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※モブレ描写注意






寂れたバーのカウンター席で両手にグラスを持ってはちびちびと舐めるように酒を飲むナマエを隣で見つめていた。
ナマエがチームに加入してから約1年経ったが、特に大きな変化が見当たらなく、それでもどこか変わっているところはないか注意深く探しているんだが、マジに見当たらねえ。
10代の1年はその間に化粧がうまくなったり、髪を染めるなどして垢抜けたり、刺青を入れたりピアスの穴を開けたりして見た目が大分変わるはずだが、ナマエにそれはなかった。ナマエは元から派手というわけもなく薄化粧で、髪は脱色したり色を入れているわけでもなく地味だ。更に言うと、顔立ちというより表情からしてガキくせェ臭いがプンプンしやがる。ナマエの年齢なら色気付いてもおかしくないってのに、なんつーか色気付く気配さえない。免許証に書いてある年齢さえ本当か怪しいもんだ。いや、免許証は少し前にオレが適当に偽造してやったものだったな。
ナマエは落ち着かない様子で酒を抱えたまま、背後を何度も振り返っては掛け時計の時間を気にしていた。
ナマエは突然肩をびくりと揺らすと、漸く俺に眼を向けてきた。

「ターゲットは今死にました」

「やっとか。数時間かかったな」

「リゾットさんは自宅に着く頃に、と仰ったのでちょうどいいと思いますよ。きっとリビングのソファでバンッです」

ナマエは拳銃の形に作った指を頭に向けて、撃つ真似をしてみせた。
実際のところ、ターゲットは射殺されたわけでも、拳銃自殺したわけでもないが、ナマエの言うことを信じるのなら、確実にナマエのスタンド能力で死んでいるだろう。ナマエには自分の能力を使った対象がどんなに離れていても、死んだかどうかがわかるらしい。今まで確認した限りでは全員ちゃんとくたばっていたから、まあ本当なんだろう。
ナマエのスタンド能力──『ジ・アニマルズ』はかなり特殊で、触れた動物を自在に操れる能力だが、人間はこれに含まれない。その一方で、人体の持つバクテリアを動物と認識してこれを自在に操れるという。最初は犬や猫などの哺乳類から虫まで自在に操れていたが、いつからか触れた人間の体内バクテリアまで操れるようになったらしい。正直気味の悪い能力だ。人が死んだ時にバクテリアが人体の細胞を破壊していくらしいが、ナマエの能力は生きた人間の細胞を壊すのだからな。単純に考えれば、生きたまま体が朽ちていくってことだ。人体が劣化していくという点ではオレの能力と似ているが、ナマエの能力の方が死までに時間がかかる一方で死亡後の体の腐敗速度が段違いに早い。それに一度対象に触れてバクテリアに命令できさえすれば、後は幾ら離れてもバクテリアの人体攻撃は続く。つまり、ゆっくりコーヒーでも飲みながら待つだけで数時間後には対象が死亡するわけだから、隠密性に優れている。

「それで……大事な話ってなんですか?」

ナマエはオレの首元を見つめながら小首を傾げる。
今日はターゲットが死亡してから本題を話すからと伝えていた。

「それはオレがオメーに教えてやれることについてだよ。今日から3ヶ月はオレの下なんだ。他の奴から学べねえことや、オメーに足りねえもんを教える義務がオレにはある」

ナマエは約1年程ホルマジオに始まり、イルーゾォ、ギアッチョ、メローネの下について色々学んできたらしい。その成果を今日見ていたわけだが、評価できるのは去年と比べたスタンド能力の成長だけだった。
ナマエは去年暗殺チームの加入と同時に能力を得たばかりだが、約1年で動物支配から微生物の支配まで能力の範囲を広げた。いずれ人間のコントロールもしてみせると本人は息巻いている。
それは結構なことだが、暗殺に必要なのはスタンド能力だけじゃあねえ。

「私に足りないものってなんですか?」

「ターゲットに上手く接触するスキルだ。オメー、男慣れしてねーだろ?」

依然オレの首元を見つめ続けるナマエの眼をじっと見つめた。
ナマエはオレの視線を避けるように顔を正面に戻してまたグラスの縁に口を付けて、緩くグラスを傾けた。ナマエはさっきから頻繁にグラスを傾けているが、一向に酒が減らねえ。

