felix



星辰の節になると、女子はいつもより気合いを入れて髪型を変えたり、化粧を濃くしたり、減量の追い上げをしたり、好きな人に積極的に話しかけたりするようになる。

私も例に漏れず髪型を少し変えて、頬紅をいつもより少しだけ多めにはたいたり、食事を抑えて蒸気浴に通ったり、好きな人の近くを彷徨いたりしていた。けれど、当の本人は全く気づく気配もなかった。

私は青獅子の学級(ルーヴェンクラッセ)のフェリクスくんに恋をしている。金鹿の学級(ヒルシュクラッセ)の私は彼とは全く接点がなく、つい最近まで気にもとめてなかった。それが数節前に「落とし物を拾ってくれた」というただそれだけのことで好きになってしまったのだ。

ヒルダちゃんにそのことを言えば、「えーっ」と引かれ、リシテアちゃんに言えば、「まるで子供です」と手痛い指摘をされた。それからクロードくんには「あいつに惚れるのはわかるが、その理由はない」と否定され、ローレンツくんには「そんな理由なら、何故僕には惚れないんだ?」と怒られ、マリアンヌちゃんとイグナーツくんには「素敵なことですけど……」と否定されかけて、レオニーには「他に理由はないのか」と呆れられ、ラファエルくんには「へー。オデにはよくわかんねぇけど、良いことだな!」と適当なことを言われた。

理由について引かれるのはわかるけど、フェリクスくんってかっこいいし剣術はかなり優秀らしいし、落し物を拾ってくれるあたり優しいから私の趣味は悪くないと思う。

ただフェリクスくんとはまともに話したことがないせいで誘う機会が見つからず、ついに舞踏会前日になってしまった。ここまで来たら覚悟を決めて勢いで誘うしかない。

「フェリクスくん」

放課後青獅子の学級(ルーヴェンクラッセ)の教室から出てくるフェリクスくんに勇気を振り絞って声を掛けた。

「誰だ貴様?何か用か?」

「えっ……」

どうやらフェリクスくんは私のことを覚えてくれていなかったようだ。あまりの衝撃で脱力して倒れそうになり、なんとか脚に力を入れて持ち堪えた。

「えっと……な、なんでもない!」

誰だと言われて舞踏会に誘う勇気なんて粉々に砕け散った。泣きそうになるのを堪えて、その場を走り去った。


*


自室の寝台に横になり、膝を抱えて丸まっていた。涙はもう出てこない程泣いた後だった。

フェリクスくんは私のことを覚えくれてなかった。落し物を拾ってくれた時会話が続いたし、平日の昼休みや放課後はフェリクスくんの視界に入るようにレオニーとかヒルダちゃんを連れて青獅子の学級(ルーヴェンクラッセ)の教室に遊びに行ったりした。それなのに、気がついてくれていなかったばかりか、誰だ貴様、だなんて冷たいことを言われて傷ついた。

