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不法侵入者とストーカーとフリーター

 あいつを殺す計画を思いついて数か月がたった。
 学生時代、あいつにこき下ろされたせいで夢を叶えることも、望むことも出来なくなった。なのに、数年ぶりに再会したあいつは、のうのうと今も幸せに生きている。なぜ自分は夢をあきらめて惨めに生きてるのに、その原因であるあいつが順風満帆なんだ……!許せない……憎い、ああ憎い!
 だから決めた。あいつを殺すと。そしてその瞬間にこの計画を思いついたのだ。うまく進めば、犯人が俺だとは誰も気づけまい。なぜなら、トリックの要として利用する近所のアパート、そこの住人に罪を被ってもらうからだ。
 犯行方法は何度もシミュレーションしたから、あとは身代わりになってもらうアパートの住人を決めるだけだ。すでに候補は3名まで絞った。より完璧な計画とするためには、身代わりになる人物の生活習慣や趣味、癖なども情報収集したうえで最終選別するべきだろう。少し時間がかかるのは致し方ない。
 候補者の自宅にはすでに盗聴器・監視カメラを設置している。すこしトラブルがあって、1人だけ昨日設置したのだが数日の誤差は問題ないだろう。今日からはその1人も追加し、録画映像・録音音声を確認せねばならない。

 しかし機器のスイッチを押して音声再生するも、ノイズが続くのみ。どういうことだ?気になってほか2人の音声を確認するが、多少ノイズのストレスはあっても物音や声は問題なく聴きとれる。昨日設置した、あの女の部屋にある盗聴器だけがうまく作動していないようだが……。
 では監視カメラならどうだろうかと再生すると、案の定ブラックアウト。黒い画面しか表示されない。実のところこの女が一番の候補者だったため、情報収集できないのは痛手だ。
 現在時刻は早朝5時。今から張り込めば女の外出を目視できるだろう。帽子を目深にかぶり、予備の盗聴器と監視カメラを詰めたリュックを背負う。もちろん手袋も忘れずジャケットの内ポケットに。完璧な計画のため、細心の注意を払うことを怠ってはいけない。

 女は朝8時ごろに自宅から出てきた。ラフなジャージを上着にスキニーパンツと、一見近場のスーパーに行くような風体だが、おそらく最近始めたバイク便のバイトへ行くのだろう。眠そうにあくびをしながらも、腕時計を見て足早に自宅から離れていく。
 途中何度も周囲を見渡す素振りをしている。よほど落ち着きのない女なのだろう。フリーターという社会的信用度の低い肩書も考慮すると、やはり殺人犯に仕立てやすい。紛れもない物的証拠が家から見つかれば、どうやっても無実を証明するなど不可能だ。

 女が家を出て30分後。周囲を伺いながら動画サイトで習得したピッキングを行うと、ものの数秒で開錠される。平然を装ってドアを開け、侵入成功。静まり返った女の自宅には猫一匹とも存在しない。
 念のため靴は持ち寄ったビニール袋に入れ、内ポケットから出した手袋を装着してから室内に入る。さっそく目的のものをと、リビングの壁に近付くと、タコ足コンセントが壁のコンセント穴に刺されている。一見すればただのコンセントだが、内部には盗聴器が入っており、紛れもなく自分が設置したものに違いない。最後に見た状態から変わった様子もないし、確認したところ内部も正常だ。洗面所などに設置したものも同様。
 しかし監視カメラは様子が違い、位置がずらされてて他の家具などの影に隠れてしまっていた。どうやらその影を撮影していたため、録画映像がブラックアウトしていたようだ。
 諸々設置してから一日しか経っていないが、女が触った様子はない。自宅を出る時も盗聴器などを仕掛けられている様子など……いや、そういえば周囲を見渡していたな。もしかしてカメラには気付いたのか?しかしどうしてカメラを処分しなかったのか疑問である。

