rosso cacciatore (2/4)


 
翌朝チャイムの音で目が覚めた。夜中ターゲットの家や行動範囲の確認で街を歩き回っていたからスゲェ疲れてまだ寝ていたかったが、ナマエかもしれねえと思うと目が覚めたし疲労のたまっているはずの身体が軽くなった。
軽く顔を洗い、乱れた髪を掻き上げながら出れば、予想通りナマエがいた。今日は昨日より随分と化粧が薄く、髪を巻いていないせいかボリュームの減った髪型で幸の薄そうな感じが増しているが、悪くはない。むしろこっちの方がわざわざ隣人に焼き立てのマフィンをくれる品行方正な女としてしっくりくるし、儚い美人ってのもいい。二度美味しい女だな。

「よう、ベッラ。昨日より美しさが増したな。んで、こんな朝っぱらからどうした?」

ナマエはハッとしたように瞳を大きくさせ、それから口角を上げて微笑んだ。
よくわかんねえ反応だが、おれが褒めたのがおかしかったのか。

「おはようございます。あの、朝早くにごめんなさい。昨日のこと、謝りたくて……私が多分、勘違いさせちゃったんですよね……?それなのに殴ってごめんなさい」

とんだお人好しだ。カトリックの敬虔な信徒って皆こうなのか?だとしたら面倒だが、目の前の女については誠実に対応してやりたい気持ちが働く。

「いや、おれの方が悪かったな。どうかしていた。こっちの頬も殴ってくれていいぜ?右の方を打たれたらなんとかって聖書にあんだろ?」

ナマエは笑った。その溢れでたような笑みに安心し、昨日の件で嫌われたのかと自分が気にしていたことに気付かされた。

「昨日くれたマフィン美味かったぜ。ありがとな」

「それはよかったです。あの、イルーゾォさんに図々しいお願いがあるんですけど……」

「なんだ?言ってみろ」

「今、私が通っている教会の信徒を増やす活動してて……まだ行く教会が決まってなかったら来ませんか?ミサは明日なんですけど……」

最悪だ。ナマエの目的が今わかった。おれに構うのは好意だけじゃあなく、下心があったわけだ。

「悪い。明日にはここを発つ予定だ。出張で来たからすぐ帰るんだよ」

「出張?」

「ああ。仕事の商談で来た」

「そう、なんですか……」

女はきゅっと唇を引き結び、眉を落とす。おれへの好意からなのか信徒を増やせないからなのか──ある程度の好意は感じていたから両方だな。

「残念だ。なあ、今夜空いてるか?」

「今夜?なんですか?」

「食事でもどうだ?」

幾ら下心から近づいてきた相手でも、目の前の女は逃すのには惜しい。断られてもしつこく誘い続けるつもりでまずは軽く誘っただけだが、意外なことにナマエはにっこりと笑った。

「ええ。是非」



*



トレントはド田舎で夜に空いている店なんかないと思っていたが、観光客向けに一部開けている店もあるらしい。その中でもナマエの勧めのリストランテで食事をとった。地元でも美味いと有名らしく、期待以上の味だった。
ナマエと家に帰る間、他愛ない話をして盛り上がった。

「南は治安が悪いんですね」

「ああ。逆にここは良過ぎて不安だ。本当にイタリア人が住んでるのか?」

「さっきはミラノ人の悪口を言ってたのに、今度はトレント人の悪口ですか?」

「逆に褒めてんだろ。ここは北欧人みたいに意識の高いヤツらが多いって。なあもっと、イタリア人らしく振る舞ってみろよ。毎分クラクション鳴らしたり、壁に落書きしたり──いや、カトリックでは許されないか?」

「ええ。神は慎みある行動を望まれます。不必要にクラクションは鳴らしませんし、壁に落書きなんてしません」

「慎みか。ネアポリスでは嗜みでするけどな」

ナマエの家の玄関前まで着いた。ナマエは急に黙り込んで、おれを見上げる。外灯の下で暫くナマエと見つめ合った。ナマエの瞳は何かを期待しているように見えるが、昨日ブン殴られた後だ。見つめてきたらキスしていいサインじゃあねえことは考慮しねえと。

