。ハイヒールを履いてもイルーゾォの顎にも身長は届かないけれど、私はもうイルーゾォに負ける気はない。

「あなたがやめてくれないからだよ!私はもうこんな関係やめたいの!お願いだから私のことは放っておいて!」

「どうして急に心変わりしたんだ?誰か他に好きなやつでもできたのか?だったら言えよッ!」

「別にそんな人いないよ!私はただリゾットとか、プロシュートみたいな自立した人間になりたいの!女性をレイプするような人とは付き合わないで、決してブレない、芯のあるちゃんとした──ッあ!」

最後まで言い終わらないうちに、頬に張り手された。握り拳ではなかったからそれ程痛くはなかったけれど、初めてイルーゾォに顔を叩かれたショックで呆然とした。

「やっぱ、他の男が原因じゃあねーか……!『マン・イン・ザ・ミラー』、このクソビチ女だけを鏡の中へ引き摺り込め!」

「や、やめて……!」

咄嗟にスタンドを出してて抵抗しようとしたけれど、イルーゾォのスタンドに腕を掴まれた時にはもう遅かった。一度イルーゾォのスタンドに捕まった者はどんなに抵抗しようとも逃れられない。あっけなく『マン・イン・ザ・ミラー』によって壁掛け鏡の中へ引き摺り込まれてしまった。
レイプされた時と同じ状況だった。壁掛け鏡を見ると、外の様子が見えた。今いる場所と反転した、現実の世界。イルーゾォの気分次第で鏡は元いた世界を映したり、本来の機能のように今いる世界を映したりする。
突然鏡に涙で化粧の崩れた自分の顔と、イルーゾォの姿が映った。
後ろを振り向くと、イルーゾォが顎を上げ、どうやって私を痛めつけようか考えているような様子で私を見下ろしている。

「助けて!リゾットッ!お願い……!」

無駄だとわかっているけれど、壁掛け鏡を両手で叩いて叫んだ。このままここにいたらどんなに酷いことをされるかは簡単に想像がつく。なんとしてでも逃げたくて、イルーゾォの精神の変化が作用して私の声が鏡の外の世界に届くように、と薄い望みにかけて必死になった。

「おれよりリゾットがいいのか?」

恐ろしく低い声を震わせて、イルーゾォが後ろから私の後頭部を掴んで強く押してきた。鈍い音を立てて鼻が鏡面にぶつかり、強烈な痛みが鼻梁に走る。
あまりの痛さに呻き声がでた。ズキズキと鋭さのある痛みだけれど、出血はなく、感覚的に折れてはいないのはわかる。
叩かれた時も驚いたけれど、無理やり私を襲ってきたことを除けば、イルーゾォは私をこんな風に扱うことはなかったから混乱する。今こうして暴力を振るわれていることが本当に信じられない。まさかこのまま殺されてしまうんじゃないかという命の危機を感じる。

「お願い……やめて……わ、私が悪かったの……!ご、ごめんない!」

「ああ、そうだ。全部おまえが悪い。今まで積み上げてきたモンを一気にぶち壊しやがってッ」

鏡面に鼻を押し付けられたままスライドするように顔を横向きにされ、今度は頬が鏡面に押し付けられる。イルーゾォは私の背に体をぴたりとくっつけ、後ろから覗き込むようにして私の顔を見て笑った。

「おれは好きな女に暴力を振るう趣味はねえ。だがよォ、おれの元から離れようとする女は別だ。このままおれの言う通りにしねーなら、この可愛い鼻を折る」

打撲した鼻を指でスーッと撫でられた。イルーゾォには「主張のねえ可愛い鼻」といつもよく褒められていたのを思い出した。そういえば、イルーゾォはなんだかんだいって私を褒めてくれていた。それに食事に行けばちゃんと奢ってくれたし、黙って私を見つめ、優しくキスしてくれたこともある。
もしかして、イルーゾォが私にこんな酷いことをするのは、私のことを本気で好いていてくれたからなのだろうか。

「私のこと本当に好きなの……?」

「ああ、そうだ」

「私、あなたに好かれてるって気づかなかった……」

「だったら、どうしたってんだよ?やっぱ、別れたくねえとか言うのか?」

それはわからなかった。ただ一つ言えることは、レイプしてきた人を好きになるのはおかしいということだ。
じんとする鼻の痛みのことを頭の隅に追いやり、私の尊敬する人たちの素敵な言葉を心の中に何度も繰り返した。──そして、一番の答えが出た。

「……全部あなたの好きにしていいよ」

「どういう意味だ?」

「そのままの意味だよ……私を好きにして。でも、私を労って優しく抱いて。いっぱい愛を囁いて。そしたらあなたのこと、ちゃんと好きになるから……」

冷静に考えた結果の答えだった。イルーゾォからは逃げられないから、私はイルーゾォにこれからされることを受け入れ、彼を愛そうと思う。人はいつだってやり直せる。それはイルーゾォも同じだ。今後一切私を手酷く扱わないのなら、レイプしたことと暴力をふるってきたことには目を瞑り、今胸の中にまだ残っている彼への恋慕を育み、素敵な恋愛をすればいい。
私を好いているなら同意してくれると思って言ったのに、イルーゾォは顔を歪めた。

「……おれは女から命令されるのが大っ嫌いなんだよッ!前みたいにおれを求めて腰振ってろ!」

イルーゾォに掴まれていた頭を左右に揺すられかと思うと服を引っ張られてソファへ投げ飛ばされ、脚の上にのしかかられ、抵抗しようと振り上げた腕は頭の上で一つにまとめ上げられてしまった。

「お願い……やめて……」

「全てを壊しやがったてめえに本当のレイプがどんなモンかこのおれが教えてやるッ!」

眉を鋭角に吊り上げ、冷ややかな眼をして私を見下ろすイルーゾォを見て漸く気が付いた。──この人とは何度やり直したところで、ちゃんとした恋愛なんてできないことに。


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