星辰の節の肌寒い冬の夜。舞踏会の会場でエールを飲みながら会場の中央で他学級の女子と踊るクロードくんを見つめた。クロードくんに声をかけて踊ってもらえてるのはあの子で三人目だ。
クロードくんはその地位や容姿に恵まれているだけでなく、飄々とした掴み所のない性格や誰に対しても平等に接する優しさ、面白い冗談が言える等、モテる要素の塊だった。その為、今でも彼に踊りを申し込もうとしている女子達が熱い視線を投げかけているのが見て取れる。
「私もクロードくんと踊りたいな……」
「声掛けてみたらー?」
群がる男子から逃げてきたヒルダちゃんが隣で顔を扇ぎながら言う。さっきまで連続して男子達と踊っていたみたいで疲れたようだ。
「私が声かけた途端に疲れたーとか言われたら嫌だからやめとく」
「ナマエちゃんに声かけられたら嬉しいと思うけどなー」
「そんなことないよ」
「そんなことあるってー。だってクロードくん、ナマエちゃんにばっか構ってるじゃない?気があると思うわよー?」
「そうかなぁ」
構っているといっても、クロードくんは私をからかっているだけな気がする。私のご飯に薬物を混入させたり、私の席に蜘蛛の死骸を置いたり、釣りをしていたら体をくすぐってきたり、私が教室を出ようとすると通せんぼしてきたり──今思うと前者はかなり悪質だ。
まあ、そんなことをされているうちに好きになっちゃった訳だけど。
「ねえ、ナマエちゃん。もうすぐ一曲終わるから声かけてきなよー」
「うん……そうしてみようかな」
来年にはここを卒業して、そう簡単には会えなくなる。それなら今のうちに素敵な思い出を残したい。
楽団の演奏が終えたところで、クロードくんが一緒に踊っていた女の子から体を離した。
声を掛けるなら今しかない。けど、他学級の子がクロードくんの方へ歩いていくのが見える。やっぱり、止めようか迷う。
「ほら、行って行ってー」
「わっ」
ヒルダちゃんに背を押されて、足をもつれさせながら会場の中央まで来てしまった。クロードくんは私に気づくと、近寄ってくる。逃げようか迷って周りを見ると、次の演奏が始まる前に皆ペア替えをしていて、人が入り乱れている。
クロードくんは私の目の前まで来るとにっと笑いかけてくれた。私が好きな笑顔だった。いつも私をからかう時に見せる笑顔で、私はこの笑顔に惚れてしまったんだ。
「よっ、ナマエ。こんなところまで来て、さては俺と踊りに来たり……なんてことはないか」
いつものとぼけた調子でクロードくんが話すので、私も幾分緊張が抜けて誘いやすくなった。
「実はそんなことがあるというか……その、クロードくんと踊りたいなぁ、なんて……」
「本当か?ナマエから誘ってくるなんて光栄だな。ではお手をどうぞ、お姫様」
お姫様と言われて、どきりとしたもののどうせ他の子にも言ってたんだろうなと思って気が沈む。クロードくんは口が上手いから女子は勘違いしてしまうのだ。
クロードくんに片手を握られ、背中に腕をまわされる。
私は握られていない方の手をクロードくんの腕に乗せて、舞踊の型を取った。楽団の演奏が始まり、曲に合わせて型通りの足運びを繰り返した。クロードくん相手になんとか上手くできて安心していると、急にクロードくんが型破りの踊りを始めて、足元がふらついた。
「わっ……あっ……ちょっと!」
平衡感覚を崩してクロードくんの胸に倒れ込んでしまった。慌てて離れると、クロードくんは翠色の瞳を細め、口角を上げて微笑む。
「踊る時は笑顔だろ?」
「いや、無理だよ!」
クロードくんの笑顔や私の知らない型の踊りに戸惑った。さっきまで他の子とは普通に踊ってたのに、なんで私の時だけこんな難しい踊りになるのかわからない。またいつもの発作で私を虐めたくなったのだろうか。クロードくんは本当に意地悪だ。
「俺に身を任せるだけで問題ないぜ?」
「問題大ありだよ!わっ」
今度はその場を一緒に回るような激しい回転を始めて、視界がグラグラと揺れる。クロードくんは他の組とぶつかりそうになると、その場を予備歩で抜け出してまた回転をする。
視界には常にクロードくんがいるけれど、その後ろの景色は目まぐるしく変わっていく。
「目が回る……」
