「シンア」
青龍に、姫様はそう名付けた。
月の光―……、なんと美しく、彼に合った名だろうか。そしてその名を受け取ったシンアの表情は、面でほとんど見えはしなかったけれど…とても嬉しそうに見えた。



「今日はここで泊まろうか」

私たちはシンアの能力で人のいない通りを避けながら、緑龍の気配のする方へと足を進めた。まだまだ険しい山道は続き、今日も森の中で一晩を過ごすこととなる。丁度いい場所を見つけ、私たちは日が暮れる前に準備をすることとなった。

「あ、薬草がそろそろ無くなりそうだ…」
「じゃあ私が取りにいくよ!ついでに山菜とかも!」
「ダメ、名前はすぐ迷子になる」

ハクと姫様は狩りに、キジャはユンを手伝ってテントを張ったりと着々と準備を進める。私も何か手伝いをしようと思って薬草取りを買って出たのだが…ユンに呆気なく拒否されてしまった。確かに何度も迷子になって迷惑かけてるのは事実だけど…そこまで否定しなくても…。悲しくなって視線をチラリと横へ向けた時、私の視界にもふもふが目に入った。

「あ!シンア!シンアと一緒に行く!だったらいいでしょ!?」
「あー…まあ、シンアとなら迷子にはならないか……うん、いいよ」
「やった!ほら、シンア一緒に行こう!」
「え………あ…っ…」

丁度視界に入ったシンアを見てピンときた。そうだ、シンアとなら彼の能力で迷子になることはそうないだろう。ユンもシンアとならと許してくれて、私は早速シンアの手を引いてキャンプから離れた。

「シンアは薬草とか山菜は詳しい?」
「……………」

2人並んで森を歩いている中、私がシンアにそう尋ねた。するとシンアは言葉こそ発しはしなかったが、ふるふると首を横に振る。

「じゃあ教えながら取るから、シンアも一緒に覚えて取ろうね」

コクリ、とシンアは首を頷かせた。確かに言葉で返事をしたりはあまりしない彼だけど、ちゃんと問えば行動にうつしてくれる。昨日だってキジャのために服を濡らしてまで魚を取ってくれたり、根はとても優しいのだ。あの洞窟で初めて彼を見たときから、それは十分伝わっていた。だから今、こうして彼と一緒にいることに、なんだか私はとても嬉しく思った。

「あ、コレとかは薬草になって、コレは普通に食べても美味しいんだよ」

草木が生い茂る丁度いい場所を見つけ、私はシンアに教えながら薬草や山菜を摘んでいった。教えている時のシンアの表情は、ハッキリ見えはしないけど、教えたものを真剣に覚えているようだった。

「そのお面……外さないの?」
「っ……」
「姫様が言ってたよ、とっても綺麗な目をしてるって……だから、私も見てみたいなぁ…」
「…………」

2人で薬草を摘みながら、私はふとシンアにそう尋ねた。けれど彼は言葉が詰まるようにさらに口を閉ざしてしまい、先ほどまで喋らずとも行動で返事をしてくれた体も動かなくなってしまった。彼のその面と瞳については、あまり触れられるものではないというのは…分かっている。それでも、

「ごめんね、シンアが嫌なの分かってて……でも、もっとシンアと仲良くなりたくて…」
「………っ……」

私は彼の面の奥にある瞳を、じっと見つめた。暗くてなにも見えないけれど、薄っすらと…キラリと光るなにかが見えた気がした。

「ぷっきゅー!」
「わっ!アオっ?ちょ、どこ行くの!?」
「アオっ……!」

その瞬間、ずっとシンアの肩に乗っていたアオが突然森の奥へと駆けていってしまった。私とシンアはすぐにアオを追いかけるのだけれども、草木は生い茂っていて小さなアオの姿はなかなか捉えることが出来ない。

「待って!アオ!危ないよっ…きゃッ!?」

ズザーーッ
その時、私は飛び出ている木の根っこに足を引っかけてしまい、そのまま盛大に転んでしまった。それに気づいたシンアが駆け寄って心配そうに私を見る。

「私はいいから、アオを追いかけて!」
「でも……」
「大丈夫だよ、かすり傷だから!それよりアオの方が心配!」
「……………アオなら、大丈夫」

シンアはアオの駆けて行った方をじっと見つめた後、そう言って再び私へと視線を向けた。私も同じ方向を見るけれど、私はシンアのような目はもっていないので何も分からなかった。兎に角アオは大丈夫なのだと分かり、私はホっと胸を撫でおろした。