「男慣れしてないのって問題ですか?今回も上手くいったじゃあないですか」

「今回は議員から有権者に握手を求めたんだろうが。もし議員がSPに囲まれていて、一切触れねえ状況だったらどうする?オメーの能力は触らねえと発動しないんだろ?いつかターゲットに触れられねえ状況になったらどーすんだ?」

「野良犬を支配して噛ませます」

「確実じゃあねーだろーが。野良犬がSPに撃ち殺されたらどうする?」

「だったら、最初からリゾットさんがやればいい話ですよ」

「そういう問題じゃあねーだろ。あのなあ、女のオメーならリゾットよりも堂々とターゲットに近づける上に、引出したい情報まで手に入るだろ?」

「……どういう意味ですか?」

「鈍いな。色仕掛けって方法があんだろ」

「私が色仕掛け?ないない。ないです。そんなの必要ありません。今まで通りで平気です」

「それがそうもいかねえ。今回の依頼はカジノ法改正案可決の議会までに法案推進派の柱であるふたりの議員を殺す予定ってのは聞いてるよな?」

「さっきひとり殺しましたけど」

「ああ。そいつはゲイの議員だから先に殺させた。ここからは今後の予定の話だ。水面下で反対派にワイロを贈ってる連中がいるらしい。ボスはそいつらも殺したいらしいが、情報分析チームからの情報は未だなし。もうひとりの推進派を殺す前に推進派がワイロを贈ってる相手と推進派を支援してる連中の情報を引き出せってお達しが来ている」

「まさか、あの議員と寝ろとか言いませんよね?」

「珍しく察しがいいな。その通りだ」

「……無理です」

「オメーに拒否権はねえ。やれっていったらやりやがれ」

色仕掛けは元々暗殺チームで唯一女であるナマエには必要なスキルだ。ナマエは今までそれを上手い具合に避けてきた、つーよりはリゾットがナマエの色気の無さを考慮してか、必要なことは拷問でなんとかしてきたからな。色仕掛けなら、ただ男を惑わせるだけだ。拷問と違ってやり過ぎで殺しちまうこともないだろうし、特別な準備も後始末もいらねえ。オレたちの負担軽減やナマエの暗殺スキルの幅を広げる為にもオレがそれを教育する必要がある。

「嫌です」

「……何故嫌がる?色仕掛けつっても、正確には本当に寝なくてもいい。酒に酔わせて、体に少し触らせるぐらいでいけるだろ」

「だ、だって、私色気ないし……それに、男の人ってあんまり……」

ナマエはそこで言葉を切って、俯いた。
まさかとは思っていたが、いや、まさかな。最近の10代はマセているから、ナマエですらそれなりの経験はあると思っていた。例え、男と眼を見て話さない奴でも多少なりともあるはずだ。顔立ちもスタイルもまずくはねえしな。

「男の経験がねーのか?」

「あ、ありますよ!私にだってそれくらいあります!でも……あんまり得意じゃあないんです」

「セックスがか?」

「ち、違います!男の人が得意じゃあないんです!男の人を誘惑だなんて、私には無理です……!」

「無理じゃあねーよ。これも仕事だ」

ナマエは「仕事」という単語に反応して、眉を歪めて下唇を噛んだ。
職業柄、オレらは何よりも仕事を優先せざるを得ない。だから、嫌でも仕事と言われればやるしかねえ。

「まずはオレを口説いてみろよ」

「ごめんなさい。無理です」

「無理ならやり方を教える。それで文句ないだろ?」

「……嫌です」

しかめっ面をして顔を背けるナマエの顎を掴み、無理やりオレと視線が合うように顔を動かした。

「いいか?こっちを見ろ」

必死でオレと眼を合わせねえようにするナマエの眼の前で片手を横に引きながら指の腹を擦り合わせ音を鳴らした。
フィンガースナップの音に反応して、ナマエは嫌そうにオレを見つめては視線をまた逸らす。
仲間相手だというのに、眼の下や耳を赤らめている様子から察するにマジに男慣れしてねーみてーだ。

