平素、私は至極凡庸に生きてきた。
 魔術師の家系だという話は小さい頃に数度聞いたことがある程度で実感は無く、またそれを話してくれた両親も「先祖に一人二人居た程度らしい」と笑っていた。つまり自分たちの事柄であるにも関わらず我々は此れを完全に他人事のように思っていたのだ。
 それが数年前。

 であるのに私は何故か標高6,000メートルという、聞いただけで登りたくもなくなるような高さの雪山の天辺にいた。無論登山が趣味などという健全な精神と快活さに目覚めた訳ではなく、他に逃げ場がないからこの場に留まっているというだけだ。

「やあ#ナマエ#ちゃん、今日もご苦労様」

 廊下で突如、背後から声が掛かる。この施設内で私を名指しで呼ぶ人間は片手で数えられるレベルなので、誰の声であるかは容易に察しがついた。
 振り向けば柔和、というよりもどこか軟弱……いや、此処では珍しくユルいふわふわとした空気感のある笑顔を浮かべた彼がいた。

「お疲れ様です、ドクター」
「うんうん絶賛肉体労働中の女の子に言われると心が痛いね!」

 そんなキミにはこのお菓子をあげよう!とドクターロマニはポケットのお菓子を私の両手に山積みにして微笑んだ。

「……ありがとうございます」

 貰ったお菓子の山をポケットにパンパンに詰めながら、なるほど近所のグランマのようだと思う。
 人理継続保障機関フィニス・カルデア、此処には魔術的・学術的・医学的・社会的に優れた人間が集められている。無論目の前の優男ことドクターロマニも医学的に優れた方なのだが、なんと言うか。このカルデア内においては珍しいほど一般人志向なのである。

 先に言った通りカルデアは多方面に優れた人間の寄せ集めでできている。つまり天才集団だ。そして等しく天才と呼ばれる人種は変人と紙一重であり、私のような凡人は彼らにとって視界の隅のモブでしかない。その中で全うに私の名前を憶えて挨拶を交わす彼は数少ない私のコミュニケーション相手である。(ちなみに職員らに嫌われているわけでない。わけではないと思いたい)

「今日の掃除は廊下で最後かい?」
「いえ、空き部屋を清掃するように言伝を頂いてます」
「ああ今度の配属になる子たちのか」
「?人が増えるんですか」

 首を傾げるとドクターロマニは口をあんぐりと開けた。私は上からの指示に従って動くだけのロボットのような人間なので、簡潔に言い渡された案件に対して言及するような手間はしたくない。というかやることをやっていれば怒られない職場なので私がそれに甘んじているだけでもある。

「知らなかったの?……ってキミに教えてくれるような気づかいが出来る人間もいないか……」
「敢えて言うなら私も仕事の量が増えるなぁぐらいの感想しか出てこなかったので話を振られなくてありがたかったです」
「全く君も淡泊だな……!全く、そんな性格じゃなければカルデアに来ることもなかっただろうに……」

 ドクターは頭を抱えてため息をつくが、今更なIFストーリーである。

 魔術に縁遠かった私がココに居る理由だが、魔術師家系というだけで呼び出された挙句、才能がないと言われすんなり帰れると思いきや妙に手先が器用だった為に雑用係としての任を命じられてしまったのだ。
 室長本人には戯言だったのかもしれないが、はぁと一言返事をしてしまった私はその場で結構するどい目つきで睨まれてしまいトントン拍子に外堀を埋められて現在に至ったりする。

「身内の間では爆笑必至の鉄板ネタらしいですよ」
「うんうん、#ナマエ#ちゃんの配属経緯って中々類を見ないぐらい残念だよね……」

 可哀想なモノを見る目で私の肩を叩いたドクターは、今度美味しいケーキをご馳走してあげるね……という慰めの言葉の後に重そうなため息を吐いたのだった。