prosciutto (1/2)

 

六本木でプロシュート兄貴と一緒だ。

「兄貴、早く行こうっス」

「ああ」

兄貴の隣に行き、いつもと違う格好の兄貴を見上げて声を掛けた。
飛行機に乗っていた時の私服も好きだったけど、今着ている兄貴の私服も好きだ。兄貴は深い青色の三揃いのスーツにネイビーのチェスターコートを着ていて、兄貴のブロンドの髪が差し色になってよく似合っている。いつもと違う服装にドキドキする。
その一方で、私はオフタートルネックのニットワンピースにニーハイとショートブーツを履いていて、コートは兄貴と同じくチェスターコートを着ている。兄貴に見て欲しくてボディラインを強調したニットを着ているのにイヤらしい眼で見てくるのはイルーゾォだけで正直残念な気持ちがある。
兄貴と一緒に空港を出て、駅に向かった。切符の買い方すら危うくて駅員さんにジェスチャーと地名を駆使して聞いて、なんとか切符を買って電車に乗り、乗り換えを経て六本木駅に着くことができた。
それから改札を出て左手を真っ直ぐ進み続けると、漸く資料に書いてあった長いエスカレーターを見つけた。
ここに来るまでもそうだったけど、何故かジャポネーゼはエスカレーターでは左に寄って縦に並ぶので、同じように左に寄って兄貴に先に乗るように促すと兄貴は先に私が乗れという。

「私、後から乗って可愛く兄貴を見上げたいんス」

「ナマエは数段上に乗っても変わらねーよ。それに長いエスカレーターでオメーが落ちたら誰が受け止めんだ?」

「兄貴ぃ……!」

兄貴のかっこよさに痺れてエスカレーターに先に乗った。真後ろに兄貴が乗り、兄貴を振り向くと段差のおかげで兄貴と顔が近くなり、キスできそうな高低差にある。

「兄貴、キスしたいっス」

「おい、その単語はおまえが一人前になるまで禁止だろうが」

「禁止とまでは言われてないっスよ!」

いつか兄貴が抱きしめてくれた時、一人前になるまでは好きも言うなと怒られてしまった。けど、キスについては言われてない。

「今日はクリスマスイブなんスよ?あ、そうだ!クリスマスプレゼントに兄貴のキスが欲しいっス。激しいのじゃなくて、触れるだけでいいんで……」

エスカレーターの上から吹いてくる冷風で乱れる髪を押さえながら兄貴に懇願した。

「そんだけして欲しけりゃ、早く物を回収することだな」

「えっ?回収したら、してくれるんスか……?」

「ああ。日付が変わる前に回収すればな。おい、前みろ」

兄貴に注意されて前を見ると、エスカレーターがもう上りきるところだった。
地上に出ると、真っ先に眼に入ったのは見上げるだけで首が痛くなりそうな高層ビルだった。左手には常緑木の植え込み──ローズガーデンと壁から伝う水路、奥には大きな蜘蛛のオブジェ、右手には巨大なツリーを認めた。サムライとか神社の和のイメージがあったから本当にこんな高層ビルがあったんだと感動した。まるでミラノみたいに先進的だ。

「ここが有名な六本木なんスね!凄いっス!」

ショルダーバッグからイタリアで買ったTOKIOガイドブックを取り出して開いた。一応六本木の地図もあるから任務資料として兄貴には使用を認められている。

「はしゃいでねーで、さっさとアタッシュケースを探すぞ」

「はいっス」

兄貴について行き、左手の水路のあるローズガーデンの通りへ歩き出した途端にきゅるるるとお腹の音が鳴った。

「なんだ今の音は?」

兄貴はぴたりと足を止めて、私を振り向いた。怒りそうな雰囲気にぎくりとして緊張が走る。

「……『エル・セブン』の鳴き声っス」

「オメーのスタンドはそんな風に鳴くのか?え?」

兄貴は私にずいっと寄ってきて、額に青筋を浮かべていて怒っている様子だ。仕事に真面目な兄貴にとっては自然現象もアウトみたいだ。

「ヒィ!ごめんなさいっス!でも、お腹が減って……」

「任務中だ。腹が減るのは仕方ねェが、普通なら腹が減っていても集中していれば気づかない。体自体が騙されるってもんだぜ?いいか?オレはそういう気の緩みが駄目だって言ってんだ」

