石化前/スタンリー幼馴染





「Hey,my honey. I`m home!」
『bow wow!bow wow!』
「って鍵開けたのお前かよ!つか吠えんなうるせぇ!」

夏が訪れる少し手前の季節、家のチャイムが鳴ったので愛犬のロルフに家の鍵を開けてくるようお願いをする。するとエントランスの方で少し久しい幼馴染の声と、警戒するように吠える我が愛犬の声。私はずっとアイスを食べながらテレビを見ていた。

「なかなかの歓迎じゃん?」
「あ、スタンいらっしゃい、早かったね」
「久しぶりに会うっつーのに犬使って鍵開けさせるとはどーゆー出迎えよ」
「うちのロルフちゃん賢いでしょ?ほらほら威嚇してないでこっちおいで〜」
「相変わらず俺にはマジ懐かんね」
「昔っから私のこと虐めるからよ」

ボフンと私の座るソファに同じく腰かけ、彼の重みで私の体が少し傾く。隣へと視線を向けると、彼も同じく私へと顔を向けていた。少し傷増えたかな。でも相変わらずいい男だ。

「久々の幼馴染との再会に、熱いハグはねぇの?」
「えー、なんかやだ」
「酷いね、これでも結構重い任務明けなんだぜ」
「それはお勤めご苦労様、ウェルカムアイスでもいかが?」
「食べかけじゃん」
「だってこれが最後なんだもん」

アイスを口元へ持っていくと、スタンの赤い唇がパクリと一口それを齧っていく。本当に食べやがった。冗談だったのにと小さく睨むと、意地悪な…けれども眩しい笑みを彼は見せた。
彼は軍人さんで、今は結構上の階級まで上り詰めたらしい。私には軍人さんのことはよく分からないけれど、彼が”凄い”というのは昔から知っていた。幼いながらに腕利きのスナイパーで、よく銃をコレクションしては射撃練習に出かけていたのを思い出す。なんとも可愛くない趣味を持つ幼馴染だったけれど、その腕を今は軍で発揮しているのだからもう何も言えない。入りたての頃はまだ何度か顔を合わせてはいたけど、ここ最近は重役に就いているのか会う頻度が少し減った。とはいっても、私たちはただの幼馴染。別に会う理由なんてないのに。

「けっこう伸びたね」
「ああ、わりと長期だったかんね」
「長いと女の子みたい」
「さすがにこの体系で女にはもう間違われねーよ」
「ああ、昔はあんなに可愛かったのに…」
「今はMr.Perfectだろ?」
「本当のMr.Perfectは自分で言わないよ」

そう、子供の頃のスタンはそれはもうお人形さんなんじゃないのかって疑うほど可愛かった。so cute!pretty!my angel!なんてよく言って「俺は男だ!」って怒られてたっけ。あんなに綺麗な顔しているのに気性は荒いから全然可愛く無くて、顔のせいで喧嘩を吹っかけてきた子たちみんな返り討ちにあわせていた。そういうのもあって余計鍛えていたんだろう。

「いつもと同じくらい切るの?」
「ああ、そうしてくれ」
「オーケー、じゃあ用意してるから庭に行こ」

スタンがわざわざ私に会いに来る理由、それは散髪。私はこれでも美容師なので、普段は街のこじんまりとしたヘアサロンで働いている。スタンは昔から私のヘアカットの練習台になってくれていて、今はもうさすがにライセンスを取ったので練習台にはならないけれど、こうして今でも彼のカットは私がしている。
庭に出て用意された椅子にスタンを座らせ、彼にヘアエプロンをかける。また肩回り増えてない?これ以上ムキムキになったら綺麗なお顔と不釣り合いすぎるよ…。まあ、かっこいいけど。

「あんたまだ独り身?」
「う、うるさいなぁ…一人を楽しんでるのよ」
「言い訳くせぇな、前付き合ってたっつーあのヒョロガリ男は?」
「ヒョロガリって…スタンと比べたらそうだけど、彼もそれなりに筋肉あったわよ、……それに彼とは先月別れたわ」
「へぇ、そりゃめでたいね」
「またそうやって人の恋路を笑って!」
「ハハッ、ソーリーソーリー」

私はこの歳になってもまだ独り身だ。とは言っても今までに彼氏ができなかったわけではない。彼の言うヒョロガリくんは結構続いていた方だ。けれど先月別れてしまった。理由は…私が原因だろう。

「なんか違うなぁーって、なっちゃったの」
「あんた毎回それ言ってんじゃん」
「う、だって……」

霧吹きで彼の髪を軽く濡らし、髪をクリップで部分分けする。綺麗な金色をした彼の髪は、思ったよりも太くて頑丈だ。男性の髪って感じがする。顔はこんなにも綺麗なのに、やっぱり彼は男の人だ。

「スタンのせいよ」
「へえ、俺が?」
「そう、全部スタンのせい…」

今まで付き合ってきた人、みんな素敵な人だった。でも全て劣っているように見えてしまう。そう―――、彼に比べると。

「じゃあ俺の女になる?」
「やだ」
「はぁ、毎回コレだかんな、俺もよく持ってんぜ」

チョキ、チョキ、…と彼の髪を切っていく。スタンは会う度にそう言う。でも私の返事は毎回”NO”だ。だって…、

「スタンこそ、誰かいないの?」
「そんな暇ねえよ」
「そうよねー、”Mr.Perfect”なスタンリー・スナイダー様はいざとなれば秒で彼女なんてできちゃうものね」
「んな秒で出来た女なんて秒で消えんよ」

そう、彼には暇がない。海兵隊の更に重役ともあれば、彼と会えるのなんて良くて数か月に一回、長期任務に出てしまえば半年以上会えないなんてザラだ。しかもその間、電話が二か月に1回あるかないか。私には、耐えられない。