 どういうことだと、そばにある棚に寄りかかる。その際、飾られていたペンギンの人形に触れてしまったのか、ゴトリと重量感のある音をたてて床に落ちた。自宅内部の家具を動かす場合は最低限に抑えなければならない。でなければ侵入形跡となって住人に気づかれる恐れがあるからだ。
 焦って人形を拾うが、15センチにも満たないそれにはそぐわない重さを感じる。なんだこれは。人形内部にある重しを探ると、小ぶりで四角く、固いものを感じる。四角の一面から細長いコードらしきものが出ているため、なにか機材のようなものが入っているようだ。
 機材……ここ最近、触れることの多いそれを彷彿とさせ、生唾を飲む。
 学生時代にホビーショップで働いたことがあり、当時この手の商品に触れる機会は多かった。人形は幼児が手にしても怪我をしないように、一定量のビーズを入れて重しにしている商品が多い。ましてや規格に見合わぬほど重い人形など、違和感しかないだろう。
 拾い上げた時以上に重く感じたが、こんな人形なんでもないと背面・底面など回し見る。……ん?底面の縫い目、ここだけ新しい……ーーー




 ーーー……背中と頭部が痛む。上体を起こすが、まるで眩暈でも起こしているような、平衡感覚がちぐはぐになっている。最悪の気分だ。
 自分は床の上で一体なにを……。がさり。傍にあったビニール袋の音で、思い出す。自分は殺人計画の要である、殺人犯の身代わりを検討するため、あの女の自宅にまた侵入していたのだ。すでに外は暗く、慌てて携帯電話のライトで辺りを照らす。が、そこは女の家ではなく、自宅だった。
 記憶が一部抜け落ちたとでもいうのか。女の家を出て帰宅した記憶が一切ない。とりあえずと、自宅の灯りをつけ状況を整理しようと肩の力を下した瞬間、目の前の光景に背筋が凍る。

 破壊された盗聴器・盗撮カメラが部屋中央のテーブルに積まれており、その山に購入した覚えのない大きなナイフが突き刺さっていた。

「っな、なんだよこれ……」

 電気をつけてから数分後。喉に詰まった何かを飲み下してようやく声を出せた。恐る恐るテーブルに寄る。突き立てられてた刃に映る表情は歪んでいる。山のように積まれた盗聴器・監視カメラは、見覚えがある。あのアパートに設置したものだ。この数からして候補者3人の家に仕掛けたすべてが積まれていると見て間違いないだろう。
 ひっそりと進めていた自分の完璧な計画が、いったい誰にばれていたのか。思い当たると言えば違うのだが、今日侵入した自宅の住人、あの女が一番怪しい。不可解な点は多いが、監視カメラが全て位置をズラされていたし、気を失ったのもあの女の家だ。
 バレたのなら、殺すしかない。ギラギラと光るナイフの柄をつかみ、机から引き抜く。気取られずに気絶させられたが、相手は非力な女だ。俺を脅すつもりで用意したこのナイフで、逆に俺の本気を見せてやる。

「!」

 ナイフを抜く際の衝撃で、テーブルの上の盗聴器の山が崩れた。その隙間からテーブルの木目ではなく、何か光沢のあるものが見え隠れする。下に何か敷かれている?壊れた機器を避けるが、その途中で手が止まる。写真だ。それも、今回盗聴器を設置したすべての家に侵入する自分が写っている。あのアパートは扉に部屋番号が明記されており、ご丁寧に実際の住人が家から出てくる写真もある。それはつまり、この写真すべてが、俺が他人の家に侵入している証拠として存在しているということだ。もちろん、その写真のなかには女も……。

「………っ!」

 写真の女は、今日の服装と同じ姿だった。つまり、この写真は女自身で撮影したものではない。あの女は関係ないのか?なら、この身に起きたすべては一体誰がやったというのか。写真データ、そして自分の完璧な計画を知った人間を、なんとしても抹消しなければならない。だがそれよりも、何よりも重大なことを本能が訴えている。
 ええい、まずは目の前にある壊れた機器や写真を処分するんだ。そばにあるビニール袋にすべて放り込む。ただ写真の一枚が思うように手に取れない。なんだと見やれば、それはあの女の家に侵入する自分の写真で、ちょうど自分の顔に、5センチほどの細長い穴があいていた。ゆっくり端から引き剝がすと、ちょうど穴の部分が机と引っ付いており、その下には同じぐらいの細長い傷がテーブルについていた。
 電気をつけた時の光景を瞬時に思い出し、呼吸が止まった。

(ーー…ナイフだ。ナイフで、写真の自分が、刺されていたのだ。)