「わ、わかったっス。気を緩めるのはやめるっス」

両手を握りしめるように拳を作って、気合を入れたポーズを取れば、またきゅるるるとお腹から音が鳴ってしまった。

「……取引の時間は17時以降と言われている。ターゲットはまだ現れないだろう。それまでに食事を済ませるぞ。腹が減って途中へばられても困る」

「はい!えっと、それならスターバックスに行ってみたいっス!」

「スターバックスだと?」

「コーヒーだけじゃなくて軽食もあるし、母国にいたら一生飲めない代物っスよ?」

スターバックスは世界的に有名なコーヒーチェーン店らしいのに、コーヒーの本場ともいえるイタリアには中々進出してこない上に、豆やコンセプト、経営スタイルを変えない限りイタリア人には受け入れられないとされている。だからどうせイタリアにスターバックスが来ても違う味だろうから、ごく普通のスターバックスのコーヒーがどれだけイタリア人の口に合わないのか飲んでみたい。

「アメ公の泥水を飲ませる気か?そも、オメーはカフェラテなんか飲んでんじゃあねーか」

「それはそうっスけど……んー、じゃあ……」

飲んでもいないのに泥水と言われてしまっては説得は難しいだろう。仕方なく、ガイドブックを開いて目星を付けておいた店を推すことにしよう。

「アンティコカフェ・アルアビス……イタリアコンセプトだからきっと私達に合う味っスよ……あとは、ラ・ブティック・ドゥジョエル・ロブションっスかね」

「アンティコにアルアビスは名前からして古臭そうだな。ロブションでいい。ナマエは甘いもん好きだろ?」

「はい!実はそこの菓子パンとかケーキが気になってたんス!」

兄貴が軽食を許してくれたのが嬉しくて、ルンルン気分で兄貴の方に身を寄せてロブションに向かって歩いた。ローズガーデンを抜けて、右手の六本木ヒルズ森タワーに沿って歩いていくと、平日だというのに人が多く、結構混んでいる。
森タワーのロブションの濃いピンク色と暗い外装を見つけて中に入った。色々メニューに迷って結局チョコレートケーキと甘いカフェラテにした。
兄貴と隣り合わせに座りながら、もぐもぐケーキを食べてると、コーヒー片手に兄貴が呆れ顔をした。

「よく甘いもんどうし食えるな」

「頭と体力使うから糖分補給にいいんスよー。兄貴も一口どうぞ」

フォークにさしたチョコレートケーキを兄貴の方へ向けた。
どうせ断られるだろうと思ってすぐにフォークを引っ込めようとすると、兄貴に手首を掴まれ兄貴の方へ引き寄せられ、ぱくりとフォークの先を口に含んでチョコレートケーキを食べられてしまった。
アクアマリンという表現がぴったりなくらい、海のように深くて綺麗な青色の瞳で見つめられたままそんなことをされて正気でいられる訳がなく、どくどく脈打つ左胸を押さえて正面を向いた。

「兄貴、心臓に悪いっス……」

兄貴が口にしたフォークをじっと見つめた。これを舐めたら絶対引かれるだろうけど、チョコレートケーキにさし込むのも勿体なくて困った。

「オメーが一口くれるっつーからもらっただけだ。ま、悪くない味だな」

「ロブションでこんな一等地にあったらそりゃあ美味しいっスよー」

震える手で口にフォークだけ口に運ぼうか迷って、結局理性のあるうちにチョコレートケーキにさし込んだ。兄貴の唾液がチョコレートケーキにくっついたと思ってありがたく食べよう。
軽食を終えて外に出ると日が落ち始めたのか空がほんのり暗くなっている。

「おい、あれ革のアタッシュケースだろ」

兄貴に言われて兄貴の視線の先を見れば、人混みの中に背の高い黒いコートを着た男の人が革のアタッシュケースを持って向かいのビルに入っていくところが見えた。まとっている雰囲気からして運び屋っぽく見えた。