「そういや、隣人を愛せよって言葉、聖書にあるよな?」

「恐らく言葉の意味を勘違いなされているようなので、コーヒーでも飲みながら教えましょうか?」

軽くジャブを打ったつもりが、まさか相手からの提案には驚いた。身持ちが堅い女かと思えば、段階を踏めばいけそうじゃあねえか。ただ、段階を踏む時間がないことが残念だな。

「ああ、美女にコーヒー付きで説教してもらえるなら大歓迎だ。リベラルから保守派に改宗してもいい」

「南部の方って口が上手いんですね」

ナマエは呆れたように笑うと、家ん中に入れてくれた。
ダイニングテーブルでナマエの用意してくれたコーヒーを飲みながら仲間の話をしたら大ウケだった。特にプロシュートやホルマジオが教会で汚え言葉遣いをする度にペッシが代わりに神に謝るって話が気に入ってるらしい。

「ナマエは敬虔な信徒だと思ったが、この話が笑えるのか?」

「ええ。とっても。だって、その必死な男の子を想像したら可愛くて笑ってしまいます」

「あいつが可愛い、か……」

まあ、からかったら面白れえからな。ペッシの見てくれはギャングらしい柄の悪さはあるが、大体はメソメソしているから、面倒見のよさそうなナマエがペッシを可愛がる姿が容易に想像できる。シワ一つない清潔な無地の白シャツに黒のロングスカートを穿いた修道女姿のナマエはきっと慎ましく、ラファエロの描いた聖母画より綺麗だろうな。
そんなナマエの綺麗な顔を含羞の色に染め上げ、着実に乱れさせていきてえが、おれには時間がない。スゲェ残念だ。

「そうだ。イルーゾォさん、明日は何時にここを出るんですか?」

「早いぜ?早朝だ」

「何時ですか?」

「5時くらいだ」

「あの、お見送りに行ってもいいですか?駅までとか……」

控えめな様子で控えめなことを言うナマエに感動すら覚えた。こんな慎ましいラテン女がこの世にいるなんて信じられねえ。やっぱトレント女は最高じゃあねえか。

「わざわざお見送りなんたどうしたんだ?おれに惚れたのか?ん?」

「べ、別に惚れてなんかいません!」

ナマエは眼の下を赤く染め上げ、眉を吊り上げて否定する。その様子も感動するレベルでそそる。それを我慢しろってのは酷だ。

「惚れてないのはわかったが、カトリックで願いを叶えたい時はどうすりゃあいい?」

「祈ることです。ですが、その願いは神の御心に沿ったものでなければいけませんし、神がいつ願いを成就してくださるかわかりません。祈願成就が死後である場合もあります」

「死後は困るな。明日帰るまでナマエと過ごしたいんだが、それは神の御心には沿ってないのか?」

「えっ……そ、それは……」

ナマエは困ったように俯いた。クソッ。そんな態度取られちゃあ、どんなに拒否られたってしつこく誘っちまうじゃあねえか。

「何もしねーって。ただナマエと一晩中話してえだけだ。もう会えねえかもしれないからよ」

「えーと……またここに来ることはないんですか?」

「仕事で近くまで来れればぜってー立ち寄る。だが、地元からここまで片道6時間。そう簡単には来れねえぜ」

往復12時間となると、2日以上まとまった休みがないと、簡単には来れねえ。それに暗殺ってのは大体急を要する仕事だ。突然おれが必要になることだってあるから移動途中で仕事を押し付けられたら堪らねえ。交通費だって馬鹿にならねえしな。
ナマエがいくら天然記念物だからってナマエに会う為だけにそんな労力は払えねえ。