 冷たい鎖で体中が締め付けられたような感覚になる。本能的な警告が、心臓音が、だんだんと大きくなる。
 なんなんだ……これは、この写真は!計画を知っているという趣旨ではなく、自分を殺すという脅しなのか……?!
 穴の開いた写真にしわが寄る。自分が何をやったというのか。他者の家に侵入し、盗聴器などを仕掛けただけだろう。こんな脅しなどっ………

「、っひぃ……っ!」


 ーーーーなんとなしに男が見た写真の裏。そこに書かれていた文字を見て彼は腰を抜かす。慌てて放られた写真は滑るように床に落ち、無機質な電灯に照らされる。
 ようやく彼は自分の置かれている状況が理解できたのだ。写真の裏に書かれた赤黒いメッセージを目にして。


『二度目はない』



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 男は床に尻をついたまま壁際まで後ずさり、両腕を抱えた。写真裏のメッセージは効果的だったようだ。ライフルスコープ越しに見た顔色は青い。これに懲りて殺人計画も諦めてほしいところだけど、どうかな。しばらく様子を見よう。もしまだ不審な動きをするようなら、偶然撮影したアパートに侵入する写真とともに匿名で通報するか……あるいはーーー。
 ビル屋上で吹き荒れる風がより一層強くなる。先程まで心地よかったが、もうさすがに冷えそうだ。ライフルと下すと同時に、強風で被っていたパーカーのフードが脱げ、月明かりに晒される。……眩しいな。
 そろそろ彼女が帰ってくる時間だ。昨日はあの男の盗聴器を妨害するため、彼女の家にジャミングを設置していた。周波数の設定を変えていたが、それでもジャミングがあると自分の盗聴器も精度が落ちてしまう。おかげで数日ぶりにあの部屋に戻れたのに、満足に声を聞けずため息をつく羽目になったんだ。今日こそはストレスなく彼女の存在を聴きながら休みたいな。

 できることなら彼女の家に二回も男を上がらせることは避けたかった。もともと設置してた盗聴器が役立ち、男の侵入にいち早く気づけたのだ。早々に奴の盗聴器、それから自分でさえ設置していないカメラを破壊し、警察に通報して然るべき裁きを受けてもらう。本来ならばそうしたが、その手段を選べなかったのは自分の立場に原因がある。
 潜入捜査中の公安警察。表向きは黒ずくめの組織の構成員「スコッチ」として暗躍しているが、それが仮の姿であることは極僅かな人間しか知らない。犯罪組織の人間が率先して警察に関わるわけがないし、かといって匿名通報では後回しにされてしまう。本人に連絡を取るなど、以ての外。自分ひとりで動くのが一番早い。そう、早い。早くて、確実だったんだ。

 スコープ、サイレンサーと順々に解体を進めた。エレキベースが入ったソフトケースに小さくなったそれらを滑り込ませ、風の強い屋上を後にする。屋内への扉を閉める直前、男の叫び声が聞こえた気がした。それもほんの一瞬で、風に押された扉が勢い良く閉まると、薄暗い階段フロアに静寂が降りる。
 空耳ではないだろう。いたたまれず、パーカーのポケットに入れていた手を首に当てる。

「やりすぎだ」

 ちょうど思っていたことを馴染み深い声に言われ、つい乾いた笑いがこぼれてしまう。薄暗くて幅の狭い階段、唯一の明かりは扉の窓から入る月光だけ。だが自分が扉の前に立っているので、長く大きな影が階段に伸びている。そしてその先端に、声の本人である幼馴染がいた。階段の途中で手すりに寄りかかり、腕を組んで。その姿は怒っているようにも見えたが、存外声は柔らかい。どうやら諌めるつもりで来てくれたようだ。
 自分とは違い昼夜忙しい彼は、昔から変わらずこうして様子を見に来てくれる。警官になる前の、ずっと昔のあの時のように。
 全国の公安部に指示を出す警察庁警備部企画課、通称ゼロ。腕を組んでいる彼、降谷零の本当の肩書きだ。そして細かい所属は違えど、オレと同じ公安警察として黒ずくめの組織に潜入している主要構成員「バーボン」でもあり、その表の顔は「安室透」という偽名で私立探偵をやっている。計3つの顔を持つ、言わずもがな、公安警察のエースだ。偶然にも「安室」として彼女と面識のある彼に殺人未遂犯のことも相談していれば、きっとどうにかしてくれたに違いない。でも、その選択肢はあえて無視したかった。