「いかにもって感じっスね」

「時間には大分早いが……向かいは何のビルだ?」

「えーと、モリ・アルト・ムゼウム?なんか不吉な響きっスね。ちょっと待ってくださいっス」

向かいのビルの入口に書かれている表記は恐らく英語で、よくわからないのでガイドブックを見た。

「美術館と展望台みたいっス」

「どっちに行くかわからねぇな。とりあえず、後を追うぞ」

兄貴と後を追って、向かいのビルに入った。
中は人でごった返していて、ターゲットの男を見失ってしまった。

「チッ。見失ったか……ここに入るなら、美術館か展望台、どっちかが受渡し場所だ。一体どっちだ?」

「ガイドブックによると、チケット売り場は3階っス。今いるのが2階らしいんで階段上るっスよ」

兄貴と階段を上って3階に行き、チケット売り場で革のアタッシュケースを持った男を見つけた。チケット売り場は相当混んでいて、買うまでに時間がかかりそうだ。

「今、殺るっス?」

「いや、受取人の姿を確認したい。物の回収だけでもいいが、オレは妥協しねぇ。受渡人、受取人共に逃さねぇよ」

「流石、兄貴っス!」

ターゲットとは距離をとってチケット売り場に並び、後ろから男の姿をじっくり観察した。

「そんなにガン見するな」

「うぎゃっ」

隣にいた兄貴に腰を探り当てられ、引き寄せられた。兄貴の体にくっついて、兄貴の香水の匂いや体温を感じて胸の鼓動が早くなる。

「何変な声だしてんだ?」

「だって、兄貴が変なところ触ってるから」

「変なところって腰だろ。それより、あいつが受渡人だとすると、取引の相手があいつを監視してるかもしれねえ。あいつを視界にいれるだけで見つめるな」

「わかったっス。それで恋人の振りって訳っスね!」

「ああ」

「えへへ」

ここぞとばかりに兄貴の体に手を伸ばして横から抱きしめた。兄貴を感じられて凄く幸せ。

「そんなにひっつくな」

「兄貴だって」

「オレは引き寄せてるだけだ」

「同じっスよ」

「ったく、歩くときは離せよ」

今日の兄貴はいつもより私に甘くて、このままいけば任務完了前にキスも出来そう。夢にまで見た兄貴の腰砕けキスというものが楽しみで仕方なくなった。
それから数分後には、チケットをなんとか購入した。運び屋が美術館と展望台のチケットをどちらを買ったのかわからないから、美術館と展望台両方入れるタイプのチケットにした。

「チケットに53Fって書いてあるが、Fは何のFだ?」

「多分英単語の頭文字じゃないっスか?ガイドブックでは53P表記なんで、きっと53階って意味っスよ。美術館は53階。展望台は52階っス」

「ってことはエレベーターを使うのか。奴と距離をとると追えなくなるな……」

「どうするっス?」

「同じエレベーターに乗るしかねぇ」

兄貴と一緒に急いでエレベーターに向かったのだけれど、運び屋とその後に数組がエレベーターに乗ったところでエレベーターガールが扉を閉じてしまった。ギリギリ間に合わなかった。

「クソっ。これだとどっちかわかんねーぞ」

「手分けするっスか?」

「いや、おまえとの連絡手段がねぇから離れられねーし、運び屋の情報も少ねぇからスタンド使いだった時がやばい。とりあえず、美術館なら順路通り行けば見つかるはずだ。問題は展望台……順路がなかったら面倒だな」

「きっと展望台には順路はないっスね……しかも薄暗いから分かりづらいっスよ」

「だが、見つけるしかねぇな」

数分後、漸くエレベーターが降りてきてそれに乗って53階まで上った。
美術館の企画は何かさっぱりわからないけど、人生で1、2回くらいしか美術館に行ったことがないからちゃんと観たい。
係の人にチケットを渡して、入場した。チケット売り場より混んでいて、ターゲットの姿を探すのも一苦労だ。絵画は私でもどこかで観たことある作品が多くあり、後ろ髪を引かれる思いでじっくり見るのを諦めて視界の端に留めるまでにした。
兄貴と少し離れてターゲットを探したものの、企画の半ばまで進んでも見当たらなかった。
順路通りに奥に進んでいくと、油絵だらけの作品を展示した部屋に行きついた。
そのどれもが眼を引くものだけれど、人だかりの間から見える2つの絵画に気を取られて思わず足を止めて見入ってしまった。真夜中に浮かぶ星や月が唸るように描かれている絵と顔周りを包帯で覆った緑の眼の男がパイプを吸っている絵に惹かれてしまった。

「『星月夜』と耳切り自画像か」

離れてターゲットを探していた兄貴が私の隣にやってきた。
2つの絵を交互に見つめるのをやめて、兄貴を見上げた。

「あ、ごめんなさい」

「いや、いい。この2つがお気に入りか?」

「そうっスよ」

「『星月夜』はわかるが、この自画像のどこがいいんだ?耳削いだ男の絵だぜ?」

「わからないっス……なんでっスかねー。それより誰の作品なんスか?」

「ゴッホだろ」

「あ、聞いたことあるっス。ピカソ描いた人っスよね?」

「……今度美術館に連れて行ってやる。ペッシも連れてな」

「ペッシはいらないっス」

「あいつにも教育は必要だろ。さっさと、探すぞ」

兄貴は人の群れが前の順路から近づいてくるのを見ると、私の腕を引いて次の順路へと向かった。
結局全ての順路を巡ってもターゲットの男は見当たらなかった。急いで屋内展望台へ移動すると、まだ午後6時前だというのに日が落ちていて辺りが暗い。夜景を見る為か、足元と天井周りを照らすだけの照明しかなくてムーディな雰囲気だ。カップル連れが多くて大きな窓ガラスから夜景を見ながら絡み合っている。こんなところで取引なんてしてたら簡単に見つかりそうだ。
兄貴の腕に自分の腕を絡ませれば、拒否されることなく受け入れてもらえた。

