i ladri di tempo


※夢主死亡
※病み傾向









屋根裏部屋のアーチ型天井をナマエと一緒に床に転がって見ていた。真っ暗な部屋で光っているのは家庭用プラネタリウムの本体と、プロジェクターから天井まで届く光柱と、天井をくり抜くように丸く映し出されたちゃっちい無数の光の斑点だった。

「あれがカシオペア座だから……北極星はあれ!」

「いや、このプロジェクターに星座っつー概念はねーだろ」

ナマエの、ただの光の斑点に星座を見つけようとする姿に呆れつつも、失敗した買い物で楽しもうとする微笑ましさに、未だにオレはナマエに恋心のような情熱を感じている。
オレはデートらしいデートをするような男じゃあなかった。ヤる為に食事に誘うくらいだった。人生で使える時間は限られているのだから、女の為に時間を割くのは勿体ないっつーのがオレの持論だった。そんな風にいつも先のことばかり考えているオレはナマエとは何度もデートに行き、一緒にいる時間を大事にしていた。ナマエと過ごす時間に無駄はねえ、とナマエといる時は常に心が満ちたりていた。時間を時計で計ることもなかった。

「ねえ。星の寿命は長いって言うけどさ、女性の美しさの寿命は短いんだよ?」

ナマエは横向きに転がり、オレに身を寄せてきた。

「星と女の美を比べんなよ」

「だってさ、私たちもう3年もつきあってる。そろそろ……」

「……そうだな。だが、仕事が安定しねえとする気にならねえ」

今の仕事は先ばかりを気にするオレにとって最悪なもんだった。先の人生を考えて生きているオレが自分の人生を懸けてシケた金をもらう為に他人の人生を奪うことをしている。いつか正当な報酬を受け取ることは勿論、仕事内容を変えてもらわねえと安心してナマエを養える余裕が持てねえ。
そんなオレの不安を知らずしてか、ナマエは「時間泥棒」とオレを詰った。

「誰が時間泥棒だ」

「だって、私が人生の中で一番綺麗な時をプロシュートがひとり占めしてるんだよ?老いて醜くなってから捨てないでよね」

「愛する女をそう簡単に捨てるかよ。それに老いてもオメーは綺麗だ」

ナマエの頬に手を添えて、指の腹で撫でた。滑らかで潤いのある柔い肌だが、これがシワだらけの枯れた肌になってもオレはナマエを愛し続けられるだろう。ナマエは、ナマエだけはオレを縛る時間というものを忘れさせてくれる。今を生きさせてくれる。

「ありがとう。でも、プロシュートの能力は時間泥棒だよね。人の残りの寿命を奪っちゃうんだもの」

「オメーの一生分の時間を奪ってやろうか?」

「え!それってどっちの意味?直触りで殺すの?それとも私と一生一緒に……ってこと?」

「後者に決まってんだろーが。オメーがどうしてもっていうなら近いうちにありかもな」

オレとしては先延ばしにしてえところだが、ナマエがオレを見限っちまうかもしれねえことを考えたら婚姻する方がずっといい。

「待って!本当?どうしよう……泣きそう」

「泣くならオレが正式にオメーに跪いた時にしてくれ」

「うん……!」

オレの背中に抱きつき、胸に顔を埋めてきたナマエの頭を優しく撫でた。
オレがナマエの為に人生の設計図を変えたこの日から数ヶ月後、ナマエの時間は死に奪われた。



*




ナマエが死んで2年11ヶ月と20日が経った。その間にオレは引越し、ナマエの痕跡のない新しい家に住み始めた。だが朝起きた時、飯を食う時、寝る時、それ以外にもふとした時に未だにあいつのことを思い出す。その度に胸が締め付けられ、息苦しくなり、苛立ちでキレそうになる。オレはもういい加減ナマエのことを忘れたかった。
何故未だに忘れられねえのか。あいつは任務で死にやがったわけだから、アジトにいる時や任務中に思い出すっつーのはわかる。だったら、生活の中で思い出すのは変だ。オレとナマエは恋人同士だったが、同棲まではしていなかった。たまにナマエが泊まっていき、歯ブラシや風呂道具一式と服を何枚かオレの家に置いていたきりで、特に生活に記憶を残していくようなことはなかった。引越し先でも家具も内装も全くの別もんにしても思い出しちまうのは、あいつがオレに呪いでもかけたからなのだろうか。独占欲の強いあいつが、死んだ後にオレが他の女を作らねえように、とかな。