「顎、離してください」

「10秒間オレと眼を合わせられたら離す。男も女も眼で落ちるもんだ。眼を合わせないことには始まらねーんだよ」

「そうですか……」

ナマエは視線をオレと合わせるが、眉は不快の形に歪められ、眉間には段々と深いシワが刻まれていく。

「もっと媚びろ。光のない瞳には誰も惹かれねえ。相手に興味を示してると思いこませるように瞳を大きくさせて照明の光を取り入れろ」

「もう10秒経ちました」

「あと10秒追加だ。眉間にシワを寄せるな」

「……はい」

ナマエは眉間にシワを寄せることなくオレを見つめるが、今度は鼻と頬を膨らませて下唇を噛んだ。憤慨した時のような面だが、瞳の方が段々潤んできて、まあ男を誘えそうな感じには仕上がってきたな。

「悪くねえ」

顎を解放してやった。
ナマエはオレをひと睨みすると、すぐに顔を背けてグラスを手に取った。

「オレを落とすのは無理だが、身綺麗にして媚びた表情を作って眼を合わせればその辺の男ならいけるだろ」

「レッスンはもう終わりですか?」

「今のは導入だ。次は仕草だ」

「今いけるって言いませんでした?」

「その辺のヤりたいだけの男ならな。狙うは女を選り好みする地位にある議員だぜ?視線の交わし合いや仕草だけじゃあなくて、会話術まで必要になる」

「それをあと数週間で身につけろってことですか?」

「ああ」

ナマエはため息をつくと、ヤケになったようにグラスに残っていた酒を煽った。
それから小一時間でナマエに必要なことを全て教え、2件目のバーで練習がてらに早速ナマエに男をナンパさせた。
男が酔っていたのか、ナマエがうまくやったのか、ナマエは男と店を出た。とりあえずは合格だな。
途中で理由をつけて戻ってこいと言ったが、30分程経っても一向にナマエが戻ってこなかった。
電話をかけてみたが出ねえ。逃げ帰ったか、意外とそのまま男と楽しんでるかだな。
一瞬ナマエが男に襲われてるかと頭を過ったが、曲がりなりにもスタンド能力持ちの暗殺者だ。自分でなんとかするだろう。それに「男は性欲で動くから嘘をつく。簡単に信用するなよ」とちゃんと教えた。上手いこと口車に乗せられて、意図せずどこかに連れ込まれたとしたらナマエが悪い。
また時間を置いて電話をかけることにして店を出ると、店の裏の方から犬の激しい吠え声が聞こえてきた。なんとなくその犬からナマエを連想して、吠え声のする方へ急いだ。
店の裏の通りで汚ねェ野良犬が黒のセダンのボンネットの上で暴れながら吠えている。車体が僅かに揺れているが、犬のせいじゃあねえってことは、よくあることだからわかっていた。
車がクラシックカーであることを確認して、『ザ・グレイトフル・デッド』に運転席側の窓ガラスを割らせた。

「ひっ!だ、誰だ!何してる?」

中から男の声とくぐもった呻き声が聞こえてきた。
割れた窓ガラスの内側に手を突っ込んでドアの鍵のロックを外して後部座席のドアを開ければ、ナマエが泣きながら男に口を塞がれ、無理やりヤられてるところだった。
とりあえず、男の首根っこを掴んで車から引きずり下ろした。

「何やってんだてめー?」

「な、なんなんだよ!さては金を揺する気か!?合意の上だし、こいつの免許証には18って書いてあるぞ!未成年じゃあねーぞ!」

男は汚ねェアソコを隠すようにボトムをずり上げながら叫ぶ。

「だったら、何故女は泣いてる?まあ、いい。金はいらねえし、オレはてめーに何もしねえよ」

「は?なら、なんで邪魔しやが……ぐあああああっ!」

ずっと殺気立っていた野良犬が飛び出してきて、男の喉笛に噛み付いた。
犬の吠え声に男の悲鳴とあっちゃあ、いつ誰が来て通報されてもおかしくねえが、幸いここは柄の悪い地区で、近くには量り売りの酒屋を隠蓑にしたID偽造屋や注射器の針交換所がある。ジャンキー共の集まる通りでは毎夜騒がしいもんだ。むしろ、今夜は静かな方だな。
恐らくナマエにコントロールされてるであろう犬が男をどう殺すのか興味本位で観察していると、ナマエが車から出てきた。
ナマエは真っ赤に泣き腫らした顔を俯かせていて、眼元を何度も拭う。しっかり服を着てはいるが、ところどころよれているのが生々しい。

