meno calore
修道女仲間とこっそりオレンジを使って密造したお酒を飲んで秘密の夜会を楽しんだ後、ふらふらと自室に戻ると、プロシュートが靴のまま私のベッドの上でくつろいでいて、ヘッドボードに背中を預けて勝手に人の日記を読んでいた。
私が彼を振った日から数えて一週間振りに会う。振ったことに後悔はないけれど、何百回と人生をやり直しても、こんなに良い男性と付き合えることはないだろうと思える程、彼は素敵な人だった。そう思っていたのに私が別れを決意したのは、私が彼を信じられなかったからだった。
「なんで……?」
ブチギレながら私を誘拐して無理やり修道院に入れさせた本人が、司祭や用務員の人たちを除く男子禁制の修道院に突然現れたものだから、嬉しさよりも驚きと恐怖の方が優った。
「よお、ナマエ。一週間振りだな。ここでの生活はどうだ?楽しいだろ?向かいの部屋から騒ぎ声が聞こえてたもんな」
「こんな何もないところ、楽しくないわよ!日記返して!」
「なんだ?オレに会えて嬉しくねーのか?」
「嬉しいわよ……早く、日記」
プロシュートの方へ手を出して催促した。
4日前まではプロシュートに会えない寂しさと、私をこんな何もないところに閉じ込めたプロシュートへの怒りで泣いていた。日記にもそんなことを書いたし、他にもプロシュートに見られたら都合の悪いことが書いてあるから日記を見られるのはまずい。
「この日記を見るに、相当オレに惚れてんじゃあねーか?」
プロシュートはにやりと笑い、日記を私の書き机に放り投げると、ベッドから下りてこちらに向かってきた。私は後ろ手に扉のドアノブを掴んだままにして、いつでも開けて逃げれる準備をした。いくら好きな人でも、彼がキレた時の怖さを覚えていたから、逃げ道は欲しかった。
プロシュートが私の逃げ道を塞ぐように扉に片手を付き、私の頭を撫でてくる。好きな人の手の大きさや温もりを感じるだけで、この一週間の悶々とした気分が晴れていくようだった。
「オレのことが好きでよく振ったな?」
「好きだからこそ、このまま付き合うのが辛かったの……」
「それで振ったってわけか?それなら、取り消してやってもいーんだぜ?別れの留守電は聞かなかったことにする」
彼が私を誘拐しに来る時、「留守電一つで簡単に別れられると思うなよ!」とブチギレていたのを思い出した。
「取り消す!取り消すから、ここから出してくれる?私、こんなところにいたくないわ!」
「悪いがそれはできねえ。オレがオメーをここに入れたのは、オメーが浮気した上にオレを振ったからだ。司祭や用務員以外の男がいねえところならオレも安心できるからな。それに懺悔し放題だ。オメーとしても助かるだろ?」
「懺悔ならいっぱいしたわよ!私は浮気するべきじゃなかったって!だからお願い!プロシュートもここまで来るの大変でしょ?」
「オメーの為ならなんてことはねーよ」
頭を撫でられながら、ちゅっと軽やかなリップ音を立てて額に口付けられた。プロシュートの大きな手も唇も温かくて心地いいし、柔らかい眦には安心を覚える。
でも今は圧迫される胸の苦しみを癒す程には至らない。
私のことを誘拐して、男子禁制の修道院に入れてしまう程プロシュートはセフレ以下の私のことを気に入っているようだけど、それでも他の女の方を愛して尽くしていると思うと胸が苦しくて仕方がない。
「愛しているけど……信じられないの」
「だから浮気したってか?」
「そうよ」
「馬鹿な女だな……オレはこんなにナマエのことを想っているのにな」
「嘘言わないで!あなた、私のこと放っておくじゃない!」
プロシュートから愛を感じるのは彼の腕に抱かれている時だけで、それが両手の指で数えられるくらいの回数しかないのだから、彼の言葉は信用がならなかった。
「いつでも構ってやれる程オレは暇じゃあねえ。だが、こうやって時間を見つけて会いに来てるだろ」
「そんな都合のいいこと言われても信じらんない!あなた、デートをドタキャンしたり、何時間も遅刻したり、セックスしないで先に寝ちゃったりしたことが何度もあったじゃない!」
こっちは何時間も掛けて準備をしたのに服も脱がされず、キスだけで終わらせて寝られた時にはバスルームで大泣きしていた。しかも、それを何度もやられてその度にバスルームで泣いていたから、バスルームに入る度に思い出し泣きまでする程になった。
正直そんな彼との関係に疲れ、この前デートをドタキャンされたことをきっかけに彼の為に準備した身体を他の男に差し出したのだった。そのことで彼が怒っているのなら反省はするけど、彼が私を修道院に入れるのはやり過ぎだし、彼がこのまま私をここに閉じ込めるのなら、これ以上この関係を続けたくない。
「仕事が忙しいって言ってんだろ。疲れてんだよ」
「嘘つき!他に女がいるんでしょ!じゃなきゃ、数週間振りにあった日にセックスしないなんてあり得ない!私のこと好きじゃあないのよ!今日だって他の女抱いてきたんでしょ!」
「……ここにオメーを入れんのがどれ程大変だったか知ってるか?買収するのは神父だけじゃあねーんだ。司祭に修道院長。それにここの修道院に定期的に寄付金を出す必要がある。こんなに苦労と金をかけて愛情を注いでやってんのに抱く抱かないで、愛情を測んのか?」