「ねえ、何を考えてるの……?」

ベッドの上で真っ新な天井を見つめるともなしに見つめていると、新しい恋人の女が話しかけてきた。ナマエの容姿とは似ても似つかねえ、ブロンドに青眼ですらりとした手脚を持つバービー人形みてえな見た目の女だ。ナマエのことを思い出したくねえから、ナマエと似てねえ女なら誰でもよかったが、今思うとちゃんとした美人を選んでいる。

「なにも。今何時だ?」

「11時くらいよ。多分」

まるでナマエのような時間のルーズさに頭にキた。

「多分じゃあねーだろッ!何時何分か言いやがれ!」

「怒鳴らなくてもいいじゃない!」

女に怒鳴り返されて、ハッとした。オレはこんなことで女に怒鳴るような男じゃあなかったのに、つい怒鳴っちまった自分に腹が立った。これもナマエの所為だ。ナマエの所為でオレは常に苛立っている。ナマエの死がオレを苦しめ続けているからだ。

「悪かったな……」

オレの謝罪に女は不満そうに呻ると、ベッドサイドテーブルに置いてある置き時計を手に取って顔を近づけて見ていた。女は眼が悪かった。

「12時3分。もうこんな時間?あなたといるとあっという間だわ……あ、12時っていうのは勿論深夜の12時よ!」

「わかってる。まじーな、遅刻だ」

12時にホルマジオと約束を取り付けていたのだが、いつの間にかその時間を過ぎちまったようだ。
どうせあいつも遅刻だろうが、如何せん1時間後にリゾットをアジトに呼び出していて、ホルマジオとの用事にどのくらい時間がかかるかによってはリゾットを待たせちまうことになる。
自分から頼んだ手前、予定の時間より遅れるのはよくねえ。
急いでベッドの中やベッドエンドにあるベンチから服を拾い上げて身に付けた。

「時計はどこだ?」

「はい、どうぞ」

女は既にオレの為に時計を見つけて持っていてくれたみてーで、すぐに手渡してきた。オレが怒鳴っちまった後だというのに、不貞腐れずに気を遣えるよく出来た女だ。

「明日また会えるか?」

「ええ。でも、いい加減あなたの家に行かせてよ。早く歯ブラシとかお洋服を置きたいわ」

「ああ、それはまた今度な……いや、明日考えてみる」

話している途中で、今夜の行動のもたらす結果次第で女を家に入れていいと思うようになるかもしれねえと思い、前向きな言葉を付け足してやった。
オレはなんとなくこの新しい恋人を家に入れるのが嫌だった。それどころかオレの家にオレ以外の痕跡、特に女の所有物一つでも残すことが生理的に受け付けなかったのだが、明日にはもしかしたら大丈夫になっているかもしれねえ。
女はオレの返事に満足したように笑うと、オレの首に腕を回し、キスを強請ってきた。まるでナマエのような行動に体が女を受け付けず、頬に軽く口付けてその場をやり過ごした。

「また明日だな」

「ええ」

口角を上げて笑う女の瞳を見つめ、明日にはこの美しい瞳に愛着を持てるように願った。



*



車で現地へ向かい、途中でホルマジオを拾って目的の墓地の近くで降りた。
事前に用意していたショベルをホルマジオと一本ずつ持ち、懐中電灯で辺りを照らしながらナマエの墓地を目指した。

