| 石化前/スタンリー恋人 「おかえりなさいスタン!!」 「おわっ!?なに、どうしたよ?随分情熱ある出迎えじゃん?」 彼が帰宅した音が聴こえてきたので、リビングのソファからすっ飛んで玄関まで急ぎ足で向かった。そして目に見えた彼の体に思い切り抱き着いてみせる。結構勢いつけたつもりだったけど、彼の体はまったくといっていいほど動じなかった。 「スタンに愛と敬意を表しているの!」 「あー…よくわかんねぇけど、あんがと?」 頭にハテナを飛ばしながら彼の手がポンポンと私の背中に回って同じように抱きしめる。そしたらいつも以上に彼の愛煙してる煙草の匂いがダイレクトに嗅覚を刺激した。 「そういえばプチパーティーどうだった?」 「あ?あー楽しかったぜ、ヤニひと箱消し飛ぶくらいにはな」 「あ〜だからこんな匂うのか…、さすがにクリーニング出した方がよくない?」 「どうせまた染みつくよ」 スタンは今久々の少し間の開いた休暇中で、今日は彼の友人が招待してくれた些細なパーティーに行っていた。私は仕事があったので残念ながら出席はできなかったけれど、彼の様子を見るに行かなくて正解だったみたいだ。 「で、なんかあったん?」 「うんあのね、スタンが普段どんなことしてるのか気になってミリタリー映画とドキュメンタリーを見漁ってたの。そしたら本当に凄いのね軍人さんって!あんな訓練受けてたなんて全然知らなかった!私スタンへの理解が全然足りなかったみたい、出直してくるわ!」 「ってどこ行こうとしてんよ?」 「リビング戻って続き見るの!」 「はぁ?俺いんのに?本人に聞けよ」 「じゃあ見ながらスタンに聞く!」 彼が軍人だってことは知ってるし普段とても過酷な任務をしてるってことも知っているつもりだったけれど、私の理解力はあまり足りてなかったらしい。今日職場で友人に「このドキュメンタリー映画ってあんたの彼氏が所属してる軍のでしょ?」って教えてくれて、帰宅後すぐにネットで検索して見てみたのだけど、私の想像以上の過酷な訓練に驚愕だった。 「ほらこれ、凄くない?こんなのわたし、秒で泣いちゃうよ」 「へぇ、ガチのヤツじゃん。懐かしいね、こんなこともやったっけか」 「スタンもこれしたの?よく生きてるね?」 「まあね」 「だからこんなムキムキマッチョメンになっちゃったのね…」 「俺のカラダ嫌い?」 「ううん、大好き」 「ならいいじゃん」 ならいいか。 「軍人さんって肉体だけじゃなくて精神も鍛えられるのね」 「むしろそっちのが大事だかんね」 「じゃあスタンは、多少の罵倒も全然効かないんだ?」 「そう訓練されてっかんね」 ふむ、なるほど…。 二人でリビングのソファに腰かけて、さっきの続きを流す。隣で体験談も一緒に聞けるというのはなんとも贅沢なムービー鑑賞だった。そしてふと私は思いついたので、一旦ムービーを止めて立ち上がり、彼の前に立ってみる。ソファに座ったままの彼は私を不思議に見上げた。 「スタンのばーか!」 「………はは、えらくカワイイ教官さんだな。罵倒ってそんなモン?」 「うっ……えーっと、スタンのアホ!マヌケ!」 「それで?」 私の罵倒のボキャブラリーがそもそも無かった!なんてこった!ちょっと面白いかなって思ってやってみたけど、こんなの痛くもかゆくもありませんって顔でスタンはニヤニヤと私を見上げる。なんだか変な対抗意識が出てきてしまい、なんとしてでも負かしてやると必死に脳味噌を動かした。 「この際だからハッキリ言うね。スタンの顔って別に好みじゃないのよね、実は私もう少しほっそりした人が好きなの。例えばー……ゼノみたいな?でもスタンは恋人だしそういうこと言ったら悲しむかなって思って好きって嘘ついてたの」 「え、名前…?」 「あと煙草も正直言って苦手なの。でもスタンが好きだから今まで言えなくて…本当は毎日クリーニングしたいし、帰ってきたらすぐお風呂入ってほしいくらいだし、あんまり煙草吸った口でキスしてほしくないかな」 「ちょ、待てって…」 「あと、セックスも実は―…」 「ストップ!!!」 むにっと、唇が彼の手で覆われた。 「え、今のマジ?」 