「犬の吠え声がなかったら最後までヤられてたな。とりあえず、この通りからは抜けるぞ」

ナマエに声をかけつつも、付いて来いとジェスチャーして元来た道を辿った。

「野良犬にっ、触っといて、よ、よかったです……助けて、くださって……あ、ありがとう、ございましたっ」

ナマエは嗚咽を漏らしながらオレの隣をついて来る。

「そんなことより、何故あいつについて行った?途中で戻ってこいつっただろーがよ」

「あ、あの人が、私がやっぱり帰るって言ったら、凄く怒って……こ、怖かったから、コーヒーだけならって言ったら、車の中で一緒にっ、飲もうって……それで……」

「それで犯されたってか?そりゃあ、騙されたオメーが悪い。車に乗ったらセックスに合意したのと同義だ。ったく、男を信じるなって言っただろ?男は下半身に脳味噌があんだよ」

ナマエがショックを受けたように顔を歪めて号泣し始めた。まさかナマエがここまでガキだとは思っていなくて驚いたし、すげー面倒に感じた。
こんな女が1年もよくもったな。むしろ、この世界にいながらその鈍感さは敬意を表するレベルだ。まあ、他のヤツらがこいつを甘やかしてるってのもあるな。オレがここで厳しくしねーと、こいつは駄目になる。

「今夜の失敗は次に活かせ。トラウマになったとか言うんじゃあねーぞ?議員を手の平で転がせるくらいまでになってもらわにゃあ困るぜ」

「あいっ……」

「送っていく。家はどこだ?」

「ひ、ひとりで帰れます……!さっきの野良犬と、一緒に、帰ります……!」

「……嘘をつくのは男だけじゃあねえ。オレは女の言うこともまともに信じねーよ」

流石に犯されて号泣してる女を危ねェ通りに置いていくわけにはいかねえ。仮にも仲間だしな。
ナマエを家の前まで送り届けると、ナマエは怖い目にあったから一緒に家にいて欲しいと言うが断った。ナマエに手を出さない自信はあるが、仲間内でこういうのは面倒事を招くだけだからな。

「簡単に男を家に入れようとすんじゃあねーぞ」

「プロシュートさんなら、大丈夫です」

「そういう問題じゃあねーよ」

ナマエの額を軽く小突き、背を向けた。
今夜はすげー疲れた。初日からこんなにナマエに手こずるとは思わなかったぜ。先に帰らせて今頃家で健やかに寝てるであろうペッシの方がまだ……いや、ナマエの世話の方が楽か。



*



翌日からも容赦なくナマエの化粧の甘さや髪型や服装に駄目だしをし、再度男の好みそうな格好や仕草、表情を自然に身につけるよう教え込んだ。
ナマエはふとした時に泣きそうな面をするが、それでも泣くものかという気迫を持って、オレの厳しい指摘も素直に受け入れていった。
流石に襲われた日の翌日は空けて翌々日の昼間からナマエに素面の状態でバールで男を誘惑させてみたが、眼を合わせたヤツらは全員ナマエに笑い返しただけで終わった。
代わりに夜にバーでまたナンパさせようとしたら、泣いて拒否られた。ナマエはまたあんなことがあったら怖いと言うが、そんなこと知ったこっちゃあねえ。とにかく、早く議員を落とせるまでになってもらう必要がある。

「化粧直してこい。そんな面じゃあ男が逃げていく」

ナマエには膝丈のワンピースを着せて濃い化粧をさせたが、涙のせいで眼の下が真っ黒になっているし、新品のワンピースの裾をぐしゃぐしゃにして握りしめている。

「もう嫌です……私には無理です」

「ナマエ、仕事だ」

「……私、昨日からプロシュートさんのことが気になってるんです」

「は?」

こいつは何を言ってやがる。

「昨日助けてくれて……それで額を指でツンってされて……好きに……」

「やめろ。それ以上言うな」

マジに聞くに堪えない。そりゃあ、オレがイイ男だから惚れるのはわかるが、仲間にそう簡単に想いを告げるもんか?仕事つってんのに、好きだのなんだの言ってこんな甘ったれた女だとは思わなかったぜ。

