大学生




 私の彼氏は怖がりだ。
 岩鳶から東京の大学へ上京して彼と同棲を始めて、もう2年が経とうとしていた。相変わらず大きな体に相反したその怖がりは、今もまだ続いている。たまに好んでホラー映画を家で見たりするのだが、真琴があまりにも怖がるので彼のいない時を狙っていつも観ている。
 今日は七瀬くんや水泳の皆と夜ご飯食べてくるって言っていたので、絶好のチャンスだと思って前々から気になっていたホラー映画を観ることにした。
 今はネットでいつでもどこでもレンタルできて楽だなぁ。さっそく私は部屋を暗くして、その映画を見始めた。

「ただいまぁー……って、明るっ!?え、部屋の電気全部ついてる!?あとなんか騒がしい…?名前ー?」

 22時を過ぎた頃、真琴が帰ってきた。けれど部屋の電気は全部ついているし、なんだか騒がしい明るい音が流れているしで、きっとわけが分からないと混乱しているだろう。リビングに居た私は、急いで真琴の所へと向かっていった。

「真琴っ!!」
うわぁ!?ど、どうしたの?」

 丁度靴を脱いで部屋に上がったところで、私は真琴に勢いよく飛びついた。大きくて手が後ろまで回らないがぎゅーっと力を込めて抱きしめると、真琴は「???」と言葉にならない声を出しながらも手を後ろに回してくれる。
 もちろんこのままでは真琴の疑問が晴れないままなので、私は真琴の胸に埋めていた顔をぱっと上げて彼と目を合わせた。真琴は優しいから、とても心配そうに私を見つめている。

「なにかあった?」
「うん……ちょっと、いやかなり………怖くて」
「へ?」

 結構恥ずかしかったけれど、ここは正直に言うべきだ。今更意地張っても仕方ないだろう。私はどうしてこんなことになっているのか説明した。

「今日観たホラー映画が怖くて、部屋の電気全部つけて音楽流して怖くないようにしてたってこと?」
「……うん。あのね、思ったより怖くてね、森で迷子になった女の人が廃墟を見つけてそこでいきなり――」
「わー!説明してくれなくていいから!」

 そう、私は今日楽しみにして観たホラー映画が予想以上の怖さで、珍しくビビってしまったのだ。だから少しでも暗いところを無くして、好きな明るい音楽を聞いて必死に気を紛らわせていたところに、真琴が帰ってきた。一緒に暮らしていて良かったって、心底思ったよ。

「でも…あははっ」
「ちょ、笑わないでよ!」
「だって、いつも怖がるのは俺だから、名前が怖がってるの見るのなんだか新鮮で…」
「私だって、怖がったりするし…」
「うん、可愛いね、名前は」

 ああ…真琴の笑顔は癒される。一人で居る時は気が気でなかったのに、真琴の笑顔を見ると少し落ち着いてきた。――けれどまだ、私は言わなきゃいけないことがあるのだ…。

「じゃあ俺お風呂行ってくるから…」
「あ、あのっ!真琴!」
「ん?どうしたの?」
「実は私……まだお風呂入れてなくて…」
「あ、先に入る?いいよ」
「じゃなくてっ……怖くて一人で入れないから…だから、今日は一緒に入ろっ!」
「……へっ?」

 あー真琴固まっちゃってる。
 確かに一緒に住んでるって言っても、お風呂はそう何度も一緒に入ることはない。もちろん入ったことないわけではないけど、我が家のお風呂はそう大きくないのだ。

「〜〜〜、う…うん、わかった」
「やった!真琴ありがと!」

 顔を少し赤くする真琴を可愛いなと思いつつ、私は既に溜めていたお風呂のお湯を追い炊きボタンを押して再度沸かした。付き合って結構経ってるし、それなりにそういう行為はしてきたっていうのに、真琴の反応はまだまだ初々しい。私も勿論裸を見られるのは恥ずかしいけれど、真琴にならもういいかなって最近は思えてきてる。それだけ、真琴はなんでも愛してくれるのだ。

「先に入ってるね!早く来てよっ!」
「はいはい、荷物片付けたらすぐ行くよ」

 脱衣所に行って服を脱いでいき浴室へと入る。先に洗ってしまおうと、シャワーで髪を流した。真琴まだかな?なんてコンディショナーまで終わって順調に体を綺麗にしていると、やっと洗面所の方で物音がした。
 すりガラスに映って見える真琴の姿に安心し、彼が入ってくるまでにとりあえず頭は全て流し終えた。

