| 石化前/スタンリー恋人 涙が止まらない。 ポロポロと留まることをしらないその雫たちは次々と私の瞳から零れ落ちていき、頬を伝って顎から首筋へと一線の道筋を辿る。お願いだから助けて。この涙をどうにか止めて。 「このたまねぎヤバッ」 キッチンで夕食の準備をしていた私は、まな板の上の玉ねぎと絶賛大奮闘中だった。稀に見る涙腺を刺激する玉ねぎくんで、切れば切るほど涙が溢れてくる。しかも必殺みじん斬り中なのでザクザクという音と共に涙もボロボロ。最初は我慢していたけどさすがに零れる涙が多すぎたので何かで拭かなければ…。 「あ〜〜ペーパータオル丁度切れてる…!」 そういえばそろそろ切れる頃だと昨日あたりに思ってたっけ。となるとさっきリビングで畳んだばかりの洗濯物があったな。仕方ない取りに行くか…。 手についたタマネギエキスを一回綺麗に洗ってリビングへ向かうと、ソファに腰かけるスタンの後ろ姿が見えた。年内でほとんど家に居ない彼の日常の姿を見るというのは、なんだか不思議な気分になる。 「スタン〜、洗濯物からタオル取って〜〜」 「ん?……って、ハッ!?ちょ、どうしたよ!!」 「え、いやあの…」 「どっかナイフで切ったか!?つっても血は出てねぇな、なにがあった!?」 「え、ちょ…」 頬から涙をボロボロと流したまま声をかけると、私の顔を見たスタンの顔がぎょっと驚愕の如く表情を見せる。あまりの反応の大きさに「タマネギ…」と言える隙もなく、そしてこの時私は意地悪な考えが過ってしまった。 「ううん、なんでもないの…」 「いや、なんでもねぇって顔じゃねえだろ…どっか痛めた?こっちきな」 「痛いとかじゃないの…」 「じゃあ、なんか、悲しいことでもあった?」 おおこれは、なかなか…。 手を差し伸べられて彼の足の間に入れば、手をぎゅっと握られて不安そうに私を見上げてくる。私はまだタマネギの後遺症で涙がまだ止まっておらず、彼の指で優しくその涙を拭われた。 ちょっと悪ノリで事実を明かさないでそれっぽく振舞ってみたけど、まさかここまで心配してくれるなんて…。なんだか心が痛むけど、でもっちょっと、心配されるのって悪くない。意地悪かな、私って。 「………なあ、俺には言えねぇこと?」 「え?あ……べ、別に、そういうわけじゃ…」 そろそろ「タラ〜ン!嘘でした〜!」と明るく種明かししようと思った矢先、スタンが再び心配そうに私の顔を覗き込む。あれ、なんか思った以上に……これ、 「もしかして、俺があんま帰ってこれねえの、キツイって思ってんじゃね?」 「へ?」 「今日はたまたま俺が家にいっからいいけど、こうやってあんたが泣いてる時、風邪ひいた時も辛い時も、記念日さえも、俺はすぐに駆けつけてやんねぇかんな…」 涙を慰めるためのちょっとした心配ではない。まるで根の内を明かすようなスタンの本心にも見えるその言葉に、私は驚いた。 「スタン……そんな風に、不安になってたの?」 顔を伏せるスタンの頭に手をのせ優しく撫でる。やわらかなスタンの髪が指と指の間をふわりと擽った。 「情けないね、普段余裕ぶっこいてても、いざあんたの涙を目にすんだけでこんななっちまって…」 「ううん…(ますますタマネギって言いづら…)」 きっと今すぐにでた言葉ではないだろう。きっとずっと、彼はこうした不安を抱えて過ごしてきたんだ。どうしてそれを言ってくれないのか、聞かなくても彼を知ってれば分かる。 「確かに寂しいって思う日も何度もあるけど、それでもスタンは帰ってくるじゃない。ちゃんと帰ってきてくれて、こうして私を大事にしてくれるから、だから、心配しないで」 スタンを送り出す時、――“この人と会うのはもしかしたら今が最後なのかもしれない”――軍人の恋人を持つ人はいつもそう思っているだろう。でも私は、スタンにそう思ったことはなかった。 だって彼は、絶対帰ってきてくれるから。 「それに、スタンは私を離す気ないでしょ?」 「ああ無いね、」 “俺からは” 「大丈夫、私も離す気ないよ、安心して」 「慰められてんのはどっちかね」 私の涙はいつの間にか止まっていた。ただ、タマネギエキスが落ち着いただけなんですけど。 「スタンが泣きそうな顔してる」 「あんたのが、うつったね」 “ちなみにこれ、涙の原因はタマネギなんだよね”――と言ったら、美が台無しな大崩壊な顔を私に見せてくれた。 ああなんて、カワイイ人だ。 |