「え、そんなはずないじゃん?」 Ha〜〜〜〜〜!!!それはそれはもう盛大なため息が吐き出された。肩が一気に下がり、さっきまでニヤニヤと私を見上げていたスタンは何処へ。 「やっぱ厳しい訓練受けてた軍人さんに、こんなの効かない?」 「いや、今のはすっげキたよ…マジで、久々に泣きそうになったわ……やんじゃん」 「え、ほんとに?やったー!」 「つか今の本気で冗談だよな?」 「当たり前じゃん、スタンのお顔も肉体も、煙草の匂いだって全部大好きよ?」 思った以上にダメージを受けている様子のスタンに、私は勝ち誇った顔でにっこりと両手を上げる。でも嘘でもやっぱり今のは胸が痛かったな。罵倒って(いうかほぼ悪口だったけど)浴びるのもしんどいけど、自分で言うのも辛いものがあるのね。学んだわ。 「でもスタン、こんなので傷ついてちゃダメなんじゃないの?」 「言っとくけどな、俺の人生最大の強敵はあんただぜ」 「へ?どういうこと?」 「どんな凄腕のスナイパーだろうと、凶悪なテロリストだろうと、俺はあんたからの愛が無くなることが一番恐怖だかんね」 なにを、突然。ぱちぱち目を瞬かせ、先ほど彼の言った台詞をもう一度頭の中で再生する。そんな機能は持ち合わせていないんですけど。 「どうしよう、わたし最強?」 「ああ、最強だね」 「スタンはわたしに勝てないの?」 「勝てる気しないね」 「ふふ、なんだかおもしろい」 「笑いごとじゃねぇよ」 とか言いながらスタンも笑ってる。だってこんな過酷な訓練を受けて国を守る兵隊さんが、私の薄っぺらい嘘一つでこんな焦った顔するなんて、とっても変な感じだ。 「んで、バカスカ吸ってきた後だけど、キスしてくれんの?」 「もちろん、煙草の匂いも全部含めてスタンだもの」 「なら遠慮なく」 手をクイっと引かれて顔の位置が同じところにいき、そして柔らかな唇が合わさった。煙草の匂いは最初は確かにあまり好きじゃなかったけど、いつの間にかそれも全て彼の匂いになっていた。それにね、その煙草もスタンが含むことで、全部甘くなっちゃうんだよ。 「ちなみにさっきのね、嘘でもやっぱりスタンのこと“嫌い”とは言えなかったや」 「ああ、それ言われてたらマジで泣いてたかもな」 それはそれで見てみたいけど、やっぱりスタンの悲しむ顔は私も見たくないや。 「でもきっとスタンは私がいなくたって大丈夫よ、強い人だもの」 「さあ、それはどうかね」 「そうでなくちゃ困るよ?だってスタンは国を守る人だもん」 「そうだな、あんたと、ついでに国民の為に」 ついで、だなんて言うけど、私とこの国の人たちの命を天秤にかけたら歴然の差が生まれるのは分かり切っている。自分を卑下したいわけではないけど、でも彼はそれだけのものを背負って生きてる人なのだ。 「それより、俺に黙って溜め込んでることとかねぇよな?」 「そんなにさっきのが信じられない?」 「んなことはねぇけど、さっきのあんた…目が結構マジっぽくてビビったかんね」 どうやら私の演技はかなりの名演技だったらしい。再度確かめるようにして私の顔を覗き込む彼に、思わずクスクスと笑った。 「さっきのは嘘だけど、いま1つスタンに言いたいことがあるの」 「え、なによ?」 ビクっと身構えるスタンに、そんな怖いことじゃないから安心してと頬を撫でる。 「わたし、煙草のニオイは嫌いじゃないけど、知らない誰かの香水が少し香るのはイヤだからお風呂入って来てもらっていい?」 きっと彼の事だからパーティーで狙いを定めた女の子たちが一斉にアタックしてきたんだろうな。それでも、私にとっては少しムっとする匂いだった。 「ぷ、ははっ!あんたやっぱ可愛すぎ!適わないねホント」 ▽ ▼ あんたは俺を勘違いしてる。 俺は強い人間?まあ、そう見られるのも仕方ないよな。実際つえーし。一番過酷だと聞いていたここだって、思ったよりはすんなりと上に行けた。全然辛くないかって言われたらそんなことは無いが……そう、あんたからの愛が無くなることに比べたらどうってことない。 あんたは分かって無いよ 俺がどれだけあんたを愛してっか――。 分かってないよ。 |