「ターゲットはこの階にいるはずだ。探せ」

「はい!」

端から順に夜景を見る振りをして人混みの中からターゲットの男を探した。
窓の外の景色は驚くくらい細々とした明るいネオンに包まれていて、高層ビルや有名なTOKIO塔がキャンドルのように光輝いていてとても綺麗。じっくり見たいところだけど我慢してターゲットを探した。
展望エリアを半周したところで、夜景の見える外側ではなく内側のテーブルと椅子の置いてあるエリアにターゲットが座っているのが見えた。そして、その傍には男が隣り合うように座り、ノートパソコンを弄っている。革のアタッシュケースはターゲット──受渡人の膝の上に乗っている。
兄貴はその場に立ち止まると、私の片腕を掴んで向かい合わせに体を引き寄せてきた。ターゲット達に背中を見せる形になってしまい居心地が悪い。
兄貴は私の両肩に両手を置いて少し屈むと、唇を私の頬の横──耳元あたりに寄せてきた。今にも兄貴の唇が肌に触れそうで、凄く心臓に悪い。

「な、なんスか?」

「黙ってろ」

低く囁くような声と共に耳に兄貴の息がかかり、気が気でなくなる。こんなの任務に集中できない。

「恐らく、ノートパソコンで送金中だ。オレが両方"老化"させるが同時にはできない。おまえはパソコンの方の男を逃すな。運び屋の方が手ぶらになるだろうから先に身軽な奴から殺す」

「え?物を持ってる受取人が後回しでいいんスか?」

「おまえの"子守歌"があれば逃げるのは難しいだろ?」

「わかったっス」

兄貴が私に期待してくれるとわかって嬉しくなり、俄然やる気が出てきた。

「今、受取人がノートパソコンを閉じた。受渡人がアタッシュケースを渡した……取引成立だ。もう立ち上がるだろう。行くぞ」

兄貴は私から離れて通り過ぎて行くので、後ろを振り向いて兄貴が手ぶらの男が去っていくのを追うのを確認した。遠目でも兄貴の姿は目立ってよく見えた。それからテーブルに留まってノートパソコンを斜め掛け鞄に仕舞う受取人に少し近づいて様子を見守った。受取人の男はゆっくりとノートパソコンを鞄にしまいきると、立ち上がってアタッシュケースを大事そうに手にした。
受取人がエレベーターホールの方へ向かうので出来るだけ近寄った。人混みで見失い兼ねない。
遠くで兄貴が受渡人を直で"老化"させるのを認めた。受取人はタイミングよく携帯電話を耳に当てて気づいた様子はない。兄貴は振り返ってこちらに向かって歩いてくる。
受取人は電話を切ったタイミングで兄貴に"老化"させられ、携帯電話が手から零れ落ち、アタッシュケースを奪われて床に崩れ落ちた。
任務完了だ。
急いでエレベーターホールへ向かい、兄貴と合流した。

「撤収だ」

兄貴に肩を抱かれて、エレベーターの列に並んだ。後ろの方でざわざわと雑音が聞こえる。
兄貴が携帯でリーダーに電話を掛けて、任務が終わったことを伝えた。
任務は思ったよりずっと簡単に終わってしまった──私が何もしていない間に。

「そういえば、キスはいつしてくれるんスか?」

「あ?何もしてねぇ奴にする訳ないだろ?回収したのはオレだ。よってキスの話は無しだな」

「……本当にそう言ってるんスか?」

「なんだ?一丁前にスネてんのか?」

「だってだって……!私が回収しなくちゃとか兄貴が明言してないっスもん……!もう兄貴なんか知らないっス!」

確かに私は今回何もしてないけど、まさか約束を反故にされるとは思ってもみなかった。裏切られた気分になって顔をぷいっと逸らせば、兄貴は「機嫌直せよ」と、珍しく下手に出てきた。
エレベーターを使って地上階まで下りると外はすっかり暗く、クリスマスのネオンが煌々と輝いている。