「おーい、ナマエー!」

部屋の外から扉を叩く音がして、レオニーのくぐもった声が聞こえた。

「なあに?」

レオニーに泣いた後の酷い顔は見せられず、朗らかな調子を装って扉の内側から返事をした。

「フェリクスがナマエに用があるんだって」

「えっ!な、なんで……!」

フェリクスくんはさっき私の存在を認知していない様子だったのに、何で私に用があるのかわからず、動揺した。

「落し物だって」

「じゃあ、代わりに受け取ってもらって!」

「それが話もあるみたいなんだよ」

「なんで!今無理!」

「少し話すだけでいいって」

「でもでもでも……!」

「おい!早く出てこい!」

フェリクスくんの怒鳴り声とともに部屋の中まで強く扉を叩く音が大きく鳴り響く。

「フェリクスくん」

「また落し物をしたようだから拾ってやった。早く出てこい」

「ちょっと待って!」

また、と言われて浮き足立った。どうやらフェリクスくんは私のことを一応は認知してくれていたらしい。

慌てて化粧を直し、高鳴る胸を押さえながら部屋の外へ出た。

「おっ。出てきたみたいだね。じゃあ、わたしはこれで行くよ」

レオニーは察してくれたのか、その場から急ぎ足で温室の方へ行ってしまった。

フェリクスくんの方を見ると、呆れ顔をしていて、また何か言われてしまうのかと思って緊張に肩が縮こまる。

「やっと出てきたか……ほら、また落し物だ」

「あ、ありがとう」

フェリクスくんが差し出してくれた三つの緒玉と千切れた糸を受け取った。
佩環(はいかん)に結びつけていたものだったのが、糸が千切れて緒玉がバラバラになってしまったらしい。地面に落ちたものを貴族のフェリクスくんが拾ってくれたなんて申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

「まったく。この前は佩環のひび割れで刀剣を落していたな。おまえは斧を落としても気付かないのだろうな。そうなれば、劣化に気づくよう毎日点検するしかない」

私がフェリクスくんを好きになった時の話だ。あの時刀剣を拾って届けてくれたフェリクスくんに胸が高鳴りっぱなしだったのは記憶に新しい。

「うん。でも、この前佩環は新調したし、ヒルダちゃんに新しい糸もらうから当分は大丈夫だよ。あの時わざわざ拾って届けてくれてありがとう」

「その糸がどれ程丈夫かは知らんが、ちゃんとしたものを使うといい。それで……俺に何か言いかけていたよな?」

「あ、そ、それは……」

落し物を拾ってもらえたけど、少し前に「誰だ」と言われたことをまだ気にしていた。そのせいで誘う勇気が出ない。

「……そんなことより、刀剣を落としたこと覚えてくれててありがとう。さっきは気付いてくれなかったみたいだから」

「悪いな。前に会った時と髪型と体付きが変わっていてすぐにはわからなかった。走り去る時に見えた腰の刀剣でわかったが、そも、おまえの名前すら知らん」

「そう、だよね。名前名乗ってなかったのに、急に話しかけちゃってごめんね。私、金鹿の学級(ヒルシュクラッセ)のナマエって言うの」

「名は把握した。話しかけるのは構わんが、用件を言え」

「えっと……」

フェリクスくんが私を認知してくれていたとはいえ、承諾してくれるような雰囲気じゃない為に誘う勇気が微塵も湧いてこなかった。

「忘れちゃった。わざわざ、来てくれたのにごめんね」

「思い出したら言えばいい」

フェリクスくんはあっさり踵を返して背中を向けてしまう。
結局、勇気が出なくて誘えなかった。


*


舞踏会当日、強制参加なので絶望しながらレオニーと会場の隅っこにいた。
円卓に置かれた薔薇の花弁をむしりながら、会場の中央で踊る男女の組を恨めしげに見つめる。

暖色の強い照明の灯った煌びやかな会場で踊る男女は皆楽しそうに笑顔を浮かべていて、羨ましいことこの上ない。
規則によれば、一曲終われば外に出てもいいので一刻も早く終わって欲しくて仕方ない。

「ナマエさん」

「はい?」

ふいに青獅子の学級(ルーヴェンクラッセ)の生徒に声をかけられた。用もないのにフェリクスくんの近くに行くためだけに何度か教室に行った時に見たことがある人だった。

「僕と踊っていただけませんか?」

「ごめんなさい。帯剣してるから踊れないの」

腰に 佩(は)いた剣に触れた。

「え?剣?なんで持ってきてるんだい?そんなの置いておけばいいよ。というか、武器持ち込み禁止だよね?」

男の子の引いている様子をみると、フェリクスくんなら引かなかったのかな、なんて考えが頭をよぎって嫌な気持ちになる。

「一緒に踊りたい人に振られちゃったから剣を持ってきたの!行こう、レオニー」

隣にいたレオニーの腕に自分の腕を絡めて、隣の円卓につこうと移動した。

「ナマエ、フェリクスを誘わなくていいのか?いっそのことフェリクスと踊れば、誰からも誘われなくてよかったんじゃないか?ナマエが誘われるのはあいつで4人目でモテモテじゃないか」