「そうなんですね……」

ナマエがしゅんと縮まる様子はどうみたっておれに気がある。無意識なのかわざとなのか、そんな態度取られたら困るじゃあねえか。

「ナマエがネアポリスのおれの家に来いよ。養ってやるぜ」

半分冗談、半分本気だ。ナマエなら囲ってやってもいい。正体を隠しながらの生活は大変だろうが、ナマエの為ならやれそうだ。

「……南部の人って冗談を言ってるのかたまにわからない時があります」

「おれが美女を口説く時は本気だ」

「イルーゾォさんは本当に口が上手いんですね」

「それで返事は?」

「お断りします」

「だろうとは思ったぜ。それなら、今日泊まってもいいか?その辺のソファか床で寝るからよ。遅くまで話そうぜ」

「……好きにしてください」

「神の御心に沿った願いをしてよかったぜ。なあ、この椅子は腰が痛くなるんだが」

ナマエは呆れたように短く息をつくと、居間のソファに案内してくれた。距離を取って座られたが、会話をしながら距離を詰めていき、ナマエの柔らかい髪に触れ、肩を抱き、腕を撫でた。至近距離で見つめれば、ナマエも瞳を大きく揺らしながら見つめ返してくる。

「イルーゾォさん……っん」

最初は軽く口付け、ナマエが嫌がらねえか確認しながらどんどん深くしていった。体を強く抱きしめて口内を舐め回してもナマエは抵抗なくおれを受け入れた。
ナマエの服に手をかけた時、最悪なことに電話がなった。おれの携帯だ。

「悪い。仕事の電話だ」

ナマエを離して、ソファから立ち上がって電話に出た。

「何の用だ?」

「オレだ。時間が変わった。ターゲットは明日の会議の為に今夜出立するらしい。今すぐ殺せ」

リゾットからの突然の命令変更に頭をブン殴られた気分になった。そりゃあねーぜ。

「ちょっと待ってくれ」

ナマエに無言で窓の外のバルコニーを指させば、どうぞとジェスチャーで返された。
バルコニーに出てナマエに聞かれないように窓をきっちり閉めた。

「おいおいおい。一体どういうことだァ?どうして時間が変わっちまった?」

「理由などどうでもいいだろう。言われた通りにやれ。ヤツがトレントを出る前に殺せ」

「ああ。わかった。言われた通りにやってやるが、ちょうど御馳走を食うって時に間が悪すぎだな」

「飯時に悪かったな」

「まあ、食ってる最中よりはマシだったな。なあ、これが終わった後は次の任務で即ミラノに移動だろ?こんな時間じゃあ、移動は無理だぜ。出立は朝でいいか?」

「どんな手を使ってもヤツを殺したら速やかにミラノに向かえ。夜行列車があるだろう」

「仕方ねえ。了解だ」

電話を切り、バルコニーの手すりに手をかけた。
家の裏側からだと、山の緩やかな稜線がよく見えた。見れば見る程ド田舎だ。ここに住むヤツらは何が楽しくてこんな田舎に住んでるんだ?おれが良いところをあげてやるなら、星は南部よりよく見えるし、空が広くて近く、空気もいい。別荘にはいいかもな。今みてえに憂鬱な時に──と、黄昏てる場合じゃあねーがどうにも気が滅入る。冬のノルウェー人みてえな気分だ。
後ろでナマエが窓を開け、バルコニーに出てきた。

「どうしたんですか?」

「用事ができた」

「こんな時間にですか?」

「ああ。遅い晩餐を食いながら商談だ」

「そしたら、朝はどうするんですか?朝には会えるんですか?」

「そのまま身一つで西部に行く用事がある。だから、もう会えねえ」

「……そうですか」

ナマエはまた俯く。そうやって態度に出されると別れが惜しくなる。

「電話番号書いて置いてく。会いたくなったら電話くれよ」

「はい……」

別れ際もずっとナマエは沈んでいて、瞳は虚ろだった。
そこまでおれと別れるのが嫌なのか。おれにベタ惚れじゃあねーか。
最期だと思って別れのキスをして、ナマエの家をでた。念の為に自宅の痕跡を消し、急いでターゲットを殺しに現場へ行って、即殺した。報告の電話を入れて命令通りにミラノ行きの夜行列車のチケットをなんとか買い、時間より遅れてきた列車に乗り込んだ。