「やめません!好きです!だから他の男に色目を使うなんて無理です……!」

ナマエはオレのスーツの左腕の裾を引っ掴み、すがるように叫ぶがオレの胸には微塵も響かねえ。それどころか不快だ。スーツが傷む。掴まれた方の腕を振り払った。

「悪いがオメーの気持ちに応える予定は一切ねえ。いいか?これは仕事だ。わかるか?え?オレの言ってること。急を要する仕事なんだぜ?そしてこの3ヶ月間はオレはオメーの上司だ。この意味がわかったら、さっさと便所行って化粧を直して来い。ひでー面だ」

ナマエはまた一段と泣きながら便所に行った。それっきり、何十分も戻って来ねェもんだから携帯に留守電を入れて先に帰った。やってられっか。



*



「カジノ法案絡みの議員暗殺の依頼はオレが引き継ぐ。プロシュートには別件を頼む」

翌日リゾットにアジトに呼び出されて行ってみれば、開口一番に重要案件からの撤退を告げられて腹が立った。渡された次の案件資料をその場で流し読みしたが、大した任務じゃあねえ。

「どういうことだ?」

「理由は言わんがおまえならわかるだろう」

「ナマエか……」

「ああ。ナマエは当分おまえの下につくことはないから安心しろ。それが互いの為になるだろう」

「あいつから解放されるのは願ってもないが、まさか取組中の案件から下ろされるなんてな」

「……今回はナマエが必要になる。オレがなんとかさせるから、おまえには次の重要案件を任せる」

「重要って、臓器売買で足が付いちまった外科医を口封じに殺すだけだろ?すぐ終わる。なんなら外科医の臓器を取り出す作業までやるか?」

「……命令通りにやれ。それも重要な仕事だ」

「ああ。わかったよ」

資料を片手にアジトを出た。アジトでゆっくり読む気にはなれねえ。こんなクソみたいな任務はさっさと終わらしてやる。
しかし、まさかナマエがリゾットに泣きつくとは思わなかった。ナマエのせいで重要任務を下された苛立ちでどうにかなりそうだ。これでカジノ法改正案が通ったら、オレたちはボスに皆殺しにされる。リゾットがなんとかするだろうが、あの泣き虫女をどうにかできんのか甚だ疑問だ。



*



あれから1年経った。結局オレたちは全員生きていた。つまり、カジノ法改正案は反対派多数で見送りになったわけだ。その功績を作ったのはナマエで、見事議員を骨抜きにして贈賄相手と推進派を支援してるヤツを聞き出したらしい。

「ただの田舎娘だと思ってたら急に都会っ子になったな」

などと、誰かがボヤいていたがその時はまだ化粧が濃いだけのガキくせェ女だった。きっと議員はロリコン野郎だったんだろうな。
そんなナマエはこの1年で随分と様変わりし、かつてのガキくせェ面影がまるでなくなっていた。
手入れの行き届いた髪や文句のつけようのない華やかな化粧に、それに合うまるでミラノ女みてぇな洗練された服装には感心さえしたが、変わったのはそれだけじゃあなかった。
ナマエは姿勢や所作が指の先まで美しく、表情は年齢に見合わない大人の色気のあるもんになって、口調まですっかり大人の女になっていた。
今オレの眼の先にいるナマエはそんな完璧な女で、パーティ会場の入口にひとりで現れ、辺りを見渡してオレに気づくとウィンクしてこっちへ近づいてきた。
ナマエは遠目からも歩き方さえ美しく見え、真っ直ぐオレを見つめながら真っ赤なドレスの裾を揺らして近づいてくるナマエから、気づけば眼が離せなくなっていた。
ナマエはオレの眼の前まで来ると、耳のピアスに触れながらごく自然な笑みを浮かべた。
自然といっても無邪気さの欠片もねえ、男を誘惑するような色気のある笑顔だ。
背筋がぞくりと震え、今すぐナマエの頭を掴んで形よく弧を描く唇を奪いたくなった。