「士官学校に入ってから一度も男の人に興味持たれなかったけどね。今日は私なら断られないと思って誘ってきたんだよ。それでフェリクスくんについてだけど、あの人私に興味ないみたいだから別にいいの」

「そうかなぁ。おっと、噂をすればだね」

レオニーが立ち止まるので、私も立ち止まってレオニーの視線の先を見た。生徒の群れで見えなかったけど、隣の円卓にはフェリクスくんがいて、色素の薄い髪の長い女の子と一緒にいて胸が痛くなった。

「あの子、フェリクスくんとたまに一緒にいるの見るの。やっぱり、さっきの円卓に戻る……」

「せっかくだから話しかけなよ」

「無理無理。だって、あの子凄く可愛いし邪魔したら悪いよ」

フェリクスくんの横顔を見つめれば、フェリクスくんがこちらに気づいて目が合ってしまった。

「目、合っちゃった!」

慌てて目を逸らして、レオニーの腕を引っ張ってすぐに後ろを向いた。

「おい、ナマエにレオニー。俺を無視する気か?」

後ろからフェリクスくんに声を掛けられてしまい、心臓が飛び跳ねた。何を言われるのかと緊張してレオニーと腕を組んだまま振り向くと、フェリクスくんは私達が密着しているのを怪訝そうな顔で見る。

「二人でそんなにくっついて踊るつもりか?」

「いーや。わたしは踊りに興味ないからね。そうだ。ナマエとフェリクス、二人で踊れば?」

「えっ!レ、レオニー……!」

嬉しいけど、なんてことを言うのという目でレオニーを見つめた。フェリクスくんがなんて反応するのかが怖い。

「俺は踊りは好かん。それになんだ?おまえも剣を持ってきたのか?」

そういうフェリクスくんの腰には剣がさがっている。
予想通り、フェリクスくんは踊ることが好きじゃないとわかり、誘わなくてよかったとなんとも言い難い安堵感を得た。

「うん。私、誰とも踊る気なくて……」

「そうか。なら、この曲が終われば、稽古に付き合え。おまえの剣の腕を見てみたい」

「えっ……わ、私もフェリクスくんと稽古したい!」

本当は一緒に踊りたいけれど、フェリクスくんが嫌だというのなら稽古でも十分嬉しい。
私は剣術が好きでいつも騎士の間で鍛えていた。剣術が上手くて有名なフェリクスくんと剣を交えるのはとても光栄だ。本当はもっと上手くなってから手合わせしたかったけど、こうして一年で一番大事な日に一緒に過ごせるのなら、断る理由はない。

楽隊の演奏が途切れたところでフェリクスくんと一緒に外に出た。レオニーは気を利かせてくれて、頑張れと見送ってくれた。
外は寒く、剣を握る用の革手袋を両手に付けて空を見上げれば、冬の星が夜空に流れる川のように密集して煌めいている。

「星、綺麗だね」

「そうだな。悪くない眺めだ」

意外にもフェリクスくんは星に興味がない訳ではなくてよかった。会話が少しでも続けば嬉しい。

「冬の星は綺麗だよね」

「ああ。ファーガスだともっと早く、長く見れる」

「へー」

隣で白い息を漏らしながら歩くフェリクスくんを見つめた。こうして、一緒に歩きながら会話をしているだけで楽しくて幸せな気持ちになる。

一緒に一番明るくて人通りのない一階の寮の前で稽古を始めた。フェリクスくんも私も訓練用の剣を持っていたから気兼ねなく剣を交じえた。剣を振るう時は集中力が必要で、情事を考える余裕もなく剣術に集中できた。