「綺麗……」

空気が冷えていて、呟いただけなのに白い息が浮かび上がる。そういえば、ニットのお陰で日中は暖かったけど、今は薄らと寒い。

「このままここから離れたいが、少し見ていくか?」

兄貴は私の肩を抱いたまま、私の顔を確認するように覗き込んできた。兄貴の顔を見ると絆されるから、必死に眼を合わせないようにしてそっぽを向いた。

「……別に」

「まだスネてんのか?」

「別に」

兄貴は「不貞腐れガッティーナ」と肩に回した手を伸ばして、私の頬を人差し指の外側で擦った。
正直ドキドキしたけど、これで機嫌を直してしまったら簡単な女だと思われるのが嫌で無反応を心がけた。

「こっちの方はまだ見てなかったな」

兄貴が左側の方へ歩いていくので、渋々歩みを合わせた。行きは気づかなかったけど、すぐ向こうでクリスマスの装飾が施された露店が立ち並び、露店の前にはハイテーブルが置かれている。

「クリスマスマーケットだな」

「そうっスね」

「何か食うか?」

「何もいらないっス」

「……こんなに頑固なのは初めてだな。ちょっと待ってろ」

兄貴は私を離すと一人でスタスタと奥へ行ってしまった。待ってろって言われたので、とりあえず近くの出店を覗くことにした。
オーナメントやスノードームを売っているお店だ。そういえば、アジトに無断でツリーを置いたけど、スノードームは買ってなかったから凄く欲しい。
男臭いアジトに華を添える為にライトとオルゴール付きのスノードームを選んだ。粉雪の舞う球体の中にはドイツっぽい水色の尖塔を持つ白いお城があってとても綺麗。ガイドブックにあった下手なジャッポネーゼで店員に値段を聞いてもよくわからなかったから、とりあえず一番大きい額のお札を渡して会計してもらった。

「『センキュー!』」

「『アリガトーゴザマス』」

商品を受け取る時に何故か英語で御礼を言われたので片言のジャッポネーゼで返しておいた。
会計してもらった後も、鮮やかな赤や青、金や銀の球体のオーナメントを見てるとオーナメントも欲しくなってきた。

「ナマエ」

兄貴の声につられて振り向けば、兄貴がこっちに来いと私の肩を抱いてクリスマスマーケットをスルーして奥へ歩いていく。

「その紙袋、何か買ったのか?」

「スノードーム買っただけっスよ」

「相変わらず少女趣味だな」

「ふんっ」

またぷいっとそっぽを向けば、兄貴は機嫌を直してやると、『WEST WALK』と書かれた建物の中に入っていった。入ってすぐに青を基調とした装飾の施された背丈の5倍はある大きなツリーが立っているのが見えた。

「オメーはこういうの好きだろ?」

「好きっスけど……」

ツリーの近くまで歩くと兄貴は立ち止まり、私と向き合う。

「これもっとけ。右手でな」

革のアタッシュケースを差し出されたので渋々右手で受け取った。

「目、瞑れ」

「えっ!キスしてくれんスか?」

「ちげーよ」

何だ違うのかと思いつつ、何をしてくれるんだろうと期待してドキドキしながら目を瞑った。
左手を優しく掴まれコートとニットの袖口を捲られる感覚がした。それから手が離れたかと思うと、手首に冷たくて硬い何か巻きつけられる感覚がして、また左手を掴まれた。

「目開けていいぞ」

目を開けて掴まれた方の手首を見ると、細いシルバーのチェーンブレスレットが巻き付けられていた。チェーンの途中には中央にサファイアのように鮮やかな青色のストーンが埋め込まれたリボンのチャームが付いていてとっても可愛い。

「可愛い……」

「ナマエ」

名前を呼ばれて兄貴を見上げれば、兄貴は私の左手を握ったまま私を見つめてきた。アクアマリン色の瞳が建物内の光を吸い込んで宝石のように光り、いつも以上に魅力的に見える。

「綺麗だ」

「はえっ!?」

兄貴が普段なら絶対言わないであろう言葉に激震が走って、右手に持っているアタッシュケースを取り落としそうになった。
本当に現実に今言われたのか疑うレベルの言葉だ。空耳もあり得る。けど、ご機嫌取りと思えば納得かもしれない。

「似合っている」

「ど、どうもっス……これ、凄く可愛いっス。ありがとっス」

「ああ。これで機嫌直ったか?」

「はい!こんな可愛いプレゼント貰えるなんて嬉しいっス!」

ご機嫌取りとわかっていても、大好きな人からプレゼントを貰えて綺麗なんてって言われたら機嫌が良くならない訳がない。

「ほら、さっさとここを出るぞ。貸せ」

兄貴は私からアタッシュケースを受け取ると、私の肩を抱いて早く行くぞと言う。今日の兄貴はスキンシップが多くて、私の心臓がいつまで保つのか心配になった。


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