「イルーゾォさん!」

遠くからナマエの声が聞こえた。列車の外、駅のホームをスーツケースを引きずりながらナマエが走ってくる。ナマエがおれの為に来てくれたことは考えるまもなく明白で、列車に乗り込むナマエを抱きしめ、体を離してナマエの頬に手を当てた。この時期の北部の夜は寒いはずだが、相当走ってきたのか頬に熱を持っている。

「どうして来た?」

「私をさらってください」

「どういうことだ?」

「私、婚約者がいて……明日私を迎えに来るんです!でも、その人は私のことなんか愛してくれてないし、私もその人を愛してないんです。だから、私、私……イルーゾォさんといたいです!」

ナマエは上気した頬で早口に言うが、流石のおれも全部は理解できなかった。とりあえず、ナマエには実は婚約者がいて好きじゃあねえから、イケてるおれの方を選んだってことはわかった。
が、あまりにも唐突で現実的でない。迫られた途端に、この純朴な女を幸せにする自信がおれにはないことに気づき、そもそも口説いたのが間違いだとさえ思えた。こういう女には幸せになって欲しい。勿論、このか弱い女を優しく抱いて自分のものにしたい欲望はあるが、不幸にはしたくねえ。

「その婚約者といた方が幸せなんじゃあねーの?」

「なんで……?」

「いや、言い方が悪かったな。おれはずっとおまえのそばにはいてやれねえし、仕事優先だし、秘密も多い。耐えられるのか?その婚約者でなくても、他にいい男を見つけたら……」

「私のこと嫌いになったんですか……?」

ナマエの顔は今にも泣きそうに歪められ、女の涙をなんとも思わずに幾度も見てきたおれでも見ていて胸が痛む。
暫く停まっていた電車の駆動音が鳴り、扉の閉まる合図のベルが鳴り響いた。

「嫌いになってねえし、好きだ。好きだが、おれと来ると後悔する。後悔したくねえなら、今すぐ列車から降りろ」

「降りません」

ナマエはおれを見つめたままその場から動かず、ついに列車の扉が閉まり、動き出しちまった。

「コンパートメントはふたり部屋だがいいのか?」

「なんでも構いません……一緒にいられれば」

車内の揺れにバランスを崩しかけるナマエの手を引っ張って予約したコンパートメントに向かった。
中にはベッドが二つあるが、ナマエはおれと一緒にいたがり、同じベッドの上でおれに身を寄せてくるナマエの肩を抱いた。今にも押し倒して交わりてえが、女はセックスをすると相手に本気になる。今はただ婚約者から逃げたくておれに構ってるだけもあるからな。いつか我に返って後悔して欲しくねえ。
そう思って、ナマエの頬にかかる髪を後ろに梳いてやり、幸の薄そうな顔を見つめるが、細い眉の下のおれを見つめる眼は瞳孔が開いたように黒眼が大きく、濡れたように光っている。おれに惚れてんのはなんとなくわかるが、いつおれのことを好きになったのか全くわかんねえ。

「婚約者はどんなヤツなんだ?」

「あの人は私の外側しか見てくれなくて……」

「おれもそんなもんだぜ?」

「イルーゾォさんは違います!あの人とは全然……」

ナマエは婚約者について語り始めた。婚約者は30代後半のミラノのIT企業の社長で、ナマエの職場にしつこく通って口説いてきたという。その間にナマエの母が病気になり、母の為にも早く結婚しようかと血迷って婚約し、数週間後に式を挙げるらしい。それでナマエは婚約の条件通り嫌々仕事を辞め、挙式までは地元のトレントで暮らすことになり、挙式後は大都会のミラノに引っ越す予定だという。
困ったことに婚約者は仕事上のナマエに惚れたから、仕事の時と同じ華やかさを常に求めていて、例えナマエの地元でだろうと評判を気にして常に華やかでいることを強要されているのがナマエには苦痛だという。
職場で惚れたと聞いたから気になって何の仕事かと聞けば、言いたがらなかった。恐らくナマエの真面目さからいって役所とか銀行の窓口とかだろう。