ある程度お互いの力量がわかってきたところで剣を鞘に収めた。フェリクスくんの実力はやっぱり凄くて、手加減されているのをひしひしと感じた。

「ありがとう……やっぱり強いね」

動き回って乱れた呼吸を両膝に手をつきながら整え、フェリクスくんを見上げた。

「おまえもなかなかやる。だが、線が細くなったのか力不足に感じた。もっと筋肉をつけろ」

「そうだね……最近食事を減らしていたから……」

フェリクスくんの為に体を絞っていたので、その指摘は心に重くくる。

「……昨日、俺に何の用があった?」

まだ覚えて気にしてくれていたんだと思うと、嬉しくて折っていた体を伸ばして顔を上げた。

「用事はもう済んだようなものだからいいの」

「どういう意味だ?」

「今日のことで、聞きたいことがあって」

「何を?」

「踊りの相手がいるのかなって」

二人で剣を交えたばかりで気が昂っていて、普段は言えない積極的な言葉がでてきた。それにもう過ぎたことだから、どうでもよくなっていたのもある。

「俺が踊ると思ったか?しかし、おまえはひっきりなしに他学級の生徒に誘われていたな」

「見てたの……?」

「ああ。遠目でな」

「別にひっきりなしじゃなかったよ」

「そうか?うちの学級のエトムントやガーレン、黒鷲の学級(アドラークラッセ)のリートベルク、他にも……」

「ま、待って!皆の名前知らないの!青獅子(ルーヴェン)のエトムントくんとガーレンくんってどんな人?」

「……あいつら、よく名前を知られていない相手を誘えるな」

その台詞にも結構心にくるものがあった。あの時踊りに誘わなくて良かったとさえ思えた。

「私は気持ちわかるよ。私もそうだったから……」

「どういう意味だ?」

「……フェリクスくんを誘おうと思ってたの」

「そう、なのか……?」

フェリクスくんは動揺したように瞳を丸くさせる。

「名前も知られてないのにおかしいよね」

あははと自分を嘲るように無理に笑った。それくらいフェリクスくんの言った言葉が悲しかった。

「誰とも踊る気ないのではなかったのか?」

「踊りたかった相手はフェリクスくんだけだから。他の人と踊っても意味がなかったの」

「何故俺と踊りたいんだ?俺達は一度話したきりだろ?」

その質問には凄く困る。これからフェリクスくんとたまにでもいいから剣を交えて一緒に過ごしたいから、もし、私が好きって言ったら距離を置かれてしまうのが怖い。

「……わからない。ただ、フェリクスくんとだけ踊りたいの」

「俺はさっき言ったように踊りは好かん……だが、生憎訓練はさせられてきたし、体を動かすのは得意だ。ナマエが望むなら、踊ってやってもいい」

フェリクスくんは腰は折らなかったけど、右手を差し出してくれた。

なんで私なんかと踊ってもいいと言ってくれたのかはよくわからないけど、フェリクスくんと踊れるならなんでもいい。誘ってくれたのが凄く嬉しくて泣きそうになる。

「ありがとう。夢見たい……凄く嬉しい」

フェリクスくんの右手を取って、フェリクスくんの赤銅色の瞳を見つめた。フェリクスくんは気まずそうに視線を逸らして「じろじろ見るな」という。

「だって、かっこいいから……」

「おまえはっ!そういうことを面と向かって言うなっ……!」

フェリクスくんは白い肌に血を巡らせて怒ったようにいう。でも、その怒りは照れてのことだとはっきりわかる様子だから、別に嫌じゃなかった。

「あ、剣は一旦置いとくね」

「それもそうだな……」

一旦手を離して佩環から剣を抜いて、フェリクスくんと一緒に寮近くの柱に立てかけた。
フェリクスくんとお互い向き合って身を寄せた。私はフェリクスと片手を取り合って、もう一方の手はフェリクスくんの腕に置いた。

「曲がないが、行けるか?」

「うん。一、ニ、三でいい?」

さっき会場で奏でられていた演奏の律動を再現して聞いてみた。

「ああ」

「じゃあ、一、ニ、三……」

フェリクスくんの脚を探りながら足運びをした。三つの基本の型を順番に繰り返すだけの簡単な踊りだ。何故か二つ目の型で既に呼吸が合っていた。お互いの足を踏むことなく、下を見ずに互いの脚を探り合いながら足を運ぶことができた。

