月もない夜、簡素な住宅街の路地にはチラチラと疎らに点滅する街灯。
 決して都会とは言い難い、けれども私が生まれ育った地元よりは電車の多いこの町の夜は静かだ。咥えた煙草の煙の向こうですら煌々と光っている星々を綺麗だとかロマンティカルだとか、そんな目で見れたらきっと女の子らしいとカテゴライズされるんだろう。
 ご苦労様なことである、世論。煙をフカシながら(オリオン座しかわかんねーわ)、左に曲がるとようやく住んでるアパートが見えた。

「今晩は、お嬢さん」

 街灯の下、奴は紳士のように微笑んだ。
 私は口をひん曲げて眉を寄せた。と、同時に咥えていた煙草がぽろりと落ちる。向かいの大男は私にゆっくりと歩み寄り、その吸い殻を拾い上げた。私の指の上では図々しかった煙草は何故か、その手の中にあるだけで急にシャンと慎ましくなるのだから面白くない。やっぱり私は眉を寄せた。

「御機嫌よう、レディ」
「ごきげんじゃねぇわぁああああ…」
「顔を見れば分かりますとも」

 肩をすくめるその様を見ると、「はぁヤレヤレ、全く世話の焼けるヤツだ」なんて言われてるような気分になってムッとする。コイツのこういうクソ真面目というかクソ誠実というか、薄汚れた精神の私から見ればあまりに清廉潔白なその生き方は目が焼ける程痛いのだ。
 仏頂面でポケット灰皿を差し出すと、そこに吸い殻を突っ込まれる。

「分かり切ってるなら何で出て来たの」
「分かり切っておられるのなら何故連絡して下さらなかったのか」

 たかだか仕事先から帰宅するだけ。少女漫画のようなお出迎えなんてときめく歳でもなければ羨むほどの少女でもない。けれどもソレがコイツは気に入らないようで、ことあるごとに私を淑女のように扱おうとする。
 顔を見ろ、歳を考えろ、現実もついでに見てこい。

「だって鬱陶しいんだもん、お前」
「とぅわ…!」

 煙草に一火を本点けて「ふっ」と、整い過ぎて逆に腹立たしいイケメン面に吹きかけた。煙たそうにエグイほど咳き込むヤツの真横を通過して部屋への階段を上る。ドアノブをひねる頃には肩で息をしながらも追いついてきたので相変わらずそのタフさだけは褒めてやってもいい。

「レディ、口うるさいことを承知で申しますが、煙草はやめて頂きたい……!」
「口うるさい、やめない、さっさと寝な」

 ヤツを部屋に押し込んで、私も煙草を消してそれに続く。

 彼の口うるさい大男はランスロット。詳細も概要もざっくり省くが、結末だけを言えば私が拾った謎の紳士だ。おおよそ一人で放り出すには危なっかしいヤツを部屋に居座らせて結構経った。お蔭で今ではやいのやいのと喧しく、忠義に厚い、そしてデカイ番犬になってしまったがまぁ「拾ったチワワが実はシェパードでした」ぐらいの誤差である。
 相変わらず星は輝いているし部屋ではうだうだ説教が続いているし煙草はうまい。口の中を舐めると煙草の味がした。