「おっと、激しすぎたかな?」
クロードくんが回転を止めるとふらついてしまい、またクロードくんの胸に飛び込んでしまった。
「なんだ今日は積極的だな?」
「こ、これは違うの!」
顔を離して弁明するけど、クロードくんは笑うばかりで信じてくれてないみたい。
「さて、多くの女性を相手にして俺も疲れたところだし……ナマエ姫、クロード王子と一緒にこっそり王国から逃げ出さないか?」
また演技かかった口調でいうクロードくんだけど、本当に王子様みたいにかっこいいから困ってしまう。
「いいけど、抜け出すってどこに?」
「どこでもいいさ。だーれもいないところならな」
クロードくんは明るい翠の瞳に悪戯っぽい光を宿す。そんな風に言われたら、期待してしまう。私と二人きりになりたいのかな、なんて。
クロードくんの手に引かれて、会場の外へ出た。外は寒くて思わず身震いしてしまう。
「暖かいところがいいかな」
「それなら、俺の部屋はどうかな?暖炉の火はつけっぱなしだし、夕方にツィリルが薪を足してくれたばかりだ。エールも瓶で三本程拝借したしな」
「えっと、どうしよう」
クロードくんの部屋なんて行ったことないし、二人きりで密室なんて恥ずかしいから何を話せばいいのかな。
「おいおい、そんなに警戒した目で見るなって。狼にはならないからご安心を、お姫様」
「そ、そんなこと考えてないもん!」
「それなら、ちゃっちゃと行こうぜ」
結局クロードくんの部屋まで付いていってしまった。部屋の暖炉には既に火が灯っていて暖かい。クロードくんは器用に全ての燭台に火を灯して、部屋を明るくしてくれた。
クロードくんの部屋には沢山本が置いてあり、やっぱり調べ物に関しては熱心なんだなぁと感心した。彼は気になることがあれば、とことん追究するような人で尊敬する。
「寝台へどうぞ」
「うん」
遠慮なく寝台へ座ると、クロードくんは椅子の背を向けるように私の真向かいに置き、私にエールの瓶を一本くれた。クロードくんはもう一本手に持つと、椅子の背に片腕を置きながら椅子を跨がるように座る。
「せっかくだ。口頭遊戯でもしようぜ」
「口頭遊戯?」
「これから俺が"はい"か"いいえ"で答えられる質問をする。"はい"なら、ナマエがエールを飲む。"いいえ"なら、俺がエールを飲む。いいか?」
「面白そうだけど、"はい"になるような質問ばかりやめてよ?例えば、おまえは女か?とか」
「そりゃそうだな。よし、見た目でわかるような質問は無しだな。そうだ、これも追加しよう。今からする質問にはフォドラの女神様にかけて、嘘はつかないと約束してくれ」
「えーと、答えたくない質問は?」
女神様に誓うとなったら、どんな質問が来るのかと怖くなってしまった。
「ナマエが嫌がる質問はしないさ」
「じゃあ、誓うよ」
「それじゃあ、始めよう」
クロードくんは一旦口をつぐみ、私を見つめる。何を聞こうか考えているようだ。
「今日の舞踏会は楽しかったか?」
「まあ、そうかな」
クロードくんと踊れたから楽しくない訳はなかった。そりゃあ、変な型の踊りには戸惑ったけど。
質問の答えは"はい"だから、エールの瓶を両手で持って口をつけた。なんとも言えない感じの苦い味がする。踊る前にも飲んでいたから段々舌が鈍ってきたのもあるかもしれない。
「楽しかったのか……本当は異国の王子、ディミトリ殿下と踊りたかったか?」
「飲んで」
その質問は明らかな"いいえ"の回答だからクロードくんにエールを飲むように促した。何でディミトリくんの話が出たのか謎だ。
クロードくんはエールを一口飲むと、また私の瞳を見つめて少し黙る。
「今好きな男がいる」
「んー……はい」
目の前にいるけど、とか思いつつエールを飲んだ。
「じゃあ、
「飲んで」
クロードくんはまた一口エールを飲む。
段々話が怪しい方向に向かってきた気がして緊張してきた。
「おかしいな……よく、
「それは友達がいるからだよ」
「友達?そうだったのか……じゃあ、
「うーん……"はい"かな」
エールを一口飲んだ。段々選択肢を狭められている気がする。クロードくんに行きついたらどうしようという不安が頭をよぎる。
「遠回りも面倒だな……よし!