「いま、オレもそう思ったよ」

 小さなため息が聞こえ、力ない表情と目が合う。公安としてではなく、1人の幼馴染として来てくれたことが、余計に罪悪感を感じさせる。……でもごめん。きっと同じことがあっても、お前の手は借りれない。借りたくない。
 フードを被り、ゆっくり階段を降り初める。淡い光に照らされた幼馴染の姿がオレの影で暗くなるが、その表情までは見なかった。通り過ぎれは淡い光がまた彼を照らすだろう。階段を降り続けるオレには届かない、月明かりが。

 ーーー誰かが彼女の家に侵入したとわかったとき、身体中の血管が逆流したようだった。何が目的なのか。すぐ件の家に行き、男がいなくなってから家の中を確認すると、盗聴器と監視カメラが仕掛けられていた。その数は決して少なくない。
 だが数よりも、その設置場所や位置を特定するにつれて体内の熱が上昇していった。設置場所はリビングや玄関をはじめ洗面所や台所、トイレにまで及び、きわどい場所に限って低い位置にカメラが仕掛けられていたのだ。どのような音声が録れて、どのようなアングルが撮れるのか、容易に想像できる。自分以外が彼女のそういった姿を想像し、この部屋を蹂躙したと思うと……直視したくない感情が溢れてしまったのだ。

 次は職権濫用だからな。そう後ろから静かに釘を刺され、片手を上げて応える。蛍光灯もない更に下の階層に降りれば、きっと輪郭もなくなるぐらい暗いだろう。手を上げたオレは、ちゃんとゼロの目に映っただろうか。

 足を止めず、進みを辞めず。ポケットから盗聴器につながったイヤホンを取り出して装着する。彼女の帰宅まで時間がない。部屋がよく見えるあの場所に着く頃には、すでに晩御飯を食べ終え、録画した仮面ヤイバーを眠そうに見ているだろう。ああ、それでもいい。あの一言が聴けるなら、出迎えなんてどこでもできるのだから。

『ーーーガチャッ』

 どくり。タイミングよくイヤホンから流れた、開錠音。間に合った安堵と、待ちきれない高揚。彼女の振動を逃がすまいと、更にイヤホンが鼓膜に近づくよう押さえつける。次いで勢い良く開かれるドアの音、そして……ーーー

『ただいまぁ“ー……つっかれたぁ……!』

 久しぶりに感じた彼女の存在が、ゆっくりと自分の中に溶けて満ちていき、黒との境界線が現れたようだった。
 ビニール袋の音とともに、慌ただしい足音がリビングへ向かう。今日も自炊はせず、どこかでテイクアウトした夕食を食べるようだ。ここ最近の様子からして、おそらく某チェーン店の牛丼だろう。まったく……もっと健康的なものを食べないとだめだろう。ただでさえ体力仕事ばかり選んでやっていると言うのに。あまり食生活を省みない彼女のことだ。言っても素直には聞かない。面倒そうに聞き流す彼女を想像して、自然と口角があがる。

「おかえり。今日もおつかれさま、」

 声は届かなくてもいいよ。この「空間」は二人だけのものだから。


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「ふー、ごちそーさまー……げふっ」

 広くも狭くもない無難なワンルームの住人、〇〇は食べ終えた牛丼の容器をテーブルに置いてそう呟いた。壁際のテレビには仮面ヤイバーのエンディング映像が流れており、その曲を口ずさみながらあくびを一つこしらえる。
 お気に入りの牛丼を食べ終えたことで満腹中枢はもとより、平日の疲れを好きな番組で癒した彼女は充足感に満ちていた。だが彼女が満足している理由はそれだけではない。昨日感じた室内の『違和感』がきれいさっぱり消えていたからだ。