「じゃあ秒で作って秒で別れちゃえばいいじゃない、あなたの都合に合うでしょ」
「それでも俺は、あんたがいい」
「っ……そうやって、また私をからかう」
「これがからかってんように見えんの?わざわざ貴重な休暇に、ただ髪を切ってもらう為だけに、このクソ遠いあんたの家に来てるって思ってんの?」

丁度前髪にハサミを伝わせた時、彼の瞳が私を捕らえる。……ずるい。ずるいよスタンは。

「…寂しいのやだ」
「その分、休暇中は存分に愛してやんよ」
「やだ、毎日がいい…」
「我儘だな、俺のprincessは」
「まだスタンのじゃないもん」
「なら早く俺のになれって」

いつ、こうなってしまったのか分からない。どこかで引き返せる場所があったのかもしれない。けれど私は気づいた時には、もう彼に落とされてしまっていた。ひどいよ、スタン。

「いい加減諦めな、あんたを満足させられんのは俺だけだって」
「すっごい自信…」
「Mr.Perfectだかんな」

ムカツクほど、彼は私にとっての”Mr.Perfect”となってしまっていたらしい。今まで何人かの男性と付き合っていて思い知った。やっぱり私には彼の存在が大きすぎる。でも私は寂しがり屋だから、彼の住む世界とは共存できないのだって思っていた。

「またこれから長期?」
「そうだな、数か月は離れっかな」
「やっぱ無理…」
「そう思うってことは、やっぱあんた俺のこと大好きじゃんね」
「うん、好き…大好きだよ……だからNOなの」
「可愛い事言ってくれんなよ、今すぐ抱きしめたくなんじゃん」
「だめ、まだ髪切ってる」
「なら早くしな」

せっかく切ってあげてるのに早くしろとは感謝の気持ちが足りないぞスタンリー・スナイダー。それに今彼に抱きしめられたら本当に振りほどけなくなってしまいそうなので、私はカットの手を早めることはしなかった。

「はい、できあがり」
「サンキュ、スッキリしていい感じ」
「長い方が私は好みだけどね」
「帰ってきたらまたあんたの好みの髪になんよ」
「それも、なんだかなぁ」

けれど繊細で長い髪を切っているわけではないので、気づけば彼の髪は完成の状態となってしまう。肩に乗った眩しい金色をパラパラと払い、落ちているのもホウキで片付ける。サッパリと短くなった彼は、相も変わらず美しい顔をしていた。

「じゃあ、次……帰ってくるまで、良い人が見つからなかったらスタンにする」
「見つかっても俺に帰ってくるに1000ドル賭けんよ」
「少ない、もっと賭けろ」
「なら俺の人生、賭けるよ」

ああずるい、ほんとずるい。

「名前、愛…」
「あーーーっ!それ以上はストップ!だめ!」
「はぁ!?なんでよ?今のは完全に言って”私もよ”ってなるとこだろ!」

「だめだめ!聞きたくない!やだっ!」

迫りくるスタンをぷいっと避けて、私は耳を塞ぐ。こんなのは無駄な抵抗だって分かっているけど、それでも今の私は素直に受け止められなかった。

「ったく、しょーがないね、あんたは本当に」

スタンの艶のある唇が私の額に触れた。そして今度は彼の手が私の頬を包む。

「聞いて、名前?」
「っ………」

熱い眼差しを向けて真っ直ぐに私の瞳を捕らえる。そんな風に優しい声で言われたら、これ以上私は声を出せなくなってしまう。

「愛してんよ、俺と一緒になって」

ずっと聞きたくて、聞きたくなかった言葉。

「返事は?」
「わ、わたし…も………」

と、その瞬間――

『bow wow!bow wow!』
「わぁ!ちょ、ロルフ!?」
「はぁ!?このバカ犬!今すっげーいいとこだっつーのに!!」

髪を切っている間は庭に出てこないよう窓を閉めていたハズが、どうにかこうにか賢いロルフはそれをこじ開けて庭へと勢いよく飛び込んできた。そしてそのままスタンに思い切りダイブする。ずてん!という音が聞こえそうな勢いで、スタンはそのままロルフに押し倒されてしまった。

「ぷっ…あは、あははは!!」
「何笑ってんよ!助けろ!!」
「あははは!だって、あはははっ!」

狙った獲物は逃がさない、屈強な男が何人かかっても倒せないようなスタンが今、たった一匹の犬に取り押さえられている。それがなんとも面白くて、そしてこのタイミングで、私は大笑いだった。

「ねぇスタン、帰ってきたら続きを言うわ」
「ハッ、あんたそれまでちゃんと待てんの?」
「うん、なんだか待てる気がする」

お腹を抱えながら笑ってそう言えば、スタンは少し面食らったような顔を見せた。

「私も人生、賭けてみるよ」

どうしようもなく弱い自分だったけれど、なんか今この瞬間、そんなのがとてもちっぽけに思えた。

「そりゃ、死んでも帰ってこなきゃな」
「スタンが死ぬわけないでしょ」
「当然よ」

でもこれ、死亡フラグっていうらしいよ。そうスタンに言ったら、「じゃあ今のうちハグしとかねぇと後悔すんじゃね?」と笑った。

「逆だよ、スタンは私に後悔させない為に、絶対帰ってこなきゃいけないの」

そういう約束なの。

「できる?」

私たちはここまで来るのに、どうしようもない時間を使ってしまった。だから今更すぐに彼の手を取ることが私にはできない。きっと私はとてもめんどくさい女なんだろう。でもスタンは目を薄めて、優しく微笑んだ。

「ああ、できるね」

その時はあなたに、私の全てをあげる。







パーフェクトな君へ


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