これの設定



「ボンドさん、俺は実働部隊には参加しませんが、これから行う任務について何かあれば連絡してくださいね。各組織と連携しての任務はまだ実績があまりない分、もしかしたらスムーズに事が運ばない場合も考えられます。それに、何かあった時に上手く対応できなければ貴方の命にも関わりますので」
「心得ておくよ」
「良かったです。じゃあこの話は終わりということで」

ふう、と息をついて仕事用のパソコンを閉じる。今まで気を張っていたので、脱力したら疲労感がじわじわと出てきた。連日の出張続きで本当に参った。俺が働くシールドとキングスマンやIMF、MI6を始めとしたスパイ組織が任務で連携するというのは世界犯罪撲滅のためにもとても良いことだと思うのだが、そのパイプ役の人間は予想以上に大変である。主に俺だ。何しろこの試みは最近始まったばかりで、お互いの組織も、組織を繋ぐ役として任命された俺も未だ手探り状態である。組織間のパイプ役となってあちこちの組織に出向く俺としては体力的にも精神的にも辛い。特にMI6に出向く時は尚更だ。何たって国お抱えのスパイ組織だからな、もし俺が何か粗相をしようものなら…と想像するだけでも胃がキリキリと痛む。それにこっちの人はとてもキッチリしているから、少し息苦しいというのもある。まあ、そこも含めてイギリスという国は好きなのだが。

「…いやあ参りましたよ、二日酔いのせいで今日朝から怠くて怠くて。ボンドさん、本当にお酒強いんですね」
「ああ、」

ぐ、と立ち上がって伸びをしながらボンドさんにそう言った。凄腕スパイと評判のボンドさんとは今回の任務を含めて何回か会ってるが、改めてこの人は評判通りの人だ、と思った。良い意味でも悪い意味でも。それを昨日心から思い知った。初めてサシで飲みに行ったのだが、この人は評判通り女好き、そしてマジでザルだ。凄まじいペースで酒のグラスを空けていくボンドさんを見て、この人に最後まで付き合ってたらこっちの身が持たないと早々と退散しようと思っていたのに有無を言わさず最後まで付き合わされて結果泥酔し、そして滞在してるホテルに送られてしまうという失態を昨日しでかした。そして今後ボンドさんとはサシで飲まないと固く決めた。まあ、気を使ってくれたのか今日の会議場所を俺が滞在しているホテルの会議室にしてくれたのは有難かったが。
それに、

「(やっぱり触りてえって思っちゃうんだよなあ………)」

視線が自然と彼の胸辺りに行ってしまい、慌てて視線を外す。ジャケットを着ていてもただでさえボンドさんの体格の良さが分かってしまうのに、今彼はジャケットを脱いでシャツ姿なので、余計その肉体美というか、主に胸筋が目立つ。ああ、あわよくばその形の良い胸を揉ませていただきたいと思ったが、頭の中に浮かんだその汚い欲望を慌てて打ち消した。いかん、気づかれたら不審がられる。俺の変態じみた性癖を知っているのはシールドの一部の親しい人間だけだ。周りからは俺は常識的で真面目な人間として通ってるし、さすがに取引先の人間に俺のこの性癖がバレたらマズイ。バレたら社会的に死ぬくらいにマズイ。が、俺の仕事上現場の人間に会うことが多いので、彼らの立派な胸筋を見て眼福であると同時に自制をしなければいけないのが辛すぎる。

「(あとでキャップに胸を触らせてもらおう)」

彼の胸筋は最高だからなあ、程よい弾力としっとりとした肌がなんとも言えない。と俺の性癖を知っている数少ない1人についてそんなことを考えながら書類やパソコンを片付ける。自分でも異常だとは常々思っているのだが、これが性癖なのだからしょうがないのだ。まさか誰も思いもしないだろう、俺が男の胸筋に興奮するなんて、

「ナマエ」
「、ボンドさん?どうしました?」

急に声をかけられて少しびっくりした。ボンドさんは妙に真面目な顔で俺を見つめている。咄嗟に頭を仕事モードに切り替えて思考を巡らせた。もしかして俺の説明で不明な点があっただろうか。


「何か質問があれば、お答えしますが」
「………ナマエ、君は」
「はい?」
「……僕の胸を揉みたいのか」
「へっ」

今この人なんつった。

俺の時間が一瞬止まった。心臓も危うく止まりかけた。
思わずは?という表情でボンドさんを見てしまったが、彼はそれはもう真顔である。えっちょっと待って、えっ

「昨日言っていただろう」
「そ、そんなこと………言いましたっけ…………」
「言ってたぞ」

待て。

「…………」

昨日の出来事を朝から夜まで早送りで思い返してみる、が、
言った覚えがないぞ !!!っていうか昨日の夜の記憶がほとんどない!!くそ!!ふざけんな昨日の俺!!!とりあえずどう釈明するか考えなければならない、ええと、

「…た、たぶんその時酔ってたから、変なこと言っちゃったんだと思います、忘れてくださいっぎゃああ何してるんですか??!!」

なんでこの人無言でつかつかやって来て俺の手掴んで俺にパイタッチさせてるの??!!!意味分かんないんだけど?!!

「ボンドさん?!」
「何だ」
「いや何だじゃないですよ何してんですかあんた!」
「君の手を僕の胸に押しあててる」
「いやなんで?!」

意味が分からない!!
ボンドさんの胸はすごい柔らかくて揉みたかったが、ここで欲望に負けてはいけないと勢いを付けて彼から離れた俺を褒めて欲しい。

「遠慮するなよナマエ、僕と君の仲だろう」
「どんな仲ですか!!変な冗談はやめてくださいよ!ほんとに!」
「見てただろう」
「はっ?!」

何を??!