確かにお金はかけてもらってるのかもしれないけれど、それでも好きだったら抱くはずだから、抱かないのに愛してるだなんて私には理解できない。
「でも……抱かなかったから……時間をかけて化粧して、肌の手入れして、えっちな下着着て、プロシュートに触られることを期待してたのに……期待してたのに……っ!」
何もされなかった時のことを思い出すと、惨めになって涙がでてきた。
プロシュートはその涙を指で優しく拭ってくれるけど、私に酷い仕打ちをした事実は変えられない。
「それは悪かった。だが、都合の良い時だけ抱かれるなんてセフレみてえな関係は嫌だろ?」
「セフレの方がまだいいわ!女として愛されないのは辛いの……飽きたとか、魅力がないって思われてるのかと不安になるし、いつ捨てられるのかわからないし……ここに入れられたままいつかそのまま捨てられるんじゃないかって不安だし……」
「オメーを捨てることはねえし、今日はオメーが嫌と言うほど抱く。だから、オレを信じてこれ以上馬鹿な真似すんじゃあねーぞ」
「馬鹿な真似?」
「日記に書いてある脱出計画を読んだ。言っておくが、オレから逃げることは不可能だからやめておけ」
「逃げたら、また誘拐するの……?」
「ああ。修道院で駄目なら次は務所にでも入れるから覚悟しておけ」
プロシュートは私の両頬を掴むように手を添えて、こともなげに言う。その言葉の軽さから冗談にもとれるけど、瞳は冷たく光っているし、実際私をこんなところに入れて閉じ込めているくらいだから本当にやりそうで怖くなる。
プロシュートは私に構ってくれる時はとても素敵な男性になる。優れた容姿は言うまでもないけれど、口は悪いもののロマンチックで紳士的で優しくて、抱いてくれる時は本当に愛されている、と思える程素敵な言葉を囁いてくれる。
でもたまに、闇の部分を見せてくることがある。私を誘拐しに来た時とか、今みたいに私がプロシュートに逆らおうとする時、瞳から温度が消えるのだ。
「冗談よね……?」
「そうだと思うなら試してみろ。こんな可愛らしいネグリジェでのパジャマパーティなんか出来なくなるぜ?」
地味なネグリジェの素材の感触を確かめるように、プロシュートは服の上から私の腕を撫で下ろした。
私を誘拐しに来た日のプロシュートを思い出し、怖くなって身を竦ませた。温度を失った瞳が、「そんなことは絶対許さないぞ」と物語っている。
「……プロシュート、どうしたらここから出してくれるの?」
「それはオメーが『反省した』とわかるまでだ」
「反省してるわよ!」
「どうだかな……噂だと、『このままここにいたら用務員のおじさんを襲いそう』とボヤいていたみてえだな?」
「あなた、私の友達まで買収したの!?」
ここの友達しか知らない内容までプロシュートに知られていて驚いたのと、そこまで手を回している怖さ、せっかくできた友達が裏切っていたことのショックで打ちのめされた。プロシュートはすぐにここを出してくれるだろうと軽く思っていたけれど、そこまでするなら、プロシュートがいいと言うまで私は一生ここを出られない気がしてきた。
「友達は慎重に選ぶことだな」
プロシュートは薄く笑うと、私の頬や首筋に唇を押しつけ、両手で身体を弄ってきた。
私の為にそこまでするのに、今まで疲れを理由に抱いてくれなかったプロシュートがよくわからなくて混乱する。
でも身体はプロシュートを受け入れ、欲して、熱く火照って、どうしようもなくなる。身体にだけは良い記憶しか与えられた覚えがなかった。
「ベッドに行くか」
「きゃっ」
プロシュートに抱きかかえられて、そのまま顔を寄せられて唇を重ねられた。簡単に女性を抱き上げたままキスしてくれる王子様な男性はプロシュート以外に私は知らない。
ベッドに寝かされ覆い被され、服を脱がされ、露出した肌へ隙間なく口付けられ、眼を合わせてロマンチックな愛の言葉を囁かれた。
早くここを抜け出して警察に行くべきかもしれないけど、プロシュートを前にすると思考が鈍る。だから別れ話も留守電にしたんだっけ、と両脚を広げ、芯を熱く満たす快感に悶えながら一週間前の記憶を思い出す。
ふと、さっきまで悲しんだり、怒ったりしてプロシュートを拒否していたのに、こうやって結局彼を受け入れるどころか欲してしまうのは私の精神が弱いのか、我ながら情けなく思ってしまった。
これが終わったらこんな何もない修道院から抜け出してやると誓い、恨みがましくプロシュートを見上げた。
「ナマエ、愛してる」
プロシュートはズルい。普段どんなに酷い扱いをされたって、指を絡めて両手を握りしめ、愛おしそうな眼をして愛の言葉を囁く彼に、生理的に抵抗できる女なんているのだろうか。私は無理。
「私も愛してるっ……もっと、ちょうだい……!」
ここから出ることとか、用務員のちょっとイケてるおじさんに欲情したこととか、もう全てが吹き飛んだ。我を忘れてプロシュートに腰を擦り付け、深く、もっと深く、もっと強く、と溶けてしまいそうなくらいの愛をせがんだ。
明日にはいなくなる彼に愛想を尽かして私は逃げてしまうだろうけど、今だけは彼が心から欲しかった。彼の腕の中なら、私は幾らでも情熱的になれるのだ。