「何故花なんか持ってきた?」

ホルマジオの脇に挟まれた花束が気になって聞いた。ナマエにはいつもウィスキーを持ってきていた筈だ。そして必ずナマエの眠る土の上へウィスキーをぶっかけていた。

「墓を暴くからな。ナマエが怒らねえように機嫌とりだ」

「あいつが怒るとか怒らねえとかオレはもうどうでもいいけどな。おまえの方が気にしてんじゃあねーか?」

「……ああ、そうかもな」

いつものホルマジオなら言い返してくるところだが、らしくもなく少し弱まった語調で肯定しているのは、オレがナマエに取り憑かれたイカれ野郎だとか思っているからだろう。だが、オレは正気だ。もう前を向いて生きているし、新しい恋人を作ってうまくいっている。それなのに今みてえに気を遣うような態度を取られるとすげー腹が立った。
苛立ちながら懐中電灯の光を頼りに記憶通りに歩いた。ナマエの墓は列の端にあり、簡単に見つかった。
セラピーの回復プログラムみてえに11ヶ月と21日前には手紙を書いて読みに来たが、来たる3年目にはそんなくだらねえことはしたくねえと思いながら、咥え煙草をしてショベルで土を掘り返した。土はところどころが硬く、思っていたより時間がかかる。
途中で手を止め、ちびた煙草をその場へ吐き捨てた。懐から葉巻を取り出し、先を切り、ライターを回しながら先を炙った。ホルマジオも手を止め、オレと同じように煙草を地面に吐き捨て、新しいのを咥えた。静寂に返った世界でジジジ、と葉巻が焼ける音だけが聞こえる。漸く火の灯った葉巻の煙を吸い、少しだけ煙を吐き出した。できるだけ多くの紫煙を体内に取り込みたかったからふかさなかった。吐き出される紫煙を見ると、どうにも勿体ないと思っちまうし、何故か焦りが生まれる。
葉巻は、ホルマジオが「時間の流れがゆっくりになる」と、勧めてきたから試しにやっているが、何度吸っても時間の流れは変わらねえ。時は常に先に進み続け、自動巻き時計すら現実の時間を越して15分以上早く進むようになっちまった。

「今何時だ?」

葉巻を片手に持ち、ホルマジオに聞いた。葉巻からくゆる煙でさえオレを焦らす。
ホルマジオは穴に転がしていた懐中電灯に時計の付いた方の手を近づけた。

「12時49分だ」

オレも懐中電灯に時計を照らしてみると、夕方頃に時間を合わせ直した時計がまた壊れてやがった。

「オレのは1時5分だ……」

「早く修理屋行けって」

「だな……」

もう一週間以上も不良の時計をし続けている自分のだらしなさには辟易するが、修理屋に足を運ぶ気にはなれなかった。今もそのつもりはねえ。
また葉巻を口に咥え、ショベルを手に取って土を掘り返した。
土を掘り返しながらたまに吐き出す紫煙があまりに虚無で、見る度に今過ごしている時間がどれ程無意味で価値のないものなのか、考えるようになっちまう。
ホルマジオを見ると、汗を垂らしながら黙々と地面を掘り返しては穴の外へ掘り返した土を積もらせていく。

「付き合わせて悪いな……」

「全くだ。何人かイイ女紹介してくれなくちゃあ、割に合わねえぜ……と、ここかてーぞ!」

どうやらやっと棺を見つけたようだ。そこからはあっという間だった。
休憩しながら掘っていた手を素早く動かし、棺の周りの土を退け、ホルマジオの能力でそれを縮めさせた。手のひらサイズまで縮んだ棺を持ってきた袋に包んでホルマジオに大事に持たせ、墓土をもとに戻して車へ戻った。

「絶対になくすんじゃあねーぞ」

「丁重に扱ってるから安心しろよ。しっかしよォ〜、中を確認しなくていいのか〜?」

「どうせもう骨くらいしか残ってねえだろ……」

「どうだかな……気候や土の種類にもよるみてえだからなァ〜……」

「なにが言いてえ?」

「いや……」

ホルマジオは黙るが、ルームミラー越しに見えるその眼は、完全にオレの正気を疑ってるような含みを持っていた。

「言っておくが、オレはイカれてねーぞ」

「ああ。そうだな……そうだな」

その繰り返し言葉に余計に腹が立ったが、怒っている暇はねえ。今は一刻も早くアジトへ向かってリゾットに頼んだ品を受け取りたかった。



*



アジトで小さくなったナマエの棺を開けた。中には布があったが、その中にはもう骨しか残っていなくて安心した。
リゾットに頼んだ濃硫酸と濃硫酸に耐え得る容器を受け取った。容器に濃硫酸をなみなみと注ぎ、ホルマジオの能力で更に小さくしたナマエの骨を中へ浸して溶かした。全て溶け切ったのを確認してから中に中和剤を入れた。これで水道で流せばオレはもうナマエから自由になれる。

「棺はどーすんだ?」

ホルマジオが小さくなった棺を指の先で摘み、聞いてきた。

「燃やし尽くしてえな。頼めるか?」

「ああ。やっておいてやるよ。んじゃあ、オレは帰るぜ?」

「こいつを流すところ、見なくていいのか?」

「……んなところ、見たくねーよ」

ホルマジオはすげー嫌そうに言うと、帰っちまった。残ったリゾットは黙ったままオレの手元にある濃硫酸と溶けてなくなったナマエと重曹の混じった容器を見ている。

「見るか?」

「……いらん」

リゾットもすげー嫌そうに言うと、帰っちまった。
オレはひとりで水道にナマエを流しに行った。薬品が跳ねないようにシンクの底へ近づけ、緩く容器を傾けてゆっくりとナマエを流した。