「フェリクスくん、凄い……」

ずっと無言だったところをフェリクスくんを見つめて声を掛けた。
フェリクスくんは私の頬のあたりに視線を落とし、私の瞳は見てくれない。

「ナマエもなかなかやるな。どこで覚えた?」

「今日の為にお友達と猛特訓したの」

「元々の才能があってこそだろうが、良い友を持ったな」

「うん。良いお友達だよ」

「……俺と踊る為に特訓したのか?」

聞かなくても答えは決まっている問いをされて困った。フェリクスくんはさっきから困った質問をしてくるのをどうにかして欲しい。

「そうだよ」

「それではまるで、おまえは俺を……」

そこから先はフェリクスくんは言わなかったけど、何を言おうとしたのか流石になんとなくわかった。

フェリクスくんの手に力が込められるのを感じて、どきりとした。今、フェリクスくんはどう思ってるのだろう。

フェリクスくんのステップの方向やタイミングに完全に慣れてくると、余裕ができて空を見上げた。満点の星空の下で好きな人と踊っていることが幸せで、会場で踊るよりもずっと素敵なことに思えた。
速度が段々ゆっくりになってきて、自然と足が止まり、互いに手と体を離した。

「満足か?」

「うん。ありがとう。楽しかったよ」

「そうか……」

フェリクスくんは腕を組み視線を外側へ泳がす。それから、居心地悪そうに私を見つめてきた。初めてちゃんと視線が絡み合った気がして、心臓がとくりと跳ねる。

「ナマエ、週末は暇か?」

「暇だよ」

週末の予定を思い出す前に即答した。予定を聞いてくれただけなのに妄想が先走ってしまう。食事かな、お出かけかな、なんて。お出かけのお誘いなんてある訳ないのに。

「おまえの剣の腕は悪くなかった。また手合わせしたい」

だろうとは思ったけど、また会ってくれるだけでも嬉しい。

「うん。私もフェリクスくんに教わりたいことあるから是非……」

「それと、だ。その佩環の緒玉に傷が付いていたのが気になった。休まずに飾り続けると脆くなりやすい。新しいものを幾つか買って毎日付け替えるといい」

緒玉を拾ってくれた時に傷に気づいてくれたのかもしれない。フェリクスくんは意外と細かいところまで見ているようだ。

「うん。そうするね。何個も買うなら全部違う色にしようかな」

「いや、そうではなくて……」

フェリクスくんは何かもどかしそうに視線を左右に泳がせる。なんだか様子がおかしくて、戸惑う。何か言いたそうに見えるけど、想像がつかない。

「一緒に買いに行ってやる」

「えっ……えっ?」

「二度も驚くな」

「だ、だって……フェリクスくんからお出かけのお誘いされるなんて思わなくて」

「お出かけって程のことでもないだろう」

フェリクスくんはこれ以上ないくらい顔を真っ赤にさせるので、こっちまで顔が熱くなってしまう。

「でも、それ程のことだよ?どうしよう……恥ずかしい……」

「そう口に出されるとこちらまで……俺はもう部屋に戻る!」

フェリクスくんは怒ったように寮の柱に立てかけた剣を手に取ると背を向けてしまった。

「フェリクスくん、今日はありがと!」

フェリクスくんが行ってしまう前に声を掛けた。すると、フェリクスくんはこちらを少しだけ振り向いてくれた。

「……おまえと踊れてよかった」

声が小さくて聞き取り辛かったけど、フェリクスくんにおやすみと言われた気がした。

「うん!おやすみ!」

すぐに背を向けてしまったフェリクスくんの後ろ姿が見えなくなるまで手を振った。

暫く放心状態で、それから物凄い約束をしてしまった現実を理解して気が気でなくなった。私一人では抱え切れない程胸がいっぱいだ。

「金鹿(ヒルシュ)の皆に報告しなくちゃ!」

訓練剣を拾って部屋に戻る前に舞踏会の会場へ行って、金鹿(ヒルシュ)のお友達全員に今日起きたことを報告した。
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