同居人にバレないように駅の喫煙所で一服してきた帰り、ついでにコンビニにも寄ってチキンとアルコールを見繕う。私が好きなのは辛いヤツで、レジで会計するたびに買ってしまうのでそれとなく体重が心配な今日この頃である。
 しかし昨今のコンビニは便利というか、最早万能すぎて絶対に私にはアルバイトなど出来そうにないなと思う。まぁバイトを始める予定なんて無いわけだが。

「だッ…!」

 帰宅したらアパートの入口で大家のばあちゃんとヤツが井戸端会議してた。何故かつい物陰に隠れてしまったのは罪悪感とかそういう良心的な話じゃない。大家さんに捕まると話が長く、更にそこにアイツが加わると更に長い。上にややこしいことになるので隠れてしまうのは最早本能である。私は悪くない。
 ちなみにハイパー要らない余談だがヤツを同居させる際に大家さんへの説明は最低限のマナーとして必要だろう、と。二人揃って菓子折り片手にご挨拶しに行ったら盛大に喜ばれた。何がって…決まっているだろう。大家さんはお婆ちゃん、かの同居人は口八丁手八丁なイギリス人である、つまり

「おや、今帰りですか、ナマエ」
「……ただいまぁ」

 左手にぶら下げていたコンビニ袋が秒で掻っ攫われる。というか気付くのが早すぎるんだよ、まだ隠れて2秒なんだが。
 気配を遮断していても寝たふりをキメ込んでも面白くないぐらい直ぐにバレるので本当に面白くない。本ッ当に面白くないが大家さんの手前露骨な顔は出来ないので買ってきたチキンのことを考える。アレは美味しい、よしオッケー。

「あらナマエちゃんお帰りなさい、今ランさんと貴方のお話ししてたのよ」

 ランさん、とは。言わずもがなである。名前がクソ長いので覚え難いだろうと私が「ランでいいですよ」と提案したのだ。
 私だって呼ぶのは面倒なので極力呼ばない方向で頑張っているが、アダ名だと気さくで仲の良いカンジがするので努力型に切り替えた。私は反抗期なのだ。「ランでいいですよ」と一度呼んだ時に隣からキラキラハイパワーな瞳で凝視されたら意地でも呼ばねぇと固く心に決めた。

「ナマエちゃんは幸せ者だねぇ、こんな良い婿さん貰って」

 御覧の通り、大家さんは私とヤツの関係を盛大に勘違いしていらっしゃるのだ。というかまぁ普通に考えて男女が一緒に暮らすんだからその発想は適切なんだろうが、何回弁明しても照れてるだけだと思い込んでしまっているので泣く泣く諦めるハメになった。これも弁解する時にコイツが盛大に赤面して声が裏返るからである。お前は私の首を絞めて楽しそうだな!

「ああああいいえあの、その、マダム、ナマエは…」
「ランさんも良い人見つけたわねぇ」
「えっ?あ、それはもう!ナマエのような素晴らしい女性に巡り合えた私はこの世界で最も幸せな男でしょうとも」

 どもるな、赤面するな、胸を張るな、勘違いに拍車をかけるな。
 恐らく大家さんとの会話は成り立っているようで妙にズレている。どちらの頭も悪い方向にフワフワしているので二人の会話はいつも、こう…歯車が絶妙にかみ合っていない。人種と世代が違うとこうなるんだなぁと、無駄な脳味噌のエネルギー消費を避けた私は早々に達観の域に達した。チキンが冷めそう。

「すみません大家さん、私とランスロットは夕飯の支度があるので…」

 隣からキラキラハイパワーな圧を感じる。やめろ。

「あらもうそんな時間?長々と捕まえちゃってごめんなさいねぇ。あ、そうだ大根ある?昨日安売りしてたのよ」
「ありがとうございます」

 一旦部屋に引っ込んだ大家さんは大根を丸々二本も持ってきてくれた。明らかに多いが純度100%の善意を断れる程私の根性はまだ腐っていない。
 指図するよりも早くそれを軽々と受け取ったのを見て、二人揃って会釈をして部屋に戻る。カンカンと、錆びた音のする階段を上がる。ちらと横を見れば優男が口の端をだらしなく緩ませた顔で後をついてきていた。…名前を呼ばれたぐらいで尻尾振りすぎだろ。

「お前の幸せは安いな…」
「いいえ、今は何よりも尊いものでしょうとも!」

 イケメンが大根を抱えたまま胸を張るので少し吹き出した。
 晩酌用のチキンは2つ買って正解だったらしい。