「もう、一生、オレの頭ん中に出てくるなよ……」

全て流し切ったあと、葉巻を吸った。こいつを何本吸っても、オレは満たされねえし、焦燥感を覚えるだけだが吸わずにはいられなかった。
その夜、オレはいつものようにナマエの夢を見た。結局どうやってもナマエのことを忘れることができなかったのだ。



*



オメーならこんな苦しみに耐えられなかっただろう。地獄のように辛い、永遠に終わりの見えねえ苦しみだ。オメーがこんな思いをしなくてよかった──そう思える程にオレは強ェ。だからオレはオメーの為に死なねえ。いつか死んだ方がマシだと思うこともあったがオレはもう立ち直っている。
もう前を向いて、未来を考えて生きている。

「だから、これ以上思い出させんなよ……」

瞼にくっ付いたナマエの姿を消し去ろうとしながら、呟いた言葉に自分が今、実際は眼を開けたまま自分ん家の天井を見上げていることに気がついた。ナマエのいる無意識の世界と現実の世界が混濁していてわけもわからず口から言葉がでちまったようだ。

「プロシュート、どうしたの……?」

「ナマエ……?」

ナマエが生前と変わらない姿でベッドに沈むオレの隣に横になっていて、オレの眼元へと手を伸ばしてきた。
オレの眼元を拭うように擦ったナマエの指の先に光るものが絡みつくのを見て初めて自分が泣いていることに気がついた。

「ナマエって誰……?」

寝起きでぼやけた頭にぼやけた視界で恋人の姿がブレて見間違えたようだ。こんなにも見た目も性格も──時間にだらしねえことは除いて──完璧な女とナマエを見間違えるなんてな。オレとしたことがあり得ねえ。

「……誰でもねーよ」

「……そう」

「今何時だ?」

「まだ8時43分よ。ほら、大きな時計買ったばかりじゃない」

女が指差した方を向いた。部屋の隅に置いてある掛け時計は本当に8時43分と、8秒だった。また惰眠で貴重な時間を無駄にした。
苛立ちからか、突然この女といることの意味が見出せなくなった。この女に自分の時間を無駄に奪われている気さえしてきた。

「出ていけ」

「え?」

「オレとおまえは終わった」

半裸のままベッドから抜け出し、部屋の隅にあるクローゼットに向かった。中にある女の服を全部取り出して片腕にかけ、床に落ちていた女が脱いだ服も拾ってその上に重ねていった。全て拾いきると、呆然としてオレを見ていた女の腕を掴んで寝室を出た。最後に洗面台に置いてやった女の歯ブラシを取って、女を家の外に追い出して歯ブラシと洋服を全部女に投げつけた。
これで女の痕跡は消え去った。

「ちょっと!開けてよ!私、裸なのよ!」

玄関扉越しに扉を叩く音と女の篭った声が聞こえてくるが、オレは無視をした。
深夜。日付を跨いだのを確認してから家を出てナマエの墓に向かった。今日はナマエの命日だった。
アジトの流し場と迷ったが、ナマエの墓石がある方にした。今は墓石だけがナマエの唯一の忘形見だった。本当は墓を暴いた日に壊すつもりだったが、その予定を無意識下に追いやり気づかない振りをしていた。今思えば、ナマエのことを忘れたい一方で、一年に一回くらいは思い出す為の物として残して置きたかったんだろう。
墓地に入ってから空を見上げれば、新月のお陰で星がよく見えた。ナマエの好きそうな、星で埋め尽くされた輝く空だ。このどこかにカシオペア座があるんだろうか。
ナマエの墓石の前に花を一輪置いてやり、口に咥えた葉巻に火をつけた。煙を少しでも多く吸い込み、それでも溢れ出ていく煙は空へ立ち昇って死んでいった。虚無に消費されていく紫煙に苛立ちと焦りが生まれる。
今この瞬間の時もナマエの為に消費されていく。オレの時間は既にナマエへの愛とナマエから受けた傷で消費されているというのに、これからの時間も全てナマエが奪っていくのだろう。貴重な、残り少ないオレの時間を。

「どっちが時間泥棒だよ……なあ、ナマエ?」

手向けたストックの茎に触れ、全て枯れさせた。



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