「……足………ケガしてる」
「あはは、盛大に転んじゃった…でも大丈夫、そんなに痛くないから!それよりそろそろ戻らなきゃ!」
「………だめ、だ……」
「え?…って、ひゃっ!?」

立ち上がろうと近くの木の幹に手をついて腰を上げようとした瞬間、私の体は宙に浮いた。そしてたちまち視線がグンと上がって、シンアに横抱きにされているのだと気づく。

「ちょ、シンア……重いよ…」
「そんなこと、ない……軽い……」

それに、恥ずかしいよこの体制…。すぐ近くにはシンアの顔があり、その肌はとても白く綺麗だった。ずっとあの岩山に居たんだもんね…。

「ぷっきゅー!」
「あ、アオ!よかった無事で…って、すごい頬っぺただよ」
「きゅー!」
「そっか、木の実がなってる木見つけたんだね」

アオも戻ってきて、よく見ると頬にパンパンに木の実が入っていてそれはもう幸せそうな顔をしていた。アオも無事に帰ってきたことだし、私たちはキャンプへと戻ることにする。…といっても、シンアに抱きかかえられて私は全然動いていないのだけど。

「ごめんねシンア……、ありがとう」
「……………」

シンアはとても優しい。
だってこんなにも…温かいのだから。

しばらく歩くと、拠点にしていたキャンプが見えた。火は既に焚かれていて、ユンが作ってくれているのであろう鍋の良いにおいがする。

「あ、おかえりー…って、どうしたの!?」
「あはは…えっと、ちょっと転んじゃって」
「またぁ!?もう、名前は何度転ぶつもり!?」
「ごめんなさぁーい…」

そう、私が転ぶのは日常茶飯事のことなのです。あまりに転びすぎてユンには特に怒られている。いつもいつも迷惑かけますねぇ…ほんと。
その後、狩りから帰ってきた姫様にも心配されてしまい、ハクからは「ドジ」と言われてバカにされた。ケガはそこまで大したことはなかったけど、思ったより激しく転んだみたいで血が結構出ていた。あのまま歩いていたら、さらに血が出ていたかもしれない。シンアはそれを分かって抱えてくれたのだろうか…。

**

辺りはすっかり暗くなり、皆は就寝についた。
姫様と私はテントの中で寝かせられ、他の皆は外で寝ている。正直、侍女である私が姫様と同じ場所で寝るだなんて申し訳なかったのだけれど、女なのだからと言われなくなくテントに押し込まれる。

「……………」

眠れない。
険しい山道を歩いてかなり疲れているはずなのに、なんだか目は冴えてしまった。

「(ちょっと、外に出よう…)」

あまりにも眠れないので、私はこっそりと起き上がり、テントから静かに外を覗いた。消えた焚火の回りにそれぞれ顔を伏せて眠って居る皆を確認して、私は静かに音をたてないようテントから出た。ハクに見つかったら物凄く怒られそうだけど、今はぐっすり眠っているみたいで気づかれなかった……よかった。

夕方にシンアと薬草取りに出かけたとき、実は見つけてしまったんだよね…。ちょっとした丘があるのを。キャンプからそんなに離れてもいないし、道も分かりやすいからきっと大丈夫。抜き足、差し脚…と、私は皆を起こさないようにゆっくりとその場から抜け出した。

「わぁ……思ってた通り、すごい綺麗…!」

月明かりに照らされたその丘は、一面の真っ白な花で埋め尽くされた花畑だった。まるで天国のようなその景色に、私は思わず息をのむ。本当は駆け回りたかったけど、先ほど痛めた足がジンジンとして上手く動かせなかった。だからゆっくり、ゆっくりと足を進める。