「君は気づかれてないと思っていたかもしれないが、僕は気付いてた」
「……え……」

意味ありげな目線を俺にやって、ボンドさんはふ、と微笑った。
まさか、全部バレてた………だと……?!
さあっと背筋が冷えていく。全身の血が抜けていくみたいに血の気が失せていった。マズイ、今本当に社会的に死にかけている。

「おかしいと思ってたんだ。僕の身体をやたらと見つめてくるから最初は君のことをゲイなのかと思ったんだが、話を聞いたらそうではないみたいだし。だから酔わせて聞いたんだよ」
「な………」

さらりと涼しい顔して言いやがったぞこの人。

「うう………卑怯だ……なんて人だ…」
「卑怯?戦略的と言って欲しいね」

にやりと得意げに笑うボンドさんはそれは俺が女性だったら釘付けになるくらいかっこよかったが、生憎俺は根っからの男なので殺意しか湧かなかった。最悪だ、絶望しかない。イーサンやエグジーならまだしも、よりによってこの冗談の通じなさそうな人にバレるなんて……。

「ずっと隠してたのに………」

俺は文字通りうな垂れた。ああ、これで俺の人生は終わりだ…。ボンドさんに俺の性癖をバラされて、会社で変態だと罵られるようになって社会的に死ぬんだ……。

「ナマエ」
「もうこの仕事やめよう…退職金をたんまりもらって田舎で農場暮らしをしてやる…」
「ナマエ」
「そうとなったら会社に戻って早速上司に連絡しよう…、ああでも、この案件が終わってからじゃないとさすがにマズイかな…ああ最悪だ…」
「………そんなに揉みたいなら揉ませてやる」
「はあ、揉ませてくれるんならいくらでも………え、」

うな垂れていた頭を上げて声の主を見た。気のせいだ、きっと空耳に違いない。まさかボンドさんが「揉ませてやる」だなんてそんなまさか、

「聞こえなかったのか?僕の胸を揉ませてやると言ったんだ」

空耳じゃなかった。
そしてボンドさんは俺の手を掴んで、もう一度自分の胸に押しつける。シャツ越しだが、彼の胸を一度触った(触らされた)俺にとってその感触は十分すぎるほどだった。だめだ俺、誘惑に負けるな!ここで乗ったらきっとボンドさんにネタを握られて後でどんな風に脅されるか分かったもんじゃない!

「い、いいです!いいですってば!」
「なんで?…ああ、直に触りたいって?」
「えっいや、ちょ、」

な ぜ そ う な る !

なぜか自分で変に納得したボンドさんはネクタイを緩め、シャツのボタンを外してあろうことか脱ぎ始めた。いや待ってそれはほんとにやめて!!!目に毒すぎる!!!チラリズムはほんとに目の毒!!!ていうかボンドさん場所考えて!!ここ会議室だから!!

「違いますよっまっ、脱がないでください!!!大体なんでこんなことするんですか!貴方女好きでしょ!」
「ああ。だが、たまには男を味わってみても良いかなと思ってね…」
「はあ?!」

思わず耳を疑った。まじか、生来の女好きが「男」を味わってみても良いかなって言ったぞ…嘘だろ…明日絶対ゴルフボールくらいの雹が降ってくるぞ…。

「それに、」

さっきの衝撃発言からゆっくりとボンドさんは続けた。そして俺をその真っ青な瞳で見つめて、

「君みたいな普通の人間が、こんな変態じみた性癖を持っているのに興奮する」
「な」

目を細めて俺の頬を撫でるボンドさんの表情は、彼が女性を誘う時の表情と似ていた。一つだけ違うのは、彼がちらりとその表情の影から仄かな劣情を見せていることだ。それも、男である俺に、対して。

「っ、俺、」
「ナマエ、ほら、思う存分触っていい」
「ボンドさ、」

ボンドさんの色気にあてられて何も言えなくなってしまった。彼は有無を言わさずに俺の手を脱ぎかけのシャツの中に招き入れる。柔らかで吸い付くような肌に触れた瞬間、ぞくぞくと背中を甘い痺れが走り抜けた。思わず手が震える。それに構わずボンドさんは勝手に俺の手を動かして、そして俺の指が胸の突起を掠める。やばい、勃ってる。だめだ、本格的にくらくらしてきた。まさか、ボンドさんの胸筋を触れる日が来るなんて思ってもみなかったからだ。おまけに乳首まで触れるなんて、こんな素晴らしい胸に触れるならあとでどれだけ強請られたとしても、ボンドさんの誘惑に負けても良いかもしれない、と頭の中で悪魔な俺が囁きはじめた。が、

「…まあ、それ相応の対価を払ってもらうが」
「え、っ」

ボンドさんが不敵な笑みを浮かべてそう言った直後、彼は俺にその綺麗な顔を近づけて、そしてその唇を俺のそれに合わせた。
言葉が出ない。驚きすぎて身体が硬直してしまった。ボンドさんの金色の長い睫毛がふるりと震える。嘘だろ、俺の口に触れている柔らかい感触は、つまり、その、

「(キスされた……?)」
「…………ン、」

現実を受け入れる間もなく、俺の唇を柔らかく食んでからちゅ、と音をたててボンドさんは離れる。そして、

「僕の胸は高いぞ、ナマエ」

そう言って、ぺろりと唇を舐めたボンドさんがエロすぎてくらりとした。

勘弁してくれ。


20160614

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