「え、えーと……」
もっと少しずつ狭めてくると油断していたから、反応に困る。
「俺が飲むのか?どっちなんだ?」
「わ、わかんないよ。じゃあ、クロードくん飲んで!私も飲むから!」
「……いや、ナマエ。それは肯定と同じだぜ?」
クロードくんが気まずそうに目を逸らす。
「うっ……そ、そうなるよね……」
観念してエールの瓶を大きく傾けて、ゴクゴクと一気に飲み込んだ。
凄く気まずくて、飲まずにはいられなかった。
「そうか……いや、予想外というか、ナマエが俺と踊りたいと言ってくれて、部屋までついてきてくれた時点で気づくべきだったか……だが、確信が欲しかったんだ。ズルい方法で聞き出して悪かったな」
「謝罪は別にいいんだけど、何でこんなこと聞いてきたの?」
「そりゃあ、ナマエのことが好きだからだろ」
「本当に?」
私の問いにクロードくんはにやりと笑ってエールを飲んだ。
"はい"ってことだ。
「じゃあ、いつも私に構ってくるのって……」
「まあ、そういうことだろうよ」
クロードくんは肩を竦めた。お互いの気持ちを確かめられて嬉しい。
「今日クロードくんがね、私の誘いを受けてくれて嬉しかったの」
「それが俺も嬉しくて、つい俺の故郷の舞踊踊っちまった。悪かったな」
「ううん。ついていくのは大変だったけど、今思えば楽しかったよ。ねえ、クロードくんの故郷の舞踊今度教えて」
「本当か?あれより激しいのがあるが、ナマエに踊れるかな」
「え。あの回転より激しいのがあるんだ……」
何回まわったか数えるのも大変な程凄まじい回転だった。クロードくんの故郷の人は皆凄い人なのかもしれない。
「じゃあ、いつか俺の故郷で踊れるように俺が手取り足取り腰取り教えるぜ」
「あの、腰取りってなに?」
聞いたことのない慣用句に困って聞き返す。
「ああ、これは故郷の言葉さ。女性に色々教え込む時に使う言葉だ」
「へー。じゃあ、手取り足取り腰取り教えて?」
「……今すぐ実地で教えたくなるな。いや、まだ早いか」
クロードくんは顎に指を当て俯いて呟く。
「そんなに難しいの?」
「いや、なんというか……このまま二人でいると変な気を起こしそうだから……会場に戻ってもう一度踊るぞ!」
急に大声で会場に戻ると言い出して面食らった。エールを飲み過ぎて足元がおぼつかないかも。
「私、そんなの無理だよ。エール飲み過ぎちゃったもの」
「それなら、外でも散歩するか?」
「うん!散歩は好き」
「じゃあ、毛皮の外套があれば寒くないだろう」
クロードくんが壁に掛けていた外套を私に羽織らせてくれた。
「ありがとう。暖かい」
「それはよかった。では、お手をどうぞ。お姫様」
仰々しく差し出すクロードくんの手を取り一緒に部屋を出た。不思議な気分だった。こうやってクロードくんと手を繋げるなんて夢にも思わなかった。
寮を出て、大修道院の中を一緒に歩いた。星空の綺麗な夜だ。
「豪華な星空だな」
「凄く綺麗だね」
「この星空よりもナマエの方が綺麗だぜ」
「クロードくん……」
「おっと、今のは臭過ぎか」
「嬉しいけどね」
クロードくんの戯けた調子にクスクス笑ってしまった。クロードくんはいつも私を笑わせてくるから一緒にいると凄く楽しい。
「私、クロードくんとずっと一緒にいたいな」
「そいつは奇遇だな。そうだ。俺の故郷にはお互いの手を握り合ってあることをして誓い合うと誓いが破られないって言い伝えがあるんだ」
「なにそれ?凄いね」
クロードくんの「俺の故郷には」小話の中でも初耳の話だった。
「えーと、早い話が接吻なんだけどな」
「それって本当の話?」
「いや、嘘だけどな」
「嘘なんだ」
接吻と言われて胸が高鳴っていたのに、あっさり嘘と言われてちょっぴり落胆した。
「まあ、接吻が誓約みたいなもんだろ?」
クロードくんはその場に立ち止まるので、私も立ち止まった。クロードくんが私のもう一方の手を握ってお互いの両手を取り合う形になる。
クロードくんの顔が近づいてきて、クロードくんの鼻が私の鼻先と擦れる。心臓が破裂しそうな程早鐘を打つ。
「俺はナマエとずっと一緒にいることを誓う」
「私も誓うよ」
湿っぽい唇が合わさった。初めての接吻はちょっぴり苦いお酒の味だったけど、誓約にはこれ以上にないくらい相応しいと思った。