「姫様に見せたいなぁ、この景色…」

この景色を独り占めするのはなんだか勿体なくて、でも姫様を起こすのは申し訳ないので仕方なく自分で堪能することにした。黄金に輝く月が、昼間のように眩しいくらいだ。

「あれ……なんか、涙が…」

ぽろ、ぽろ、気づけば―私の瞳からは涙がこぼれ落ちていた。どうしてだかは分からない。でも、湧き上がるその感情は…どこか、胸をぎゅっと苦しませた。

「だめだ、泣いちゃだめ……だって私は…」

笑ってなきゃいけない。
そう――、イル陛下とお約束したのだ。

ザッ

「ッ!!??」
「あ………、」

その時、後ろで誰かの足音が聞こえた。
ビクリと肩を揺らせて振り向くと、そこには――シンアが居た。

「シ、シンア…!あ、えと、おっ…起こしちゃった?」
「いや………」

この顔を見られてはいけないとすぐに背を向けて濡らした頬をゴシゴシと服で拭くも、シンアの目ではきっとこの距離でもバッチリと見られてしまっただろう。それでも私はすぐに表情を変え、もう一度シンアの方へと向き直った。

「あはは、ごめんね!すぐ寝るから!」
「どう…して……笑うの………」
「え?」
「泣い…てた………」
「あ……、」

その場から離れてテントへ戻ろうした時、すれ違い様にシンアにそう言われて…その手が頬に触れた。また、あの温もりだ…。

「………このこと、皆には、言わないで…」
「…………?」
「私が泣いてたって…皆には絶対、言わないで…」

シンアは静かに首を傾げた。シンアはまだ出会ったばかりで知らない、私のことを…。

「見られたくないの……泣いてるところ…」
「どう、して……?」
「見られちゃだめなの、私は……泣いちゃ、だめなの…」

そう、私は泣いてはいけない。
私が姫様の侍女となったのは、十にも満たない幼い頃だった。あの時に云ったイル陛下のお言葉を、私はずっと覚えている。

『名前、君はヨナの太陽であってくれ。どんな時も―…ヨナの一番の、太陽であるんだ』

あれから、ずっと姫様のお近くで、姫様のお世話をし、姫様と共に過ごしてきた。そして一度も―…姫様の前で涙を見せなかった。いつでも笑って、いつでも明るく、元気に振舞ってきたのだ。それはずっと一緒にいたハクも同じで…誰の前でも、私は明るくいるのだと決めた。
それが、姫様の笑顔になるのならば―…と。

「私も…シンアと同じだね…」
「………?」
「シンアがお面を外したくないように、私も……見られたくないものがある…」
「……………」
「ごめんね、もう…外してなんて言わないから…」

自分で言って、初めて気づいた―。
私はなんてバカだったんだろうと。そうだ、私にも、見られたくないものがあるのだ。それなのに、シンアには無神経にあんなことを言って…。

「なんか、暗くなっちゃったね!ごめんね!さ、戻ろっか!」
「…………あ、」

グイッ
その温かな手が、私を引いた。

「シンア……?」

月を背にしたシンアが、私の瞳に映る。
そして――………

ギラリと美しく光る、黄金に輝くその瞳は―…
正しく――――月の光だった。

「………………なんて、綺麗なの………」

シンアはゆっくりとその額に付けられた仮面を外し、私の目を見た。あまりに美しく輝くその瞳に、吸い込まれるようだった。

「すごく…綺麗……それに、とても……温かい」

私はその頬に触れた。
するとさっきまで止まっていた涙が、再び私の頬を伝う。それはとめどなく流れていき、ぽたぽたと、流れていくようだった。

「名前になら………見られても、……いい……」

本当に、小さな声だった。
それでもハッキリと私の耳に届き、その瞬間、また溢れるような涙が出てきた。
シンアの優しい手が私の肩を抱き、私は身をゆだねるようにシンアの胸に顔をうめた。

泣いても、いいんだよ。

そう言ってくれているようで、私は今までの全てを吐き出すように、わんわんと泣いた。これまでどれだけ辛くても、どれだけ酷いものを見ようとも、決して笑顔を忘れなかった。それは全て、あの方に笑っていてほしいから。そう思えばどんな辛いことも辛いと思わなかった…はずなのに、私は、私の知らないところで、その辛さに耐えていたのだった。
それを、シンアは……気づいてくれた。
彼の瞳の能力なのか…、いいや違う、これは、彼自身のものだ。

「ありがとう、シンア―…」







月の光


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