「ターゲットの秘書から明日のスケジュール全部聞いちゃった」

「寝たのか?」

「まあ、秘書は今寝てるわ。アルコールに弱いなんて可哀想ね」

ナマエのどっちつかずの台詞に、少しも動揺してねえ様子から本当に寝たのかわからねえ。

「今日は一旦引くぞ。ターゲットが話を進めないことにはまだ殺せねえ」

1年振りにナマエがまたオレの下について仕事をすることになったわけだが、今回は泊まりで二日もかけて任務にあたる必要がある。

「わかったわ。それなら、明日のターゲットの予定を共有して作戦を詰めたいから一旦ここを出ましょう。プロシュートの部屋でもいい?」

「随分と積極的じゃあねーか」

ナマエはオレから視線を外し、戯けた調子で肩を竦めて見せた。男の躱し方まで覚えたみてーだな。

「それじゃあ……行きましょ?」

「ああ」

ナマエと一緒に会場を出てそのままホテルの部屋に向かった。
会場では気付かなかったが、廊下でふたりになるとナマエからはフローラルと清涼感のある石鹸の香りがしてきた。恐らく体の部位で香水を使い分けているようだ。
部屋でふたりきりになれば、その匂いがより濃密になり惹きつけられる。匂いまで今のナマエは完璧だ。

「それで……ねえ、聞いてる?」

ソファの背もたれに寄りかかりもせずに、隣で真っ直ぐに正した姿勢でオレを見つめるナマエは生意気にもオレの顔の前で指を2回も鳴らしやがった。

「いや、聞いてねえ。オメーに見惚れていた」

「あら、ありがとう」

「ずけーイイ女になったな」

「それはどうも。じゃあ、仕事の話しましょう」

ナマエはソファの前のローテーブルに手を伸ばし、ワイングラスを手に取った。以前のナマエは酒もまともに飲めなかった癖に今はワインが趣味というくらい嗜んでいるらしい。

「逃げんなよ」

1年前のあの日のようにナマエの顎を掴み、オレの眼を見るように促した。

「何?」

ナマエはさっきまで媚びるように大きく輝かせていた瞳を細め、あの日のように眉間にシワを刻んだが、今のナマエなら歪められた眉の描く曲線でさえそそる。オレが今この場で押し倒し事に及べば、こんな苦悶の表情を浮かべるのかと想像しちまうような面だ。

「オレの眼を見ろ」

「見てるわよ」

「なんか思うことはねーのか?」

「別に何も思わないわよ。勘違いも甚しいわね」

眉を歪めたまま一切顔色も表情も変えないナマエに苛立ちを覚えた。
やはり、あの日顔を真っ赤にさせて視線を逸らしたナマエは完全にいなくなっちまったようだ。それに、オレに好きだと想いを告げてきた幼い女も。
結果として、ナマエがこうもイイ女になってそれを任務に活かせているのは喜ばしいことだが、ナマエの艶やかな姿を見る度に、あの日オレを好きだと叫ぶナマエの様子が頭を過り、ナマエの手を振り払った感触を左腕に思い出しちまう。
もしあの時ナマエの気持ちに応えていれば、という後悔さえ湧き起こる。だが、今ここでナマエを口説き落とさないのも一生の後悔となってオレの胸に残り続けるだろう。ここまで来ると、最早仲間とかそういうのは関係ねえ。

「ナマエ、好きだ」

「は?」

「オレの女になれ」

「あら、嬉しいわ」

ナマエがにこりと笑い、喜悦に胸が満たされたと思ったところで顔面に赤ワインをブッかけられた。

「オイッ!何すんだてめーッ!」

「そっちこそ。悪い冗談はよしてくれる?」

ナマエがルームサービスに付いていた手拭きを投げよこしてきた。
素早く顔や首回り、シャツやスーツの襟元を拭ったがシャツもスーツも駄目になった。予備のスーツはあるから明日の任務に支障はねえが、このスーツはもう着られねえ。

「冗談じゃあねーよ。オレは本気だ」

「本気?そんなの信じるわけないじゃない」

「本気のオレは信じろよ」

「ハッ。傑作ね。男を信じるなって教えたのはあなたでしょ?」

「オレは別だ」

「……私を振った癖に。もう傷つくのは嫌なの」

「オレはオメーが頷くまで諦めねーぞ」

正直あの日はスーツが傷むのを気にしてナマエの手を振り払ったが、今はワインをブッかけられても気にしねえ。

「あ、そう。私、リゾットと寝たわ」

ナマエは男の泣き所まで押さえているようだが、どうせはったりだ。ぜってーはったりだ。じゃなかったら、暴れてやる。

「なら、オレとも寝ろよアバズレ女」

今度はオレのグラスに入ったワインをブッかけられた。

「最低。私に男性の口説き方を教えた人が女性の口説き方忘れたの?」

「ああ。忘れた」

髪から垂れる赤い雫を手の甲で拭い、ナマエを睨みつけた。
オレに口説かれて"No"という女はいねえ。かつてオレに泣いてすがった女がこのオレをここまでコケにするとはな。