「だから、イルーゾォさんが薄化粧にしても私への態度を変えなかったことが嬉しくて……それにプライベートで出会って好意を持たれたのが嬉しかったです。ほら、人って仕事での姿に惚れませんか?男の人ならスーツ姿でパソコンに向かってキーボードを弄っている姿とか、会議でプレゼンしてる姿とか……プロのスポーツ選手なんてその主たるものです」

おれの仕事中に惚れたら、人殺しをする姿に惚れる女ってことだ。そんなサイコ女はこっちから願い下げだが。

「職種によるだろ。それにナマエは化粧関係なく美人だぜ?」

「そんなことはないですし、他にも理由はありますよ。イルーゾォさんはかっこよくて素敵なのは勿論、面白い話をいっぱいしてくれて私、一緒にいると幸せを感じるんです」

おれを恍惚の表情で見つめるナマエに胸が悶々とした感情で塞がっていく。
ミラノに着いたらトレント行きの電車に乗せて帰らせることもできるが、無理だ。この女のことが喉から手が出るほど欲しくなっちまった。
欲望のままナマエの頭を掴み、髪を何度も掻き分けながら唇を重ねた。深く、甘く、殆どセックスみてえな下品で生々しい感覚のキスをナマエに与えれば、ナマエは顔を真っ赤にさせて、息を乱し、混乱しているように眼をぐるぐるさせた。

「なにこれ……?」

「キスもしたことないのか?」

「キスくらいあります!ありますけど……」

ナマエは軽く指を曲げた手を口元に持っていき、おれを見つめる。

「こんなの初めてです……凄く、よかったです……」

「セックスはもっといいぜ?」

「そ、それは……」

パッと顔を背けてナマエは床を見つめた。

「なんだ?婚前交渉は禁忌ってか?」

「……」

ナマエは黙り込んだ。

「……マジかよ」

「重いですよね……親が敬虔な信徒なので……」

「いや、たまにそういう女がいるが、いいことだ。世の中には尻軽女が多いから好感持てるぜ?」

「本当ですか?よかった……でも、もうそういうの気にしないことにしてるので大丈夫です。イルーゾォさんが嫌じゃなければ……」

ナマエを頬を赤らめ、視線を下に落とした。
おれとしては願ってもないことだが、不安がある。
女は肉体関係を持った相手に入れ込む。特に、初めてなら尚更だ。職業柄、女に入れ込まれるのは困る。それにこのままおれには抱かれてもいいような態度をとるナマエの呆気なさには少し興醒めもする。だが、差し出されたら間違いなくおれはナマエを抱く。どんなに抱かないと決め込んでも、相手は魅力的な女だ。我慢する気も起きない。それが困る。

「嫌なわけねーだろ?それどころか喜んで抱くぜ」

「嬉しいです……」

ナマエはぎゅっと手に力を入れて、おれの服にしがみつく。
可愛い女だ。手放すにはマジに惜しい。

「今更だが、この列車ミラノ行きだ。ミラノで一仕事終わるまで南部には戻らねえが、婚約者のいる町にいていいのか?」

「ミラノと言っても広いので大丈夫です。あの人の家と会社を避ければ……ホテルとか取ってますか?」

「ああ、取ってるぜ」

「イルーゾォさんの仕事が終わるまでいさせてください」

「ああ。それならホテルで待ってろ」

ナマエの頬を撫で、額に口付けた。
このままヤりたいが、夜行列車の個室といえど、コンパートメントの扉のガラス窓から中が丸見えだ。鏡の中にナマエを引き摺り込むことも考えたが、ナマエに変に勘付かれたらおしまいだ。
仕方なく、ミラノに着くまではペッティングだけという、ガキ染みてはいるが、行為自体は道義心のあるもんで、なんとか反カトリック的な欲望を抑え込んだ。



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