「おじゃましま〜す…」
「待ってたよ真琴〜、私あとは体だけだから先に真琴の髪洗ってあげる!」
「ええっ!?いいのに、そんな…」
「私の我儘に付き合わせちゃったから、ね?」
「じゃ、じゃあお願いしようかな…」

 真琴をバスチェアに座らせて、私はその背後に立った。そして丁寧にシャワーで髪を濡らし、まずはシャンプーを手に取って髪を洗い出す。真琴の髪は結構硬くて、私の猫っ毛とは全然違った感触だ。

「プール入ってるからか、やっぱ髪質は若干痛んでるねぇ」
「そ、そう?まあ名前の髪と比べると良くはないかもね…」
「私がちゃんと綺麗に丁寧に洗ってあげるからね!」

 なんといっても私の通っている学校は美容学校で、私は現在美容師を目指して勉強中だ。だから塩素まみれのプールに入っている真琴の髪質は私としてはなんとかしたいと思っているのだけど……こればかりはどうしようもない。

「頭皮マッサージもしてあげるね」
「至れり尽くせりだなぁ…」
「真琴の頭皮はやわらかいね、とりあえず薄毛の心配はしなくてよさそう」
「あはは……ありがとう」

 両手で真琴の頭を覆うようにもって、指の腹でぐにぐにと刺激していく。頭皮が硬いと薄毛になる可能性が高いと言われているのだけど、真琴の頭皮はイイ感じでやわらかいので大丈夫そうだ。真琴の髪の未来は私が守るよ…!

「よし、あとは体だけだね」
「え!いや、体はさすがに…」
「真琴ったら、今更なに照れてるの?」
「照れてるっていうか……その、」

 真琴の体は私よりも倍以上大きいはずなのに、今私の目の前にいる彼の背中は丸々として小さく見えた。そんな背中を見て、私の彼氏は本当にかわいいなぁと自惚れてしまう。

「まあでも真琴このままだと湯舟入る前に茹で上がっちゃいそうだから、背中だけ洗うね」
「もー名前……あんまりからかわないでよ」
「あはは、真琴かわいい」

 可愛いと言われて少しいじけた真琴の背中を洗って、私は先に湯舟に入って彼を待つ。
 そうして2人でゆっくりとお湯に浸かって温まり、出た後は温かなパジャマに着替えて時間も結構経っていたのでそろそろ寝る時間だ。「電気消すよ?」という真琴にいつものように、うん、と頷くとパッと部屋の明かりが消える。瞬間、私はさっきまですっかり忘れていたあのホラー映画を思い出してしまった。

「ま、真琴っ…!はやく来て…!」
「え?」
「暗い!怖い!ヤツがくる!!」
「そういえば怖い映画見たんだったね……大丈夫だって、俺しかいないよ」

 先にベッドに入っていた私に真琴の柔らかな声が近づいてきて彼も布団の中に入ってきた。そのままぎゅっと真琴にしがみ付けば、真琴は笑って私の頭を優しく撫でる。…すると、さっきまでの恐怖がゆっくり和らいでいった。

「真琴がいてくれてよかった……今日ほど真琴のありがたさを感じた日はないよ」
「ええ、それ喜んでいいの…?」
「ふふ、ごめんって、いつも大大大感謝してるよ」

 そう言って真琴の頬にキスをした。暗くて視界はあまりよくないけど、真琴の頬が少し赤くなっているのが分かる。真琴はやっぱり、可愛いなぁ。

「わっ…、真琴、どうしたの?」
「もう、名前のバカ……さっきからずっと我慢してたんだよ」

 体勢が変わって真琴が上に乗り上げるように私を見下ろす。少し切羽詰まった表情を見せる真琴の表情に、さっきまで可愛いなんて思ってたのを上書きされるようだった。

「まことのえっち」
「名前が可愛いのが悪いんだよ……それとも、いや?」
「ううん、いいよ…真琴にならなにされてもいいもん」
「もう、だから…あんまり可愛いこと言わないで」

 真琴の優しい唇が私の唇と合わさった。優しさに包まれるって…こういうことをいうのかな。こんなに大きいのになんて温かくて安心するんだろう。

 すっかり、恐怖は消えていた。







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