石化前/スタンリー夢/5話





「さようなら、スタン」

は?何言ってんよコイツ。さよならって何?それってどこからどこまでよ?まさか全部とか言わねぇよな?そう問いただす前に、彼女は俺の前から姿を消した。俺の幼馴染と共に。

「なあにあの子、スタンをフるなんて生意気ぃ〜」

なに、俺もしかして今フラられたん?Why?このどこから湧いて出たかも分からねぇ女と一緒に居たから?いやいやおかしいっしょ、だってあんた今まで俺が誰と居ようと何も言わなかったじゃん。俺の事大好きだっつークセに何も言わねぇじゃん。そもそも今日だってあんたの事待ってたんよ?長かった勤務が終わってせっかくの休みっつー時に、真っ先にあんたに連絡して、でもバイトがあるっつーんでじゃあサプライズで出迎えてやろうってこの寒空の中待ってたんよ?

「ねぇスタン、私たちもどっか行きましょ?寒くて冷えちゃったわ」
「うっせ、さっきから暑苦しぃんだよ。つかオマエの事とか呼んでねぇから、さっさと失せろ」
「っ…!」

つーかゼノも何なんよマジで。ゼノが俺の女を取る?いやいやありえねぇ、何かの間違いだって。アイツは俺との関係を悪くしてまで俺の女に手を出すようなヤツじゃねぇ。自惚れかと言われるかもしれないが、それだけの自信がある。なんか今日のゼノは、少し怒っているように見えた。けれどその怒りが何の怒りかまでは分からない。

とにかく俺は、ただ立ち尽くすしかできなかった。



▼△▼




なんてことのない、普通の女だった。
おどおどした動きは小動物みてぇでカワイイ。守ってやりたくなる。食べてる顔もすげぇカワイイ。頬突きたくなる。んで俺の事が好きすぎるのがカワイイ。眼の奥にハート見えんじゃね?ってくらい俺を熱い視線で見つめてきて、俺がちょっとでも触れると溶けんじゃねぇのって位熱くなる。かわいすぎ。
ハイスクールの時にたまたまハプニングで彼女と初めて会話をした。それまでは全然気にも留めてなかった彼女だったけど、なんか印象に残ってんでたまに見かけては目で追ってみる。すると、どうやら彼女も俺の事を見ていると気づいた。
俺は普通に顔がいいから女から好意を寄せられるっつーのはよくあることだった。だから彼女も俺に惚れちまったのかと少し面倒くさく思う。そう思ってからは彼女を気にしないようになった。
好意を寄せられること自体は嬉しいモンではあるが、女というのは面倒な生き物じゃんよ。いざ付き合ったら愛が足りないだとか他の子と喋らないでとか、マジでダルい。でも性欲は溜まるから、恋人とかそういうんは無しで付き合える女とだけ付き合った。ゼノからは割と険しい顔されたけど、特に何か言うことも無かったんで今の今まで変わらないまま。

けど、アイツ――名前と付き合ってから何かがオカシイ。

アイツは俺に『何番目でもいい、だからアナタの彼女にして!』と言った。都合の良い女は今までに何人も居たが、これだけ俺だけしか見ていなくて何番目でもいいからと縋るように泣きそうな目で願ってきた女は初めてだった。今までの女は都合よくてもいいからと言いながらも他の女に手を出すと嫉妬したり面倒なのばかりで、単純に都合の良いコイツに俺はラッキーと思う。だから俺のカノジョにしてやった。
名前は確かに都合が良く、他の女にも嫉妬しないで俺しか見てなくて、おまけにカラダの相性もイイんでほぼ毎回声をかけた。俺に会う度嬉しそうに駆け寄って来て、俺に抱かれる度にすっげーカワイイ顔をする。俺が一人の女に拘るのはなかなか珍しいなと、自分でも思っていた。でもどうせ今だけだ。ちょっと気に入ってるから傍に置きたいだけだ。そう思っていた。

――でもオカシイことに気づいたのは、あん時。

ハンナとかいう女とアイツで3Pすることになった時。あの女がやたら煩いんで撒こうと思ったつーのに、アイツは何故か俺とハンナを引き合わせようとした。おいおい、あんた俺の事大好きなんじゃねえのかよ?そう何かイラっときて、じゃあ3Pならいいぜと提案してやった。
だがいざヤるとなった時、俺のが機能しなかった。いやマジで。性欲はかなり強い方だっつー自覚はあったから、女なら誰でもヤれる。そうだったハズなのに、全然そんな気分にならなくて俺のDickはカワイイまんま。とりあえず顔を真っ赤にしてただ見てるだけのアイツを近寄らせてキスしてやれば、どんどんと元気になっていく俺のDickちゃん。おいおいマジかよ。あの時俺は、そう思ったね。そっからもアイツの声や反応を見るだけで簡単に反応を見せる俺自身に、いよいよやべーなって焦りを感じる。