 その『違和感』とは、彼女の経験で言い換えれば「視線」に近い。勤務中に上司から面倒ごとを頼まれる直前だったり、剣道場に通う子供たちが指導者である自分に隠れてお菓子を食べる時に感じるそれ。だがここは自宅だ。視線というには少し違う。窓やベランダには室内が見えないよう透過防止のレースカーテンで閉め切っているし、誰かが見ていることはない。じゃあ『違和感』の正体は、いったい何だってんだ?
 そればかりが気になり、昨日は碌に眠れなかった……わけではないのだが、あまりリラックスできず、違和感から逃れるためにいつもより早く家を出てしまったのだ。彼女は今日一日中、違和感について考えていたが、結局分からずじまい。昼休みに喫茶ポアロに立ち寄ったが、そこの看板娘である梓に心霊現象を疑われる始末。もちろん、本当にそうだったら困ると思って聞き流していたが、まあ、今日も変わらず違和感があれば神社に行ってお札とお守りを買って……いやお祓いしてもらうのが先決か……。
 そう作戦を立てながらも「意識すると逆に呼び寄せる」という梓の言葉が忘れられず、いつも通りの調子を装って帰宅したのだが、昨日の違和感は一切なくなっていたため拍子抜けしてしまったのが数時間前。そのあと部屋着に着替えるころには梓とのやり取りも記憶の彼方だった。

 時刻は夜11時半。すっかり夜も更けていたが、彼女に眠るつもりは毛頭なかった。明日は休みだし、昨日と違って今日は違和感もなくリラックスできるのだから、もう一本だけヤイバー見たり漫画読んでから寝ようかな。その前にシャワーを浴びるべき?彼女はそう考えつつ、また仮面ヤイバーのエンディング曲を冒頭から口ずさむ。
 空になった容器と割り箸を捨てようと立ち上がり、ふと棚の一角に目が行く。そこは気分で購入したお菓子のおまけフィギュアやら、友人と卒業旅行で入手したマスコットバッジ、一時話題になったカプセルトイの人形など、実用性皆無のホビーコーナーになっている。その一番左端の、一層年期のはいったペンギンのぬいぐるみに、目が止まったのだ。

「……………」

 彼女には幼馴染と呼べる存在が二人いる。まだ幼いころ、長野に住んでいた時、隣に住んでいた諸伏一家の兄弟、諸伏高明とその弟の景光である。
 物心つく前から諸伏家とは交流があり、兄の高明とはだいぶ年が離れていたが、弟の景光とはまだ近かったため、姉と一緒によく遊んでもらっていた。自我が芽生える前から一緒に過ごしていたせいでもあるが、幼少期の彼女がその二人を自分の本当の兄弟だと誤解するほどに、過ごした月日を長く感じていた。
 小学校に上がって間もなくその兄弟とは離れ離れになるのだが、中学時代には再会を果たす。その後、彼女の剣道全国大会3連覇のお祝いだかご褒美だかで遊園地に4人で行ったのだ。目の前にあるペンギンのぬいぐるみは、その時に景光から貰ったもの。

(本当はもっと大きいサイズのを自分で購入しようとしてたんだよな)

 お小遣いが足りず断念したぬいぐるみはリュックサックに収まきりらない程大きい規格だった。持ち帰る方法などいくらでもあるだろうが、なによりもお金が足りなければ買うことはできない。中学生だった彼女は遊園地の売店で人知れず肩を落とした。その様子を見ていたのかは不明だが、帰る間際、景光が一番小さいサイズのぬいぐるみを渡してきたのだ。
 自分が欲しかったサイズよりも小さいのに、不思議と嬉しさで高揚した。袋を開けた時の、あの宝物を見つけたような感情は、今でも覚えている。ついでに、テンションが爆上がりした彼女に景光が引いていたような記憶も過る。

(………こっち見んなし)

 ぬいぐるみを貰って大袈裟にはしゃぐなど、まあ自分も子供だったと思う。彼女は急にこそばゆくなった。もう少し冷静に喜べなかったものか、変に女々しくなかったか、嬉しさのあまり景光に抱きついたりしてないか、余計なことも言ってないか。ああでもない、こうでもない、何かを叫びたくなるような、今更どうすることもできないのに感情がもみくちゃに絡まる。その間僅かコンマ1秒で思考を放棄し、ペンギンを睨みつけた。これも全てお前のせいだ。そう口を窄ませつつも、腹いせにぬいぐるみの向きを変えてやろうと首を掴む。

(……重い……?もしかして……)


(太った?)

 ……いやいや、人形が太るかっての。自分にそう呟いて、少し口角を上げた。何言ってんだか。
 ぽすんっ、と人形を後ろ向きに置いて、その頭をバシバシ叩く。どうせなら体重じゃなくて身長伸ばしてくれよ、なんて注文を付けて。

「さーて、夜更かし夜更かし〜っと」

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