年下水戸/社会人



 連勤残業続きでまったくもって休んでいないここ最近、メンタルもいい感じにボロボロになってきていた頃だった。けれどそれも今日で終わり。明日の休みを思えば今日までの辛い日々なんて消えるように心はブラジルのサンバの如く小躍りしていた。
 勿論、ただの休みではない。なんてったって今夜は――、

『悪い、今日そっち行けそうにねぇや』
「え………」

 時計は22時を指そうとしていた。長い労働を終え疲れ果てて我が家に帰宅、先にお風呂に入って夕飯を作ってさあそろそろかな、と思ったその時だった。一本の家電が鳴り響く。
 タイミング的にも相手が誰か分かっていたので心躍る私は気分よくその受話器を手に取った。――が、内容は私の気分を地獄に突き落とすには十分な一言だった。

『人手が足りないってんで急遽遅くまで入ることになって、明日も朝からなんだ…』
「あー……そっか、大変だね…」
『悪い、約束してたのに』

 声の主は心底申し訳なさそうにして何度も謝罪の言葉を告げる。
 今日は、彼の洋平と久々に会う日だった。お互い今は絶賛仕事の繁忙期でここ最近は特に会えていない。だから私の休みに合わせて彼が今夜来てくれるハズ――だったんだけど、どうやらそれも白紙となってしまったらしい。

「ううん、むしろ忙しいのに連絡ありがとね、私のことは気にしないでお仕事がんばって?」
『………ああ、ありがとう』

 本当は声を上げて「いやだ会いたい、どうしても休めないの?」って我儘を言いたかった。…けど、私は彼より何年も年上だ。そんな子供みたいなことが言えるわけない。それに、洋平だって仕事で忙しいのに私のくだらない我儘で迷惑かけられるわけなかった。
 プツッ――ツーツー……電話の切れる音が虚しく私の耳を劈くようだった。目の前に広がる二人分の食事が余計寂しさを倍にさせる。洋平が好きなもの、せっかく作ったのにな。

「………っ」

 目の前の食事に手をつける気分にもなれず、私はただ膝を抱えて顔をそこに埋めた。そして鼻の奥にツンとした刺激が舞い降り、どんどんと目頭が熱くなってくる。
 ――ああ私、結構無理してたんだなぁ。
 なんだか今日まで頑張ってきた私の努力が全て蹴とばされてしまったようで、どんどんと涙が溢れてくる。そして今更ながら、自分が彼をどれだけ支えにしていたのかが分かった。普段は自分が年上だからって余裕でいたつもりだったのに、彼に会えないってだけでこんなに辛くなってしまうのだ。ほんと、なさけない。

 ピンポーン

 泣いたのと仕事の疲れも相まってか、いつの間にか眠っていた。なんだかいまインターホンが鳴ったような気がしたけど…、そう思った時、再びインターホンが部屋に鳴り響く。時計を見ればもう0時を過ぎていた。こんな時間に、誰…?
 恐る恐るドア前まで行ってのぞき穴に目を寄せると、私は目を疑った。

「よっ、やっぱ会いたくなって来た」
「ようへっ!?」

 ドタ、ガチャッ――勢いよく開けたドアの向こうに立っていたのは、今日まさに私の心を乱しに乱しまくった張本人だった。コンビニ袋を片手に軽い声で昼間の挨拶でもするかのように、そして私に「入れてくんね?」と言うので私は彼を中へと招き入れる。

「あれ、だって仕事…」
「思ったより早く終わってよ」
「え、でも明日…」
「それも代わり見つけたから夜からでいいことになった」
「え、え……」
「なんだよ、うれしくねぇの?」
「う、うれしい…」
「はは、いつになく素直じゃん、名前さん」

 あまりの驚きについポロっと本音で包み隠さず返してしまった。というか私、顔大丈夫かな、さっきまで泣いてたのバレてない!?鏡も見ずに出てしまったからすっかり泣いていたことなんて忘れていた。

「遅くなった詫びに、はいコレ」
「な、なに…?」
「名前さんの好きそうなモン買って来た」

 コンビニしか開いて無くて悪いけどよ、――そう言って渡されたビニール袋の中身は、私が好きなコンビニスイーツが何個も入っていた。ああもう、完璧すぎじゃん…。

「そんなに俺に会えないの、辛かった?」
「えっ!」
「目、赤くなってる」
「わ、わわっ、ちがっ、これはッ…」

 急に顔が近づいて洋平が私の顔をじっと見つめ、目元を指でなぞられる。外気で少し冷えた、けれど温かいゴツゴツとした指が妙に心地よかった。
 そして完全に泣いていたことがバレてしまった私は慌てて必死に隠すももう遅い。だからもう、諦めた。

「……そう、寂しかったの。今日はとくに、洋平に会いたかったから……だから、来てくれてうれしい」

 もう今更意地を張っても意味をなさないことなんて分かり切っていた。私の見栄張りは、いつもこの男の前では砂のように崩れてしまうのだから。

「ひゃっ!?」
「はぁーー……名前さん、それ反則だわ」

 突然視界が真っ暗になったと思ったら、目の前の彼に抱きしめられていた。腰と後頭部に回った手がぎゅっと更に私を強く包み込む。洋平の匂いだ。

「俺も、会いたかった」

 この時やっと、今ここに、ずっと会いたかった彼が本当に居るのだということを実感できた。まったく会えていなかったわけではないのに、それでもたった少し会えないだけでこんなにも辛くなってしまう。私は彼が、本当に好きなんだ。
 なんだか、今日までの疲れなんて全部振っとんじゃった。へんなの。

「ごはん食べる?あ、お風呂が先?」
「いや、そのまえに…」

 まずはコレでしょ――って、彼の唇が私の唇を優しく包んだ。







いつだってそう


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