つまり俺は――アイツでしか勃たなくなっちまっていた。

わざわざあの女が事後に手を出しやすい用、自分の飲みかけのボトルをベッドボードに置いたりした。ボトルの中の水には、以前ゼノの薬品棚からパクった睡眠剤を入れて。んで女が寝てる隙に、仕切り直すようにアイツを抱いた。バリバリ勃った。確定。

あんまり信じらんなかったが、どうやら俺はアイツに――名前に惚れてしまったらしい。

正直デートとかやる必要ある?とか思ってたが、アイツとは行きたいって思った。俺と会う時のアイツはなんか”頑張ってる”って感じのファッションで、バイト終わりの普段着を見て”ああこっちが本当の彼女なんだな”と気づく。アイツは地味だとかなんだとか言うが、フツーにカワイイって思うの俺だけ?いや、前もどこぞの野郎にナンパされてたしカワイイって。ただ性格がああだから、今まで男も出来なかったんだろうな。ラッキーじゃん。
アイツに似合う服をプレゼントして、ちょっと洒落たレストランへ行って、アイツのことを色々聞いた。こんな人について聞きまくるのなんて尋問以外初めてだぜ?女なんてちゃんと口説いたことねぇから、きっと上手い言い方出来てなかったんじゃねえかな。そもそも口説く必要ねえかんね。

つーか、マジ、惚れた。

自分でもびっくりなくらい惚れてんじゃん。―――なのに、俺の恋は今終わろうとしている。いや、終わってんのかもう?しかも信頼する幼馴染に取られそうになってる。”ただの友達”とは言ってっけど、ゼノのあの彼女への構いっぷりはなんかオカシイ。フツーに惚れてんじゃね?そら俺が惚れるくらいなんだからゼノが惚れてもおかしくはねえな。やべーな、どうすんの。どうしたらいいの俺。

今だけは神にでも縋りてぇ



▼△▼




「朝帰りとは、なかなかに盛り上がったみてぇじゃん?」
「やあスタンおはよう!おや、君が家で飲むなんて珍しいね」

ゼノはまさかの、朝に帰って来やがった。は?なにそれ?つまりあの後そういうこと?どういうことよ?俺は俺でヤケ酒するしか脳が無く、外で飲む気にもならなかったので何億年かぶりに家で飲んだ。お陰で頭いてぇ。

「誰かさんのせいでね」
「ちなみに僕はまだ研究が残ってるので研究室で一泊しただけだよ」
「へぇー、そう」
「まあ、信じる信じないは君次第だけど」

一応信じんよ、ゼノだかんね。でもだからって俺のこの渦巻くドロドロが消えるわけではない。

「君がそんな状態になるなんて、昨日のはよほどショックだったのかい?」
「あぁ、わりと……いやかなりキたね」
「彼女に惚れたかい?」
「クッッッソ惚れた」
「はは、正直でよろしい」

なに笑ってンよ…、たく、余裕だな先生は。

「でもダメだ、もう」
「おおスタン、君からまさかそんな台詞が出る日がくるなんて!恋というのは時に人を変えるというが、正しく非合理的で興味深いものだね!」
「勝手に関心してんなよ、結構落ち込んでんぜ、俺…」
「幼馴染の新たな一面を見れて喜んでいるんだよ」
「尚更タチ悪りぃわ」

ハァーーーと、大きくため息を吐いた。ああ、そういやヤニも切れてんな。昨日バカスカ吸ったかんな。サイアク。買いにいかねえと。

「珍しいものを見せてくれた礼に、彼女と君を取り次いであげよう」
「いいのかよ、あんたも惚れてんじゃねえの?」
「彼女は確かに魅力的だけど、それより僕は大事な幼馴染に元気になってもらいたいからね」
「やべえ、あんたマジいいヤツじゃん、惚れそ」
「それは彼女だけにしてくれ」

やっぱゼノだ。別に裏切んなとかそういうことを言うつもりはねぇし、俺だってゼノの一番を考えてる。それでもあんたはそういう選択をするってことに、ちょっとだがジーンときた。俺、相当弱ってんね。