「額を小突けば、またオレに惚れんのか?」

「その後私に『ひでー面』とかなんとか言えば完璧ね。早く拭いたら?」

ナマエはまた手拭きを投げて寄越したが、ナマエの言葉が気になりそれどころじゃあなかった。
ナマエの口振りからオレと同様にあの日のことをよく覚えてるように感じた。それにオレが口説けば『もう傷つくのは嫌』と言った。ということはだ──

「まだオレのこと好きだろ?」

「これだからブロンド青目男は困るのよね。世界中の女に無条件で愛され続けるって思ってるんだから」

「茶化すな。答えろ」

「……私がどうして変わったか知ってる?」

ナマエは腿の上で両手の指を絡めあって伏し目がちになる。その仕草ですら作られたものか判断しかねるが、ナマエの落ちた声のトーンから本心を話そうとしてるのが感じ取れる。

「さあな。議員と寝て自信がついたんだろ?」

「初めてを知らないヤツに、それも車なんかで無理やり奪われた挙句に好きな男に振られたからよ……それで男って皆ゴミだと思うと吹っ切れて、派手な格好して色仕掛けで男を落としては心の中で見下して優越感に浸ってたの。能力を使わなくても、男を好きに手の平の上で転がせるって。それに……私を振った男から教えてもらったことを実践して自分を汚していく度に何故かあの日の傷が癒えていくようだったわ」

ナマエの言葉一つ一つから悲しみの叫びが伝わってきた。すっかり変わっちまったと思えば、ある種の純情さは残ってたってことだ。
今更あの夜に男とナマエをふたりにしたことが悔やまれる。すぐ助けに行けば、ナマエがこんなに悲しむことがなかったのか。それとも、色仕掛けなんかやらせねえで拷問や自白剤でどうにか代替できたんじゃあねえか。いや、そもそもオレが何もしなければナマエはガキくせェままで好きになることすらなくてこうも悩む必要はなかったのか。それか、最初からナマエを大事に育ててやれば……だが、こんな堂々巡りな後悔はなんの助けにもならねえな。

「……初めてだったのか?経験あるとか言ってなかったか?」

「あれはキスまではしたってことよ……まあ、ちょっと見栄をはったわけだけど……とにかく、あなたのせいで私は変わったの」

ナマエはオレを責めているようだが、謝罪を求めているわけじゃあねえのはなんとなくわかる。ただ、何が言いてえのかさっぱりだ。

「だからどうした?何が言いたい?オレに迫られて優越感が満たされたとか言いてえのか?」

「ええ。そうよ。気分は最高よ」

そう言うナマエの眉はあの日のように歪んでいて、下唇を噛み締める様子はどう見ても嘘をついているようにしか見えねえ。

「オレを信じられるようになったら、心から最高って思えるんじゃあねーか?」

「じゃあ、信じさせてよッ!言っておくけど、簡単には信じられないからッ!」

ナマエは頬を涙で濡らし、鼻先や耳まで真っ赤にさせている。
あの日、オレがナマエの手を振り払ったことを思い出して左腕に嫌な感覚がまとわりついてくる。この感覚は今後のナマエとオレ次第でいつかは消えるだろう。
問題は今夜のオレが後悔してばかりなことだな。ああすればよかったとか、しなければよかったとか。
今考えると我ながらくだらねえ。人生において取り返しのつかないことは往々にしてあるが、ナマエとのことはまだ今からでも遅くはねえはずだ。
床に跪き、ナマエの手に自分の手を重ねた。

「悪い。女の口説き方を忘れていたようだ。美しいシニョリーナ、今夜ディナーに誘ってもいいか?ディナーつってもルームサービスだが」

「……美味しいワインがあれば完璧なディナーになるわ」

泣きながらも零れるような笑みを漏らすナマエに、今まで一度も垣間見ることができなかったようなものを見た気がして胸の底がジリジリと焼かれるように熱くなり、ナマエを口説き落としてやるという衝動の源が丸っ切り他のもんに変わったことを悟ったところで漸くオレの脳が一体どこにあるのかを知った。

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