「でもいいわ、これは俺とアイツの問題だかんね、自分でなんとかすんよ」
「そうかい、なら僕は結果が出るまで手は出さないよ」
「はは、そりゃどーも」

分かってて言ったのも、分かってんよ。

「ところで煙草もってねぇ?」
「持ってるわけないだろう」

だよね



▼△▼




自分でなんとかするとは言ったが、メッセージを送っても返事はない。つーか既読にすらなってない。まあ、そうよな、フった男の話なんてもう聞く耳持たんよな。フラれたのに未練たらたらで連絡してくるような男は見苦しいと言われるかもしれないが、それでも俺はここで終わるつもりはない。ネバーギブアップは俺の十八番だかんね。こっちは超絶鋼のメンタル鍛えられてんよ。まあさっき折れかけたけど。

「ねえお兄さん一人?よかったら私と…」
「あー悪いけど彼女待ってっから、他あたってくれ」
「あら残念」

連絡が無視されんならもう、直談判しかねえだろ。っつーわけで、彼女名前の働くカフェの近くで俺はただひたすら待っている。すると店内に名前の姿が見えて、とりあえず何時に終わるか分かんねぇからひたすら外で待った。耐久は慣れてっかんね。その間何人かの女に声をかけられるが勿論スルー。彼女を待ってる、なんて言い訳、今の俺には相当堪えんぜ。
しばらく待つと、店から名前が出てくるのが見えた。でも恰好は制服のままだったからブレイクタイムっぽいな。前のようにテラス席に座って、手に持ってたランチボックスを開けて食事を始める。やっぱ食べてる顔カワイイな。――って、んなこと思ってる場合じゃねえ。

「なあ、ココいい?」
「っ………!」

俺は恐る恐る彼女に近づき、なんて声をかけていいのか軽く悩んでそう言った。そして俺を見るなり目を見開く彼女に、前までのようなあの”俺を大好き”だという表情が向けられなかったことにショックを受ける。更にその場を立ち去ろうと席を立つ彼女に、俺の心はまた折れそうだった。

「待って、あんたとちゃんと話がしたいっ…」
「ごめんなさい、私は…」
「俺んこと、嫌いなった?」
「そ、そんなことっ…」
「だったら、話だけでもさせてくれよ、な?名前」
「っ……」

我ながら必死だなって思うが、それでも俺は縋るようにそこから離れなかった。彼女の顔が悲痛に歪むのが分かって、その意味はなんなのかと考える。あんたも俺の事で悩んでくれてんの?

「……わかった、けど、まだ仕事があるから…」
「ああ、待ってられんよ、何時に終わんの?」
「20時まで……あと外は寒いから、ちゃんとどこか室内で待ってて。逃げないから…」
「ああ、そうすんよ」

なに、俺のこと心配してくれんの?優しくすんなよ、余計好きになんだろ。いやもう無理だ、すっげー好き。
20時っつったらあと数時間くらいか。余裕。でも室内で待っててっつわれたから外の喫煙所では待ってらんねえし、喫煙できるどこかにでも行くか。それよりも、嫌いではないという反応を見て俺は心底安心してしまった。つーか俺的には、アイツの眼の奥にはあの時の俺へ向けてた瞳が残っているようにも思える。

名前の眼は俺という全てを映している。

俺だけしか見ていないとでもいうような真っ直ぐで澄んだ瞳。それが心地よかった。アイツは俺だけなんだって勝手に優越感で浸って、俺は何も向けることなくアイツだけからの視線を受けるだけ。今思うと本当にサイテーだなって思うよ。
でもようやく気づいた。本当はその瞳の中に映されていたんじゃなく、俺が、取り込まれていたんだ。

アイツの瞳は深海だ。

ずぶずぶと俺を取り込み、その奥深くまで俺を引きずり込んでいく。そして果てない海の奥底に、落とされていた。











スタンにさよならを告げたあの後、ゼノとはすぐに別れた。やはり彼の嘘だったみたいで、どうしてあんな嘘を吐いたのだろう。なんだか2人の間にも亀裂が走っているように見えて、わざわざあんな嘘まで吐いて仲を悪くしなくても…と申し訳なくなった。けれどゼノは「ああ言った方が彼を焚きつけられるからね」と薄ら笑みで言う。やっぱり私には、彼の言っている意味が上手く理解できなかった。

でももう終わったのだ。
――――私の恋は。

ああそうか、私はもう彼に会うことはないんだ。そう思った時、栓が抜けたように私の瞳からは涙が溢れ出る。このまま海になってしまうのではないかと思うほど、私は泣いた。自分で終わらせたことなのに、なにを泣いているんだ。私はなんてバカなんだろう。それでもスタンが私を見てくれるなんてことは無い。彼にとっては私は最下位の女で、優しくしてくれるのも彼が優しいから。時々勘違いしてしまいそうになる甘い声も、私だけだよというその台詞も、なにもかも彼の優しさ。

そんな優しさ、いらなかったのに――。

優しい彼は『もう一度ちゃんと会って話がしたい』とメッセージをくれる。けれどこれに返事をしてしまえば、自分はまた彼から離れられなくなってしまうのではないか、そう思った。結局返事ができないまま時間は経過してしまい、気づいた時にはもうバイトの時間だった。
泣きすぎて目が腫れてしまっていたけど、チームメイト達に迷惑をかけたくないので重い足取りでカフェへと向かう。案の定「どうしたの!?」と心配してくれて、今日は帰った方がいいんじゃない?とまで言われる。けれど大丈夫だよと笑って、私はバイトに専念した。時間が経てば目の腫れもだいぶ引いてきて、ブレイクタイムの頃にはすっかりいつもの地味な自分だ。
少し寒いけどいつもの様にテラス席で食事を始めた私は、少し後悔する。――どうして、彼がここにいるの。

「待って、あんたとちゃんと話がしたいっ…」

今までに聞いたことのないような悲しい声だった。わざわざ私の為にここまで来たの?どうしてそこまでするの?今すぐにでも引き込まれそうな瞳に、私は必死で”彼は優しいから”と頭の中で連呼する。そう、彼は優しい……昔からそうだった。だから好きになったんだ。でも私は我儘だから、あなたと居ることはもうできない。
そうハッキリと言いたいのに――結局私は、頷いてしまった。

「今日は皆で飲みに行こう!」
「いいね!名前が辛い事あったみたいだし、皆でパーッといこうよ!」
「客も少ないし、バイトの子は上がって先に行ってていいよ、後で合流するよ」
「オーケー!んじゃ名前、行こう!」
「え、あの私は…っ」

バイトが終わる予定の時間より少し前の時間、店長とチームメイトの子たちが私の肩をがっしりと組んでそう提案してきた。あまりに突然のことに話についていけず、気づけば私はそのまま上がりとなってしまう。え、でも待って、この後私は予定が…。そんな訴えをするにも既に決定となってしまった予定で盛り上がるチームメイトを目にし、私は何も言えなかった。でも、どうしよう、スタンに連絡しなきゃ…。そう思ってスマホを見たら充電が切れていて、嘘こんな時に!?と更に慌てる。そういえば昨日泣いてそのままで、充電なんてすっかり忘れていた。「名前早く着替えなよ!行くよ!」と急かされ、私はとりあえず制服から私服へとチェンジするのだけど、頭はずっと彼のことでいっぱいだ。もう外に居るかな?せめて一言……、

「この前いい店見つけたの!名前も気に入るよ!」
「あ、う…うん、楽しみ……」

伝えた20時より少し前の時間になってしまったけど、もう居るかもしれない。そう思ってカフェの外を中から見てみたけど、スタンの姿はまだ見えなかった。……どうしよう。でももうチームメイト達は出かける支度を完了して、裏口から出て行こうとしている。私も呼ばれて彼女たちに付いていくしかなく、小さく誰にも聞こえないようにため息を漏らした。

神様が、私に言っているのかな。
”あなたには無理”―――と。

結局スタンに連絡ができないままカフェの人たちと飲みに行くことになってしまい、気づけば待ち合わせの時間はとうに過ぎていた。スタン、待ってるかな。でもカフェももう閉店するし、そしたら”すっぽかされた”って思うに違いない。最低なことをしてしまったけど、彼とはもう会わない方がいいのかもしれない。きっとそういう運命なんだ。私は必死に自分に言い聞かせた。

―――時刻は23時。
待ち合わせの時間から、3時間も過ぎている。飲み会が終わってそれぞれ自宅に帰ろうとする中、私の足は止まったままだった。……さすがに、もう、いないよね。私もこのまま帰ってしまえばいいのに、帰ろうとしない自分がいる。私はどこまでバカなんだろう。

「カフェの前を…通るだけ……」

もう何度目か分からない自分への言い聞かせに、頭では分かっているのにそうさせない自身の心に嫌気がさす。どうせ居るわけない。スタンがいくら優しいからって、私の為にここまで――してくれるわけ、ない。
昼間は賑やかなこの小さな街は、夜遅くになるとあまり人通りも少なくなる。少し古くて壊れかけているバーやクラブの看板のネオンがピカピカと不規則に光り、夜の雰囲気を演出していた。チームメイト達と食事をしていた店からここまでの距離はそう離れておらず、歩いてでも向かえる距離。でも夜の街に女性一人で歩くには少し危険なので、このまま帰るのが正解だ。正解だけど、

「……………」

―――ねえ、どうして。

「………スタン」
「よかった、無事で」

――――どうしているの?







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